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調教師

「ったく…… どーっと疲れちまったぜ……」

「せやなあ、もう帰ろ……」


 誰かさんのもたらした精神的疲労に、皆とっとと帰り支度を始めた。


「ええー!これからって所だったのに!」


 当の誰かさんは三代目チロをペットにしたばかりで鼻息が荒い。しかしその言葉は綺麗さっぱりスルーされた。

 置いて行かれそうになり渋々歩き出したところで、セレナが盛大にすっ転んだ。チロが心配そうにその頬を舐める。セレナは「うへへぇ~」とか言って嬉しそうだ。

 それを見ていた錆助とミナモが意味深な顔で肯き合って、一行から少し遅れて2人で話し始めた。


「その様子だと錆助も同じ事を考えてるみたいねっ!」

「ああ、やっぱりミナモも同じ考えか」

「まあね~、妙におねーさんぶってるところとか、今転んだ感じとか」

「自分をおねーさんって呼んでるくせに、まったくもっておねーさんって感じがしないもんな。転んだ時はやっぱりって思ったよ」

「錆助も同じ考えなら、もう間違いないんじゃないかしらっ?」

「俺だけなら不安だったけど、ミナモがそう思ったなら間違いなさそうだな」

「そうねっ、セレナの中身は〔ちみっ娘〕ねっ!」

「ああ、おそらく背伸びしたいお年頃の〔ちみっ娘〕なんだろうな」


 キャラメイク時に最初に用意されるテンプレキャラは、プレイヤー自身の骨格を元に作られる。現実世界で体を動かす感覚で、ゲーム内の自分を動かせるようにする為だ。そこからのカスタマイズは、人体の常識の範囲内であるならば自由自在といっていい。

 例として、アニメキャラのように眼球が非常に大きくなるようなカスタマイズは出来ない。ザビエールの頭部とボディーのアンバランスさは、おそらく許容範囲ギリギリだろう。

 そしてプレイヤーの現実の状態には関係なく、テンプレキャラには必ず五体満足なキャラが用意され、そこから隻腕や隻眼にするようなカスタマイズも出来ない。代わりにゲーム内では着脱式の装着アイテムを使って、隻腕化や隻眼化が可能になっている。


 カスタマイズの自由度が高いからと言って自分と全く違った背格好のキャラを作ってしまい、慣れない肉体を上手く操れないプレイヤーもいる。

 ミナモほどのキャラメイクジャンキーになると、どんなキャラでも自由自在に動かせるのだが、そんなプレイヤーは極めて稀だ。

 〔よく転ぶ〕というのはのは、そういった現実とは違ったキャラを作ってしまったプレイヤーを見分ける、一番簡単で信頼性の高い判断材料になっている。セレナの転びっぷりを見て、2人の疑惑が確信に変わったのは、とても自然な成り行きだった。


「ただしリアルドジっ娘の可能性があることを最後まで忘れてはいけない。絶対にだ」

「その可能性があるとホントに思ってるのかしら?」

「いや、今回はそもそも言動が怪しいところにトドメの転びっぷりだからな。ちみっ娘だと思ってまず間違いないだろう。可能性を捨てたくないのはただの願望だ。未練だ。笑ってくれてかまわない」

「相変わらずの変態っぷりねっ!まあいいわ……。とにかくっ!この事を玉っちに知られたら危険ねっ!」

「ああ、なんとしても奴に気付かせてはならない!」

「でも玉っちって見た目以外には興味がないようにも思えるんだけど……」

「たしかに!出来立てのロリキャラを披露しに来たミナモにホイホイと付いて来たのが奴との出会いだった!」

「その後前作のミナモにキャラチェンジした私には、まったく興味を示さなかったわねっ」

「年齢的に玉男の守備範囲を超えていたんだろうな」

「そんなこんなで一緒に行動するようになって、私がロリキャラを披露するたびに、危険な反応を示していたわねっ」

「ああ、奴のおかげでミナモが俺たちにロリキャラを披露する事は無くなったな」

「セレナも見た目は充分お姉さんキャラなんだし、大丈夫なんじゃないかしら?」

「そうであって欲しいとは思う、だがしかし!ミナモの場合、中身はちみっ娘じゃないことがバレバレだったけど、今回は中身がちみっ娘なのだから、玉男がどういう行動に出るのか全く予測が出来ん!」

