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血まみれの集団

「なんで名前が〔トウ〕じゃなくて〔トウちゃん〕になってやがる!」

「仕方ないでしょ!あたしの心がそう叫んでいるのよ!」

「意味わかんねぇよこの馬鹿女!」

「馬鹿って言わないって約束したじゃない! もう忘れたの?馬鹿ケンジ!」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い!この馬鹿女!」

「非道い! やっぱりあなたって最低の野蛮人だわ!この馬鹿男!」


 セレナはケンジとの罵り合いに見切りをつけ、他のみんなに〔トウちゃん〕自慢を始めた。

トウちゃん自体は好印象で迎えられたのだが、そのネーミングセンスについては誰一人理解を示す者は現れなかった。


 よく見るとトウちゃんが留まる左手には、その鋭い爪が食い込んで赤い血を滴らせている。そんなことは全く意に介さぬといった笑顔でトウちゃん自慢をしているのは、セレナが持つテイマーとしての資質なのかもしれない。もしくは熱中すると痛みも忘れるただのお馬鹿さんなのだろう。






 草原から町へと続く道に入る手前で、向こうから50人ほどの集団が近づいてくるのが見えた。数は力である。PKプレイヤーキラーだとは思わなかったが、万一に備えてケンジ、錆助、玉男、ミナモ、風音が前面に立ち集団とすれ違うのを待った。


「お、おい、あんたら!なんだってそんな血まみれになってるんだ!?」


 すれ違いざま声を掛けてきたのは、冒険者ギルドで話しかけてきたプレイヤーだった。

風音が緊張を解いて応えた。


「なんや、あんたか。いきなり集団で来るから焦ったわ」

「そりゃあこっちのセリフだろ!みんな血まみれじゃないか!怖いにも程があるだろう!」


 指摘されてみると頸動脈を切って全身血まみれの風音を筆頭に、その血をもろに浴びたケンジ、腕が血だらけの錆助、野犬と噛み付きあっている玉男、セルフヒールをたくさん唱えるために敢えて攻撃を受けていたミナモ、皆文句なく真っ赤である。後ろにはオオカミとワシを連れた血みどろのセレナも控えていた。


「うわ、ほんまや!改めて見るとめっちゃ怖いわ!なんやこの集団!」

「おいおいあんた……。いや、まあいい。それよりもだ。何があったのか教えてくれ」

「あー、これな。これは野犬に喉を食いちぎられた結果やな」

「喉を!?それで、大丈夫だったのか?」

「結構ヤバかったなあ、治療キットが無かったら間違いなく死んどった。あんたらも回復出来るようになるまでは羊で我慢しときや。クリティカルな攻撃もろたら一発昇天やで」

「肝に銘じておくよ。ありがとう」

「礼なんてええよ。そんで、そっちの集団は?」

「ああ、数が多い方が安心だろうと思ってな。冒険者ギルドに居た連中で集まったのさ」

「なるほどなぁ。そういやパーティ人数増えとるやろ?何人になったか教えてくれへん?」

「そうそう、これには驚いたな。一気に増えて12人になってたよ」

「そっか、おおきに」

「礼には及ばんよ」

「……真似すんなや、おっちゃん」

「それはこっちのセリフだな」

「……」

「……」


 2人は顔を見合わせクスリと笑い合うと、互いにフレンド登録をして別れた。


「おっちゃんまたなー!」

「待て!まだおっちゃんって年じゃない!」

「ええ?そんな謙遜せんでええよ。ロイドのおっちゃん」

「謙遜じゃねーよ!ったく。またな!風音ちゃん!」


 フレンド登録をした事で、離れたところにいても、いつでも直通回線で会話する事が出来る。電話番号を交換したと思えば分かりやすいだろう。






 町の門が見える場所まで戻ったところで、またもや集団とすれ違う事になった。今度は少なく見積もっても300人以上の大集団のようで、最後尾が今ようやく門から出てきたところだった。


