戦鬼
玉男は座って自然回復の体勢に入り、覚え立てのセルフドレインを詠唱した。
何も起こらない…… 詠唱した。 何も起こらない…… 詠唱した。 何も起こらない……
スキルが低いうちは魔法の発動に失敗してしまうのだ。それでもスキルは上がっていくので、いずれは成功する事になる。
何度目かの詠唱でセルフドレインが発動する。玉男の体から黒い靄のような物が浮き上がりすぐにまた元の体に吸い込まれた。
しかし、何も起こらない……
玉男のHPの回復速度は、魔法発動前と全く変わらないように見える。さすがは練習用魔法……。
スキルが上がると効果も上がってくるのだが、その頃にはもう上位の魔法を覚えてしまっている。それでもMPもSTも枯渇して自然回復するしかない時には、それなりに役に立つというか、保険程度にはなるというか、掛けないよりは掛けたほうがましというか……とにかく色々と微妙なのだ。
しかし玉男は、そんな事にはお構いなしで
「フオオオオオオッ!素晴らしい!体中に力がみなぎってくるようじゃ!我はまた一つ闇の力を手に入れた!」
などとのたまい、大層ご満悦の様子だ。
他の4人から氷のように冷たい視線が向けられている事など、全く気付いていないようだった。
玉男が回復し、狩りへと向かう。しゃべりながら随分と歩いていたようで、すぐに先程の草原が見えてきた。すでに何人ものプレイヤーが狩りをしているようだ。草原に足を踏み入れた一行の目に飛び込んできたのは、恐るべき死闘の一部始終であった。
鬼の形相をして無手で佇む漢。
目の前の生き物に全身全霊を込めた拳を突き出す。
「メェエエエエエエッ!」生き物が咆吼し、全身全霊の頭突きで反撃をする。
漢のみぞおちに頭突きが突き刺さり、漢は低く呻いた「ウウッ!」
しかし全く効いていないと言わんばかりに、漢は生き物を蹴り上げた。
「メェエエエエエエッ!」さらなる咆吼と共に、生き物は漢に噛み付いた。
噛み付き攻撃など意に介さぬ様子で、漢は右フックを生き物の顔面に叩き込む。
生き物の頭部が拳の進行方向へと弾け飛び、噛み付いた左手を離してしまう。
「ンッメェエエエエエエエエッ!」生き物は怒りも露わに頭突きを繰り出す。
渾身の頭突きが再び漢のみぞおちにめり込んで、漢はその場に片膝を付いた。
此処ぞとばかりの頭突きの三連打に漢は後方へと転がる。
そのまま回転して起きあがった漢は口から血を滴らせながら、不敵にニヤリと嗤った。
構えを解いて、ふらりと生き物に歩み寄る漢。
「メェエエエエエエッ!」一見無防備に見える漢に、生き物が突進した。
生き物の頭突きを、漢は紙一重でスルリとかわして、横っ腹に膝を叩き込む。
「ンメェッ!」生き物は苦しそうに息を吐き出しながらも体制を整え、なんとか頭突きを繰り出した。
漢は又かわそうとするが、上手く避けきれずに、多少のダメージを負ってしまう。
それでも怯んだ様子は見せずに、拳を突き出す漢。
反撃する生き物。
拳。頭突き。拳。頭突き。拳。頭突き……。死闘は泥沼の乱打戦へと縺れ込んでいった……。
「頑張りや!羊ー!」
「その調子っ!もうちょっとで息の根を止められるわよっ!羊さんっ!」
「どっちの応援してるんだ!2人とも!」
錆助の突っ込みと同時に漢はその場に崩れ落ちた……。
「ッダァアアア!シャレにならんぞ!」
ケンジが飛び出して、既に瀕死だった羊にとどめをさした。
「我ガ生涯ニ、一片ノ、悔イ、無シ……」ガクッ
「しっかりしろぉー!まだ死んでねぇぞ!落ち着けぇー!」
「あらあら、ケンジってば酷いわねっ!あんなに健気に戦っていた羊さんに、なんてことするのかしらっ?」
「そうやでケンジ!今の勝負は羊の勝ちやんか!」
「おめぇらいい加減にしやがれ!目の前で人が死ぬとこだったんだぞ!」
「だってその人、殉教しようとしていたようにしか見えないわよっ!あとなんだか生理的に受け付けない感じよねっ!」
「うちは別に、そんな名前でそんな顔してそんな頭でどーしてそんな体やねん狙いすぎやろ!とか言うつもりはないけどな……。どーしてそんな名前で!そんな顔して!そんな頭で!そんな体やねん!狙いすぎやろ!気色悪いわ!!」
「オオ…… 女性ガ恐ロシイ…… 主ヨ、我ヲコノ悪魔達カラ守リタマヘ……」
イラッ 「どうやら、とどめの一撃をお望みのようねっ!ケンジっ!そこをどいてちょうだいっ!」
ムカッ 「誰が悪魔やねん!いいかげんにせんと、その禿げ上がった脳天にぽっかりと風穴あけたるで!」
「オーマイガーッ! 今御許ニ……」ガクッ
