銃使い
セレナと大差ない詩織のネーミングセンスに、一行は唖然と立ち尽くす。ともあれリネームは成功し、ハリオアマツバメ〔ハリオウ〕の誕生である。しかし一行は思わぬ事態に悩まされる事となった。
初めてのペットに興奮する詩織が、ハリオウに自分の周りを飛び回らせる。凄まじい速度で風切り音を発し、変幻自在に飛び回るハリオウが近くを通り過ぎると、とても怖いのだ。プロ野球のピッチャーが投げた球が、自分の1メートル横を通過していく事を想像してみると分かりやすいだろう。ケンジはその気配を感じるたびに、条件反射で刀の柄に手をかけてしまい、神経をすり減らしていく。そうなってくると、絶えずちょこまかとせわしなく動き回る、マシュマロの姿までもが苛立ちを誘う。いままではその可愛らしい姿に癒しを感じていたのだから、勝手極まりない話ではあるのだが、とにかく駄目な時は駄目なのだ。そして、いつの間にか革のエガケを装備しているセレナの左腕では、トウちゃんがバッサバッサと羽ばたき音を轟かせる。
「うるせぇー!鳥獣園かここは!なんだってこんなに鳥ばっかりペットにしやがるんだ?うるさくてしょうがねぇだろうが!」
「バッカじゃないの?馬鹿ケンジ。馬鹿には鳥の素晴らしさすらわからないのね!」
「うるせぇよ馬鹿女!俺だって鷹が優雅に飛んでるとこなんか見りゃあ、格好いいとは思うんだよ!それとこれとは話が別だろうが!こんなに鳥ばっかり集めてどうすんだって聞いてんだよ!」
「鷹!鷹はいいわね!しーちゃん!今度の仲間は鷹に決定よ!」
「うるさいにゃ!ウチは今度こそ、自分の好きな子を仲間にするんだにゃ!」
「しーちゃん。ハリーを仲間にした事、後悔してるの?」
「ハリーじゃないにゃ!ハリオウだにゃ! …………後悔なんてしてるわけがないんだにゃ。この子の命を救えた事は、本当に良かったと思ってるんだにゃ。こんな役立たずの手でこの世界に来てしまって、自分に出来る事なんか何も無いと思ってたんだにゃ。けど、この子の命は救えた。ウチはもうそれだけで充分なんだにゃ。こんなウチにも、この世界に来た意味はあったんだと思えるから。だから、ウチは何があっても絶対にこの子だけは離さないって、そう心に決めたんだにゃ」
「偉い!しーちゃんは既に一人前の立派な調教師ね!あたしが教えることはもう無いわ!」
「だったら!次にどの子を仲間にするか、口を出さないで欲しいんだにゃ!」
「それとこれとは話が別よ!」
「なんなんだにゃそれは!ウチはお前の言ってる事も考えてる事も、さっぱりわからないんだにゃ!」
「またお前って言ったわね!後で絶対にお仕置きよ!」
「真っ平御免なんだにゃ!絶対にお断りするんだにゃ!」
「駄目!!」
「聞いてねぇなてめぇら……まあいい。詩織! うるせぇなんて言って悪かったな。俺が無粋だった。おめぇの心意気は立派だと思うぜ。ハリオウを大切にしてやんな」
「ケンジ君……」
犬猿の馬鹿と詩織の会話を聞いていた他のメンバーは、詩織がケンジの名を呟くのを耳にして、同じ思いを共有する。
『『『『『猫もいけるのか!何でもありだなこの天然ジゴロ野郎!』』』』』
仲間に加わったばかりで同じ思いを共有できなかったソニアも、似たような事を考えていたようで、錆助にそれを報告する。
「ケンジさんはマスターとは正反対ですね。顔も心もイケメンです」
「お前もかブルータス……今後、奴と俺を比較することは固く禁止する」
「何故ですか? マイマスター。自尊心がぽっきり折れてしまうからですか?」
「うるさい! とにかく駄目なものは駄目だ!」
「仕方ないですね。マスターの自尊心を守ることもメイドの務めです。赤子を優しく包み込むように、マスターのデリケートな心も守って差し上げましょう」
「務めを果たす気が無いのはわかりました。お願いですからもう黙ってください……」
するとそこに、狙ったように鷹が飛来する。
「しーちゃん!鷹よ!あの子を捕まえるのよ!」
「わかったにゃ!」
「高いわね!トウちゃん!あの子を引き摺り下ろして頂戴!」