「おいおい錆助なんだありゃあ?」


 ケンジが呆れたような声で尋ねる。


「さあね……」


 錆助には答えようがなかった。

 先程と同じ5人が盾になって歩き、大集団とすれ違った。

 集団の先頭を歩くハイヒューマンの男は、堂々たる偉丈夫である。肩まで届く焦げ茶色の髪を後ろに撫で付け、彫りの深い顔には皺が刻まれ貫禄を感じさせる。男はその深い彫りの奥から覗く青い瞳で、すれ違う錆助達に鋭い視線を浴びせていった。

 集団をやり過ごした一行が緊張を解いてホッと息をつくと、錆助はケンジに話しかけた。


「解った誰かが動いてくれたのかな?」

「だといいがなぁ、今の先頭のおっさんは何者だ?」

「うーん、設定年齢を上げるよりも、獣人寄りにしてわざと皺を付けてる感じだけど、おっさんなのかな?ガウェインさん」

「おっさんかどうかはどーでもいいんだよ! ガウェインってのは何者なんだ? 見た目に気を取られて名前も見なかったぜ」

「なるほど。どうやら〔Royal Knight〕ってギルドのマスターみたいだね。先頭の70人くらいは〔Royal Knight〕ってギルドタグが付いてた」

「〔Royal Knight〕かぁ。ちょくちょく見かけてた気がするな。俺でも覚えてるって事はかなりの大手ギルドなんだろうな」

「たぶんね。よそのギルドなんてほとんど気にしてなかったけど俺も記憶にあるよ。前作のギルドメンバーが集まって、周りにいた人達にも声を掛けた結果があの大集団なんだろうね。それでも300人程度しか動かなかったって見方も出来るけど、人数はもっと増えていくかもしれない。今後どうなるのか、ちょっと見ものだね」






 町に着くとまずは銀行へ向かい、羊毛、羊皮、犬皮を裁縫師三人娘に渡した。ゲーム内の銀行はお金以外にアイテムも預かってくれるのだ。

 犬皮は品質的には良くないのだが、スキル上げに使うにはちょうどいい。

 すると葵が心配そうに訊いた。


「みんなもいろいろ買い揃えなくちゃいけないのに、こんなに貰っちゃっていいの?」

「もちろん。せっかく防具を作ってもらえるのに材料を出し渋る馬鹿はいないでしょ」


 さも当然といった錆助の答えに、咲夜が申し訳なさそうに言う。


「でも、すぐに革鎧を作れるってわけじゃ無いのよ?」

「大丈夫、わかってる。でもそうだね、依頼内容を変更しようか。〔狩りを終えて血まみれで帰ってくる俺達に、サッパリした着替えを用意する〕今回渡すのはその依頼の報酬ってことでどう?」

「「「了解!まかせといて!」」」


 三人娘が素敵な笑顔で答えた。




 三人娘は今ならどうせ綿花畑も空いているだろうからと、まずは綿花の収穫に向かう事にした。

 綿花が普通に手に入るのなら、序盤はコットンでスキルを上げたほうが効率がいいのだ。

 幸い綿花畑は、町を出てすぐの所にあるらしい。


「ちゃんと回復買ってから行くんやでー」

「「「うん、もちろん」」」


 風音の忠告に三人娘が答えた。


「PKには気を付けて! いつでも町に逃げれるようにね!」

「「「うん、でも今なら返り討ちよ!」」」


 錆助の忠告に三人娘が笑って答えた。

 血まみれの淑女おそるべし。






 三人娘と別れた一行は、冒険者ギルドで〔野犬討伐〕依頼の報酬を受け取ると、残りの戦利品も売り払い買い物を始めた。

 まず最初にザビエールの〔初心者向け治療キット〕と〔初級薬剤〕を買った。

 セレナには〔セルフヒール〕の魔法書と魔法触媒〔光の粉末〕を買う。さらに、獣医スキルを上げるために、色違い薬壺と言われている〔初心者向け獣医キット〕と〔動物用初級薬剤〕を買った。獣医スキルは回復魔法を動物に使用した場合の回復量にも影響するので、テイマーの必修スキルと言われている。


