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 虎。ネコ科大型肉食獣。

 虎。竜虎りゅうこ。竜と並び称される強さの象徴。

 虎。この世界においては、もはや恐怖の怪物モンスター以外の何物でも無い。


 今、錆助達一行の眼前には、350kg超の巨大な体躯を持つ虎が、うなり声を上げて身構えていた。







 シンリンオオカミの群れに慣れ、さらに森の奥を目指した錆助達は、いきなり目の前に現れた巨大な虎に戦慄する。

 しかし、ここを越えていかなければ先には進めない。今後戦っていくのはさらなるモンスターばかりなのだ。

 そして自分達も既に、生身の人間を超越した存在に成りつつある。このVRMMORPG、サスティンワールドの世界ではそれが可能なのだ。それこそがVRMMORPGの人気の理由であり、錆助達もそこに惹かれたからこそ、今ここにいる。


 実際に命の遣り取りがしたかったわけではもちろん無い。

 無理矢理デスゲームに参加させられた理不尽な現状は不本意極まり無い。

 常に纏わり付く死への恐怖は、神経を削られるような緊迫感を強いて、彼らの精神を責め苛む。

 だがそれでも、人間を超越した能力を手に入れて、生身では決して敵わなかった相手に立ち向かっていける事に、少なからぬ興奮を覚えてしまうのもまた事実だった。







 ケンジと風音から気焔が立ちのぼり、錆助の付与魔法〔ファイヤブレイド〕により、その剣と斧が炎を纏う。それを見届け発したソニアの銃声が、闘いの幕開けを告げた。




 魔法使いが魔力を纏い、MPマジックポイントを消費して魔法を使うように、戦士は気を纏い、STスタミナを消費して技を使う。

 〔気〕とは、男子ならば一度は憧れ、おのれにもその力が宿っている事を夢見てやまないアレ。闘気と書いてオーラと読む、中二病的アレである。

 魔法使いがその魔力を冷気や炎として纏うように、戦士は〔気〕を、気焔と呼ばれる揺らめく焔のような光として身に纏う。このサスティンワールドの世界において気焔を上げるとは、気が焔のように体から立ち上る様を表した言葉であり、酔っ払って威勢の良い事を言う様を表した言葉では断じてないのだ。




 弾丸が何も無い空間を通過していった後、後衛からの魔法矢と攻撃呪文が虎に着弾する。虎は目の前にいたケンジから、己を攻撃した後衛へとターゲットを移す。


「風音!」

「はいな!」


そこにケンジと風音が、攻撃技〔神速の剣〕〔神速の斧〕を使って斬り込んでいく。




 攻撃技〔神速の――〕とは、それぞれの攻撃職が最初に覚える、必要スキル20の基本技である。

 その正体は、気を練り上げ強化した肉体から繰り出される驚異的な踏み込みを、空間支配で固定した足場によって無駄なく推進力に変換する事で生まれる、神懸かり的な速度を誇る突進攻撃である。


 空間支配。何故そんな事が出来るのか。それは〔気〕の本質が、肉体強化と空間支配に特化した〔魔法〕だからだ。

 気が肉体を強化する。それは、中二病的空想にふけった事のある若者ならば、特に考える必要も無いほど自然に受け入れる事の出来る現象だろう。

 ならば空間支配とはなんなのか。それは、特定の空間に気を巡らせる事により、自分に有利な力場を作り上げる事に他ならない。


 気を操る上で基本となるのは肉体強化である。丹田で練り上げた気を体の隅々まで行き渡らせる事により、術者の肉体は驚くべき力を手に入れる。

 その先に武具強化がある。練り上げた気を武器や防具に行き渡らせる事で、その強度が上がる。この時起こっている現象が空間支配である。

 武器や防具が占める空間に気を巡らせ、自分に有利な力場を作り上げた結果として、武具の強度が上がったように見えるのだ。勘違いしがちだが、物質強化とは似て非なる現象である。

