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Yicca物語  作者: 袴田祈李
2/5

子の章 吸血鬼

「…ふぅ」



コハルさんが食後の紅茶を用意してくれた。



これがまた、絶妙にうまい。



「──────私はコハル・エッフェンベルガー。あなたの名前は?」



事前告知無しの、突然の自己紹介タイムだった。



どうにかして、当たり障りのない程度に話す内容を纏める。



室伏一家(むろふしかずや)です。こっちに来る前は、フツーの大学生でしたよ」



「へぇーカズヤっていうんだ!」



俺の名を聞いた途端、ノアが興味津津(きょうみしんしん)にテーブル()しから身を乗り出してきた。



「こら、ノア。お行儀悪いでしょ」



コハルさんの忠告等には聞く耳も持たず、彼女は続けた。



「カズヤ、やっぱりニッポンの人なんだね!」



「ああ…そうだけど。ていうか、逆にノアとコハルさんは、元々日本人じゃないの?」



よ~く2人の顔を見てみると、確かに、なんとなく外国人っぽい顔に見えなくもなかった。



俺の質問に、今度はコハルさんが答えた。



「ええ。私は元々モナコ出身で、ノアはパレスチナ出身なの」



「そー!ノアはね、パレスチナ生まれのパレスチナ育ちなんだよ!よろしくね~っ」



「よろしく、ノア。へぇ…2人とも、全然違う国の人だったんですね」



そう言いながらも、パレスチナってどこだったっけ、と必死で地理を思い出す。



確か、東の方にある国だった気はするけども。



それはそうと、一番気になる点があった。



「いやでも、2人とも日本語話してますよね?」



「…ふふ」



俺がそう()くと、コハルさんは静かに笑った。



「それがね、この世界の不思議なところで」



コトン、と飲みかけの紅茶をティーカップに戻した。



「私たちはこの世界で、元の国の言語を話しているの」



「え…?」



いや、普通に日本語話してんじゃん。



わけがわからないよ。



「でもね。相手には、相手が知っている言語で伝わっているのよ」



「ええ!?」



あまりのトンデモ設定に、思わず紅茶をこぼすところだった。



「つまりその…この世界が、勝手に翻訳してくれてるってことですか…?」



「…ま、カンタンに言えばそういうことだよねー!」



まるで自分が全て説明したかのように、ノアがいいとこ取りで最後を締めた。



「ふふ。でも、流石に文字までは翻訳されないの。だから、ノアに書置きをする時は、英語で書くしかないのよ」



クスクスと、上品に彼女は笑った。



そりゃあまあ、字を書いた瞬間にキラキラキラ~って相手の出身国の文字に変わったら驚くけど。



そんなことを思っていると、ノアが突然声を上げた。



「そーだカズヤ!ニッポンの人なら、アレ書けるんでしょ、アレ!」



「ん…あれ??」



指示代名詞だけでは、何のことを言ってるのかさっぱりわからないのだが…。



「"漢字"のことでしょ、ノア」



さすがはお姉さん、ノアの言いたいことをざっくりと当てた。



「そーそれ!ノアね、カンジなら、ちょっとは読めるんだよ!」



「へぇ…どうしてまた?」



「すごーくニッポンマニアなオジサンがいてね、その人から教わったんだ~」



日本マニアって…まあ、確かに最近、地元でもやたらと外国人観光客を見るなあとは思ったけど。



まさか異世界まで日本ブームが起きてるってのか?