「そうねっ、やっぱり玉っちに知られてはいけないわねっ!」

「ああ!仲間内から犯罪者を出すわけにはいかん!絶対にだ!」

「犯罪者…… 犯罪者ねぇ…… もしかしてっ!ちみっ娘にセクハラ行為を働いても灰色ネームになるのかしら?俄然興味がわいて来ちゃったわねっ!こーなったら玉っちをけしかけて確かめてみるしかないんじゃないかしらっ?」

「ミナモさんこらえて!そこは確かめちゃいけない領域だから!ロリコンセクハラ集団なんて噂が立ったら町中敵に回しちゃうから!」






 話がまとまったところでちょうど葵達のもとへ辿り着くと、すぐに三人娘が風音を取り囲んだ。


「ちょっと!風音ちゃん!血だらけじゃないの!」

「平気やで葵ちゃん。もう体はピンピンしとんねん。敵の血は剥ぎ取りと同時に綺麗さっぱり消えてまうのに、自分の血は消えへんみたいやな。前と比べるとグロさの演出が増し増しになっとるわ。ほんま悪趣味やで」

「でもそんなに血が出るって事は、相当酷い怪我だったんでしょう?本当に大丈夫なの?」

「ありがとなクレアちゃん。正直むっちゃ痛かったし結構ヤバかったわ。みんなも町に帰ったら最優先で回復手段手に入れてな」


 三人娘は少し青ざめながらウンウンうなずいた。

 後ろの方でザビエールもうなずいていた。


「私達、なるべく早くみんなの防具を作れるようになるわ!」

「それは頼もしい限りやな咲夜ちゃん。ほんまにありがたいわ。うちらに手伝えることがあったら何でも言ってな」


 三人娘は決意のこもった眼差しでウンウンうなずいた。

 その後効率よく裁縫スキルを上げる方法などについて話し合っていたが、咲夜がふと一点を見詰めると、他の2人もその視線の先に釘付けになった。三人娘は同時に走り出していた。


「キャー!なにこの子!可愛い!可愛すぎるわ!」

「もっふもふよ!もっふもふだわ!」

「チロっていうのね!凛々しいのに優しい顔をしてるのね!なんて素敵なワンちゃんなの!」


「えっへん!あなた達にもチロの素晴らしさがわかるのね!こっちの怒りんぼさん達とは大違いね!でもあげないわよ!チロはあたしの生涯のパートナーなんだから!」


「あなたがセレナちゃんね!実際に合うのははじめましてね!」

「この子、セレナちゃんのワンちゃんなのね!可愛い!とっても可愛いわ!」

「正直欲しくて堪らないけど、こればっかりは仕方ないわね!とにかく!チロもセレナちゃんもよろしくね!」


「うへへへへぇ~」


 チロの大人気にセレナは満足そうである。

 調教された動物やモンスターは、飼い主が名前を付けるとリネームされてもとの名前が分からなくなる。チロは調教された瞬間に〔シンリンオオカミ〕から〔チロ〕にリネームされたので、三人娘はてっきり犬だと思いこんでいるようだった。もしオオカミだと分かっていたならば、三人娘の行動は……それでも今とまったく変わらなかったに違いない……。






