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チロの受難

 予想を遙かに超えて手痛いダメージを受けてしまった戦闘を終え、暗い顔で自分の傷を回復し始めた仲間達に、風音が笑って話しかけた。


「しっかし、こんな薬壺と軟膏であんな大怪我が治るなんて得した気分やなあ」


 風音が言っているのは治療キットの事だ。初心者向け治療キットの見た目は、まんまただの薬壺で、中に入っている初級薬剤はどう見てもただの軟膏だ。サッカーボールほどの大きさの薬壺を抱えて軟膏を塗りたくって回復している姿は、前作でも随分と笑いの種になっていた。実際にはアイテムポーチから取り出す必要はないので、薬壺を抱えて回復するのは、あくまでネタである。

 初級薬剤は治療キットがなければ軟膏の状態にはならず、立方体の固形物だ。包装を解いて薬壺に投入することで軟膏の状態に変化する。治療キットと中の軟膏は譲渡不可アイテムなので、他人に譲渡するためには薬壺に入れずに持ち歩く必要がある。


 アイテムポーチの方は、この手のゲームでは定番になっている魔法のアイテムポーチで、見た目の容量や口の大きさをを無視してアイテムが入れられる。中にあるアイテムを頭にイメージして手を入れれば、きちんとそれが取り出せるようになっていて、軟膏をイメージすれば、薬壺の中の軟膏をすくい出せるようになっている。プレイヤーの筋力や魔力によって入れられる重さが決まり、それ以上は入れられないが、重さを感じるわけではないので普段は邪魔にならない。


「風音ちゃんってばタフねぇ、大怪我しても損得勘定だなんてっ。そっか、ボインボインなのは無いより有った方が得した気分だからなのねっ?」

「今それは関係ないやろミナモー!」

「ふふふっ!この薬をリアルに持ち帰れれば、誰かさんの乳苦も治るかもしれないわねっ!」

「誰が乳苦だ、誰がー!」

「あら?風音ちゃんのことだなんて一言もいってないのに、おかしな風音ちゃんねっ!それとも……やっぱりそういうことなのかしら?」

「うううぅ~ミナモのアホー……」


「やれやれ……相変わらず真面目モードの続かねぇー奴らだぜ!」

「まったくだよ……」

「だがしかし!それでこそじゃのう!ガーッハッハッハッハッハ!」




《ちょっと!悲鳴がこっちまで聞こえたけど大丈夫なの?》


 ちょうど会話が一段落したところで、葵さんがパーティチャットで訊いてきた。


《ごめんごめん、ちょっとドジってもうたけど、全然平気やでー。心配してくれてありがとなー》


 間髪入れずに風音が答えた。


《それならいいんだけど…… くれぐれも無理はしないでね!みんなも気を付けて!お願いよ!》

《気を付けてね!》

《気を付けて!》


 葵の言葉にクレア、咲夜も続いた。これには5人ともが答えた。


《元気百倍やで!おおきに!》

《おう!まかせとけぇ!》

《大丈夫だよ、ありがとう!》

《グァーッハッハッハッハァー!これで奮い立たねば男が廃るわい!》

《まかせといてっ!この私がいる以上、二度と風音ちゃんのお乳に苦しい思いをさせたりなんかしないんだからっ!》

《ちょ!ミ~ナ~モ~ッ!》


《《《???》》》


 三人娘にはまだ伝わらないようだ。


《ううう……。ほんなら……また、後で……》


 パーティチャットを終えた風音は、どーも今の会話に1人足りなかったような気がしたが、あえてそれ以上考えない事にした。






 回復も終えて風音の調子を確認すると、「どんとこいやぁー!」という返事が返ってきたので、野犬狩りを再開する事にした。

 その後は2~3匹との戦闘が続き、特に危なげもなく野犬を倒していく。再び4匹同時に襲ってきた時にはそれなりにスキルも上がっており、さほど苦労することなく倒すことが出来た。序盤のうちはスキルは面白いほどの早さで上がっていくので、苦戦した相手でも狩り続けていれば楽に倒せるようになったりするものだ。この調子でどんどん行こうと、さらに野犬をおびき寄せる。今度は3匹で、油断さえしなければ問題なく狩れるはずの相手だった。予想通り野犬は最後の1匹になり、その1匹も後一撃で倒せると、ケンジがナイフを振りかぶったその時だった。


「だ~めぇ~!動物を虐めてはいけませーん!」


 ズサーーーーーーッ!

