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初動

――――――《「デスゲームを開始します!キャハハハハハッ!」》――――――


 ゲーム内アナウンスや、全NPCの口から同じ言葉が繰り返されている。錆助達は、ただ唖然と立ち竦むことしか出来ずにいた――。







 錆助が意識を取り戻した時、そこは意識を失った城門前広場ではなく、うらぶれた田舎町の芝生に覆われた広場だった。辺りを見回すと人が大勢倒れていて、その中に見知った人影を見つける。不穏な言葉が耳に届いてくるが、今はただ、仲間の安否を確かめることで精一杯だった。

 ふらつく足を引きずりながら、見覚えのある背中を揺すって声を掛ける。


「ケンジ!おい!起きろ!風音!玉男!ミナモ!おい!」

「ううぅ…… ここは?何がどうなってやがる」

「ケンジ!とにかくみんなを起こせ!」

「なんやの?これ……」

「風音!無事か!」

「んんっ ここは? ……えっ?デス…ゲー…ムっ…て……」

「ミナモ!」

「ぐぬぅ…… 我が輩としたことが、気を失ってしまうとはなんたる不覚」

「玉男! とにかくみんな無事で良かった……」

「この状況を無事って言っていいのかどうかは、わからねぇとこだがな……」

「ああ、そうだな……」


 意識が戻った5人の目には、倒れていた人々が、一人、また一人と起きあがる姿が映り。その耳には信じられない言葉が、否応なしに入り込んでくる。ゲーム内アナウンスは、不快に頭の中で鳴り響き、耳を塞ぐことも許されず。NPCは狂ったような顔で笑いながら、ひたすら同じ言葉を繰り返し、人々の不安をかき立てていた。錆助達はどうしたらいいのか、何を考えればいいのかさえも分からずに、ただ押し寄せる不安に捉えられ、フリーズしてしまう。

 立ち竦むだけの時間がどれほど過ぎた頃だろうか、広場の端から突然悲鳴があがる。


「嫌ァー!何これ?どうなってるの?助けて!誰か助けてよ!嫌ァアアアア!」


 誰のものだかわからない悲鳴をきっかけに、錆助とケンジがいち早く再起動を果たした。2人とも真っ先にログアウトを試そうとするが、仮想コンソールからログアウトのメニューは消えていた。錆助がつぶやく。


「ログアウト出来ない……」


 ケンジは叫んで走り出す。


「うっおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」ドドドドドドドドッ


 パニックという文字が脳裏をよぎり、錆助は最悪の事態を想定する。


ッドドドドドドドド「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!」


 100メートル程の距離を全力疾走で往復してきたケンジが錆助に向かって吼えた。


「さびすけぇー!」

「あ、ああ?」

「デスゲームだとよっ!」

「ああ……」

「ほんとか!?」

「正直わからない。だけど、今は信じておいた方が良い」

「だよなぁ!」

「ああ」

「よっしゃ!狩りに行くぞ!」

「は?ケンジ……お前何言っ」

「うるせぇ!行くぞ!」

「!?」

「うおりゃぁぁぁああああああ!いっくぞぉおお!」

「オウイエァアアアッ!」


 玉男が躊躇無く付いて行った……。

 錆助はケンジの正気を見極めるつもりでいたのだが、その心配はなさそうだった。最近鳴りを潜めていたが、出会った頃のケンジはまさにこんな感じの無謀な突貫キャラだったのだ。その頃を思い出して、新たな心配事に頭を抱えたくなる錆助であった。


「デスゲームだっていうのに、突貫キャラ復活ってどうなんだケンジ……お前あの頃1日に何回死んでたんだよ……。と、とにかく2人を追わなきゃ!風音!ミナモ!」

「はいな!行こうや!さびやん!」

「うんっ!行こうっ!」




 町を出たところで、先行していた2人に追いつき、両脇に畑が続く道を駆け抜ける。ゲーム内アナウンスがやっと途切れた頃、畑を抜けて広い草原に出た。その先は木々が生い茂り深い森になっているようだ。前作の経験から、いきなり森に入るのがいかに無謀か分かっているので、この草原を狩り場と定める。ざっと見回してみても、他のPCプレイヤーキャラクターは見当たらなかった。


「おりゃぁああ!」


 目の前にいた羊にケンジが襲いかかる。スキルが低いうちは動物を狩るのがこのゲームの基本なので、5人で羊をタコ殴りにする。スキル0からだと羊相手でも手間取るが、戦闘中にどんどんスキルが上がっていき、やがて羊は絶命した。