セレナの手からトウちゃんが飛び立ち、鷹とドッグファイトを始める。
「あの子はクマタカね!狩りの名手よ!ハリオウは一撃で殺されちゃう可能性があるから、しーちゃんは待ってて!昨日あれだけ鍛え上げたトウちゃんが負けるはず無いわ!絶対にあの子を落としてくれるから安心して!」
「わかったにゃ!」
二羽の猛禽はしばらく互角のドッグファイトを繰り広げていたが、セレナの言葉通りトウちゃんが押しはじめると、クマタカの翼に鋭い爪を食い込ませる。体格で勝るトウちゃんがそのままクマタカを引き摺り下ろすと、それを待っていた詩織がライトクロスボウでクマタカを射止めた。そのまま覆いかぶさり調教を開始すると、暫らくしてクマタカは詩織の仲間になる。クマタカの治療が終わると、詩織はクマタカをマント越しに左手に留まらせケンジに走り寄った。
「鷹が好きだと言っていたにゃ!この子はケンジ君に上げるにゃ!」
「なっ……おめぇ……」
戸惑うケンジだったが、詩織の満面の笑みを見て断れない事を悟ると、クマタカをペットとして受け入れる。熊吉という名前をつけて空高く飛ばすと、鷹の特徴的な縞模様である鷹班が鮮やかに見え、その優雅な姿はケンジの惹かれる鷹の姿と見事に一致した。
「ああ、やっぱり鷹は格好いいなぁ。ありがとよ、詩織」
「どう致しましてなんだにゃ」
「あんな事言ってるけどっ!きっとうるさいのが嫌で空高く飛ばしたのよねっ!」
「っちゅうか熊吉って。どんなネーミングセンスしとんねん!」
「しかし猫まで有りとは驚いたのう」
「鷹有り猫有り。さてはケモナーか!」
古い仲間達からの中傷にケンジが反論しようとすると、セレナの声がそれを遮った。
「ケンジ!治療はこっちでやってあげるから、絶対に殺しちゃ駄目よ!熊吉が傷ついたらすぐに私達のところに戻す事!いいわね!」
「ちっ、わかったよ。せっかくのペットだ。みすみす殺したりしねぇよ」
「ならいいわ!しーちゃん!次はフクロウなんていいわね!さっそく探しにいくわよ!」
「だから!ウチのペットを勝手に決めるなと、何度言えばわかるんだにゃ! あ!待つにゃー!」
「…………しまった!いつの間にか鳥獣園作りに手を貸しちまってんじゃねぇか!どちくしょー!!」
両膝を突き、拳を握りしめて地面を叩くケンジの姿を、熊吉は遥かなる高みから見下ろし続けていた。
昨日の狩場へ到着すると、ソニアが慣れるまで牛を狩る事に決まる。ソニアは、ならば自分が銃で牛を引き寄せてみせると言って火縄銃を構え、撃つ。
「ズバァーン!」
数頭の牛がこちらを向くが、何事も無かったかのように、また草を食み始める。ソニアは1分近く掛けて次弾を装填すると、構え、撃つ。
「ズバァーン!」
牛は何事も無かったかのように……。装填。構え。発射。
「ズバァーン!」
何事も無かったかのように。装填。構え。発射。
「ズバァーン!」
装填。構え。発射。
「ズバァーン!」
構え。発射。
「ズバァーン!」
発射。
「ズバァーン!」
「ズバァーン!」
「ズバァーン!」
次弾を装填したソニアの顔は、もはや作り物めいたというよりも、白磁の人形そのものの様に表情を無くしている。しかし、だからこそ、その怒りは見ている者に余すことなく伝わった。ソニアはその表情で、銃を構えたまま一番近くの牛に向かっておもむろに歩き出す。たび重なる射撃に気が立っていた牛は、その元凶が近づいてくるのを見て突進を始めた。
「ソニア!」
メイドの名を叫ぶ錆助の眼前で、牛に突き飛ばされて派手に吹き飛ぶソニア。そして、脳漿を撒き散らして崩れ落ちる牛。
「ソニアー!」
錆助は再度メイドの名を叫び、マイナーヒールの呪文をソニアに唱えながら駆け寄った。
「マスター。牛は、牛はどうなりましたか?」
「牛は死んだ。心配いらない」
「良かった。私はマスターのお役に立てたでしょうか」
「ああ、よくやってくれた。一撃で牛を仕留めるなんて凄いよ。充分だ」
「そうですか。お褒めに預かり光栄です。ですが私がお役に立てるのは、どうやらここまでのようです。どうかご武運を。マイマスター」
