1幕 故郷への憶い
1964年(昭和39年)8月某日、
朝から快晴で、集まった同郷人たちは、皆、笑顔で目の前の石碑を囲んでいる。
少し興奮気味の若者や、目を潤ませた白髪混じりの紳士、そしてもうすでに泣いている者さえいた。
国道脇の田んぼを横切るように地道が走り、その道を100メートル程行った所に、こんもりと盛り上がった、高さ5メートル外周
150メートル程の土を盛った様な山に、その御堂はある。周りは笹や桜や柿の木などの木々に囲まれ、こじんまりとした佇まいは、
まるで田んぼの中にある小島のようだ。
「もう始めてもいいかい?」
赤ら顔の頭の上に少し窮屈そうなヘルメットを被り腰に白いタオルをぶら下げた現場作業者の尾方が声を掛けた。
「ハイ、お願いします。」
とリーダー格の40代位の男は皆を下がらせた。
徳島県三好市出身の仲間が集まり、この御堂の横に故郷にある石碑と同じ物を建立しようじゃないかと相談し、地元住民の了解をや
っとの事で得て、無事今日の日を向かえたのである。
石碑にベルトが巻かれ、先ほどの作業者が人差し指を、クレーン操縦者に向けてクルクル回すと、ゆっくりと石碑が浮き始めた。全
員が20メートル程離れて石碑を見守っている。
先程から石碑越しに南西の空が陰り始めていることに、尾形は気付き少し作業のピッチを速めた。昨夜のテレビで、予報士が、「明日
は一部を除き概ね晴れるでしょう」と告げていたが、「一部を除き」の一部に当てはまってしまったのか、石碑が台座の真上当たりに
差し掛かった時、ポツリポツリと石碑が濡れ始め、カミナリの音が鳴り出した。台座に石碑が乗った頃には、本降りになり、大粒の雨
が地面で跳ね始めた。
斜めになったヘルメットを気にもせず、尾形が石碑に掛かったベルトを外し始めた事を確認して、リーダー格の男が一歩足を踏み出
したと同時に、辺りが眩しい光に包まれ轟音が鳴り響いた。その瞬間全員が気を失い地面に伏せる形で倒れた。
暫くしてヨロヨロと一人二人と立ち上がり始め、個々に自分の体を診て、異常がないことを確認してからなにが起きたのか考え始めた。まだ、耳の痛みと、キーンと言う音を気にしている者もいるが、すぐに
「カミナリだ」
と白髪混じりの紳士が口を開いた。
「みんな大丈夫か?」
誰かが叫んだ。
その時、クレーンの操縦者が操縦席から飛び降りて来て、「尾方さんは?」と聞いて来た。全員顔を見合わせ、辺りをキョロキョロ
と見渡した。
翌日の朝刊には、玉川の建設現場で三条建設の社員失踪?
と見出しのついた記事が載っていた。
その後、行方不明のまま捜査は打ち切られ、次々新しい事件が起こり忘れ去られていった。