「まあじゃあそうだな。コハルさん、紙とペン、ありますか?」



「ええ、今用意するわ」



彼女はそう言うと、時代を感じさせる羽ペンと、和紙のような、落書きするにはちょっと勿体(もったい)ないくらいの上質そうな紙を用意してくれた。



「うわーすげぇ立派ですね。いいんですか、こんな紙使っちゃって」



「構わないわ。この世界で作られている、ごく普通の汎用紙(はんようし)よ」



ほう…日本で言う、A4のコピー用紙的な扱いなのかね。



そう言えば、この家だけでは判断し切れないが、電子機器というか、電気を使うもの自体が一切見当たらない。



もしかすると、この世界には、電気なんて無いのかもしれないな…。



「それじゃ、俺の名前でも書きますか」



そう言いながら、普段よりもやや丁寧な字で、しっかりとした楷書(かいしょ)を意識しながら漢字でフルネームを書いた。



「あれぇ、これで"カズヤ"って読むの?」



ノアは苗字ではなく、名前の"一家"という文字に注目していた。



「ああ。名前で使う漢数字の(イチ)は、"カズ"ってよむ場合が多いんだよ」



「へぇー!でも、これそのまま読んだら"イッカ"だよね」



「うっ…それは言わないでくれ、ノア。子供のころ、割とそう呼ばれてからかわれてたんだ」



「ええーなんでー?嫌なの?神様とおんなじなのにぃ!」



「ん…神様?」



一体、どういうことなんだろう。



何を言っているか理解出来ない俺を察してくれたのか、コハルさんが補足した。



「この世界にはね、守り神って言われている神様がいてね」



「へぇ…そういう神々(こうごう)しい存在は、こっちの世界でもあるんですねぇ」



「ええ。それで、その守り神は、多くの人からこう呼ばれているの」



すらすらすら、と。



非常に慣れた手つきで、彼女は英語の筆記体を紙に書いた。



かなりの崩し字のため、読めるまでにやや時間がかかったが、そこにはこう書かれていた。



──────"Yicca"



「イッカ…?」



俺は自然と、その名を口にしていた。



「そー!イッカっていうんだよ、その神様」



ノアが鼻を鳴らしながら、これまた自分が説明したかのように威張(いば)った。



「だからさカズヤ、ノアはカズヤのこと、イッカって呼ぶから!」



「いやいやいやいや、"だから"の意味がわかんねーし!?」



「よろしくね~イッカ♪」



「くっ…」



こうなればもう、逆らう術はない。



俺は久しく呼ばれていなかったその"あだ名"で、これからずっと呼ばれるのである。



「コハルさん!コハルさんは俺の事──────」



「──────イっくん、かな」



「……え」



『普通にカズヤって呼んでくれるんですよね?』と言おうとしていた俺の言葉を、彼女は一瞬で遮った。



「だああからなんでそうなるんスかねぇ!?俺はカズヤって呼んでもらいたいんですけど!??」



「いいじゃない。神様と同じ名前なんて、すごく素敵よ♪」



ニコニコと、女2人は笑っていた。



いや、たぶん、からかってるとかじゃなくて、割と本気で言ってるんだとは思うけど…。



「まぁ…じゃあ、それでいいです。これから、よろしくお願いします」



俺は完全に折れていた。



いや、考えても見ろ。女の子2人相手に、口で敵うわけがない。



俺が"イッカ"と呼ばれるのは、最初から決まっていた未来だったんだ…。



…まぁ、別にイッカ。



「あれ…ノア、なんか急に肌寒くなってきた」



「おかしいわねぇ…今日はお外、暖かいはずなのに…」



ものすごくのどかな天気だというのに、何故か寒気を訴える彼女たち。



やかましいわい!あんたらに洒落(しゃれ)など通用しないことくらい承知じゃ!!