「嫌やぁー!グロい!グロすぎるわぁー!」


 風音の叫びはみんなの気持ちを見事に代弁していたようで、全員ウンウンうなずいている。最新のVRMMOだけあってグラフィックはリアルと区別が付かなくなっている。CG臭さの残っていた前作をプレイしていた面々にはそれだけでショックなのだが、何よりも問題なのは、相手の挙動、肉をえぐる手応え、流れ出る血液、必死の反撃、相手の攻撃が当たった時のこちらの痛み、死ぬ間際に見せる悲哀に満ちた表情、その全てがリアルすぎることなのだ。前作はもう少し挙動も画一的で、ゲームらしさが残っていたのだが……。技術の進歩なのか制作者の悪意なのか、おそらく両方だろうという結論に達して、考えても仕方ないと次の獲物に向かう。

 羊を50匹ほど狩るとスキルの上がりが悪くなってきた。ドロップアイテムの回収がリアルな剥ぎ取りじゃ無い事がせめてもの救いだが、風音はそろそろ限界に近づいていた。


「うちもう前衛やめる…… こんなん耐えられへん……」

「風音ちゃん!ふぁいとっ!」


 魔法使いのミナモは、しれっと応援する。間違っても自分と前後衛コンバートなんて事態が起こらないように。


「ここを耐えて、魔物を狩れるようになれば、羊さんの悲しい瞳ともおさらばよっ!」

「そ、そうやな!この悲しみを、憎らしげな魔物どもにぶつけてやればええねんな!」

「そうそう、そうの調子よっ!風音ちゃんっ!」

「そうと決まればどんどんいったるで!次の相手はどこや!」

「そろそろ町に帰ろう」

「なっ!何を言い出すねんさびやん!今の話を聞いてなかったんかい!うちのたぎる血潮をどないしてくれんねん!」

「いや、錆助のいうとおり、いったん戻ろう」

「んなっ!ここまで先頭切って突っ込んできたケンジまで!」

「我が輩もいったん戻るに賛成じゃの」

「くっ!中年太りのおっさんまでもか!」

「じゃー私も帰るに1票?」

「ミ~ナ~モ~の~う~ら~ぎ~り~も~の~!」







 町へ戻る途中で何組かのパーティとすれ違う、そろそろ頭の整理のついたプレイヤー達が出てきたのだろう。今となっては全員がケンジの行動に救われたと気付いていた。すれ違うパーティが例外なくこちらに怯えた視線を向けてくるのだ。デスゲームならばおそらくPKプレイヤーキルも許されているはずで、今自分たちがその気になれば、どちらが勝つかは目に見えている。今から初めて狩りに向かうパーティが狩り場から帰ってくるパーティを警戒するのは当然の成り行きだった。


 町に着いた一行は、いまだ広場にへたり込んで動けないプレイヤー達を眺めながら、冒険者ギルドへと向かう。初級の装備やアイテムなら全てそこで揃うはずだし、クエストを受けることも出来る。冒険者ギルドは何処の町でも目立つ場所に有るので、迷うことはなかった。扉を開けると意外と賑わっており、「みんな結構タフだよなー」などと話し合いながら、張り出された依頼を眺める。壁の中央にあるのはPCプレイヤーキャラクターから出された依頼を張り出す掲示板で、生産者から戦士向けに素材調達依頼などが張られているはずなのだが、報酬を払える者が居ない今、一枚の依頼も張られていない。錆助はその奥のNPCノンプレイヤーキャラクターからの依頼が張られてある掲示板で目当ての依頼を見つけ、はがして受け付けカウンターへと向かった。


 トラウマものの狂ったようなNPC達の笑いを思い出して、おっかなびっくり話しかけるものの、先ほどの事など無かったかのように、にこやかな笑いを向けられて、拍子抜けしつつも依頼を受ける。〔羊毛の調達〕〔ラム肉の調達〕の二つだ。NPCに店売りするより多少儲かるし、クエストポイントも手に入る。クエストポイントが貯まればクエストランクをアップ出来て、難易度の高い依頼を受けられるようになる。その場で素材を渡してクエスト終了。ギルドを通した依頼は、PC、NPCの依頼にかかわらず、ギルドとのやり取りだけでクエストが完了出来るようになっている。少しギルド内がざわついたが、今は気にしない。クエストアイテムになっていないマトン肉等を店売りする。


 稼いだゴールドで〔初心者向け治療キット〕と〔初級薬剤〕を買う。先ほどの戦闘では、一戦ごとに座って休憩をとって自然回復に任せていたのだが、今後のことを考えると回復手段は何よりも優先して確保する必要がある。治療キットの戦闘中の回復量は微々たるものだが、使えば治療スキルが上がり回復量も増えていくし、戦闘中でなければ他人の治療も出来るようになる。戦士職にとっては一般的な回復手段なのでケンジと風音の分を買って、消耗品の薬剤をある程度の量買っておく。