 っと地面を滑り、1人のハイエルフ女性がケンジと野犬の間に滑り込んできた。

 そのまま野犬にしがみつき、ケンジに向かって抗議を始めた。


「犬は人間の一番の友達ですよ!殺してはいけません!おねーさんは許しませんよ!あなたはなんて事をするんですか!鬼ですか!あなたの血の色は何色ですか!黒ですか!紫ですか!いっそのこと黄緑色にしてやろうかしら!」


 まくし立てると、呆気にとられているケンジをほったらかして、野犬に語りかけ始めた。


「怖かったでしょう?もう大丈夫よ?おねーさんが付いているからね?よーしよし、こんなに血だらけになっちゃって、酷い人達ね!大丈夫、私が守ってあげるからね、もう大丈夫よ、安心して」


 いきなりすぎて理解が追いつかないながらも、なにかしら声を掛けようと、錆助が突然の闖入者に向けて一歩踏み出した時だった。


 ガブッ!

 野犬が〔おねーさん〕とやらに噛み付いた。当たり前である。

 野犬はカッポリと女の顔面に食いついて、その顔をスッポリと口の中に納めた。


「っ……うっ……っ…っ…んんーんーーっんー!ぷっはぁー」


 なんとか脱出したようだ。


「大丈夫、怖くない…… 怖くないのよ、チロ…… 落ち着いて、大丈夫だから、ね。おねーさんはあなたの味方よ。ほーら、怖くない……」


 ガブッ!

 野犬が〔おねーさん〕とやらに噛み付いた。当たり前である。

 今度は腕でガードしたようだ。野犬に腕を噛ませながら、女は話し続けた。図々しくもいつの間にか野犬に名前まで付けている。


「ほーら、落ち着いて、チロ、私はあなたの味方なんだから、お友達になりましょう?ね?怖くないのよ?ほら、お願いだから腕を放してちょうだい。ね?チロ?」


 野犬が〔おねーさん〕とやらの腕を放す様子は全くない。当たり前である。


「うふふ。チロったら甘えん坊さんなんだから。そんなにじゃれないで。そんなに焦らなくっても大丈夫よ。これからはずーっと一緒なんだから。お友達でしょ?だからとりあえず放してちょうだい?チロ?」


〔おねーさん〕とやらは少し本気でもがき始めたようだ。


「痛いってばぁ、チロ!めっ!よ?あなたは力が強いんだから少し加減してくれないと、おねーさん痛いじゃないの。わかるでしょ?ね?良い子だから、放してちょうだい。お友達なんだから……ね? ほら?チロ?いい加減にしてちょうだい。痛いわ!」


〔おねーさん〕とやらは少し本気で焦り始めたようだ。随分ジタバタしている。

ようやくケンジが平常心を取り戻したらしく、錆助に話しかけた。


「おいおい、なんなんだこの馬鹿女は…… もう血まみれで真っ赤じゃねぇか。ほっといたらこのまま死んじまうぞ?この馬鹿」

「確かにな…… もうHPが残り3分の1になってるし……止めるか?」

「正直関わり合いにはなりたくねぇが、目の前で死なれるのも後味悪いしなぁ……どうする?」


「ほっといてちょうだい!私とチロの愛の深さを思い知るがいいわ!野蛮人!」


「だとよぉー錆助」

「まったく…… やれやれだ……」

「いっそ私がトドメを刺してあげようかしら?この馬鹿女っ!」

「いやいや、ここまで馬鹿だと結末を見届けたくなってしまうやんか?」

「それもそうねっ!私としたことが、こんな面白馬鹿を殺してしまおうだなんて、どうかしていたわっ!」

「うむっ!我が輩、馬鹿は嫌いでは無い!」


 そんなこんなで見届ける事になってしまったのだ……。




「好き勝手言ってるがいいわ!野蛮人!チロッ!私は最後まであなたの味方だからね!」


〔おねーさん〕とやらはやぶれかぶれになったのか、もがくのを止めて逆に野犬を抱き寄せた。

 するとどうだろう、奇跡でも起きたのか、急に野犬の様子が変わった。


「グルルルルゥ……クゥーン、クゥーン」

「チロ!やっと分かってくれたのね!もう放さないわ!これからはずっとお友達よ!おねーさんがずーっとあなたを守ってあげるからね!チロ!……チロ?何処へ行くの?待ってチロー!」


 野犬は〔おねーさん〕とやらを引きずって、仲間の群れの方へと帰っていこうとしていた。戦闘による興奮状態が治まった瀕死の獣は自分の群れへ帰ろうとするのだ。

 風音とミナモは、もう笑いが止まらない様子だ。


「まってチロ!そっちじゃないわ!そっちは駄目!私はここよ!あなたのお友達はここにいるのよ!ねぇ!チロってば!聞いてちょうだい!お願いだから!」


〔おねーさん〕とやらは野犬にどこまでも引きずられながら、必死の訴えを投げ掛け続けている。


「ねぇ!チロ!そっちは駄目だってば!私の話を聞いてちょうだい!あなたの事を愛しているのよ!チロー!」


〔おねーさん〕とやらは力いっぱい野犬の首にしがみついた。


 ガブッ!

