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Yicca物語  作者: 袴田祈李
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寅の章 好奇心

──────ここは、イーリス城の何処かの一室。



声の反響から察するに、恐らく石造りの牢獄と言った所か。



目元には白布───だろうと予想する───を何重にも重ねたものが巻き付けられており、視界情報はゼロ。



偉大なるイエスキリストを想像してもらいたい。



まさに彼が処刑される時のように俺の両腕は左右に固定され、脚には(おもり)のようなものが(くく)り付けられており、身動きが取れない。



「......ッ!!」



どうにかして声を出そうとするのだが、急な状況に怖気(おじけ)付いているせいか声にならない声が(わず)かに漏れるだけだった。



とりあえず、異世界(ファタ・モルガナ)にやってきたというのは、夢では無かったらしい。



昨日は必死こいてノアの機嫌を取った後、一番風呂とコハルさんの美味しい夕食を頂き、そのまま疲れ果てて寝てしまったのだった。



───そこまでの、記憶はある。



......さて。



この世界がそもそも何なのかよく分からない上に監禁されてるって状況だ。



これから処刑されるのか拷問されるのか知ったこっちゃないが、少し回顧(かいこ)してみよう。



今日は異世界(ファタ・モルガナ)へやってきて2日目である事は間違いない。



俺はどうして今、こんな状況になっているのだろう。



思い出すんだ...今日の朝からの記憶を





──────




────




──




...




「起っきろーーー!!!!!!!」



───なんだか昔好きだった女の子といい感じの関係になり、なんやかんや幸せそうな夢をみていてまさにハッピーな気分だった事が僅かに記憶に残る中。



むふふ、と満面の笑みで平然と俺の上にまたがるリトルガールの顔がそこにはあった。



「......ノア」



してやったりな顔で俺を見下す彼女の名を冷静に呼ぶ。



「なーにイッカ?お寝坊さんの言い訳を聞こうじゃないの!」



「...パンツ見えてるぞ」



「───!!?!?」



バッと目にも止まらぬ速さでベッドから飛び降りる彼女。そのまま地面に所謂"女の子座り"の姿勢でぺたんと座り込む。



朝から元気で器用な奴だな......。



「へ、へへへへんたいっ!?」



自ら見せつけてきたというのに人を変態呼ばわりする顔は、頬紅を顔中に塗りたくったように真っ赤に染まっていた。



「いや、そりゃそんな短いワンピースみたいな寝巻でまたがったら嫌でも見えるだろうが!?それにほら、見たことを申告せずに黙っているほうがより変態だと思わないか?」



「むむっ...言い訳むよー!!男の人がね、女の子を傷付けたらね、セキニンとってケッコンしなきゃいけないんだよ!イッカ、ノアとケッコンだよ、ケッコン!!」



ムキーッと短い両手を必死にバタバタさせる様子は、そういう趣味を持つ輩が見るとイチコロな位には可愛らしい仕草だった。



勿論俺にその気はないけれど、妹みたいで可愛いとは思うね。



「お前、責任と結婚の意味分かってないだろ」



と彼女の頭にポンと手を乗せつつサラッと流し、俺は続けた。



「ん?コハルさんはいないのか?」



まだ1階に降りていない為分からないが、何となく、コハルさんの気配が家の中に無いような気がした。



「話をそらすなぁーっ!!コハルなら"ジンおじさん"とデートにお出掛け!!」



まだぷりぷりと怒りながら話を引っ張る彼女であるが、しかし、引っかかる点がある俺は構わず質問を続ける。



「"ジンおじさん"って誰だ?」



どこの馬の骨とも知らん男の名が、コハルさんとデートとはあまり良い気味ではない。



いやまあ別に...俺にその...コハルさんをどうこう言う権利はないのだけれど...。



「ええー昨日イッカも見たでしょ!女の人みたいにながーい髪の毛の痩せたあのおじさんだよっ」



「ああ、昨日の人ね」



あの吸血鬼風の男の事か。



確かに今日は"例の件"やらがあるとか言っていたな。



デートというのは単にノアが茶化しているだけだと思っていたが、まさか本当にデートなのだろうか?



