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弟登場!

 ――コッケコッコー!――


 何処からか聞こえてくる鶏の鳴き声に、錆助は重いまぶたを開ける。その視界には見慣れぬ天井が映っていた。


「ここは……。ああ、やっぱり夢じゃないんだよな……」


 自分の体を見回し、ゲームのプレイヤーキャラの肉体である事を確認すると、錆助はそう独りごちた。現実世界での寝起きとまったく変わらない感覚に、自分が今、この世界に完全に取り込まれてしまっている事を実感する。寝起きのだるい体を引きずり、カーテンと窓を開け放つ。町を囲む壁越しに、鬱蒼と茂った森が見えた。入り込んでくる空気は緑の香りが強く、科学物質に汚染された現実世界よりも遥かに濃密だ。その空気を胸いっぱいに吸い込み、錆助の思考はようやく覚醒する。


 朝の光に輝く世界が視界に飛び込んでくると、そのリアリティに改めて圧倒されてしまう。前作のサスティンオンラインでは、テレビがアナログからデジタルに切り替わった頃に流行した3DCG映画のような、どこか嘘くさい、造り物の世界らしさが残っていた。それがこのサスティンワールドの世界には感じられない。何もかもが、文句の付けようも無くリアルなのだ。昨日狩った動物達はもちろん、木々の一本一本、いや、雑草の一本一本に至るまで生き生きとしている。それどころか、吹き付けてくる風にすら生々しさを感じる。もしかすると分子レベルまで再現しているのではないだろうか? と疑いたくなるようなリアリティがある。


「さすがに有り得ないよな」


 錆助は自分の馬鹿馬鹿しい考えに苦笑するが、それでもこの世界の情報量の多さは異常だという思いに囚われる。この世界を作り上げる為に、どれほどの資金をつぎ込んだのだろうか。その世界でデスゲームを始めた典膳は、一体何を考えているのだろうか。思考がいつものように飛躍を始め、答えの無いループに入り込みそうになったところで、盛大に腹の虫が鳴り、現実に引き戻された。


「やれやれ、こんなところまでリアルだもんなー」


 そう言いつつも錆助は、やはりここがゲームの中の世界であることを実感していた。食事をとっても排泄の必要は無く、起き抜けだというのに、まったく尿意を感じていないのだ。リアルに見える動物達も、剥ぎ取リに関してはゲーム的だ。剥ぎ取り用ナイフを死体にあてて、手に入れたいアイテムを選択するだけで、そのアイテムはアイテムポーチに移動する。アイテムを全て回収してしまえば、死体も血痕も、跡形も無く消えてしまう。まるで、この世界に存在していた事実すら無かったかのように……。


 錆助は、昨日黒焦げになったまま眠ってしまった浴衣を脱ぐと、各部屋に備え付けられているマジックランドリーから初期装備の服を取り出し、代わりに浴衣をマジックランドリーに入れてシャワーへと向かう。マジックランドリーの名のとおり、アイテムの耐久値さえ残っていれば、新品同様の状態に戻してくれる不思議ランドリーだ。ただし耐久値が切れると、ゴミとして吐き出されてしまう。鎧などの防具に関しては、見た目は綺麗になるものの、消耗して減った防御力を戻したければ職人にメンテナンスして貰うしかない。ランドリーに入れても耐久値が無駄に減るだけなので、最初から職人に渡すのが無難な選択だ。武器や盾、魔法補助具に関しては、そもそも入れる事すら出来ない。


 シャワーを浴びて、新品同様になった初期装備の服に着替えてサッパリすると、空腹を満たすために食堂へと向かう。そこで錆助を待ち受けていたのは、想像を絶する骨肉の争いだった。







「お姉ちゃんに謝れよ!ケンジ兄ちゃん!」

「そうよそうよ!謝りなさい、馬鹿ケンジ!」

「うるせぇ!てめえは黙ってろ馬鹿女! だいたい、おめぇに兄ちゃん呼ばわりされる筋合いは無ぇぞ!ちびっこ!」

「じゃあ言い直してやる!セレナお姉ちゃんに謝れ!馬鹿ケンジ!」

「おめぇに馬鹿呼ばわりされる筋合いも無ぇ!」


「はぁー……」


 ため息を吐きながら近づいてきた錆助に、罵り合いを止めて注目する当事者達。錆助はとりあえず、この理解不能の状況について説明を求める。


「朝っぱらから一体何があったの? そっちのちびっこは誰? セレナの弟なの?」

「そうよ! ついさっき、兄弟になったんですもの! 仕方ないわね、あたしが分かる様に説明してあげるわ!」







――――20分前。ザルティンボッカ食堂




 裁縫師三人娘から一晩ウサギのぬくもりを譲って貰う事に成功したセレナは、快適な朝を迎え、動物達を従えたまま一番乗りで食堂に足を踏み入れた。そこには金髪碧眼でマッシュルームカットの見慣れぬ少年が、質素なエプロンを着けて待ち構えていた。