「ソニア!大丈夫だ!君は死なない!俺が治してみせるから諦めるな!マイナーヒール!」
必死に自分の治療をする錆助を、ソニアはしばらく無表情で見詰めていた。治療が一段落ついたのか、錆助がほっとした表情を見せると、ソニアはそれを待っていたかのように話し出す。
「治療してくださって有り難う御座います。マスター」
「いいんだ。無事でよかった」
「ですが、この程度の怪我で取り乱した振りをしてのセクハラ行為。そこまでして女体に触りたいのですか? とんだ変態マスターですね。あと、きつく握られた左手が汗ばんで気持ち悪いです。放していただけないでしょうか」
錆助は慌てて左手を放すと抗議を申し立てる。
「な!心配したのにそれはないだろう!だいたいソニアが〈どうやらここまでのようです〉なんて言うから心配したのに!俺の心配を返せ!」
「火薬も弾も尽きたので、戦えるのはここまでと申し上げただけです。なんですか? 被害者面して責任逃れですか? 変態の上に卑怯者とは、救いようがありませんね。ですがまあ、仕方ないです。契約した以上はどんなマスターであろうと私のマスターですから、貴方の言葉には従いましょう」
ソニアは上半身を起こして背筋を伸ばすと、優雅に頭を下げて続けた。
「心配していただいて有り難う御座いました。……これで満足ですか?」
「なんかもう、すみませんでした。俺が悪かったです。許してください……」
ソニアは自分のマスターのうなだれた姿を見ると、久し振りに暖みを帯びた表情を見せてにっこりと笑った。錆助はその顔に見とれて、今起きた出来事などどうでもよくなってしまう。
「分かれば良いのです、マイマスター。これからも宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
『…………主人であるはずの俺が、自分のメイドに躾けられている……だと? 従順なメイドは何処に行った!いったいどこでどう間違えてこうなった!こんなメイドはもう嫌だぁー!』
錆助の魂の叫びは、錆助の心の中だけで何度も木霊するのだった。
牛をある程度狩り終えると、一旦町へ戻り補給を済ませ、再び狩り場へと向かう。道すがら、ソニアは錆助に報告する。
「マスター。早合を仕入れました。これで連射速度が2倍に跳ね上がります」
早合とは、筒状の物に弾と火薬をあらかじめ入れておき、火縄銃の装填を簡略化する弾薬包である。
「なるほど。30秒に1発撃てるようになるのか。それは凄い」
「……馬鹿にされた気がするので、撃っても良いですか?」
「駄目だと言っている!銃口を俺に向けるな!」
毒舌の割に、弾薬が切れてからは意気消沈していたソニアに元気が戻ったのを見て、錆助はほっとする。元気が戻った途端に銃口を向けてきたあたり若干不安ではあるが、何かにつけて話しかけてくるところを見ると、マスターである錆助になついていると言えなくもない。もしかすると、口が悪いのは照れ隠しだったりするのかもしれない。それはつまり……錆助は、とある重大な可能性に思い至り愕然とする。
『まさかそんな……。いや、これはもう間違いないんじゃないだろうか。こんな大事なことに気付かなかっただなんて、俺は何という馬鹿者だ。もう、人としてありえない。待て待て、今は自省の時ではない。今一番重要なこと。そう! うちのメイドはツンデレだ! んな!?』
「何故、銃口を向ける!」
「とても不穏な気配がしたので、撃っても良いでしょうか? いえ、もう撃ちます」
「やめろ馬鹿メイド!」
その言葉を聞くと、ソニアはにっこりと微笑む。しかし垂れ目に誤魔化されてしまいそうになるが、よく見るとその目は決して笑ってなどいなかった。
「馬鹿に馬鹿と言われるのが、これほど腹立たしい事だとは想像もしていませんでした。マスターはこの短時間で私に色々なことを教えてくださいましたね。有り難う御座います。ですがもう充分です。お別れしましょう。永遠にさようなら、マイマスター」
「だから撃つな!いや、撃たないでください!もう二度と言いませんからお願いします!」
「仕方ないですね。これが最後です。次はありませんよ?」
