捕獲!猫ちゃん!
素敵お姉さん達が、ケンジに目玉焼きのお裾分けを申し出そうな雰囲気を敏感に察知した錆助は、咄嗟にそれを阻止しようとする。
「ランスロット! ケンジの分の目玉焼き、もう一皿追加で頼む!」
「目玉焼き、追加注文頂きました!」
錆助の見立てどおり、侮り難いランスロットの嗅覚は、敏感に同じ危険を察知していたようで、慌てて厨房へと向かう。ギルドからこの食堂に派遣されて来ているランスロットは、注文以上の数の料理を作る事が出来ないのだ。消し炭をそのまま出すのは、決して悪意あっての事では無い。それを誰に出すか決める時点で、悪意の介入があるだけなのだ。
錆助とランスロットの機転で、人知れず危機を回避して食事が終了する。そして、それぞれ食後の飲み物を注文する。紅茶も日本茶もコーヒーも、文句無く安物のティーバッグなのだが、NPCが入れる味気ないお茶に比べると随分ましな味で、皆、それなりに満足している。しかしそこにもシステムの悪魔は存在するのだ。
「なんだこりゃ? 味も匂いもしねぇ、色つきのお湯じゃねぇか!」
「さすが馬鹿ケンジ。味覚も馬鹿なんじゃないの?」
「なんだとぉ? この、ちびっこがぁ!」
「あたしの弟をいじめないで頂戴!馬鹿ケンジ!」
「いじめられてんのは俺のほうだろうがぁ!」
「さすが馬鹿ケンジね……こんなにちっちゃい子にいじめられてるなんて、恥ずかしくないの?」
「うるせぇ!別にいじめられちゃいねぇ!」
「自分でいじめられてるって言ったんじゃない!もう忘れたの?やっぱり馬鹿ね!馬鹿ケンジ!」
「てめぇにだけは言われたくねぇんだよ!この、馬鹿女ぁ!」
「酷い!お姉ちゃんに何てこと言うんだ!謝れよ、馬鹿ケンジ!じゃないと一生、味のしないお茶を飲ませ続けてやる!」
「やっぱりわざとじゃねぇか!こんっの、くそちびっこがぁ!」
馬鹿三人組のレクリエーションが済むと、そのタイミングを待っていたかのように、裁縫師三人娘が立ち上がって話し始めた。
「みんなの分の、革の上着とズボンを作ったの。革鎧というわけにはいかなかったけれど、少しは防御力も上がるはずよ」
「見た目はシングルライダースジャケットに、革パンだと思ってくれればいいわ。まだこの世界にはファスナーが存在しないから、ボタンで留めるせいで、実際はダブルなんだけどね。常に襟を立てて着るダブルと言った方が近いのかしら。スタンド襟は、ベルトで止めるようになってるの。多少は首周りを守ってくれると思うわ。さすがに染色は間に合わなかったから、素材の色そのままで申し訳ないんだけれどね。今のスキルで作れる既製品の中では、一番防御力が高いはずよ。最初は動きにくいと思うけれど、馴染んでくれば気にならなくなると思うわ」
「母さんが夜なべして作ったのよ」
咲夜、クレア、葵が、順に話す。錆助は三人娘がやつれて見えた理由を知り、感謝の念に襲われる。しかし、それでも……葵のお母さんキャラをやめさせて、お姉さんキャラに戻す為の策略を、真剣な表情で練り始める。その横では、三人娘がアイテムポーチからジャケットとパンツを取り出して、皆に配っていた。
「おおきに!首周りは正直トラウマになっとったから、これさえあれば百人力や!ほんまありがとな!」
風音が素直な感謝の気持ちを口にすると、他のメンバーも、負けじとジャケットとパンツを褒め称え、三人娘の労をねぎらった。照れながらも満足げな笑みを浮かべる三人の裁縫師は、やつれていても美しく、とても誇らしげで、その胸に刻まれた職人魂を見ている者にも感じさせた。
そんな勢いもあってか、その10分後には、鼻息の荒い面々が、宿屋を後に狩りへと向かう姿があった。広場に差し掛かる手前、どん詰まりの路地の奥を覗いたセレナが、奇声を発して走り出す。
「うっにゃあああああ!発見!猫ちゃーん!」
出鼻をくじかれ、ケンジと錆助は顔を見合わせてため息をつく。
「まったくあの馬鹿は……。猫まで追っかけ始めたらキリがねぇぞ。ったく……」
「せっかく盛り上がってたのに……。やれやれだよまったく……」
風音もミナモもうんざりした顔で頷き、玉男だけが温かい目で見守っている。ザビエールは相変わらずだ。
「大丈夫。怖くないのよ。お姉さんはあなたの味方よ。あーもう!なんて可愛いのかしら!あたしの猫ちゃーん!」
仲間の様子など気にもしないで、調教モードに突入するセレナ。