「はぁ」



とにかく、俺は嘆息(たんそく)を漏らした。



流れ的に、この世界に居る間は、コハルさんに世話になるっぽいけど。



本当に、彼女達と過ごしていく上で、俺の精神は持つのだろうか…。



とりあえず、まだまだ気になることがあったので、再び質問を切り出した。



「ノアもコハルさんも、ここはどこか全然分からないって言ってたじゃないですか。だったら、他に、この世界について詳しい人っているんですか?」



「うーん、難しい所ね。もちろん、色々な説を訴えているお偉いさんもたくさんいらっしゃるけど。それでも、"これが確実"なんて結論を出せた人は、1人も居ないわ」



やはり、と言うべきなのか。



きっと、ここに居る人たちはみんな、俺と同じように、知らない間につれてこられてたんだよな。



「…最も、この世界について知ろうなんて、地球上に居た頃の私たちが、宇宙の仕組みを解明しようとするのと同じじゃないかしら」



なんとなく呆れたように、コハルさんは笑う。



「ノアはねー!ここはきっと、ウチューの外側にあると思うの!」



コハルさんの隣のちびっ子が、いきなりド級の立論を繰り出した。



「いやぁまさか、それはないだろう」



嘲笑するように、俺はノアの考えを否定する。



「──────いえ」



おもむろに口を開いたコハルさんは、てっきりノアを小馬鹿にするのかと思いきや、意外にも彼女はその意見に肯定(こうてい)的に続けた。



「ノアの考えも、一理あるのよ」



「え、マジですか…?」



驚く俺を尻目に、彼女は続ける。



「ここ"ファタ・モルガナ"は、地球と環境がすごく似ているの。もちろん、地球上であって、そこから"確立"された別世界だっていう意見もあるのだけれど」



──────ゴクリ。



俺は、飲みかけていた紅茶を一気に飲み干した。



「宇宙の外側にある…というよりは、地球よりも、遥か遠くに位置した場所にここがあると考えれば、大方の説明はつくわ」



「なんか…とんでもなくスケールのでかい話ですね。頭が痛くなってきた」



「そんなに難しいことじゃないのよ。ところでイっくんは、宇宙の外側に行くと、どうなるか知っている?」



「いえ…それは。宇宙のことなんて、幼稚園児のころに興味持った位ですから」



「ええー!ノアは、今でもキョーミしんっしんなのにぃ~」



キラキラキラっと、少女マンガに出てくる女の子の目みたいに、ノアは瞳を輝かせた。



「まぁ、それはそれでいいんじゃないか?夢があって、いいと思うぞ」



俺は、そんな彼女の気を悪くしないよう、そのような言葉を投げつけておいた。



案の定、彼女は『うへへ~』と、嬉しそうに妄想ワールドを展開していた。



一体、今彼女の脳内では、どんな宇宙空間が広がっているのだろうか。



ほんの少しだけ気になった。



コハルさんは軽く咳払いをし、話を進めた。



「これも、確実な説ではないけれど。宇宙の外側に向かっていくとね、いつかは必ず、元の場所へ戻ってくるって言われているの」



「へぇ…不思議なもんですね、それは」



「まあ、そうね…正確に言えば、外側という概念(がいねん)自体が、宇宙には存在しない、という方が正しいのかしら」



今更だが、コハルさんって、思いのほかに知的な人だった。



まだギリギリ、彼女の言わんとしていることは理解できるが。



あと少しでも、専門的な用語を織り交ぜられた瞬間に、俺は一気に置いていかれてしまうだろう。



そんなことを考えていると、彼女は突然、窓の方を指差した。



「イっくん、ちょっと外を見て」



「え?あ、はい」



言われるがままに、俺は外を眺めた。



今朝見た時と同じように、果てしない大草原が、永遠と続いていた。



「何か、分かったかしら?」



すごく小さな声で、囁くように、彼女はそう尋ねた。



「いえ…分かることと言えば、すげー大草原が広がっているってことくらいですかね」



「うん。もうちょっと、地平線のギリギリの所に注目して見てもらえる?」



「はい………あ」



そう言われて、じ~っと地平線ギリギリのところをまじまじと見つめていると、俺は"何か"を発見した。



「……蜃気楼(しんきろう)?」



自然と、俺の口がそう呟いていた。



本当にぼんやりと、ではあるが。



地平線の彼方に、ぐにゃりと歪んだ、巨大な建物のようなものが見えた。



「ふふ、見えたみたいね。それじゃあ今度は、こっちに来てもらえるかしら」



彼女はそう言うと、廊下へと続く扉のほうを指差した。



「あ、そっか。イッカにはまだ、見せてないんだもんね」



「んー?それは一体なんのことなんだ、ノア」



「へへーん!見たらわかるよ~ん」



何やら、とても意味深な発言をする彼女。



一体、この後に何が待ってるっていうんだ…。



俺は今朝見た"ヒトガタ"でさえチビりそうになったんだぞ。



頼むから、あれ以上に怖いものは、見せないでくれよコハルさん。



「こっちよ」



コハルさんは、俺を廊下のほうへと誘導した。



10メートル程の廊下の先には、玄関らしき所が見えた。


しかし、そこへ向かうのではなく、コハルさんは、その中間地点で足を止めた。



「あれ、どうしてここでとまるんです?」



「──────しっ」



彼女は人差し指を口元に当て、黙るように指示をした。



血相が変わっていた。



まるで、次に口を開いたら、世界が破滅してしまうかのような、そんな緊迫した空気が流れた。




『ヴヴヴッヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!!!!!!!!!!』




──────!?