よもやあの二人が実は夫婦だなんて話はあるまいな...想像したくもない。



どうせノアも実際は何の用事が分かっていないんだろうから、コハルさんが帰ってきたら直接聞いてみるとしよう。



しかしコハルさんが不在となると、少し懸念がある。



「なあノア。コハルさんが居ない時って食事はどうするんだ?」



いつのまにか俺のベッドに腰を掛けていた彼女は不満そうに答える。



「なによーノアだってお料理くらいできるもんっ!バカにしてー!!」



「えっ、て事は今日はノアが作ってくれるのか?」



俺は素直に感心した。



「うっ...いや、今日はコハルが朝ごはんとお昼のお弁当用意してくれたから...」



「そうかそうか。じゃあ今度ノアの料理も食べさせてな」



「!!」



さっきの事をまだ根に持っているのか知らんが、再び顔が真っ赤に染まった彼女は



「(..........った)」



「...ん?なんだって?」



「わか....った...」



ギュッとワンピースの裾を掴み、俯いたまま返事をし



「先リビング行ってるから!イッカも早くきてよねっ」



と顔すら合わせずそそくさと階段を降りて行ってしまった。



「朝から喜怒哀楽の激しいやつ...」



そんな事を呟きつつ、のんびりと私服に着替え、リビングへ向かうのだった。





<コハル家 リビング>





「むぅ〜〜っ...」



コハルさんが作り置きしてくれたスクランブルエッグが堪らなく美味だった。



俺が落ちかける頰を必死で抑えているという最中、目の前に座るちびっ子はこの世界でいう汎用紙に書かれた文字を(うな)りながら見つめていた。



「どうしたんだよノア。何を見ているんだ?」



「ノアねぇ...英語あまり知らなくて、コハルの書き置きがなんて書いてあるかよく分かんないの」



ああ、なるほど。それでうーうー唸っていたのか。



「どれ。ちょっと貸してくれ、それ」



俺はそう言うと同時にひょいっと汎用紙をつまみ取った。



「んーと───」



何となくオリジナルで和訳───この世界で和訳という言葉が適するのかは分からないが───した内容を読み上げる。



"───ノアへ。


今日は夕暮れまで帰りません。

ご飯は朝昼と用意してあるのでイっくんと

二人で食べてください。


それから、どうせあなたの事だから家に居

ても何もしないでしょう?


せっかくの機会です。

朝ごはんを食べ終えたら、お弁当を持って

イっくんをイーリス城の資料室へ連れて行っ

てあげて。


そこであなたもちゃーんと、資料を読んでお

勉強する事!


私が帰ってきたらどんな事を学んだのかしっ

かり聞くわよ、いいわね?


それでは愛しのノア、頼んだわよ!!


─────コハル・エッフェンベルガー"



「...だってさ」



淡々と読み上げ終えると彼女は目を丸くしてこちらを見つめていた。



「...イッカ、英語分かるんだね、すごーい!」



「いやまあ、100%合っているかどうかは分からないぞ。元々通ってた大学では一応英語を専攻しててな。手紙の内容はおおよそそういうことだろうよ」



俺が内容を読み上げている最中にいつのまにか先に食べ終えていたらしいノアは



「ふんっ!でも英語が出来るくらいでノアを落とせると思ったら大間違いなんだからっ」



と一体何を勘違いしているのか理解不明な言動に引き続き



「それじゃあノア、先にお洋服に着替えてくるね。覗いたらダメだよ〜」



そう言い残し、またもやそそくさと去っていってしまった。



最後のはフリなのか?なんて少々危ない考えが脳裏をよぎりながらも、コハルさん特製モーニングを余すことなく綺麗に完食した。



食べ終えた食器を洗いながら、自然に独り言が漏れていた。



「あっ...服...」



この世界に来てからというもの、服は民族的な柄の小洒落たTシャツとハーフパンツのようなもの───もともと最初から俺が着ていたらしい───しか持っていない。



洗濯は出来るんだろうが、これ一着ではローテーションも出来ないしな。



居候の身であまり我儘言えないけど、コハルさんが帰ってきたら服の事も相談してみよう。



「イッカーー!!何してるの〜〜!!お〜〜そ〜〜い〜〜〜」



ノアがリビングを去ってからさほど時間が経っていないようにも思えるが、はたまた女の子にしては身支度が早いタイプなのだろうか、支度を催促されてしまったようだ。



「おおー悪い。もう少ししたら向かうから待っててくれ」



と軽く返し、急ぎめで身支度を整えた。



───数分後。



「まったく!れでぃを待たせるなんて!」



白黒のドレスにピンク色の手提げ鞄、どういう構造になっているのかよく分からない、お洒落そうな黒いヒールにベージュの日傘というファッションをキメ込んだ彼女がまたもやぷりぷり怒っていた。