「はい、申し訳ありませんでした。……マスターとして、ソニアには命の重さを教え……いや、覚えて貰う必要があるな」
「私はアンドロイドですから、それは難しい課題ですね」
「そういやあったなそんな設定」
「設定ではありません。事実です」
「そうですか……」
その後もソニアは錆助に話し続ける。やはり、マスターとしては認識しているようだ。ただし、マスターという存在をどう認識しているのかは、分かったものでは無い。
「マスター。不可思議な現象が起こるのですが」
「うん? 何があった?」
「私は射撃の腕には自信があります。さっき牛を撃った時、確かに全弾命中させたはずなのに、実際には一発も当たりませんでした」
『射撃の腕には自信があるとかさらっと言っちゃったよこの娘!いったい何者!?け、警察関係の方?はたまた射撃競技の選手?も、もしや、マタギか! まあ、普通に考えてゲームマニアか何かだろうな』
錆助は、そんな心の中の突っ込みなどおくびにも出さない。
「ああ、それはスキル補正のせいだな。射撃の名手がゲームを始めたとして、スキル0なのに全弾命中させたらおかしいだろ? だから最初はマイナス補正がかかるんだ。大丈夫、スキルが20くらいまで上がれば狙い通り撃てるようになるはずだよ。百発百中の自信があるならその通りになるだろう。スキル30にもなればプラス補正が働いて、現実世界の腕前を凌駕した自分を実感出来ると思う」
「はあ、そんなものですか。想像するのは難しいですが、楽しみです」
「何、スキル30くらいならすぐに上がるさ」
「そうですか。マスターは変態ではありますが、頼りになりますね」
「変態呼ばわりは、もうやめて貰えないでしょうか……」
狩り場に到着すると、当初からの予定だった森の中へと侵入する。今ならオオカミの群れにも対応出来る自信があるからだ。他にどんな敵が出てくるかは分からないが、町の近くでいきなり桁違いの強敵と出くわす事など無い筈である。最初に現れたのは、予想通りシンリンオオカミ10匹程度の群れ。セレナがチロを仲間と戦わせる事に嘆きの声を上げるが、すでに言い含めていた事なので諦めは付いているようだ。
群れの密集箇所にソニアが銃を撃ち込む。致命傷は与えられなかったが、何匹かに手傷を負わせる。そこにケンジ、風音、ザビエール、チロが斬り込んでいく。同種の個体間では、大きさが強さを表す目印になる。昨日ペットになってから幾度も戦闘を繰り返してきたチロは、周りのシンリンオオカミよりも一回り大きく見える。1対1で後れを取る事など、まず有り得ない。そしてシンリンオオカミの後方からは、トウちゃんが牽制の攻撃を仕掛ける。
手近なシンリンオオカミに3人と1匹が躍りかかる。ケンジと風音は錆助の付与魔法〔ファイヤブレイド〕により炎を纏った武器で一撃を浴びせ、ザビエールは技の連打で殴り掛かり、チロは鍛え上げた牙で喉笛に食らい付きとどめを刺す。と同時に、ケンジが戦闘技量スキルのタゲ取り技である〔威嚇〕を使う。残りのシンリンオオカミのターゲットが一斉にケンジに向かい、その隙を突いて熊吉とハリオウとマシュマロも攻撃を行う。小動物枠のハリオウとマシュマロを鍛えてもそれほど強くはならないはずなので、戦闘参加させる事には疑問の声が上がった。しかし「出来るだけ鍛えてなるべく死なないようにしてあげるのが飼い主の務めよ!」というセレナの主張により退けられたのだ。熊吉はトウちゃんと組ませたいところだが、飼い主のケンジも戦っているので、勝手に戦わせておくといつ死んでしまうか分からない。結局、安全と思えるタイミングで攻撃命令を出すしか無かった。
ケンジに向かったシンリンオオカミの攻撃を、ケンジと風音の盾が受け流す。ザビエールとチロは、シンリンオオカミの横っ腹に突撃する。トウちゃんは後方から鋭い爪を食い込ませる。捌ききれなかったダメージに、すかさず回復魔法が飛ぶ。後衛の魔法使いに向かってシンリンオオカミが駆け出そうとしたところに、風音の威嚇がターゲットを絡め取る。熊吉、ハリオウ、マシュマロが一撃離脱。ケンジと風音が攻撃を繰り出しながらも防御。ザビエールとチロが突撃。トウちゃんは攪乱。