表現が出来ない。



それほどまでに不気味で、気色の悪い重低音が、廊下を挟んで"すぐそこ"から聞こえた。



それから1分ほど経って、ようやく辺りはしずまった。



ちらりとノアのほうを見ると、身体をプルプルと震わせていた。



そりゃあ無理もない、俺ですら、今のは相当にビビった。



「──────コハルゥ!」



ガシッと。



ノアはコハルさんに飛びついた。



羨ましい、俺も出来ればそうしたい気分だよ…。



「もう大丈夫よノア。怖かったわね」



「うん…うん…」



めそめそと、コハルさんに抱きつきながらノアは泣いていた。



なんだかんだで、やっぱり子供なんだなあと、自分もビビってたクセにそんなことを思う。



「コハルさん…今のは?」



聞かずにはいられなかった。



そして、聞かなければならないと思った。



「さっき外を見た時は居なかったけれど…今のは、モルガナの外に出没する"モルス"の(うめ)き声よ」



「モルス…?」



「説明すると長くなるから、今は割愛するけれど。とにかく、あまり近寄らない方がいいわ」



彼女の言葉には、表現し切れないほどの重みがあった。



「──────下手をすれば、あなたの"コル"も、そいつに奪われてしまうのよ」



──────トクン。



また、あの痛みが、胸に走る。



彼女たちの言う"コル"というものが何かわからないが。



それでも、それを奪われるというのは、とてつもなくヤバいということだけはなんとなく察した。



「今朝…ノアが部屋に来る前に、外を見てたんです。そしたら、急に真っ黒な人形みたいなやつが居て…」



「うぅ…モルスは嫌ぁ…」



ノアはただ、"モルス"というバケモノを怖がっていた。



「もしかして、そいつがコハルさんの言う"モルス"ってやつですかね?」



「ええ…恐らく、間違いないわ。モルスは基本的に黒くて、赤い大きな瞳を持っているの。見た目はまさしく"死神"ね」



死神…聞くだけで身震いするような、そんな響きだ。



「でも、もう日も沈む頃だし、モルスも現れないはずよ。外へ出てみましょう」



コハルさんがそう言うと、ノアが全力で抗議した。



「ええー!?お外嫌ぁ!!やめようよコハルぅ…」



そりゃあ、このビビり具合だもんな…モルスが居る可能性のある外なんて、出たくない気持ちもわかるが。



「それじゃあ、私はイっくんと2人で出るから、ノアはリビングに戻ってなさい?」



「うぅ…それも嫌ぁ…」



…結局、お姉さんに言い負かされたノアは、渋々と外へ同行することになった。



なんか、結構可愛いとこあるんだな、ノアも。



「…うん!大丈夫、モルスのコルは感じられないわ。行きましょう」



コハルさんがそう言って、玄関の扉のドアノブへ手を差し掛けたその時。



──────ガチャン。



独りでに、ドアノブが回った。



「──────!?」



一瞬にして、玄関の空気が凍りついた。




"ギィィィィィイイイイ"




古く、年季の入った扉が開く音と共に、真っ赤な夕焼けの光が玄関に差しこんだ。



「──────よぉ」



半分ほど開いた扉からその姿を覗かせている"そいつ"は、日差しの逆光でシルエットしか確認できない。



──────しかし。



"そいつ"が身に付けている巨大な鎌。



コハルさんよりも長い、ダラリとした髪。







真っ赤な光に照らされた"そいつ"は──────











──────吸血鬼。







……そう呼ぶに相応しい男だった。









【次回:丑の章 コル】










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