回送タクシー兼相談所
この交差点を曲がれば新幹線の駅のロータリーに出る。そこが俺の目的地だ。
白い手袋を嵌めた手でハンドルを左に切る。車体は滑る様にロータリーに入って行き、少し進んだところで俺は車を停める。
パーキングブレーキを掛け、俺が後ろを振り向くとそこには若い男性がいた。
本日、俺の最初のお客さんだ。
10時までにこの駅に到着、20分までには新幹線に乗り取引先へ向かいたいのだそうだ。
時刻は9時48分。
財布から小銭を出そうとする男にさして慌てる様子はない。この男の要望には応えられたようだ。
もうお分かりだと思うが、俺の職業はタクシー運転手だ。
タクシーマンとして人を運び始めて、1年。これまでたくさんの人を運んで来た。
と言っても、この仕事は仮の仕事だ。
俺の夢は別にある。まぁ、それは後々順を追って説明しよう。
イヤイヤではない、仕方なくでもないが、この仕事を好き好んでやっているわけではない。
時には渋滞に巻き込まれ悪態をつかれたこともあるし、知らない目的地で迷いかけたこともある。
それでも、私が無事に運び終えた人は「ありがとう」と言ってくれる。俺がこの仕事を仮だとしても続ける理由はその小さな感謝だ。
それは、好きということなのかも
知れないが、少なくとも俺は好き好んではいない。
「お陰で間に合いそうだ。ありがとうございました」
男はそう言って車内に設置された液晶パネルに書かれた金額を、ピッタリ払うと財布を綺麗なビジネスバックにしまう。
「どうも、お仕事頑張ってくださいね」
俺の返事に男は笑顔で頷くと、車を降りて構内に入って行く。
その後ろ姿には覇気があった。
それをみた俺は体の中から何か暖かいものが沸き返る感じがした。
「よし、今日も一日頑張りますか!」
俺は制服の帽子を被り直し、車を発進させた。次なるお客さんを求めて。