子の章' 気配
──────トクン。
内側からドアを叩かれているような、そんな痛みを胸に覚える。
「…朝か」
三寸ばかり空いた窓からは、憎たらしいほどに元気な鴉の鳴き声が入りこんでいた。
銅のように重い体を起こし、布団の上で、薄れていた意識を取り戻す。
「んん…怠りいなぁ」
登校までには、十分の時間がある。
想定したよりも幾分かの余裕が出来た俺には、対価に値する選択肢が幾つもあった。
もう10分…いや、20分ばかりの睡眠を取る。
何時もよりも、手間をかけた朝食を作る等…。
そうだ、たまには朝食くらい作ろうかと考えるうちに、5分経っていた。
己の優柔不断さを呪った。
貴重な10分睡眠が、半分の5分になってしまったのである。
「......?」
何故だか分からないが、突然、5分を無駄にした行為が決して無意味ではないような気がした。
というより、朝目覚めてからというもの、何か形容し難い違和感を覚えていた。
「ま...気のせいだよな」
哀しい程に事勿れ主義な俺は、自己暗示に近い形で独り言を呟いた。
もう9月下旬だというのに、都内はまだまだ猛暑真っ盛りである。
全く、時は金なりとはよく言ったものだ。
先程5分という貴重極まりない財産を失ったおかげで朝食を食いそびれた俺は、いつものように駅前のコンビニで購入した栄養ドリンクを飲み干す。
ああ、全くを以って美味いとも言い難い、栄養どころか身体に悪そうな味だぜ。
飲み干した瓶をゴミ箱に放り込んだ俺は、いつものようにアニソンゲーソンだらけの音楽プレーヤーに耳を傾けつつ、電車に乗る為に信号を渡ろうとした。
──────ブゥゥゥウン!!!!!!
「うおっ!!?」
あまりの突然の事に驚きを通り越して俺は硬直した。
確かに目の前の歩行者信号は青だった筈なのに、かなりの猛スピードで目の前をワゴン車が通り過ぎたのだ。
同時に、交差点の隅で待機していたのであろう国家権力さんが怒りのサイレンを吹鳴し、パンダ模様の車が追尾していった。
全く、もうちょいタイミングが早かったら俺は轢かれていたところだぞ、運転手さんよ。
人身事故が信号無視程度で済んでよかったな。
───刹那。
「ん......?」
モタモタしていると信号が赤になってしまう為、急いで渡ろうと再び歩き出そうとしたまさにその時。
これまた何故だか分からないが、何か"気配"のようなものを感じとった俺は意味もなく振り返る。
「......」
気のせい、みたいだった。
何か刺さるような"視線"を背後から感じとったような気がするのだが、振り返っても俺のような地味系大学生に視線を送る人物など居なかった。
──────いや。
少なくともこの時俺は勘違いをしていたという事は、後に発覚する事になる。
"見つけられなかった"んだ、この時は────────────
【次回:丑の章' 転機】