資料室に行くというより、ちょっとした舞踏会に行くような気合の入りように俺は疑問を隠せずにはいられなかった。



「悪かったな、待たせて。それよりノア、これから俺たち、資料室に行くだけだろ?どうしてまたそんなしっかりとした格好なんだよ」



昨日のノアはシャツにロングスカートっていう非常にシンプルな格好であったために余計に気になった。



「べっ...別にいいでしょー!その...」



「ん?その、なんだ?」



何か言葉を詰まらせた彼女は、さっきまで怒っていたその顔を俺と全く反対の方向に向け



「イッカと二人でいる時、変な格好でいたくないし...」



と、かなり聞き取りにくい程小さな声でそう呟いた。



「ふーん...まあなんていうか、年頃の女の子って感じでいいんじゃないか?」



「でしょでしょ!ほらっ、案内したげるからついてきて♪」



「あっおいちょっと───」



急に上機嫌になったノアはおもむろに俺の右手を掴み、ブンブンと前後に腕を振りながら俺を先導するのだった。



いやもちろん、可愛い女の子に手を引かれて悪い気はしないのだけれど、ノアは俺からするとちょっと年齢が幼すぎる。



この世界での法律みたいなのってどうなのか知らんが、日本では少なくともこんな光景はアウトだからな...ヒヤヒヤするぜ。



「───ノアはさ」



イーリス城へ歩き始めて数分後、最初はブンブンと元気よく腕を振っていたノアが急に大人しくなり、暫し続いた沈黙を破ったのは俺からだった。



「元々この世界...いや、ややこしいな。まあその、ファタ・モルガナへやってくる前はどんな生活してたんだ?」



コハルさんの話は昨日にちらっと聞いていた。



驚く事に...と言うべきなのか、コハルさんは元々モナコの王女だったと言うのだ。



生まれてからずっと王家の執務だけをやらされ、毎日気疲れしていたと彼女は語った。



一方で、ノアは"元の世界"で、どのような子だったのだろうかとても気になった。



コハルさんと同じく王家の出身だったりして。



「───ノアはね」



一瞬、ギュッと俺の手を握る力が強まった。



「───ううん、やっぱり内緒」



そう言って微笑む彼女の表情は、外見こそ満面の笑みにも取れるが、どこか少しだけ切ない雰囲気だった。



もしかしたら、あまり過去の事には触れて欲しくなかったのかも知れない。



なんだか悪い事をしてしまったような気になり居たたまれなくなっていると、そんな状況を救うかのように進展があった。



「あ、ほらイッカ!あそこがイーリス城の入り口だよ!お城に入るのは初めてでしょ?」



家を出て15分程歩き、ようやくたどり着いたのは、高さ10メートルはあるだろう、巨大な門だった。



「おおーここがお城の入り口か!なんだかワクワクするな」



まるで初めてテーマパークへやってきた子供のよに俺のテンションは上がっていた。



「へへっ。本当はね、イッパンの人は中に入れないんだけど───っと」



ふと繋いでいた手が離され、何やら鞄の中をゴソゴソと探る彼女。



急に暖かな体温が遠ざかり、なんだかちょっとだけ寂しい気分になったなんて事は、口が裂けても声に出しては言えないが。



「んー...あった!!これこれっ」



天高々に彼女が掲げるそれは



"Admission badge"───日本語でいうところの『入城証』───と書かれたカードらしきものだった。



「コハルがお城でお仕事してるから、ノアやイッカも中に入れるんだよっ」



そう言って、2枚ある入城証のうち1枚を渡してきた。



そうか、流石にこの世界の中心部なだけあって、本来は中に入れないんだな。



ということは、城の関係者であるコハルさんの元で世話になっている俺はひょっとしたらかなりラッキーなのかも知れないな。



「おう、ありがとう」



軽く礼を言い入城証を受け取ると



「それじゃあ今度は資料室までごあんなーい♪」



と再び俺の手を取り彼女は歩み始めた。



なんだか俺も今こうしているのが満更でもないらしく、その足取りはかなり軽やかだったように思えた。



「...こちら検修室。失礼ですが、どちら様で?」



門をくぐるとその先に検修室という小さな部屋があり、鉄柵の開け閉めを管理しているらしかった。



大人の俺が見てもかなりビビるくらい強面なおじさんが、ギロリと睨め付けるようにノアと俺を交互に見ている。



ノアの奴、大丈夫かな...なんて心配をしていると意外にも彼女は



「───(わたくし)、コル研究機関所属、コハル・エッフェンベルガーの伴侶(はんりょ)、ノア・ケルヘンシュタイナーと申します。右の者、同じく室伏一家と申す者です」



幼稚なイメージしかなかった彼女の印象とは裏腹に、声色もどこか大人っぽく、落ち着いたトーンで話す彼女を見て顎が外れるかと思った。



こういう大人の喋り方も出来る子なんだな...びっくりだ。



「では、入城証を」



「はい。ご検収願います」



スッとなれた手つきで入城証を差し出す彼女。



強面の男はさらっと内容を確認し終えると



「...確認致しました。立入許可区域、禁止区域を除き全域立入可能です。それでは、いってらっしゃいませ」



「ご丁寧にありがとうございます。それでは」



まるでビジネストークかのような淡々としたやり取りをポツンと眺めているだけだった俺は



「(何やってるのイッカ!早くっ!!)」



と彼女に小声で急かされてしまう程ノアのしっかりぶりに感心していたらしかった。




「はーーー疲れたーーー!!ノア、お城は好きだけどあのやり取り疲れるから嫌なんだよねぇ...」



もう本当に、コントなんじゃないかってレベルで一瞬でいつものノアに戻っていた。



いや、なんだかんだノアはこっちの方が安心感があるけれども。



「いやーでも凄いじゃないか。ちゃんとした言葉遣いも出来るんだな、ノアは」



「あれはああいう風に言わないとダメだよーってコハルに散々練習させられただけ!」



「あ、なんだ、そういうことか」



まあ確かに、ノアは見た目的に12〜13歳くらいだから、素であんな話し方出来るはずもないか。



そう言えば、と俺は疑問に感じた事を彼女に尋ねる。



「さっきさ、検収の人が立入許可がどうのこうの言ってたろ。あれって人によっては場所が制限されるって事なのか?」



「うーん...ノアも難しい事はよく分かんないけど、そうみたいだね。食事係の人たちなんかはたぶんお城の中の厨房と食堂にしか行けないだろーし、コハルがお仕事頑張ってるからノアたちは色んなところに行けるの!」