 町に戻ったらスキル上げに専念するという葵達のために、全員が荷物を持てなくなるまで羊を狩ってから町へと向かった。

 しかし歩き始めた途端にセレナが突然奇声を上げて、全然違う方向へ走り出した。


「ういっきゃぁあああああ!」


 見るとライトクロスボウに矢をつがえている。

 セレナは走り寄った樹木に向かっておもむろに矢を放った。

 恐るべき事に最初の一矢で標的を射抜いたらしく、木の枝から何か白くて小さな物が落ちてくるのが見えた。

 それが地面に落ちる前に受け止めると、セレナは一気にまくし立てた。


「キャー!マシュマロちゃん!会いたかったわ!こんなところで出会えるなんて、奇跡よ!運命よ!もうあなたの事を一生離さないわ!ずーっと一緒にいましょうね!約束よ!マシュマロちゃん!マシュマロちゃーん!んむぅー!んっ!んっ!んっ!んっ!」


 なにやら手の平に乗っている物に向かって、盛んに口づけを繰り返しているセレナの背後にケンジが追いついた。


「やい、馬鹿女。おめぇの生涯のパートナーはチロだけじゃなかったのか?」

「なに言ってるの?マシュマロは別腹よ!当たり前じゃないの!」

「けっ!今度は喰い殺すつもりかよ」

「そんな事するわけないでしょ!馬鹿な事言わないで!」

「今にも喰い殺しそうな勢いでなに言ってやがる」

「しません!」

「まあいい。〈動物を傷つけてはいけません!〉なんて言ってた奴にしては成長したもんだ」

「だって…… 嫌だけど、仕方ないもの……」

「だから成長したって言ってんだろうが。このゲームじゃそれが正解なんだよ。それで? 上手くいったのか?」

「フフフフフッ! ご覧なさい! これがあたしのマシュマロちゃんよ!」

「ほう、小鳥じゃねぇか。白っぽくて丸っこいからマシュマロか」

「そうよ! この子達〔シマエナガ〕は北海道にしか居ないから見たことがなかったのよ。会いたくて、会いたくて、会いたくて!キャー!マシュマロちゃーん!んむっちゅー!」

「ほう、北海道か。此処はどうやら随分北にある町みてぇだな」

「そうなの? じゃあ、寒いところにいる動物達と出会い放題って事?」

「あくまで雰囲気だけどなぁ、寒い所に住んでそうな動物はなんとなく北に、暖かい所に住んでそうな動物はなんとなく南にいるはずだぜ」

「北の方が断然好みよ!それはとっても楽しみね!」

「おいおい、チロとマシュマロの立場はどうなる」

「そ、そこはそれよ!」

「だがなぁ、俺たちがペットに出来るのは普通のペットが1匹と小動物が1匹って事に、前作では決まってた。普通のペットを飼わずに小動物を2匹飼ってた奴もいたが、それはまぁ置いといて。おめぇはテイマー(調教師)だからプラスペット1匹だ。マシュマロが小動物だから、おめぇが調教できるのは、残りペット1匹ってこったな」

「ええええええ?そんな!そんなのつまらないわ!何とかならないの?」

「まあ今回も同じ仕様とは限らねぇよ。それと調教スキルが上がればペットに出来る数も増えていくはずだ。後は厩舎に預けたり、ペット屋に預かって貰ったりすりゃあ、それで空いた枠の分だけ調教できるって寸法だ」

「チロやマシュマロを閉じこめるなんて言語道断よ!そんなのは却下です!うううううっ、一刻も早く調教スキルを上げなければっきゃぁぁあああああ!」


 セレナがまたもや突然走り出したのを見て、ケンジはため息をついて後を追った。


「まったく……あいつの頭ん中はどーなってやがる」


 走りながら矢を放ち、ヘッドスライディングで目標を確保するセレナ。


「捕まえたわ!見つけちゃったのよ!マシュッ……わたっ……かわいこちゃん! あなたはもう私の物よ!もっふもふー!キャー!」

「おいおい馬鹿女。説明した途端に調教枠埋めちまいやがって。もう調教できなくなってもいいのかよ。つーかいまマシュマロって言わなかったか? またまた鞍替えする気か? おめぇは」