 そして空間支配であるからこそ可能な現象が、足場の固定になる。練り上げた気を木の根のように大地に巡らせ、接地面を気で結合し、巨大なスパイクのように使う。そうやって踏み込みの力を余す事無く推進力に代えた結果が〔神速の――〕の爆発的な瞬発力の正体である。

 土の一粒一粒を強化したところで足場の固定など出来るはずも無く、物質強化ではこの結果は得られないのだ。


 戦士は武器スキルと戦闘技量スキルの上昇と共に、少しずつ気を扱えるようになる。そしてスキルが20を越えた頃から、僅かながらも気焔を纏い始める。

 気焔を纏った戦士は、常に肉体強化、武具強化、足場の固定を行使している状態になる。このゲーム世界の中で、現実世界では決して得られない強さを手に入れられる理由の一つだ。

 そして〔技〕とは、瞬間的に大量の気を使う事で、さらなる能力上昇や応用を可能にする。




 ケンジと風音の気焔が一瞬膨らんだかと思うと、次の瞬間には虎の後方へと駆け抜けていた。

 二人の漸撃によって虎の両脇から血しぶきが舞う。しかし野生の反射速度で、迎撃の爪がケンジの右手を切り裂いていた。虎のターゲットはケンジへ移る。

 滴り落ちる血に、すかさず後衛からマイナーヒールの呪文が飛ぶ。

 攻撃呪文と回復呪文で大きくヘイトを稼いだミナモに虎のターゲットが向けられると、ケンジは戦闘技量スキルのタゲ取り技〔威嚇〕を使って、虎のターゲットをまた自分に戻した。




 〔威嚇〕とは、気を針のように尖らせて、周囲の敵に突き刺す技である。もちろん物理ダメージは無い。しかし気の針で体を貫かれた敵は、深刻な攻撃を受けたと思い、ターゲットをその相手に移す。

 彼我の実力差が開くと、相手を竦み上がらせたり、戦意を奪い逃走させることも可能になる。フィールドを進む時に、雑魚除けにも役立つ便利技なのだ。ただし、味方に威嚇を当てると〈イラッ〉とさせてしまうので、後衛からの支援が欲しい一般的な前衛職は、決して威嚇を味方に当ててはいけないのだ。ある種の性癖をもった前衛職にとっては、ご褒美をおねだりする技として定着しているらしいのだが……。




 〔威嚇〕を受けた虎がケンジに飛びかかる。ケンジは盾スキル10の基本技である〔ガード〕を使ってその攻撃を受け止める。

 〔ガード〕とは、身体強化、足場の固定、そして盾の強化に主眼を置いた技である。しかし350kgの突進を受け止めきれずに、後方へと押されてしまう。

 ケンジの足下では結合した接地面が崩壊、再結合を繰り返し、無色の火花のような光をまき散らす。そして耐えきれずに体勢を崩され、ケンジの体は後方へと吹き飛んだ。


 虎がすかさずケンジに向かって飛びかかり、追撃の牙を突き立てようとする。

 しかし虎の足が地を蹴る前に、風音が〔神速の斧〕を、ザビエールが〔神速の膝〕を叩き込む。チロも後ろ足に噛み付き一撃離脱。トウちゃんは背中に爪を食い込ませる。

 ザビエールはさらに〔ジャブ〕〔ストレート〕のワンツーを放ち〔神速の――〕の瞬発力を移動だけに使う戦闘技量スキルの技〔神脚〕で距離を取る。

 続けて、ミナモ、錆助の〔サンダー〕と、玉男の〔カースドフレイム〕が虎を焼く。


 集中攻撃を受けた虎が体勢を崩し、攻撃が中断される。

 体勢を立て直したケンジが反撃の一閃。

 セレナと詩織がケンジにマイナーヒールを唱える。しかし詩織の魔法は発動失敗に終わる。




 空中からの一点集中攻撃が可能な雷属性の魔法〔サンダー〕。狙った空間に突如呪いの炎を発生させる、闇属性、火属性を併せ持つ〔カースドフレイム〕。共に必要スキル30の魔法で、乱戦でピンポイント攻撃が出来る使い勝手の良い魔法である。未だスキルが30に届かない3人だが、発動失敗を恐れずに積極的に使っていく。