「そうか、やっぱコハルさんって凄い人なんだな」



「そりゃーもう!」



それから資料室へ向かうまでの間、何か火がついたような彼女はマシンガンの勢いで"コハル最強説"を語り出した。



全部彼女の我儘をコハルさんが聞いてあげているだけのようにも聞こえるが、楽しそうに話す彼女を見ていると、悪い気はしないのだった。



それから程なくして、いよいよ俺たちは資料室へとやってきた。



内部は日本でいう図書館というレベルでとても広く、しかし、人はあまりいないようだった。



「着いたよ〜〜。後は夕暮れまで、イッカの好きな本読んでていいよ!」



「好きな本と言われてもなぁ....何かオススメはないか?」



「うぅ...ノア、英語苦手だから...本読むのも苦手で...」



言った瞬間、両手をこめかみの位置に添え、辛そうな表情になる彼女。



「おいおい、しかし今日はこの後コハルさんに感想聞かれるんだろ?何か読める本がないとまずいんじゃないのか?」



コハルさん、なんだかノアには厳しめだし、ちゃんとやらないとまずい気がするけどな。



「ううー......あ!じゃあノアもイッカと同じ本読むぅ!!」



「はあ?どういう事だよ?」



「だーかーらー!!イッカが持ってきた本、ノアにも分かるように読んでー!」



「お前な......」



俺は彼女のやる気の無さに半ば呆れつつも、しかしせっかく資料室へ連れてきて貰ったんだ。



興味が無いといえば勿論嘘になる。



さっさとこの世界の知識を少しでも吸収したい俺はこれ以上彼女の我儘に付き合わされる事を懸念し、読み聞かせの提案に応じる事にした。



数分かけて悩んだ末に持ってきた本は3種類。



この世界の経済・食物・法規に関する本だ。



...というより、どこの本棚を漁ってもこの3種類に関連するものばかりであったのは驚きだが。



そして更に驚いたのは



「......ふんふん♪♪」



俺に読み聞かせプランを許諾させた挙句、その彼女は事もあろうか堂々と俺の膝の上にお座りし"いつでも読んで!"と言わんばかりに上機嫌に足をプラつかせていた事かね。



いやもう、ツッコむ事も面倒になった俺は、周囲の利用者さん達の読書妨害にならない程度に、小声で内容を読み上げていった。



───2時間後。



「すぅ...すぅ......」



........。



........いやまあ、こうなるとは思っていたけどさ。



本当は一人で集中して読みたい所をわざわざ声に出して読んでやっていたというのに、いつのまにか膝の上の銀髪は夢の世界の住人になっているらしかった。



「しょうがねえなあ...ったく」



俺はそっと彼女を抱え、一つ隣の椅子に腰掛けさせた。



少し気温が下がっているらしく、多少肌寒いのか眠りながらも腕を擦る彼女を見ていられなく、近くに用意されていた膝掛けらしきものを彼女の膝と肩に一枚ずつかけてやる。



「......」



真っ白な肌に長い睫毛(まつげ)



スヤスヤと眠る彼女の横顔は、傾いた陽射しの照明効果も相まってか、とても綺麗だった。



一体彼女は、元々どんな子だったのだろうか。



結局教えては貰えなかったが、こうして長らく一緒に居るうちに、その疑問は深まるばかりであった。



どんな過去であろうと、彼女は彼女なのだから、それでいいといえばそこまでの問題なのだが。



本の内容を読み上げていたせいか、各書とも殆ど内容が頭に入らなかった。



陽の傾きから察するに、あと1時間くらいがリミットであろうか?



