二人目の調教師
詩織には革のマントと革のショートパンツを、ソニアには皆とお揃いの革のジャケットと革のパンツを装備させて、今度こそ狩場へと出発する一行。裁縫師三人娘は徹夜明けの眠い目をこすり、真っ白い毛玉を抱きかかえながら部屋へと戻る。ランスロットは昼食の仕込を始めるようだ。
革の服で装備を固めた一行が広場を通り過ぎると、広場にうずくまり一夜を過ごしたプレイヤー達の視線が集まる。昨夜の話を思い出し、殊更に自慢げな表情で進む。反応があるという事は、たとえ僅かでも何かしらの影響を与える事が出来たのだろう。1人でも動き出してくれる事を願いつつ、広場を後にする。
まずは詩織とソニアに回復手段を用意する為に冒険者ギルドへと向かった。冒険者ギルドには、胴と脚だけとはいえNPCの店で買った革鎧を着ているプレイヤーも居て、防御力では錆助達を上回っている。ジーンズの上下を着て防御力の上昇を必要最小限に留め、武器の強化に重点を置いたプレイヤーも居る。昨日から狩を始めているプレイヤー達が大半を占めるだけあって、思い思いに装備を強化している様子が見て取れる。しかしその中に入っても、装備を統一している〔詫び・錆〕のメンバーは特に目立つ。扉を開けた途端、一斉に注目を浴びた。
1人のプレイヤーがどこで革の服を手に入れたのかを聞いてくると、他のプレイヤーも答えを聞こうと集まってくる。錆助は自分達のギルドの裁縫師が作ったと答え、宿の場所と名前を教える。裁縫師は徹夜明けで眠ってしまったから夕方にでも訪ねて欲しい事、材料さえ有れば誰にでも安く作ってくれる筈なので、材料を持ち込んで欲しい事を告げて自分達の買い物へと向かう。
錆助はとりあえずランスロットに連絡を取って事情を話し、三人娘が目を覚ましたら伝えて欲しいと頼む。するとランスロットは、何処の馬の骨とも分からない冒険者を三人娘に会わせるつもりは無い。自分が窓口になって処理をする。と息巻いたので、応対はランスロットに任せる事にする。三人娘が露天を始めれば意味の無い行為になるのだが、今はランスロットの気が済むようにさせてやる事にして、ようやく買い物を始める事が出来た。
「ソニアには治療キットを買うとして……」
「しーちゃんには、あたしが回復魔法を買ってあげる!」
錆助とセレナが費用を負担するようだ。
「有難う御座います、マイマスター。この命に代えて、ご恩に報います」
「重いよ!簡単に命を賭けるのはやめて!」
「ウチはお前の世話にだけはならないんだにゃー!」
「いい加減に観念しなさい!しーちゃんはその手でも問題が無い、調教師になるしかないのよ!全部あたしに任せればいいの!」
「職業まで勝手に決めるにゃー!回復魔法が使えるなら、魔法使いにもなれる筈だにゃ!気付かなかった自分が馬鹿だったんだにゃ!」
「……どうやら余計な事に気付いてしまったようね!こうなったら、記憶が無くなるまで撫で回してあげる!」
「フシャー!」
威嚇する詩織にセレナがお構いなく近づこうとするのを、ケンジが首根っこを抑えて止める。
「やめろ馬鹿が! こんな所で灰色ネームになったら、誰にガードを呼ばれても文句は言えねぇぞ」
「放して!あたしには、やらなきゃいけない事があるの!」
「それがやっちゃいけねぇ事だと、いい加減に気付きやがれ! この馬鹿が!」
「しーちゃん!待ってて、今行くわ!」
「来なくていいにゃ!そうやって、ずっと捕まってればいいんだにゃ!」
「非道い!後で絶対にお仕置きよ!」
「フシャー!」
また詩織が威嚇するが、セレナは意にも介していない様子だ。そこに錆助が割って入る。
「詩織ちゃん。その手でも確かに魔法使いにはなれるけど、使える魔法補助具がかなり制限されてしまう。今作は前作に比べて、役割分担が明確になってるみたいなんだ。その道を極めるという意味では、俺も調教師の方をお勧めしておくよ」