 後衛からの魔法攻撃を受けても、もう虎のターゲットはぶれない。咆吼を上げ、ケンジに噛み付こうと飛びかかる。

 その咆吼は大気を揺らし、質量を伴う波動のようにパーティを襲う。

 隙を突いての一撃離脱に徹していた鳥たちは慌てて距離を取り、チロと詩織とソニアは、腹の底からこみ上げるような恐怖に一瞬竦み上がる。

 しかし、気と魔力を纏った戦士達はそれを受け流し行動する。


 ケンジに飛びかかった虎に、その横に陣取っていた風音がカウンターの〔溜め斬り〕を合わせた。




 〔神速の――〕が速度重視の技とするなら、〔溜め攻撃〕は威力重視の技だ。

 スキル発動に必要な気を練り上げた後、さらに気を練り攻撃に上乗せする。スキルが上がるに従って上乗せ出来る気の量も上がっていく。

 踏み込みの力を移動では無く全て攻撃に乗せ、渾身の一撃を叩きつける。

 それが、必要スキル、各武器スキル30の第二の基本技〔溜め攻撃〕である。

 風音の斧スキルは30未満だが、失敗してもSTを大きくロスするだけで、通常攻撃か半端な溜め攻撃が出る。ここぞという時には狙っていくべき技なのだ。




 〔溜め斬り〕が上手く発動してカウンターを取る事に成功。虎は大きく怯む。


 ケンジがガード体制を解いて〔神速の剣〕で追撃。ザビエールは〔神速の拳〕からのコンボを叩き込み〔神脚〕で離脱。

 隙を突いてチロ、鳥軍団も攻撃を入れ、後衛からは魔法が降り注ぐ。


 虎は苛立ちの咆哮を上げケンジに噛み付く素振りを見せるも、それをフェイントに今度は風音に飛びかかる。

 また溜め斬りを狙っていた風音だったが慌てて〔ガード〕。さほど勢いの無い突進を後方に押されながらも受け止める。

 そこにケンジ、ザビエール、チロが一撃を入れ、ケンジはさらに〔威嚇〕を使う。

 虎は咆哮を上げて充分な距離を取ると、苛立ちをその爪に乗せてケンジに飛びかかる。

 通常の〔ガード〕ではまた吹き飛ばされてしまうと判断したケンジは、盾スキル30の溜め技である〔スーパーガード〕を使う。スキル不足ながら何とか成功して、今度は微動だにせず虎の突進を受け止めた。

 そこに風音、ザビエール、チロ、トウちゃんの攻撃が決まり、虎はついに地面に倒れ伏した。







 STをほぼ使い切った前衛の戦士達はその場に座り込み、ST回復に努める。

 セレナはチロに飛び付くと、トウちゃん、マシュマロを呼び寄せペット達の無事を喜び、隣では詩織がハリオウを抱きしめる。

 錆助とミナモは、前衛にST回復魔法である〔マイナーリーエ〕を一度づつ唱えると、光の練度スキルの技である〔瞑想〕を使ってMP回復に努める。

 それに習ってセレナと詩織も自分のペットに〔マイナーリーエ〕を唱える。詩織の魔法は発動失敗、まだ全然スキルが足りていないのだ。

 詩織は〔瞑想〕も失敗。ほとんどMPを消費していないので問題ないのだが、調教師である彼女らも〔瞑想〕が成功する程度には光の練度スキルを上げなければいけないので、失敗しても使い続ける必要がある。