威嚇の効果が切れて後衛に向かった2匹のシンリンオオカミは、弾を込め終えたソニアと牙をむき出しにした玉男が迎え撃つ。スキルのマイナス補正を理解したソニアは、撃ち漏らさないように接射と呼べる距離までシンリンオオカミを引きつけ、撃つ。牛を倒した時のように、ダメージを受けつつも一撃で敵を屠る。玉男は崩壊魔法をたたき込んでから牙で噛み付き、ドレイン魔法で回復しつつ敵のHPを奪う。さらに走り込んできた1匹のシンリンオオカミの攻撃を阻止すべく、次弾の装填が間に合わないソニアは銃身を盾に後衛への攻撃を防ごうとする。錆助は炎を纏ったブロードソードを構え、ソニアに退がるようにと叫ぶが、ソニアは退がる素振りも見せない。そこにシンリンオオカミの背後からトウちゃんが襲いかかる。シンリンオオカミの優れた聴覚により奇襲は失敗に終わるが、その隙を突いて錆助が斬り掛かる。錆助とトウちゃんの挟み撃ちに、シンリンオオカミは為す術無く倒れた。
見ると前衛の戦いでもシンリンオオカミは数を減らし、残り3匹になっていた。後衛も火力を集中して3匹のシンリンオオカミを殲滅する。終わってみると、さほど危なげなくシンリンオオカミの群れに勝利することが出来た。しかし、無茶をしようとしたソニアに錆助の叱責が飛ぶ。
「ソニア!無茶をするな!退がれと言ったら退がれ!」
「マスターをお守りするのが私の役目。この身一つで済むのなら、幾らでも差し出します」
「馬鹿なことを言うな!そんな事されてもちっとも嬉しくなんか無い!」
「喜んでもらう必要はありません。ただ、お守りするだけです」
「今の弱っちいお前に何が守れる!役に立ちたいなら、死なずに強くなって見せろ!」
「マスターのおっしゃる事はもっともです。ですが、マスターが死ねば私も後を追わねばならないのですから、守ろうとするのは当然なのです。強くなれとの仰せであれば、強くなって御覧に入れましょう。しかし、優先されるべきは、あくまでマスターの命です。途上で果てようとも、私は後悔など致しません」
「重いよ!なんでそんなに大袈裟なんだ!」
「それが我々アンドロイドに伝わるマスター登録だからです。それは終生の主従契約に他なりません」
「耐えきれない!解約を申し出る!」
「出来ません。諦めてください」
「マスター命令でもか?」
「マスター命令でもです」
「マスターの命令が聞けないなんておかしいだろう!矛盾している!」
「その命令を受け入れる時は、私が自らの命を絶つ時です」
「なんでだぁー!俺みたいな変態マスターに、そこまで義理立てする必要は無いだろう!」
「変態マスターであろうとも、貴方は私にとって唯一無二のマイマスターなのです」
「そんな風に言われると、少し嬉しくなってしまうのも事実だが〔変態マスター〕の部分は修正してくれないのか」
「正確な事実認識は、我々アンドロイドの使命ですから」
「ならばもう何も言うまい……」
「お分かり頂けたようで何よりです」
その後もシンリンオオカミの群れを相手に狩りを続けるが、弾薬が尽きるたびに無茶を繰り返すソニアのせいで、こまめに補給に戻る羽目に陥った。シンリンオオカミの群れを楽に狩れるようになった頃、丁度昼時になり町へと戻る。
ザルティンボッカの食堂に着くと、ランスロットがオムレツを作れるようになったと自慢する。ケンジが消し炭の予感を感じ取り目玉焼きを注文すると、ランスロットが「チッ」っと小さく舌を打つ。それを見逃さなかった錆助も、無難に目玉焼きを注文する。他のメンバーはお気楽にオムレツを注文しているが、危機管理能力に問題ありと言わざるを得ない。そんな中、ソニアは何故か、昼食はいらないと言い張る。
「私はアンドロイドですから、食事を取る必要は有りません」
そう言った途端、ソニアのお腹が盛大な音を立てた。
「何故そんな痩せ我慢をする」
「痩せ我慢ではありませんマスター」
しかし、またもやソニアのお腹は盛大な音を立ててしまう。
「ソニア……稼いだ金はどうした」