「前作なんて、やったことないから知らないんだにゃ。魔法補助具というのは、そんなに重要な物なのかにゃ?」
「前作を知らなかったのか。だから平気でそんな手に……」
「ひ、酷いにゃ!」
「マスター。私も知りません」
「そ、そうだったのかソニア。だから平気で銃使いに……」
「酷い事を言われた気がするので、撃ってもいいですか?」
「断じて駄目に決まっている!」
口では従順を謳いながらも平気で銃口を向けてくるメイドに、錆助はどう接していいのか分からずに気が重くなる。
「魔法補助具に話を戻そう。魔法補助具スキルがカンストして、高位の魔法の杖を持った魔法使いと、魔法補助具をまったく持たない魔法使いとでは、魔法の威力に格段の差が付いてしまう。魔法補助具の魔力増幅力は侮れないものがあるんだ。だから、その分のスキルを他の魔法に振っても器用貧乏になってしまう。前作ではそれも一つの選択肢だったけど、役割分担のハッキリした今作ではお勧めできないね」
「そ、そんにゃ……」
「フフフフフッ、しーちゃん、もう諦めなさい!あなたは調教師になるしかないの!それに例え魔法使いになったとしても、あたしは絶対にあなたを放さないんだから、そんなの全然無意味よ!」
「恐ろしいにゃ!あの女は何処まで恐ろしい存在なんだにゃ!魔王だってこんなに恐ろしくは無いはずなんだにゃー!」
冒険者ギルドに、詩織の魂の叫びが響き渡る。しかし、パーティメンバーの心には全く響かなかったようだ。この場に三人娘がいれば、少しは違ったかもしれないのだが……。
ソニアに初心者向け治療キットと初級薬剤を買って、錆助は手持ちのゴールドをほぼ使い切ってしまった。しかしセレナにはまだ余裕があるようで、詩織の魂の叫びなど聞こえなかったかのように、回復魔法、光の触媒、初心者向け獣医キット、動物用初級薬剤、探知の技書の代金を支払い、NPCの店員に商品を詩織に渡すように指示する。詩織はソニアがそうしたように、それらのアイテムを受け取ってしまう。それを見て、セレナがしたり顔で笑いを漏らす。
「フフフッ。受け取ったわねしーちゃん! 獣医キットは譲渡不可アイテム。これでもう、しーちゃんは調教師に決定ね!」
「しまったにゃ!罠だったんだにゃ!嵌められてしまったにゃー!」
「フフフフフッ!今更何を言っても後の祭りよ!観念しなさいしーちゃん!今なら特別大サービス、このライトクロスボウも付けてあげるわ!」
そう言ってセレナは装備していた魔法弓、ライトクロスボウを差し出す。
「こんな手でクロスボウなんて使えるわけが無いんだにゃ!嫌がらせかにゃ!」
「大丈夫!腕に巻きつけて装着するタイプだから、手に持つ必要は無いの。弦も矢もMPを消費して魔力で作り出すから、面倒な操作も無し。弦を弦受けに掛けてから、魔力を込める事によって弓を引き絞るから、爪一本でも弦を引けるわ!発射はボタンを押すだけの簡単設計!まさにしーちゃんの為に有るような武器ね!」
「そ、それは……ありがとうなんだにゃ……」
「どういたしまして!」
「け、けど、お前の武器はどうするんだにゃ」
「相変わらずお前呼ばわりだなんて非道い!まあ、今はいいわ!あたしはトウちゃんが左手に留まるから右手に着けなくちゃいけなくなって、ちょっと使いづらかったの。だからマジックショートボウに買い換える予定だったのよ。しーちゃんは気にしなくていいわ!」
そしてセレナは、ライトクロスボウを着けてあげると言って、詩織のマントを捲る。「フフフッ」詩織の毛並みを間近に見て笑いを浮かべるセレナの首根っこをケンジが押さえる。
「やい馬鹿女。此処では絶対に駄目だと言ったはずだぞ」
「わかってるわよ!何もしないわ!放しなさい馬鹿ケンジ!」