 玉男が虎の死体から闇の深度スキルの〔吸魂〕で魂を吸い取りMPを回復させようとした時だった。虎が弱々しく唸り声をあげると微かに身震いした。


「しーちゃん!あの子まだ生きているわ!早く仲間にするのよ!」


 セレナが叫ぶも、詩織にはまったくその気が無い。


「嫌だにゃ!こんなに怖い虎をペットになんて出来っこないんだにゃ!お断りするにゃ!」

「しーちゃんの意気地無し!じゃあいいわ!あたしが仲間にするから!」

「やめろ馬鹿女!おめぇは調教枠残ってねぇだろうが!馬鹿な事してっと噛み殺されちまうぞ!」


 ケンジの忠告は今回もセレナには届かない。


「うるさいわね馬鹿ケンジ!この子に噛み殺されるなら本望よ!あたしの愛をなめないでちょうだい!」

「無理なもんは無理だって言ってんだろうが!調教枠がねぇのは愛じゃどうにもならんだろううが!おとなしく諦めろ!俺がとどめを刺してやる!」

「嫌ぁー!止めて馬鹿ケンジ!お願いだから殺さないで!しーちゃん!意気地無しなんて言ってご免なさい!あの子を救えるのは貴方だけなの!お願いだからあの子を助けてあげて!」

「む、むむむ無理なものは無理なんだにゃー!」


 詩織の叫びと同時に、錆助の放った〔ファイアボール〕が虎を焼き、とどめを刺した。


「非道い!なんて事するの馬鹿錆助!人でなし!鬼!しょぼくれ悪魔!」

「誰がしょぼくれ悪魔だ!この馬鹿娘!まったく……詩織ちゃんはハリオウを調教してそんなに時間がたってない。小動物枠のハリオウはまともに戦闘参加も出来ないから、調教スキルはあまり上がってないはずだ。虎を調教するにはスキルが足りないだろ? それともセレナは詩織ちゃんが噛み殺されてもいいの?」

「そんなの嫌!」

「だったら仕方ないだろう。いい加減諦めるんだ」

「そんな。虎が可哀想よ……。こうなったらしーちゃんを撫で回して、この悲しみを紛らわせるしか無いわね!」

「お断りだにゃ!こんな時こそ自分のペットの出番のはずだにゃ!心ゆくまでチロを撫で回してればいいにゃ!」

「わかってないわね、しーちゃん。チロを撫で回すのは、あたしにとっては呼吸をするように、ごく自然な事なの。人は空気無しでは生きていけない。けど、空気だけでも生きてはいけないわ。お水だって飲みたくなるし。お肉だって食べたくなるでしょ?」