この世界にはどうも時計がないようなので詳しい事は分からないが、モタモタしている時間がない事だけは確かだ。



そっと席を立ち、次に読みたい本を探し求める。



それから数分、資料室内容をうろついているうちに、気になる注意書きが目に留まった。



「"閲覧禁止書物"...??」



何やらヤバそうな雰囲気の貼り紙がしてある本棚が一つあった。



人間"見るな"と言われるとどうしても見たくなってしまうのが悲しい(さが)



「ちょっとだけ...」



俺は前後左右に首を動かし、周囲に人が居ない事を確認すると、大怪盗並みの慎重さでその本棚の前へ近づいた。



やはりどれも英語のタイトルでパッと見てどのような内容の本なのかがさっぱりであったが



「...!!!」



どうしてもその中で、俺の興味を最大限に呼び覚ますタイトルが目に入った。




"Yicca's story"




と書かれた大きな書物が一つだけ、その中で異彩を放っていた。



そして、前にコハルさんが言っていた言葉が脳裏を()ぎる。




『いいじゃない。神様と同じ名前なんて、すごく素敵よ♪』




そして、コハルさんがあの時紙に書いた"Yicca"という文字。



心臓の鼓動が一気に早まる。



俺たちの権限で、この閲覧禁止書物を閲覧して良いのかどうかは分からない。



しかし、目の前にある書物は、下手をすればこの世界の神様に関するものである可能性が非常に高い。



ひょっとしたら、この世界から抜け出す為のヒントがあるかも知れないのだ。



───よく考えろ、俺。



こんなチャンス、逃していいのか?もうこの先滅多にここに来られないかも知れないんだぞ?



どんどん悪魔の囁きが大きくなる。



悩みに悩んで俺はその書物に手を伸ばして──────



「──────何をしているの」



「!?」



口から心臓が飛び出るかと思った。



急に背後から、明らかに嫌悪感の混じった女性の声が聞こえた。



急いで謝ろうと振り返り



「す、すみませ───」



と声を出した瞬間



──────バチチチチチチ!!!!!!!!



「──────うおっ!!??」



急に首元にスタンガンのようなものを当てつけられ、凄まじい痛みとともに地面に倒れ込む。



だんだんと意識が遠のいていき、霞んでゆく視界の中に映ったのは、無線機のようなもので誰かと連絡を取っている、"茶髪で巻き髪の女"の姿だった。



「ああ.....」





「ノ....ア..............」




...




──




────




──────





......繋がった。



あの時資料室で"謎の女"に電気ショックを与えられてから、今この場所に連れて来られたんだ。



ちくしょう、ノアは無事だろうな。



俺の馬鹿げた好奇心の所為(せい)で彼女まで犠牲になるなんて事だけは止してくれよ。



────カツ コツ



ふとその時



────カツ コツ カツ



だんだんと俺の元へ近づく足音が響き渡った。




────カツ コツ カツ コツ



...クソ。もうここまでなのか。



────そしてその足音はおおよそ俺の3歩先程でピタリと止み。



悪魔のような女の声が、俺の死を告げるかのように脳内に響き渡った。







「────ごきげんよう、"実験台さん"」








 【次回:卯の章 鍛錬】







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