 次に回復魔法の初歩〔セルフヒール〕の魔法書と、魔法触媒の〔光の粉末〕を買う。これは光の魔法使いであるミナモと錆助の分だ。初歩だけあって自分しか回復できないが、上位の回復魔法の回復量はゲーム中でダントツなので、なるべく早く回復魔法スキルを上げるのはパーティの最優先事項と言っていい。買ったその場で魔法書を読み込み魔法を覚える。光の粉末は初期の光の魔法共通の触媒なので多めに買っておく。


 最後は闇の魔法使い玉男のために、暗黒魔法の初歩〔セフルドレイン〕の魔法書と〔闇の粉末〕を買う。相手のHPヒットポイントを奪って自分のHPを回復するドレイン魔法のセルフ版という訳の分からない位置づけの魔法だが、全く効果が無いというわけではなく、血流を活性化させることで自然回復時の回復力を高めるという、非常に微妙な効果を誇る……ぶっちゃけただの練習用に近い魔法である。しかし前作では暗黒魔法のスキルを上げることがヴァンパイアへの第一歩だったので、張り切った玉男は光の速さで魔法書を読み込んだ。



 全員の回復手段を揃え、他に買うべき物を話し合う。

 真っ先にケンジが口を開いた。


「まずは盾が欲しいな」

「せやなー、盾は必要やなー」

「そうだな、買っちまおう」


 風音が続いて、財布役の錆助が答えた。

 〔ウッドバックラー〕を二つ買う。各スキルの初期装備は安く買えるようになっているため、迷う必要はない。

 キャラメイク時に武器か、魔法書と触媒か、生産道具を一つ貰えるため、ケンジは〔刀剣〕スキルの初期装備である〔ナイフ〕を、風音は〔斧〕スキルの初期装備〔鉈〕を、始めから持っていた。これで〔いずれかの武器スキル〕〔盾〕〔治療〕と、一般的な戦士が上げるべきスキルはすべて上がる事になる。

 そろそろ武器も新調したい2人だが、そこまでの余裕はまだ無いだろうと思い黙っていた。今はスキルを上げる事を優先すべきである。

次に財布役の錆助が自分の欲しい物を言う。


「俺は付与魔法上げたいな。〔ホーリーブレイド〕買っていい?」


 反対する者はなく、錆助は魔法書を買って読み込んだ。

 キャラメイク時に貰えるのは攻撃魔法に限られるため、光の魔法師である錆助とミナモが覚えたのは、破壊魔法の初歩〔ファイアボール〕だけだった。付与魔法の初歩〔ホーリーブレイド〕を覚えた事で、錆助はエンチャンターへの道を一歩踏み出した。

 次にミナモが言う。


「召還魔法を覚えたいところだけど、お金かかるし後回しねっ! まずはやっぱり魔法補助具かしらっ? 錆助ぇー、魔法スティックお願いっ!」

「ああ!それは俺も欲しいな!そこまで頭が回らなかった、買っちまおう!」

「ふふーんっ! やっぱりにわか魔法使いは駄目ねっ!」

「ほっとけ!」


 〔魔法補助具〕スキルの初期装備〔魔法スティック〕を二つ買う。簡単に言えば魔力増幅アイテムだ。魔力を込めて直接攻撃も出来るが、さほどの威力は見込めず、あくまで緊急手段だ。〔いずれかの魔法スキル〕〔魔法補助具〕〔回復魔法〕、一般的な魔法使いが最初に上げるべきスキルである。

 やっと自分の番かと玉男が口を開く。


「我が輩は召還魔法と牙スキルを上げたいのである!」

「ちょっと玉っち!? 召還魔法はお金がかかるからって、私が諦めたとこでしょっ!」

「ヴァンパイアを目指す身として、ミナモよりも切実なのじゃ!」

「切実なところ悪いけど、さすがにもう金がないな。牙だけで我慢してもらおうか」


 パーティの財布役は容赦ない。


「ぐぬぬぬぬっ! なんたる屈辱! 僕も召還できずして何がヴァンパイアか!」

「玉男はまだ全然ヴァンパイアじゃないだろーが!十年早いわ!」


 ヴァンパイアとは、決められたいくつかのスキルを一定の数値まで育てる事で貰える称号の一つで、称号が付くと何かしらのパッシブスキルが発動し、常時そのスキルの恩恵を受けられるのだ。玉男がこだわるのも無理はないことだ、しかし……。

 召還魔法は光、闇の魔法使い関係なく使える魔法だが、触媒が特殊で他の魔法よりもお金がかかるのだ。後回しにされるのは仕方がない事なのである。

 闇の魔法使いたる玉男が最初に覚えたのは〔崩壊魔法〕の初歩〔ロッテンウィンド〕だった。〔牙〕スキルの初歩〔噛みつき〕の技書を買ってもらい、もちろん光の速さで覚えた。〔暗黒魔法〕もさきほど覚えた玉男が望むスキルは、残すところ〔召還魔法〕だけなのだが、その道のりは遠く険しい……。

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