「「くらえー!このっフランシスコ・ザビエール!」」
「やめろ2人ともー!」
錆助が2人に飛びついて、なんとか事なきを得たのだった……。
「まっ、冗談はこれくらいにして、あなたは何をあんなに死に急いでいたのかしらっ? フランシスコ・ザビエールっ」
「ほんまやで、デスゲームなんやから、命は大切にせなあかんで! フランシスコ・ザビエール!」
『冗談で済ます気かこいつら……』他の誰もが思ったが、口に出せる強者はいなかった。
「私、フランシスコ・ザビエール違イマス。タダノ、ザビエール、言イマス」
子羊のように震えながら答えたザビエールと、その答えにまたイラッときてる2人を見て、錆助は2人を下がらせ玉男に目配せをした。何処かしら通じる部分があるような気がしたのだ。玉男は肯いてザビエールに近づいた。
「おぬし、教科書で見たまんまの頭部をしているが、まだ言い逃れをするつもりかのう?」
「済ミマセン、オッシャルトオリ真似ヲシマシタ…… ウケルト思ッテ…… タダ、目立チタイ一心デ……」
「うけるかー!リアル無視で絵に似せようとして気色悪くなっとるやろが!だいたいその頭にその体ってどうなってんねん!尺が狂っとって見てて不安定になんねん!悪目立ちすぎるわ!あほー!」
思わず身を乗り出した風音を錆助が押さえる。言っている事には100パーセント賛成だ。
「して、頭部はまあ良いとして、そのスペシャルにマッチョなボディーはどうしてじゃ?」
「戦ウ漢ニ、成リタカッタ……」
「ふーむ、宣教師で戦う男か、よくわからんのう」
「戦ウ宣教師ニ、成リタカッタ……」
「ぬ、そう言われると、なにやらえらく格好良く聞こえるのう」
「貴方ハ、トテモ話ノ分カル方デスッ、蟹玉雑炊スペシャル麺全部盛リ好キ男サン!」
ガシッ!ザビエールは玉男の手を取りきつく握りしめた。
「ヌハハハハッ!おぬしもなかなか骨のある男じゃのう!聞きたいことはまだまだ有った気もするが、もうどうでも良くなってしまったわ!我が輩のことは玉男でかまわん!会えて嬉しいぞ!ハーッハッハッハッハ!」
まさか一瞬でここまで意気投合するとは思わなかった錆助は、玉男に任せたことを少し後悔した。風音とミナモは、あまりの馬鹿らしさに毒気を抜かれたようで、やれやれといった感じで頭を振っている。事の成り行きを見守っていたケンジが、仕方ないなという顔で質問した。
「それで? さっきの無謀な戦闘は、どういったわけだったんだ?」
「勝テルト、思ッタノデース」
「おいおい、いきなり素手で勝てるわけねぇーだろうが、素手でやりたきゃ最初はもっと小動物を探すべきだろ? だいたいデスゲームだってぇーのに素手でソロとか無謀にも程があんだろーが」
「ソウデシタカ、戦場ニ着イテ、一番弱ソウナ相手ニ挑ンダノデ、負ケルトハ、思イマセンデシタ」
「あんた、前作もやってねぇーのか…… それでよく1人で狩り場に来ようなんて思ったもんだなぁ」
「目ヲ覚マスト、デスゲームイワレマシタ、ドウシテイイカ、ワカラナカッタ。悲鳴聞コエテ、オ先真ッ暗、思イマシタ。雄叫ビガ、聞コエテ、狩リニ行クゾ、言イマシタ。コレガ希望ダ、思イマシタ。周リノ人、動キマセンデシタ。私ハ、迷イマシタガ、希望ニ賭ケルベキダト、思イマシタ。私ハ、ココニ来マシタ」
途中からケンジが頭を抱えるのを、他の4人が面白そうに見ていた。
そしてミナモが鼻息荒く瞳を輝かせながら言い放つ。
「つまりはこういう事かしらっ? ケンジってば言葉巧みにザビエールを死地に送り込んだくせにっ、死にそうになったザビエールを自分で助けて恩を着せ、私たちからも守るような振りして恩の押し売りまでしちゃってっ、そーやって恩人面して逆らえなくなったザビエールに、あんなことや、こんなことまでさせちゃうつもりなのねっ?きゃーっ鬼畜よねーっ!」
「いやいや、ザビエールは助けられたからいいけどな、ケンジのせいで死地に赴いた素手プレイヤーがいったい何人おったことか、そっちの方が問題やんか」
「そうよねっ!風音ちゃんっ!ケンジの言葉で死地に送り込まれた素手戦士は、きっと今頃全滅の憂き目にあっているに違いないわねっ!」
あらぬ方向を向いて両手を地面に付け、うなだれたままケンジが叫んだ。
「ッダァアアアアアアアア!俺の言葉に釣られて素手で狩りに向かうソロプレイヤーなんて、この馬鹿以外居るわけねぇええええええ!」
拳を握りしめて地面に打ち付け始めたケンジに、ザビエールが飛びついた。
「ナントイウ、運命ノ巡リ合ワセ、アナタガ、神デシタカー!」
「くっつくなぁー!この馬鹿野郎がぁあああああ!」