「…………ようやくわかったにゃ。いや、初めからわかりきってはいたんだにゃ。けど、改めて心の底から思ったんだにゃ。お前はつくづく馬鹿なんだにゃぁ」

「ちょっとしーちゃん!聞き捨てならないわよ!こうなったら何が何でも撫で回してあげる!観念なさい!あたしのお肉ー!」

「肉扱いはよすにゃ! はぁ。わかったにゃ。ウチも戦闘参加出来るペットを捕まえるにゃ。たまには撫でさせてやるから、それで我慢するにゃ」

「本当?それじゃあ早速、虎を捕まえに行きましょう!」

「虎は無理だと言ってるにゃ!少しは人の話を聞くにゃ!」

「じゃあなんだったらいいの?すぐに捕まえに行くから教えてちょうだい!」

「ウチが仲間にしたい動物は、高い山にいるにゃ。この辺では無理かもしれないにゃ」

「なんて子?」

「雪豹だにゃ」

「素敵!さすがしーちゃんね!あたしの好みのど真ん中よ!そうと決まれば早速あの山に行きましょう!」

「あの山ではちょっと低いんじゃないかにゃ?」

「可能性があれば行ってみるの!」


 セレナが指差した先には、1000メートルは超えるであろう、充分に立派な山がそびえていた。独立峰らしく、周りに他の山は無い。

 セレナの言葉を聞いて錆助が答える。


「山か。町から一番近い山は、一番賑わう採掘ポイントになる。街道沿いに行けば危険も無いだろう。けど、今朝教会の尖塔に上って町の周りを見回してみたんだ。あの山は間違いなく町から一番近い山なんだけど、それにしては少し遠すぎて、少し高すぎる気がするんだ。あくまで前作を基準に考えてなんだけどね。そして今やってるのはデスゲーム。無茶して死んでしまったら目も当てられない。万一の事を考えるなら、もう少しスキルが上がるまで待った方が良いと思う」

「雪豹と聞いて待てるわけがないでしょ!一刻も早くあの山に行くの!」

「やい馬鹿女。おめぇの好みなんざぁ知ったこっちゃねぇんだよ」

「何ですって馬鹿ケンジ!」

「けどまあ、あまり慎重になりすぎるのもどうかと思うがなぁ。錆助。一番近い山に、戦闘スキルが30近くになった俺達が行けねぇようじゃ、鍛冶師がみんな行き詰まっちまうだろ? 町全体の成長を望むなら、そこを確かめとくのも必要なこった。ここは行っとくべきだと俺は思うぜ」

「うちもケンジに賛成やな。それに、雪豹にはちょっと興味もあるし……」

「ケンジまでセレナに賛成か……、それとついでに豹女まで」

「誰が女豹やねん!いいかげんにしとき錆助!ってあれ?」

「風音ちゃんってばっ!ついに自分から女豹宣言だなんてっ!いったいどんな心境の変化があったのかしらっ?良かったら教えてちょうだいっ!」

「ちゃうねんミナモ!うちはただ……あれ?なんで間違えたんやろ?あれ?」

「それはやっぱりっ!風音ちゃんの心の中には女豹が住み着いてるって事よっ!豹という言葉に反応して、風音ちゃんの中の女豹が目覚めたに違いないわっ!」

「目覚めてへん!これっぽっちも目覚めてへん!」

「あらあらっ、そんなに否定しなくてもいいのにっ!誰もが持ってる欲求だもの、そんなに恥ずかしがる事なんて無いのよ?」

「そんなんちゃうって言うてるやろミナモー!」

「うるせぇよおめぇら!関係ねぇ話してんじゃねぇ!」

「風音ちゃんっ!獲物が向こうから飛び込んできたわっ!さあ、狩りの時間よっ!失敗しないように頑張ってっ!」

「な、なななななな何を言うてんのかな?ミナモさん!?」

「あらあらあらあらっ、耳まで真っ赤よっ?女豹さんっ?」

「も、ももももも、もううちにかまわんといてー!」

「うるせぇっつってんだよ!わけわかんねぇ話ししてんじゃねぇ!」

「わからないなら教えてあげるわっ!このっ朴念仁っ!」

「ミナモ!」


 風音の顔色が赤から青く変わるのを見て、錆助が会話に割って入る。これ以上はよせという意味を込めて首を左右に振ってみせると、ミナモは渋々ながら引き下がったが、ケンジの朴念仁っぷりには少し本気で腹を立てているように見える。しかし、ミナモが絡むとろくな事にならないと確信している錆助は、話を山の話に戻す。


「確かにケンジの言う通り、鍛冶師が行けるかどうか確かめる必要があるな。今の俺たちに行けないようじゃ、この町の将来が不安になる。よし、行ってみよう。けど徒歩で行くには遠すぎるし、いざって時に大抵の敵から逃げられるように馬で行こうか」