 次は錆助とミナモに、必要スキル10の回復魔法〔マイナーヒール〕の魔法書を買う。これでようやく他人の回復が出来るようになる。

 ミナモには必要スキル20の回復魔法〔ニュートラライズポイズン〕も買う。これは解毒魔法である。必要スキル20の魔法書は今の財布の中身では手痛い出費になるが、毒に犯された時に対処法が無ければ死んでしまうのだから、ケチってる場合ではなかった。


 スキルというのは技書や魔法書を読み込めばいつでも覚えられる。スキル値が足りなければ使えないだけだ。必要スキル値というのはその魔法が八割成功する数値で、それ以下の数値だと発動しないというわけではない。もちろんある程度のスキル値が無ければ発動しないのだが、発動可能なスキル値に達すれば、必要スキル値に到達するまで徐々に成功率は上がっていく。必要スキル値を超えると成功率の上昇は緩やかになるが、最終的には必ず成功するようになる。

 ミナモの回復魔法スキルは現在15.2なので、〔ニュートラライズポイズン〕の成功率は三割程度。保険としては充分な成功率だし、スキル20まではそれほど苦労せずに上がるはずだ。


 玉男には必要スキル10の暗黒魔法〔マイナードレイン〕の魔法書を買う。これでようやく玉男にもまともな回復手段が出来た。




 回復手段は一通り揃ったので、次に買うべき物を話し合う。

 ケンジに片手剣の入門武器と言われる〔ブロードソード〕を買い、風音には片手斧の入門武器〔ウォーアックス〕を買った。2人はやっと武器らしい武器で戦えると言って喜んだ。


 そして錆助がセレナに「テイマー向けだから」と探知スキルの習得を勧める。セレナは「テイマー向けなら」と賛成したので〔探知〕の技書を買う。

 何がどうテイマー向けなのかは全く分かっていない様子だ。


 次に火力不足のザビエールの為に素手の技書〔ストレート〕と〔回し蹴り〕を買った。技を覚えて使う事でその攻撃の威力が上がるのだ。剣の技書に〔縦切り〕や〔突き〕といった単純な技は無いのだが、素手戦士には火力不足を補うために多くの技が用意されている。しかしそれらの技を覚えても、まだまだ火力不足なのが素手戦士なのだ。その苦労推して知るべしである。