セレナは渋々といった様子で詩織の左手にライトクロスボウを装着する。腕に弓床をあてがって、3本のベルトを締めてお終いだ。威力も射程も弓の中では最低だが、かなり小振で腕に装着して使えることが利点だ。それでも小柄な猫人族である詩織の手に着けると、少し大き過ぎる印象があった。作業が終わると、セレナは自分用に魔法弓の入門武器といえるマジックショートボウを買う。それで買い物は終了。冒険者ギルドを後にして狩場へと向かった。
町を出て門が見えなくなるまで進むと、セレナがいきなり笑い出す。
「フフフフッ。此処までくればガードの心配は要らないわね!さあ、しーちゃん!愛のお仕置きタイムの始まりよ!」
「ふざけるにゃ!愛をつければ何でも許されると思ったら大間違いなんだにゃ!」
「問答無用!愛は全てを包み込むのよ!」
「意味がわからないにゃ!お前の脳味噌はどうなってるんだにゃ!」
「知りたい?さすがに見せてはあげられないから、あたしの全身全霊を込めて撫でまわしてあげる!」
「だからどうしてそうなるのかが、さっぱりわからないと言っているんだにゃあ!」
詩織はセレナから逃げようと走り出す。それを追うセレナ。他のパーティメンバーは、呆れて眺めている。だいぶ先まで行って戻ってきた詩織がなにやら興奮した様子で話し出す。
「ス、スキルが上がってるにゃ!持久力が上がったにゃ!筋力も生命力も少し上がったにゃ!どうなってるんだにゃ!?」
「それが完全スキル製VRMMOの醍醐味だよ」
錆助が答えると、追いついてきたセレナから逃げるために、詩織はまた走り出す。追いつかれそうになって、横手にあった池に飛び込む。どうやらこの猫ちゃん、水に苦手意識は無いようだ。
「泳ぎも上がったにゃ!」
そう言いながら川から上がると、詩織は身震いして水気を飛ばした。それを見て錆助は思う。
『まるで本物の猫のようだ……』
そのまま四足歩行で走り出した詩織を見て、錆助は本気で悩み始める。
『あの娘の中身はなんなんだ、もう本物の猫にしか見えないぞ……。もしや、夢の揺り籠に無理やり入れられた猫が、プレイヤーキャラの肉体を手に入れたことで人語を喋れるようになったんじゃないのか? 昔から、年経た猫は人語を解すると言うしな。いやいや、もしそんな事が可能なら、とっくの昔に大ニュースになってる筈だ。その線は無いな。ならば、前世は猫でしたと言い張るような、どうにも痛々しい娘さんでは無いだろうか。普段から猫っぽい仕草が身に付いていて、猫型の肉体を手に入れた今、それが加速している可能性もある。それにしても、撫でられて喉が鳴るのを止める術は無いんだろうか。あんなに嫌がってるんだから、意志の力で何とかなりそうに思えるんだけど。まさか……今作からの仕様? 詩織のように、猫の手を選んでしまった完全猫型猫人族には、本物の猫と同じ習性が備わってしまうんじゃないのか? ならば、いきなり四足歩行で走り出したのも納得できる。いや、待てよ? それは本当に完全猫型猫人族に限った話なのか? もし全ての猫人族に共通する仕様だとしたら、咲夜さんにも同じ事が起こる筈だ! 撫でられて喉が鳴るのを止められない咲夜さん…………た、たまらん! 妄想だけで鼻血が! だがしかし、いきなり俺が撫で回したって悲惨な結果にしかならない事は、火を見るよりも明らかだ。そんな事をしたら俺の居場所が綺麗サッパリ無くなってしまうだろう。いや、居場所どころか、命が無くなってしまう可能性のほうが高いと見た。やはりここはセレナの出番だ。しかし、セレナは咲夜さんには全く反応しなかった。おそらく完全猫型猫人族以外には興味は無いのだろう。だからって諦められるだろうか? 否! 断じて否だ! 例え僅かな可能性でも、ゼロで無い限り諦めるわけにはいかない! なんとかして、セレナが咲夜さんに反応するように仕向けなければならない! 例えこの身がミナモの火魔法で燃え尽きようともだ! それほどまでに、咲夜さんのその姿には価値がある! 考えろ! 考えるんだ! セレナの気持ちになりきって見せろ! そこにおのずと答えはある! セレナの気持ちセレナの気持ちセレナの気持ち…………あああああ! 無理だ! この世で一番理解し難い生物の気持ちなんて、俺の様な凡人に解るわけが無い! くそう、もはやここまでか…………』