 攻撃されたと思った野犬が、再び戦闘状態に入って〔おねーさん〕とやらに噛み付いた。


「チロー!どうしてなの?どうしてわかってくれないの?私はこんなにあなたを愛しているのに!」


 風音とミナモは、手を叩いて笑っている。

 そろそろ助けないと本当に死んでしまうと思った錆助は、大きくため息をついた。


「はぁぁああ! ほんっと…… やれやれだよ……」


〔おねーさん〕とやらはそれでも野犬の首にしがみついて、涙ながらに訴えていた。


「チロー!ウェッ、ヒック、グスッ。チローッ!お友達になりましょー!ヒック、グシュッ。チィーロォーーーー!!」


 その時だ!奇跡は起きた!

 野犬が「クウゥーン、クゥウーン」と泣きながら、群れに向かう……こともなく!〔おねーさん〕とやらの顔を舐め始めたのだ!


 風音とミナモは唖然と立ちつくし、玉男はうむうむと首を縦に振っている。ケンジと錆助は「やれやれだぜ……」と呟きながら、首を横に振っていた。

〔おねーさん〕はあらん限りの力で〔チロ〕の首に飛びついて、一緒にゴロゴロと地面を転がり始めた。


「チィーロォー!私の初めてのお友達!チロー!好き好き大好き!もう一生あなたを放さない!チロー!」


 ゴロゴロゴロゴロゴロー

 ゴロゴロゴロゴロゴロー

 ゴロゴロゴロゴロゴロー


 ようやく止まった〔おねーさん〕の腕の下で、〔チロ〕は息絶えていた……。


「嫌ぁー!チロ!どうして?どうしてよー!チロー!何で死んじゃったの?なんでなのー?チロー!」


 風音とミナモは、立ってることも出来なくなり、腹を抱えて笑い転げていた。

 玉男は少し哀愁の色を漂わせ、ケンジと錆助はひたすら呆れかえっていた……。






 泣きながら正座で怒られているハイエルフの女性がいた。


「まーったくてめぇは!自分で殺しちまうなんざー、いったいどういう了見だ!」

「ヴヴヴヴヴッ、なんで、なんでチロは死んでしまったのぉーッ!」

「おめぇーがその手で殺しちまったんだろうが!」

「だってだって!あたし殺してないー!殺してないよぉー!」

「っかぁー! まったく、どーいやわかるんだ? この馬鹿女!」

「はぁぁああ! まったく気乗りはしないけど、俺が説明するよ」

「おお、頼んだ錆助!」

「ハイハイっと。そのまえにあなたのお名前は?」

「セレナ……」


 セレナと名乗ったハイエルフは、テンプレのままだと少し人間離れしてきつい顔になりがちな種族でありながら、とても柔和で人間らしい顔つきをしていた。随分明るめで少し黄色がかったブロンドの髪が腰まで伸びていて、薄茶色の瞳はとても穏やかな印象を受ける。長身でスレンダーな体型だが出るべき所は程よく出ていて、かなりの美人といって差し支えない。だがその性格はいささか残念な事になっていた……。


「よろしくセレナ。俺は錆助。とりあえず君は調教師テイマーなんだね?」

「うん、そうよ……」

「さっき初めての友達とか聞こえたけど、ここに来るまでに調教スキルは上げてこなかったの?」

「ヴヴヴヴヴッ、チロ……チロ以外のお友達なんてあたしいらないもん……」

「はぁああー。いきなり野犬だなんて、無茶も良いところだよ。さっきだって相手が瀕死じゃなかったら、すぐに殺されてたとこだったんだよ?」

「大丈夫よ……愛があるもの……」

「うーん。武器も装備してないのはどうして?」

「動物を傷つけるなんて、いけない事よ」

「だけど、少しでも自分でダメージを与えないと、調教なんて出来ないだろ?」

「そんな事、おかしいわ!愛があったらそんな事出来ないはずよ!」

「だけど、君はさっき相手にダメージを与えたから、調教に成功したんだよ?」

「与えてない!そんな事してないわ!」

「してたんだよ、セレナ。さっき君はずっと野犬に組み付いた状態だった。武器を持たない取っ組み合いをしていれば素手スキルが上がるんだ。そうやって上がった素手スキルで、君は相手にダメージを与えていたんだよ。そして今はPKも出来るようになっている。調教が成功して仲間になったチロに君は思いっきり組み付いて、ダメージを与えてしまった。瀕死だったチロは、それで死んでしまったんだよ」