「あの馬鹿。調教枠なんて残ってねぇだろうが。何考えてやがるんだか……」
「何も考えて無いんだろうな……引き摺って連れて行くか……」
ケンジと錆助が路地に向かって一歩踏み出したときだった。予想もしなかった声が聞こえてくる。
「引っ付くにゃあー!いきなり何をするにゃ!ウチをどうするつもりだにゃ!やめるんだにゃあー!」
「ああん!暴れないで!大丈夫!あたしはあなたのお友達よ!もう一生離さないわ!」
「怖い!怖いにゃ!こんなお友達知らないにゃ!ひたすら怖いだけだにゃ!ど、どどど、どこを触ってるんだにゃ!いい加減離すにゃあ!」
「離さないって言ってるでしょう!大丈夫!安心して?何も怖いことなんて無いのよ?あたしがあなたを守ってあげる!」
「お前が一番恐ろしいんだにゃ!安心なんて出来るわけが無いんだにゃ!むしろお前から守って欲しくてたまらないんだにゃ!」
「お前なんて言っちゃ嫌!あたしはセレナ!セレナって呼んで頂戴!お姉さんって呼んでもいいのよ?可愛い猫ちゃん!」
「どっちも呼びたくないにゃ!ウチを猫扱いするにゃ!もう離すんだにゃ!そ、そんなとこ触るにゃあ!」
「まあ、照れちゃって!可愛い!猫扱いするななんて言っても、あなたは何処からどう見てもノルウェージャンフォレストキャットじゃないの!」
「ノルウェーなんて行った事も無いにゃ!何を言ってるんだにゃ!そんな事よりそんな所を撫で回すのはやめるんだにゃあ!」
「あなた、自分がなんて種類の猫かも分かって無いのね。あなたはノルウェージャンフォレストキャット。カラーはブルーマッカレルタビー&ホワイトよ」
「知らない!そんな情報知らないにゃ!ウチの知らないウチを暴くのはやめるにゃ!恐ろしいにゃ!」
「知らないなら教えてあげる!ノルウェージャンフォレストキャットは、ノルウェー生まれの長毛種よ!毛並みは艶々セミロングのオーバーコート……素敵な手触りね。羊毛の様なアンダーコート……もっふもふね。極寒の地に耐えるダブルコートよ!」
「そんなに撫で回すにゃ!あ!そ、そんなとこまで分け入って触っちゃ駄目なんだにゃあ!」
「毛色はブルー。濃い目の灰色と言えば分かりやすいかしら。気品があって大好きな色よ!」
「スリスリするにゃ!」
「マッカレルタビーは鯖縞模様。綺麗な縦縞ね」
「な、なぞっちゃ駄目なんだにゃあ!」
「アーモンド形の淡いグリーンゴールドの瞳もとても気品があるわ。耳の先からは、すらりと伸びた飾り毛が飛び出してる。リンクスティップって言うのよ。山猫の耳の飾り毛の事ね。これもとっても気品があるわ。あなたってなんだか気品の塊みたいな猫ちゃんね!ますます好きになちゃう!」
「好きにならなくていいんだにゃ!み、耳は駄目だにゃ!触っちゃ駄目なんだにゃ!にゃあああ!ウチから気品も誇りも根こそぎ奪っていくつもりかにゃ!?」
「照れなくていいって言ってるじゃない!尻尾は長くて太くて、とてもふさふさしてるわ!」
「尻尾も駄目だにゃああああ!」
「そして、アンドホワイト。額から八の字に広がるホワイトが、鼻先付近から口元に掛けてまた狭くなって、まるで白い宝石みたい」
「眉間を触られたって別に……ううっ……そ、そんなに優しく触るにゃ!」
「下顎からまたホワイトが広がって、ふさふさのラフ(ひだ襟)は、白いエプロンみたいね」
「の、喉は駄目だにゃ!絶対に駄目だにゃ!うにゃああああ!〈ゴロゴロゴロ〉い、嫌なのに!〈ゴロゴロゴロ〉喉が勝手に!〈ゴロゴロゴロ〉鳴ってしまうのを止められないんだにゃああああ!〈ゴロゴロゴロゴロゴロ〉」
「手足の先も白い毛に覆われていて、まるで白い靴下を履いているみたい。指の間からはみ出している毛はポウタフト。雪の上でも凍えないようになってるのよ。ふさふさで気持ちいい」
「毛の話をしながら肉球をふにふにするのはやめるんだにゃあ!〈ゴロゴロゴロ〉」
「お腹も綺麗なホワイトね」
「そ、そんな!?そんなところを触るのは反則なんだにゃあ!〈ゴロゴロゴロゴロゴロ〉」
「最後はブリッチ。半ズボンって意味よ」
「ど、どこを触るつもりなんだにゃ?駄目だにゃ!そこだけは絶対に駄目に決まってるんだにゃ!!嫌にゃあああああああ!」
「「どっせーい!」」
間一髪! ケンジと錆助のフライングタックルで、猫ちゃんの貞操は守られたのだ。
