相談事
「今井さんってさ、霊感あるんだよね」
放課後帰り支度をしている最中、後ろからかけられた声に、咲子はびくりと肩を揺らした。
夕日に照らされたオレンジ色の教室の中で、肩まで伸ばした茶色の髪を揺らしながら、優斗が立っていた。
甘く整った顔に、真剣な色を湛えて真っ直ぐに咲子を見つめている。
「何かしら、急に」
どぎまぎする胸を押さえて、ゆっくりとした口調で咲子は問い返した。
「いや、噂で聞いて。今井さんには本当の霊感があるって。昔霊感で大きな事件を解決したこともあるんだろ」
言いながら優斗は少しずつ咲子の席に近づく。
「……それがどうかしたの」
優斗の足が一歩一歩と自分に近づく度に、咲子の胸が激しく高鳴る。
「実は相談にのってほしいことがあるんだ。誰も信じてくれないような話だけど、今井さんなら馬鹿にせず聞いてくれると思う。ダメかな」
長身を僅かに屈めて、咲子を覗きこむように優斗は言った。
「話だけなら聞いてあげてもいいけど」
「ありがとう。助かるよ」
にっこりと笑う優斗の顔に見とれて、咲子はごくりと唾を飲み込んだ。何て素敵。
高校に入学した時からずっと憧れていた優斗の顔が今こんなにも近くにある。嬉しさと恥ずかしさで咲子はくらくらと世界が揺れるのを感じた。
「最初に気づいたのは足音だった」
ドアを閉切った二人きりの教室の中、一つの机を挟んで優斗は話し始めた。
「通学の時、仕事行く時、帰り道、朝も夜も関係なく、とにかく一人きりになった時、俺の足音に重なるようにヒタヒタした足音が聞こえる。足を止めると音はしない。振り返ると誰もいない。最初はマジでストーカーかとも思ったんだけど」
優斗は少女漫画から抜け出てきたような美貌とスタイルで、校内ではちょっとした有名人だった。メンズ雑誌の読者モデルもやっていて、本当につけまわすような人間が出てきても不思議ではない。
「けど、その内他の人といる時でも足音がするようになって。さりげなく一緒にいる奴らに聞いたりしたんだけど、誰も足音なんてしていないって言うんだ」
咲子は憂いを含んだ優斗の切れ長の瞳をじっと見つめた。長い睫の影が落ちた頬を。形の良い唇から流れ出る、音を。
「俺、頭おかしくなったのかな。病院行った方が良いのかなって思っていた矢先」
優斗が傍にあった自分の鞄を引き寄せて、無造作にテッシュに包まれた何かを引き出した。
中身を机の上にそっと広げる。
「髪が」
机の上に黒髪が一房はらりと広げられた。胸まで伸びた咲子の髪と同じくらい長く、黒々と艶やかな髪だ。
「ある日またヒタヒタとした足音につけられて、家に着いたら、いつの間にか自分の右手がしっかりと握りしめられていてさ。意識してなかったからなんだろって思って手を開いたら」
咲子と優斗はしばし無言で、机に置かれた髪を見ていた。
細い眉を顰めて、優斗は苛立たしげにトントンと机を指で叩く優斗を見つめながら咲子は考える。
これはいったいどのパターンだろうかと。
「なあ」
僅かに掠れた声で優斗は咲子を呼んだ。
「今井さんなら何かわかるんだろ。つうかもう何か視えてんじゃないの?幽霊とか、何かそんなん。霊能力持っているのって本当なんだろ?」
いつもは咲子など視界にも入れない瞳が、縋り付くような光を帯びる。いつもなら派手な女子にしか近づかられない細い指が、咲子の肩にかけられる。
耳元で囁かれた優斗の声に咲子はぴくりと肩を揺らす。焦る気持を必死に抑え、ひどくゆっくりと口角を上に上げて笑った。
「そうね」
偽りの時間が始まった。