「ヴヴヴヴヴッ!そんなのってないわ!ひどい!あんまりよ!チロを返して!チロォォオオオ!ウワァァァアアアーンッ!」


 泣き崩れてしまったセレナを見て、錆助はまた「やれやれ……」といって首を振った。




 セレナが少し落ち着くと、ミナモが不思議そうな表情を浮かべて聞いた。


「あなたって、デスゲームだっていうのに、よく1人でこんな所に来たわね?」

「デスゲームって何?」

「「「「「え?」」」」」


 これには全員驚いてしまった。


「デスゲームって言われて、みんな驚いてたみたいだけど、あたし意味がわからなくって」

「ゲームで死んでしまったら、現実の自分も死んでしまうゲームってことよっ!」

「えええええええええ?そんな!酷いわ!そんなの詐欺よ!」

「だからみんな驚いてたのよっ!あなたってそんなことも知らないのねっ!このゲームのことも全くわかってないみたいだし、どうなってるのかしら?」

「あたし、VRゲームなんて初めてで、動物と仲良くなれるっていうから楽しみにしてたのに、こんなのってあんまりだわ!」

「なるほどねぇ。それで怖いもの知らずにこんな所までこれちゃったのねっ!」

「だってゲームだっていうのにみんな動かないなと思ってたら、元気の良い子が狩りに行くぞっていうのが聞こえたから」

「あら?それは聞き捨てならないわねっ!詳しく聞かせてもらえるかしらっ?」

「うん、なんかみんなが固まっちゃってるところに、悲鳴まで聞こえてきて、なんなのこの嫌な雰囲気は?って思ってたら、すっごい元気の良い子がうおりゃああ!って走り回って狩りに行くぞぉおお!って言ったから、あたしも行こうかなって。とにかくチロを探し回って、すいぶん歩き回ったけど、ここに来てやっと見つけたのよ!あたしのチロー!」


 ズシャッァア!

 ケンジがまた崩れ落ちた。


「あらあら、またケンジのお客さんだったのねぇ。あなたってばホントに罪作りねっ!」

「このゲームは馬鹿しかいねぇーのかぁ!ちきしょぉぉおお!」

「それはちょっと酷いんじゃないかしら? 今回は右も左も分からない、戦うつもりもない素人を狩りに誘っておいて、1人っきりでほったらかしちゃったんですものねっ!」

「ッダァァアアア!ミナモてめぇー!無理矢理俺が誘ったことにしてんじゃねぇー!」

「いやいや、ケンジ。うちもミナモに賛成やで。ずぶの素人さんを誘っておいて知りませんでしたは無いやろー。セレナ!さっきは笑って悪かったなぁ。うちはもうあんたの味方やで!」

「そうよ、セレナちゃんっ!笑って悪かったわっ!私もあなたの味方よっ!あなたを狩りに行くぞぉおお!って誘っておいてほったらかしたのは、あそこでうずくまっている馬鹿男よっ!」

「ふ~ん、そうなんだ、あれはあなただったの。ケンジっていったかしら?とっても元気が良いのね! じゃあ、もう一度チロを捕まえてきてくださる?」

「てんっめぇー!調子に乗ってんじゃねぇー!なんで俺がてめぇーの為にチロを捕まえなくちゃならねぇーんだ!だいたいチロはもう、てめぇーがその手で殺しちまっただろうがぁー!この馬鹿女ぁー!」

「ヴヴヴヴヴッ、非道い!」

「ちょっとケンジっ!酷いじゃないのっ!あなたが誘った素人なんだから、あなたが面倒を見てあげたらどうなのっ?」

「そうやでケンジ!ド素人を誘っておいて、一度や二度の失敗で放り出すなんて、どうかしとるで!セレナはチロを失って傷心なんやから、チロのもう1匹や2匹くらい、捕まえてやったらええやんか!」