 その他に魔法職3人の魔法を買いたかったのだが、ここで資金が尽きてしまい、魔法触媒だけ買い足して買い物を終えた。

 今の魔法でもまだスキルは上がるので後回しにしていたのだが、火力不足なのは否めなかった。




「これではいつになったら召還魔法を覚えられるか、わからんではないか!ヴァンパイアへの道が、かくも厳しいものだったとは!」


 玉男の文句は当然のようにスルーされた。

 その横で錆助がケンジに話しかけた。


「要らなくなったナイフ貰ってもいいかな?」

「ああ、それは構わねぇが、魔法戦士にでもなるつもりか?」

「正直迷ってるんだ、効率が悪いのはわかってるけど、今の火力不足を少しでも補いたいし、序盤では役に立てるはずだから」

「効率が悪いことをわざわざ選ぶなんざぁ、錆助らしくねぇなぁ。まあいい、ほらよ!」

「ありがと。一番効率が悪いのは死ぬことだって考えたら、魔法戦士も悪くない気がしてきてさ、いろいろ試すなら今のうちだろ?」

「なるほどなぁ。俺だって前作では、序盤で随分試行錯誤を繰り返したもんだしな、悪くないんじゃないか?」

「そう言ってもらえると少し気が楽になるよ。こんな事態なのに回り道をしてもいいのか迷ってたんだ」

「好きにやりゃーいいのさ。死んじまわなけりゃ文句はねぇよ」






 買い物が済んだのでまた狩りに出かける。大集団と同じ狩り場に行くわけにもいかないので、今度は町の反対側の門へと向かった。

 門をくぐるとこちら側も畑になっており、畑の中を貫く道を歩いていく。

 セレナは錆助に言われたとおり探知を使いながら歩いていたのだが、小動物の気配を探知してしまい立ち止まった。


「リスだわ!もしかして、エゾリスちゃん?」


 走り出そうとしたセレナの襟首をつかんでケンジが止めた。


「おめぇーはもう調教枠残ってねぇだろうが。行ってどうする馬鹿女」

「うるさいわね!見るくらいいいじゃない馬鹿ケンジ!」

「いちいちおめぇーに付き合ってたら、時間がいくらあっても足りねぇーんだよ!」


 また喧嘩を始める2人だった。

 しばらく歩くと、町の反対側にあったのと同じような草原が見えてきた。こちらの方が少し大きいようで、そこにはたくさんの牛が草をむ姿があった。牛皮は三人娘への土産になるし、牛肉はクエストアイテムになっていたので実入りが良い。迷わず牛狩りを開始した。

 牛の巨体とその突進力に最初は苦戦を強いられたが、チロとトウちゃんの活躍もあって無事に狩りは成功した。しばらく苦戦が続いたが黙々と牛を狩っていく。荷物が持てなくなるまで狩り続けた頃にはスキルもだいぶ上がっており、もう苦戦することもなくなっていた。ちょうど空も暗くなってきていたので、今日の狩りはここまでにして町へと戻ることにした。






 町にたどり着くと何やら広場が騒がしい。見に行くとそこには〔Royal Knight〕のギルドメンバーが沈痛な面持ちで佇んでおり、彼等に詰め寄る人々が大声で喚いていた。


「大丈夫だって言ったじゃないか!だから俺達はついて行ったのに、死んじまうなんて!デスゲームなんだぞ?ほんとに死んじまったんだぞ?わかってんのかよ!」

「3人も死んじまうなんて…… 行かなきゃ良かったんだ!そうすれば死ぬことなんてなかったのに…… お前達が行こうなんて言うから!大丈夫だなんて言うから!だから死んじまって!どーすんだよぉー!」


 ギルドマスターのガウェインは、虚空をにらみ据えたまま身じろぎもせず立ち尽くし、彼等の叫びをただ黙ってその一身に受けていた。






 人々の糾弾はいつ終わるともしれず、広場に留まっていた者達に死の実感を植え付けていた。

 錆助達はその場を離れると、今はするべき事を済ませてしまう事に決めた。冒険者ギルドへ行き〔牛肉の調達〕クエストを受けて報酬を貰う。皮以外の戦利品を売り払い、クエスト報酬と合わせたゴールドを7等分にして分け合う。パーティとしての最低限の戦力は整ったとみて、今後の買い物は各自の自由にまかせたのだ。


 葵達と連絡を取って銀行で落ち合い牛皮を渡す。広場の騒ぎはすでに知っているらしく、三人娘の表情は暗かった。今や町中の至る所で皆がその事を話し合っているようだった。


 合流した一行は宿を探す事にして歩き出す。全てのプレイヤーを収容する為だろう、町の半分くらいは宿屋になっているようで、すぐに宿屋は見つかった。錆助は宿屋の主人に何かを確認すると、納得した様子でそこに宿を決めた。ゲーム内の宿屋だけあってペット同伴でも大丈夫だと言われ、セレナはチロとトウちゃんとマシュマロと一緒に泊れることにご満悦の様子だ。


 部屋には風呂がついているらしく、ようやく血を洗い流せると言って喜びながら、皆それぞれの部屋へと向かった。別れる前に三人娘が着替え用にと浴衣を配る。どうやら依頼は見事達成されたらしい。

 風呂から上がり浴衣に着替えてサッパリした一行は、食堂で落ち合い夕食をとった。誰もが料理人の成長を待ち遠しく感じるような、何とも味気ない夕食だった。


 食事が済むと、後で今後の事を話し合おうと錆助が提案した。みんな思っていた事だったので、反対する者など居るはずもない。時間を1時間後に決めて、それまでは自由行動にして別れた。




 1時間後に一行が集まったのは、テーブルが丸く並ぶ大部屋だった。

 皆が席に着くと、錆助は言った。


「さあ、円卓会議を始めようか」

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