「だったら馬を探すにゃ。どうせ今のスキルじゃ、雪豹は調教できそうもないにゃ。スキル上げも兼ねて、みんなの分の馬を捕まえてみせるにゃ」


 詩織がそう答え話がまとまると、一行は街道を目指し移動を開始した。

 途中、虎やヒグマとの戦闘を数度こなし、ようやく森を抜け、街道を挟んで広がる草原に出る。そこにはおあつらえ向きに、野生馬の群れが草を食み駆け回る姿があった。

 最初の一頭は手間取ったものの、詩織は順調に仲間の為の馬を調教していく。

 ケンジに馬を譲渡したところで、セレナが不思議そうな声を上げた。


「あれ? 熊吉は小動物枠じゃ無いのに、どうしてケンジに馬を譲渡できるの?」


 プレイヤーがペットに出来るのは、通常ペット1匹、小動物1匹の2匹だけだとセレナに教えたのはケンジである。セレナの疑問はもっともだったが、ケンジは悪びれずに答える


「おう。言い忘れてたが、騎乗生物はまた別枠だ。プレイヤーはペット2匹の他に、騎乗生物を1匹所有する事が出来るんだ。騎乗スキルも合計スキル値には関係なく、完全に独立したスキルになってる。この世界は広いからな。プレイヤーが騎乗生物を使う事に抵抗がないように考えられた仕様だろうなぁ」

「そういう事は早く言いなさいよ馬鹿ケンジ!だったらあたしがチロに乗れば、チロは騎乗生物扱いになって、調教枠が1つ空くって事ね!」

「どっからその発想が出てきやがった……」


 ケンジの言葉を無視してセレナがチロに飛び乗ると、チロは切なげに「クウゥ~ン」と鳴いた。

 あまりに無茶な姿に一斉に突っ込みが入る。


「アホかっ!チロがよたよたしとるやろが!」

「可哀想なチロっ!主人が馬鹿なばっかりにっ!」

「潰れちゃうから!チロ絶対に潰れちゃうから!」

「何処まで馬鹿なんだ、この馬鹿女ぁ!」

「オオ、ナント言ウ事デショウ……」

「馬鹿すぎるんだにゃ」

「見るに堪えません。どうにかしてくださいマスター」

「さすがに無茶に見えるがのう……」


 しかし、やはりセレナは聞く耳を持たなかった。


「うるさいわね!あたしのチロを甘く見ないでちょうだい!チロはとっても強い子なのよ!あたしは誰よりもチロの事を知ってるの!」


 全員呆れて言葉を返せずにいると、チロがまた切なげに「クウゥ~ン」と鳴いた。しかし、助けを求めるようなその声に応えてくれる者は、只の一人も居なかった……。




 セレナを除く全員分の馬を調教し終えると、問題が発生した。

 詩織が馬に乗れないのだ。鞍も手綱も無い馬に乗ると、不安定さからついつい爪を立ててしまい、驚いた馬に振り落とされてしまうのだ。

 どうにも無理そうなので、風音が詩織を一緒に乗せていく事になり、詩織は馬を野生にかえした。

 ようやく山へ向かう事になった一行だが、セレナを乗せたチロに合わせたせいで、ろくに速度を出せない。

 予定より大幅に時間をかけて山の麓に到着すると、セレナが偉そうにまくし立てた。


「ほら見なさい!チロはちゃんとあたしを乗せてここまで来れたでしょう?あたしにはちゃんとわかってたのよ!」


 誰もが呆れて何も言い返さない。その横でチロは地面にへたり込んで、荒い呼吸をしながら「クウゥ~ン」と鳴いた。




 とにかく。錆助の不安は杞憂に終わったようで、何事も無く登山口にたどり着く事が出来た。

 そこはガード圏内になっていて、厩舎や鍛冶小屋、NPCによる鍛冶道具売り場と、必要な施設が建ち並んでいる。

 町の近くの草原にシンリンオオカミが出た事を考えると、街道も安全とは言い切れない。だが護衛依頼を出す等、対策は打てる。

 これなら鍛冶師達が来る事に問題はなさそうである。目的の1つは無事に達成できたと言える。

 一行は厩舎に馬を預けると、次の目的の為に、山を登り始めるのだった。

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