「いらっしゃいませ! お早うございます!」

「おはよう……あら? 坊や。あなたはプレイヤーね。何をしてるの?」

「はい! 本日付けで、料理人ギルドからこのザルティンボッカの食堂に派遣されてきた、ランスロットと申します! 以後、お見知りおきを!」

「そう。あたしはセレナ。よろしくね、ランスロット」

「よろしくお願いします。セレナさん!」

「それじゃあさっそく、朝食を戴こうかしら。お勧めはなーに?」

「それが……。何の準備も無く、いきなり派遣されて来ましたので、料理スキルは0のままです! この食堂のメニューを御注文戴ければ、僕がそれを作る事になりますが、正直目玉焼きの成功確立が五分五分で、それ以外は見事な消し炭が出来上がること間違いありません! よってお勧めは目玉焼きオンリーです! 五分五分ですが、よろしくお願いします!」

「そう。あなたも苦労してるのね。いいわ! ここはお姉さんが、どーんとあなたの力になってあげる! その代わり、あたしの事はお姉さんって呼びなさい! いいわね?」

「はい! お願いします! セレナお姉さん!」

「いいわね! ……けど、ちょっと他人行儀ね、お姉ちゃんって呼んで御覧なさい」

「はい! セレナお姉ちゃん!」

「良くってよ! こうなったらもう、五分五分なんて恐るるに足らずね! 目玉焼きを持ってきて頂戴!」

「うん! 僕頑張るよ! セレナお姉ちゃん!」


 ランスロットが厨房に向かおうとしたところで、ケンジが食堂に入ってきた。


「朝っぱらからうるせぇなぁ。何騒いでやがるんだ? 馬鹿女」

「うるさいわね!あなたには関係ないでしょ?馬鹿ケンジ!」

「お姉ちゃん!なんなの?この男!」

「ん? なんだ? このちびっこは」

「この子はランスロット。あたしの弟よ! ランスロット。この男はケンジと言って、馬鹿なんだけど、一応あたしの仲間なの。こんな馬鹿でも仲間のよしみで、この男にも目玉焼きを作って来て頂戴。お願いね」

「うん! わかったよセレナお姉ちゃん!」


 そう言うと、今度こそランスロットは厨房へと消えていった。


「やい、馬鹿女。弟ってーのは、いったい何の話だ?」

「ふん! 言葉のとおりよ! 今日からあの子はあたしの弟になったのよ!」

「まったく……。馬鹿のやる事は理解出来ねぇな」

「馬鹿だから理解できないのよ!」

「ったく。それで? なんで俺の朝飯が目玉焼きに決まっちまったんだ?」

「しょうがないでしょ? あの子はまだ目玉焼きしか作れないのよ!」

「マジかよ……。まったく、やれやれだぜ……」

「仕方ないじゃない! この世界には初心者しか居ないんだもの!」

「まあそうだな。前作の経験が有るか無いかの違いはあっても、結局のところ、みんなスキル0から始めた初心者なのは間違い無ぇもんなぁ。ここは我慢するしかねぇか」


 そこにランスロットが、2皿の目玉焼きを持って厨房から戻ってきた。


「お待たせしました。ご注文の目玉焼きになります。どうぞ、お召し上がりください」


 セレナの前に、綺麗に焼きあがった目玉焼きと、なんとも微妙な味の、食堂のNPCが炊き上げたライスが並べられる。美味しいお米を食べたければ、ランスロットの成長を待つしかないのだ。目玉焼きは、ゲームシステム的には、黄身が半熟の状態の物が高品質品とされるが、そんなものはゲーム製作者の好みと言ってしまっても過言ではない。それぞれのプレイヤーに合わせた焼き加減を工夫するのが、料理人の腕の見せ所ではあるのだが、現時点で高品質品を作るスキルを持たないランスロットが半熟の目玉焼きを作る事は不可能である。今はただ、焦がさずにちゃんと焼けた事を褒めるべきだろう。そして、褒められた出来ではない目玉焼きを出された者は、文句を言い始める。