錆助が人生最大の挫折を味わっている間にも、詩織は元気に四本足で駆け回っている。水は現実世界とは比べ物にならない速さで乾くので、少し走ると完全に乾いてしまっていた。水中も大事な冒険の舞台と考えている製作側の意図によって、プレイヤーが水中に入る事に抵抗を感じないように考えられえた仕様だ。そして詩織は小さな段差を飛び降りる。
「痛いにゃ!落下スキルが上がったにゃ!」
少しHPを削られてしまったようだ。詩織はまた錆助たちの元へ戻り座り込む。
「つ、疲れたにゃ。スタミナがもう無いにゃ。けど段々回復していくんだにゃ。HPも回復してるにゃ。そして持久力スキルが上がっていくんだにゃ!自然回復も上がってるにゃ!」
興奮した様子の詩織を見て、前作経験者達は目を細める。全ての完全スキル製VRMMORPGに共通するわけではないが、少なくとも前作のサスティンオンラインは同じ仕様だった。自分も初めてプレイしたとき、何をしてもスキルが上がる事に、少なからぬ興奮を覚えた事を思い出したのだ。懐かしい感動に浸っているところにセレナが走って来たのを見て、ケンジが問答無用で首根っこを押さえた。
「痛い!何するの?馬鹿ケンジ!」
「うるせぇ。鬼ごっこはおめぇの負けでおしめぇだ。そろそろ狩場に到着するぞ」
「しょ、しょうがないわね。しーちゃん!お仕置きは後回しにしてあげる!」
「後回しじゃなくてキャンセルにするんだにゃ!」
「駄目!!」
セレナが諦めたので、ようやく落ち着いて狩場へと進む……はずだったのだが、先程詩織が飛び込んだ池で水音がし、振り向いたセレナが騒ぎ出す。
「アマツバメよ!しーちゃん!まず手始めに、あの子を調教するのよ!」
「そんな事までお前が決めるにゃー!ウチはウチの好きな子を調教するんだにゃ!」
「そんな事言ってる場合じゃないの!アマツバメは飛行に特化した鳥で、普段は上空で生活しているの!あまり地上近くまでは降りてきてくれないのよ!水を飲みに来た今がチャンスなの!」
「そんなのウチの知った事ではないんだにゃ!」
「見て、しーちゃん!あの子今、足を出したわ!まだ幼鳥なのよ!アマツバメは飛行に特化したせいで足が弱く、平地に降りたら飛び立てないとまで言われているわ!水を飲むときも水面擦れ擦れで飛んで、口だけ水に突っ込むのよ!慣れてくれば水浴びもするけど、それも一瞬だけ飛び込んで、その勢いのまま飛び出していくの!慣れない幼鳥は水を飲むときに怖がって足を出してしまうのよ!それは万一水に落ちてしまえば、二度と飛び立てずに溺れて死んじゃうからなの!さあ、しーちゃん!飛んでるところは早すぎて目が追いつかないだろうけど、水を飲む時にはスピードも落ちるから、そこが狙い目よ!ライトクロスボウで打ち落として、あの幼鳥を見事調教して見せて頂戴!」
「人の話を聞くんだにゃ!ウチの知った事ではないと言ってるんだにゃ!ウチはウチが決めた他の子を調教するんだにゃ!」
「あ!落ちた!」
「にゃ!?いったい何をしたにゃ!」
「失敬ね!何もしてないわ!まさかこの目でアマツバメが溺れる所を目撃するなんて、あの子ったらどれだけ不器用なのかしら……でも、これが自然淘汰なの? あの子は死ぬ運命だったの? 調教されれば助かる命なのに、なんだか可哀相。けど、あたしはもう調教枠が残ってないし、救えるのはしーちゃんだけよ?」