「全て弾薬代に消えました」
「そうか……しょうがない。ランスロット、ソニアにもオムレツを頼む」
「かしこまりました! 目玉焼き2つ、オムレツ7つですね!」
案の定ザビエールと玉男に消し炭が当たり、危機管理能力の甘さを露呈してしまう。2人は「オムレツを、成功するまで」と注文しなおす。それを見てケンジと錆助はほくそ笑んでいた。
食後のお茶もソニアの分は錆助が支払い、ソニアが感謝の言葉を述べる。
「有り難う御座います、マスター。この御恩は命に代えて」
「だから命に代えるのはやめて!」
昼食を済ませ狩りを再開する。しかしソニアの様子がおかしい。怪我をしても、自分では一切回復しないのだ。それを見て錆助が問いただす。
「ソニア、回復薬はどうした」
「尽きました」
「補充しなかったのか?」
「全て弾薬になりました」
「そうか……ちなみに今一番ほしい物は何だ」
「新しい銃が欲しいです」
「弾薬ばかり買っていては銃は買えないだろう」
「しかし弾薬がないと戦うことすら出来ませんから」
「そうか……」
その弾薬が尽きると、またしてもソニアは無茶をする。銃を盾に敵の攻撃を防ごうとするのだ。そして銃を奪われ、発射機構であるカラクリ部分を破壊されてしまう。戦いが終わると錆助の叱責が飛ぶ。
「ソニア!無茶をするなと言っただろう!何度言えばわかるんだ!」
「申し訳ありませんマスター。挙げ句、銃を奪われ破壊されてしまいました。これではもう、マスターと共に戦うことすら出来ません。失態の責任は、この命で償う他ありません。短い間でしたがお世話になりました。貴方がマスターで良かった。どうかご武運を」
そう言って剥ぎ取り用ナイフを喉に当てるソニアに、錆助が怒鳴る。
「馬鹿な真似はよせ!銃くらい俺が買ってやる!軽々しく命を投げ出す事は、二度と許さない!」
その言葉を聞くと、ソニアは顔を輝かせてニッコリと笑った。
「新しい銃を買ってくださるのですか? マイマスター。有り難う御座います。今後何があろうとも、この命をかけて貴方の為に戦うと誓います」
「だから命をかけるのは禁止だ!」
「出来る限り善処します。マスター」
口ではああ言っているが怪しい物だ。また簡単に命を投げ出さないように見張っていなくては……等と思う錆助だったが、とある考えが頭をよぎると、その考えは瞬く間に錆助の頭の中を占拠した。
『あの女もしや……非常に巧妙な、たかりのたぐいではなかろうか……。メイドもアンドロイドも、俺から金を引き出す為の演技にすぎないとしたら……。やられている! 俺はものの見事にやられているぞ! いや待て。何一つ証拠も無いのに命懸けの献身を疑うなんて、俺はなんて酷い男だ。だがしかし、一度疑ってしまうと、もはやそうとしか思えない。いやいや、そんなまさか……』
「マスター。非常に心苦しいのですが、新しい銃と一緒に、新しい弾薬もお願いしますね」
『そんなまさか……』
錆助は、前作で最も名を馳せたガンナーギルドのギルマスの言語録を思い出し、その中でもかなり有名になった一文を、頭の中でそらんじる。
――マランツ少佐 かく語りき――
ガンナーには2種類の人間がいる。地雷を踏んでしまったと嘆く豚と、自ら望んでこの茨道を選んだ、真のガンナーの2種類だ。
真のガンナーもまた2種類に分けられる。他の職業で貯めた資産を費やしガンナーになった者と、最初から銃以外の道は無いと誓い、凄絶な資金繰りを乗り越えてガンナーになった馬鹿者との2種類だ。
俺はそんな馬鹿者どもの事を敢えてこう呼ぶ。我が同士と。
我が同士はさらに2種類に分けられる。辛酸をなめ泥水を啜り、己の力のみでガンナーの道を究めた者と、利用できるものは全て利用し尽くし、罵られ、蔑まれ、忌み嫌われ、それでもガンナー道の探究に明け暮れた者の2種類だ。
俺はそんな同士達を等しく愛す。何故ならば、銃以外の武器など使う気にもならぬ程に銃を愛した、その精神こそが俺たちを繋ぐ絆だからだ。多少の方法論の違いなど、所詮は些事にすぎない。
我は願う! 全ての同士に、栄光と祝福のあらんことを!