「チロのもう1匹や2匹っておかしいだろぉーが!チロってなぁさっき死んじまったあいつの事だろうが!」

「ヴヴヴヴヴッ、チロはチロだけど、死んでしまったんだから、仕方がないもの。だったらまたチロを捕まえるしか無いじゃない!」

「その理屈がおかしいって言ってんだろぉーがぁー!こんの馬鹿女ぁー!」


 そんなわけで、もう一度チロを捕獲する事になってしまったのだ……。






 セレナをパーティに迎え入れる。葵さん達と一通り挨拶をすませる。チロを捕まえるためには周りの野犬を始末するしかない事を、なんとかセレナに理解させる。セレナに与ダメージ手段として、初期装備だった〔魔法弓〕の〔ライトクロスボウ〕を装備させる。そうやってようやく、チロ捕獲作戦を開始する事が出来た。

 おびき寄せた野犬の最後の1匹が瀕死になったところで、セレナが調教を開始する。一度調教しているからスキルも上がって楽勝だろうとふんでいたのだが、セレナがチロを仲間にするまでには、先程と同じくらいの時間が必要だった。

 チロ調教の最終局面。仲間になったチロにまた抱きつこうと両手を持ち上げたところで、先程の失敗を思い出したセレナが動きを止める。両手を頭の横に持ち上げて威嚇姿勢を取るセレナに、平伏姿勢を取って応えるチロ、それを見て笑う風音とミナモ。錆助とケンジは「やれやれだぜ……」とまたつぶやいた。




 チロが回復するのを待って思う存分抱きついたセレナに、またやっかいな問題が持ち上がった。


「チロに仲間を殺させるだなんて出来っこないわ!」

「それで? 羊でも狩らせる気かい!そんなん狩らせてもチロはたいして強くなれへんで!そのまま魔物と戦わしたら、チロが死んでまうやないかい!」

「ヴヴヴヴヴッ、だって、仲間を殺させるだなんてあんまりだわ! チロが可哀相よー!」

「そんでチロが死んでしまってもいいっちゅうんかい! チロとその他のチロと、どっちが大切やねん!」

「そんなの、その他じゃない方のチロに決まってるじゃない!」

「だったら答えも決まっとるやないかい!」

「ヴヴヴヴヴヴッ!」


 そんな会話があって、セレナとチロを加えて野犬狩りを再開した。

 セレナにはチロへの命令以外のことをさせずに後方で待機させて、チロは一戦ごとにしっかり回復させる安全策で、狩りは順調に進んでいった。殲滅スピードも上がってそれなりに森に近い位置まで前進したところで、思わぬ事態が起きた。森の茂みから飛び出してきた一回り大きな犬影に、チロが噛み殺されてしまったのだ。


「チィーロォオオオオッ!」


 悲痛な叫びをあげて、セレナが飛び出した。大型の犬影がセレナに飛びかかる。

 間一髪。ケンジと風音が間に割って入って、交戦状態になった。錆助がようやくセレナを捕まえた。


「離してー!チロー!チロォー!」


 セレナを後方へ引きずりながら錆助が叫んだ。


「まずいぞ!そいつはシンリンオオカミだ!はぐれならいいけど、群れで来られたらおしまいだ!出来るだけ森から引き離せ!」

「おう!わかった!風音!大丈夫か!?」

「はいな!まかしとき!」

「離してぇー!チロー!チロー!チロー!」


 幸いなことに群れからはぐれたシンリンオオカミだったようで、1匹だけを相手に、後退戦は成功した。

 充分に森から離れたところで、錆助とセレナ以外の4人でシンリンオオカミを取り囲む。勝敗は決したかに見えたその時。セレナが叫んだ。


「駄目ぇー!殺さないでー!その子が本当のチロよ!殺しちゃ駄目ぇー!チィロォオオオー!」

「はあああああああ?何言ってやがるこの馬鹿女!こいつがおめぇーのチロを殺した犯人だろうが!」

「違うわ!その子がチロだったのよ!一目見た瞬間に運命を感じたわ!その子が本物よ!あたしとその子は結ばれる運命なのよ!お願いだから殺さないでー!」

「まぁーったくおめぇーって奴は……。節操がないにもほどがあんぞ!こんの馬鹿女ぁ!」




 そして三度目の調教ショウが開幕する。さすがに今回は風音とミナモにも笑いはなく、呆れて眺めているだけだった。

 瀕死になって何度か錆助に引き剥がされていたが、最後には一回り大きくなったチロを手なずける事に成功して、お決まりの威嚇姿勢と平伏姿勢を披露した後、体力の回復を待ってようやくセレナがチロに抱きついた。


「チィーロォー!よーしよしよしよし!もうずーっと一緒よ!おねーさんあなたの事を絶対に離さないわ!好き好き好き好き愛してるわー!チロォー!」

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