「いい加減にしやがれ!こんっの変態馬鹿女がぁ!!」
「痛いじゃない!何するの?いいところなんだから邪魔しないで頂戴!馬鹿ケンジと馬鹿錆助!」
「やれやれ……ついに俺まで馬鹿の仲間入りか。それはそうと……セレナ!正座!」
「え? 何言ってるの、馬鹿錆助。意味がわからないわ。やっぱり馬鹿なの?」
「灰色ネームになって何言ってる。街中で犯罪者フラグを立てるなって、昨日あれほど言ったのに。もう忘れたのか? 馬鹿セレナ」
「え? あれ? な、なんで灰色ネームになってるの? あたし何も悪い事なんてして無いわ!」
「うるせえよ!ゴチャゴチャ言ってねぇでそこに正座しやがれ!この馬鹿がぁ!」
正座して怒られているハイエルフ女性が居た……。
「納得できないわ!あたしと猫ちゃんの愛の語らいを、犯罪扱いだなんてあんまりよ!」
「猫じゃねぇーだろうが! あいつはどっからどう見てもプレイヤーだろうが! この、馬鹿女!」
「やっぱり馬鹿ね!馬鹿ケンジ!あの子は何処からどう見ても、正真正銘の猫ちゃんよ!」
「馬鹿はおめぇだ馬鹿女!人語を話す猫がプレイヤー以外に居るか!この馬鹿が!」
「ええ?それってあたしは騙されていたって事かしら?非道い!あんまりだわ!」
「騙すもくそも無ぇだろうが、馬鹿女!人語を解し、二足歩行で歩き、身長120cmの猫が何処に居る!」
「ここに居るじゃない!馬鹿じゃないの?馬鹿ケンジ!」
「だから、どうしてそれをおかしいと思わねぇ!馬鹿過ぎんだろうが!馬鹿女!」
怒るつもりが、まったく反省の色を見せないセレナがケンジと罵り合いを始め、うんざりした錆助が話し出す。
「セレナ。どうでもいいから大人しくしててくれ。他のみんな、特にザビエール。ガードが巡回してきてもセレナが見えないように、盾になっててくれ」
「了解シマシタネ」
「それで助かるかどうかは分からないけどね……」
その会話を聞いて、流石にセレナも大人しくなる。錆助は、路地の隅っこでうずくまる猫に、なるべく優しい声で話しかけた。
「初めまして。俺は錆助。このギルドのマスターをしているんだ。今日はうちのメンバーが迷惑を掛けてしまって申し訳ない。決して悪気があったわけじゃないんだ。許して貰えないかな?」
「許すも許さないも無いにゃ! ウチはただあの女が恐ろしいだけにゃ! どうでもいいから早く此処から居なくなって欲しいにゃ!」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、犯罪者フラグが立って動けないんだ」
「ウチの知った事では無いにゃ! お願いだから早く視界から消えて欲しいにゃ!」
「うん。君の言う事はもっともだと思う。けどお願いだ。俺達のパーティに入ってくれないか?」
「な!何を言い出すんだにゃ!意味がわからないにゃ!」
「犯罪者フラグがこんなに長く続いたのは初めてなんだ。今まではパーティ内で起きた事だったせいか、犯罪者フラグが立ってもすぐに消えていた。でも今回はまだ消えてない。対象がパーティメンバーじゃ無かったせいか、今回のフラグがハラスメント系のフラグだったせいかは分からない。けど、街中でいつまでも犯罪者フラグを立てていては、いつガードに殺されるか分からない。仲間を殺されたくないんだ。君がパーティに入ってくれても何も変わらないかもしれない。けど、変わる可能性があるならそれに賭けたい。パーティに入ってください。お願いします」
「ど、土下座なんてするんじゃないにゃ!何をしているんだにゃ!あの女のパーティなんて真っ平ごめんだけど、そこまでされて断るほどの理由ではないにゃ!頭を上げるんだにゃ!」
「ありがとう!助かるよ!」
猫ちゃんをパーティに迎え入れて暫らくすると、セレナの犯罪者フラグが消える。相手がパーティメンバーになったせいかどうかは分からないままだが、とりあえず皆、胸を撫で下ろした。セレナ以外は……。
「やっぱり仲間になったのね!一目見た瞬間にわかっていたの。これは運命なんだって!もうずっと一緒よ!可愛いあたしの猫ちゃん!」
「恐ろしい!やっぱり恐ろしい!ウチはあの女が恐ろしいんだにゃ!務めは果たしたし、ウチはそろそろ抜けさせて貰うにゃ!」
「ふふふふっ!逃がすもんですか!あたしの可愛い猫ちゃーん!」
「にゃああああ!これは詐欺だにゃ!罠だにゃ!絶対に訴えてやるにゃああああ!」