「し、しないわ!言ってないわよマシュマロとかわたあめだなんて! だいたい仕方ないじゃない、こんな子がいたら放っておけないわ! それにこの子は違うもん!」

「どういうこった?」

「まあ見てなさい!」


 それだけ言うと、セレナは何やら白い物体を抱えてみんなの元へと歩き出した。

 それを見て裁縫師三人娘が凄い勢いで駆け寄ってきた。


「そ、その子はまさか!そのもっふもふの白い毛玉は!」

「もはや生き物なのかも疑ってしまう、そのまんまるの白い毛玉は!」

「まさか〔アンゴラウサギ〕ちゃん?」


「えっへん!その通り!この子を3人にプレゼントしようと思うんだけど、いかがかしら?」


「「「キャー!欲しい~!」」」




 セレナは調教枠を確認するために、そのままもう1匹調教しようとしたのだが、残念ながらやはり無理だった。仕方なく1匹ずつ譲渡しながら3人分のアンゴラウサギを捕まえた。


「ん~幸せ!もっふもふだわ!もっふもふよー!」

「なんて柔らかくてあったかいの!」

「こんな可愛い子に出会えるなんて!素敵!」


「「「ありがとう!セレナちゃん!」」」


「お近づきのしるしよ、気にしないで」


「マシュマロちゃんも可愛いわね!」

「ええ!そんな可愛い小鳥見た事無いわ!」

「その子も欲しいけど、ここは我慢しないとね!」


「うへへへへぇ~」


 マシュマロを褒められてご満悦の様子である。

 三人娘が離れていくと、代わりにケンジが近寄ってきた。


「おい馬鹿女、おめぇ自分じゃ連れ歩けねぇからって人に斡旋し始めやがったな?」

「そ、そんなわけないじゃないの、好き勝手言わないで! あの子は羊みたいに毛を刈れるウサギなのよ! 3人にちょうど良いじゃない」

「なるほど、あの3人の食いつきっぷりはそのせいだったか」

「それにあの子は野生じゃ存在しないはずなのよ。毛を刈ってあげないと死んじゃうかもしれないの」

「ほう、ただの馬鹿かと思ってたが色々考えてるじゃねぇか」

「あたりまえよ!馬鹿にしないで!」

「そうだな、マシュマロの事といい動物の知識はたいしたモンだ。もう馬鹿とは言わねぇよ。よろしくな、セレナ」


 頭をポンポンと叩いて去っていくケンジに頬を赤くしてセレナが抗議した。


「なによ!ケンジ!子供扱いは許さないんだから!このっ馬鹿ケンジー!」


 振り向いて何かを言おうとしたケンジの目に不吉な影が映った。

セレナの周りを飛んでいたマシュマロに向かって、ものすごい早さで襲いかかる影が目に入ったのだ。

 ケンジは考える間もなくとっさにその影に斬りつけた。間一髪、マシュマロへの攻撃は逸れて影は地面に体を擦らせる。追撃に走るケンジの目には、セレナが放った矢が影の体に穿たれる瞬間が映った。間髪入れずに追撃の一閃がきらめく。返す刀でもう一撃とケンジが思ったその瞬間、セレナが影に覆い被さった。


「トウちゃん!」

「はあああああああ? 急に何を言い出しやがる! なんでそいつがてめぇの父ちゃんなんだ!」

「トウちゃんよ!間違いないわ!〔ハクトウワシ〕の〔トウ〕ちゃんよ!私のトウちゃん!私に会いに来てくれたのね!そっちから来てくれるなんて嬉しくて死んでしまいそうよ!もう一生離さないわ!これからはずーっとずーっと一緒よ!トウちゃーん!」

「まぎらわしい名前付けてんじゃねぇー!しかも結局調教枠全部埋めちまってんじゃねぇか!こんの節操無しの馬鹿女ぁー!」

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