「な、そ、それはずるいにゃ! ウチの意思は何処に行ったにゃ!」
「だから。しーちゃんがあの子を救うのか、それとも見殺しにするのか。全てはしーちゃんの気持ち次第って事よ」
「そんな二択を迫られて、見殺しに出来る奴がいたら顔を見てみたいにゃー!」
詩織は池に飛び込むと、アマツバメを口にくわえて戻って来た。口の中で暴れるアマツバメを、逃がさぬ様に、なるべく傷付けぬ様に悪戦苦闘する詩織だったが、
その姿は他の仲間の目には、捕食者と獲物のそれとしか映らなかった。錆助は恐る恐る声をかける。
「詩織ちゃん。いくら獣の本能に目覚めたからと言って、鳥を生きたまま食べるのはどうかと思うよ……」
「フシャー!」
一秒後、錆助の顔には、罰点印の引っかき傷が残されていた。
「あ!爪スキルが上がったにゃ!」
詩織は灰色ネームになった事などお構い無しにはしゃぐ。そして錆助には一瞥もくれずに、ぐったりとして動かなくなったアマツバメに駆け寄った。錆助の余計な一言のせいで、つい力が入ってしまい、少し強く咬み過ぎてしまったのだ。
「大丈夫かにゃ? 死んでないかにゃ? ごめんなんだにゃ。目を開けて欲しいにゃ。お願いだから、ウチの仲間になって欲しいんだにゃ。力を合わせて、この世界を一緒に生き抜いていくんだにゃ。あ!」
初めての調教が成功して、詩織は瞳を輝かせる。初心者向け獣医キットから動物用初級薬剤をすくい出し、肉球を使ってアマツバメに塗りつけると、体力が少し回復するのが分かった。
「助かったにゃ。良かったんだにゃ……。あ!獣医スキルが上がったにゃ!調教スキルも上がってるにゃ!じゃあ探知も使ってみるにゃ……上がったにゃ!回復魔法は……」
「セルフヒールは自分のHPが減ってないと発動しないわね!魔法弓も対象無しに射ってもスキルは上がらないわ!」
セレナが先輩風を吹かす。詩織は反発するかと思いきや、今はそれ所ではないようで「なるほどにゃ」などと呟きながらアマツバメの治療に専念していた。助言を受け入れられて、セレナは調子に乗り始める……。
「鎌の様な長い翼、黒褐色のずんぐりした胴体、喉と尾の下の白い模様。その子は空飛ぶ小さなシャチの異名を持つ、ハリオアマツバメね! 一説には、水平飛行では世界で一番速く飛べる鳥とも言われているわ! 普通のツバメより一回り、いえ、二回りほど大きいかしら。名前の由来は、針の尾を持つ雨燕。さっきも言ったけど、この子は飛行に特化していて地上には降りないの。留まる時は垂直の崖なんかに爪を引っ掛けて、尾から針のように飛び出した羽軸で体重を支えるの。普段は高空を飛んでいて睡眠も交尾も空中で出来ちゃうから、雨が降る前、餌になる昆虫が低空に下りて来た時位しか見かける事が出来ない。だから雨燕と呼ばれているのよ。けど、子育ては巣が無いと出来ないから、崖の隙間や木の洞に巣を作るの。だから水平の場所には留まれないってわけじゃないのよ。足が弱いから苦手なだけ……」
いつ終わるか分からないセレナの解説を聞き流し、ハリオアマツバメの治療を終えた詩織が立ち上がる。持ち上げた手からは、ハリオアマツバメが元気良く飛び出して行った。
「ハリオアマツバメだから、あの子の名前はハリーね!」
「にゃ!? そんな事、ウチが決めるに決まってるんだにゃ!口を出さないでもらいたいにゃ!」
「けどもう、リネームされちゃってるわ!口では反対してても、心が受け入れてしまった証拠ね!あの子の名前はハリーで決定よ!」
「認めない!ウチは絶対に認めないんだにゃ!リネームされたのは心の迷いなんだにゃ!ここはあの子の為にも、最後まで抗って見せるんだにゃ!ハリオアマツバメだからハリーなんて、どう考えても安易過ぎるんだにゃ!あの子の名前は………………ハリオウで決定なんだにゃー!」