「何だこの消し炭は……。こんなもんが喰えるか馬鹿野郎!」

「仕方ないんです。システムの悪魔の仕業ですから」


 開き直ったように、しれっとランスロットが言う。料理スキルが低いうちは、目玉焼きを上手く焼き上げるタイミングは僅かな一瞬しかない。それより早ければほとんど生の状態に戻されてしまい、遅ければ消し炭と見紛うほど真っ黒く焦げた正体不明の物体になってしまう。ほとんど生に戻された物を再度加熱して上手く焼き上げる為には、高品質品を作れるようになるスキル値の、更に倍ほどのスキルが必要になる。焼き加減を調節出来るのは、スキルが上がって焼き上げるタイミングに幅が出来てからの話なのだ。前作から続くこの現象は、プレイヤーからはシステムの悪魔と呼ばれており、ランスロットの説明に間違いは無い。しかし、消し炭が食べられないのもまた事実。ケンジが言う事も間違ってはいないのだ。


「知るかそんなもん!喰え無ぇもんは喰え無ぇんだよ!だいたいなんで馬鹿女にはまともな目玉焼きを出しといて、俺にはこんな消し炭を出しやがる!」

「酷い!それじゃあ自分にまともな目玉焼きを出させて、セレナお姉ちゃんに消し炭を食べさせる気なんだ!そんなのってあんまりだ!お姉ちゃんに謝れよ!ケンジ兄ちゃん!」

「そうよそうよ!謝りなさい、馬鹿ケンジ!」

「うるせぇ!てめえは黙ってろ馬鹿女! だいたい、おめぇに兄ちゃん呼ばわりされる筋合いはねぇぞ!ちびっこ!」

「じゃあ言い直してやる!セレナお姉ちゃんに謝れ!馬鹿ケンジ!」

「おめぇに馬鹿呼ばわりされる筋合いもねぇ!」――――







「はぁー……なるほどねぇ。」


 状況を理解した錆助は、さらにため息を吐く。


「料理人はギルドから食堂に派遣される仕組みになったわけか。宿屋が増えたから出来る事だね。それで、ランスロット。君はずっとこの食堂の担当を続けてくれるのかい?」

「はい、そのつもりです。担当の食堂は、ギルドの依頼を破棄しない限り変わりません。だから僕は、ずっとこの食堂の料理人として働くつもりです」

「そっか……。なら君の料理スキルの上昇は、俺達にとっても待ち遠しい事だね。出来るだけの協力はしたいところだ」

「ありがとうございます! 今日は時間もスキルも不足していたので出来ませんでしたが、明日からは、仕込みも、ご飯を炊くのも全て僕がやります! 皆さんに美味しい料理をお出しできるように頑張ります!」

「その意気込みはありがたいね。けど、米が消し炭になるのは勘弁願いたいな。美味しいご飯を炊き上げてもらう為にも、君には積極的に食材を提供して、早く料理スキルを上げて貰いたい。けど、それは少しもったいない話でもあるんだ」

「なによ錆助!あなたってほんとに意地悪ね!あたしの弟なんだから優しくしてあげて頂戴!だいたい、自分達の為でもあるんだから、ケチケチする必要なんて無いじゃない!」

「ありがとうお姉ちゃん!」

「いや、ケチケチしてるつもりは無いよ。ちょっと条件を付けたいだけさ。セレナになついてるみたいだし、悪い条件じゃ無いはずだ。ねえ、ランスロット。せっかく成長した料理人が、拠点を移動したときについて来てくれないのは、もったいない事だと思わないかい?」

「え? それって僕にどうしろと……」

「君には俺達のギルドに入ってもらって、ギルドの料理人になって欲しいんだ。俺達が拠点を移す事があれば、君にも一緒に来て欲しい。どう? ランスロット。俺達のギルドに入ってくれる?」

「もちろん! ありがとう! 錆助兄ちゃん!」


 その言葉が交わされた時、ちょうど朝食を食べに来たギルメン達が、ぞろぞろと食堂に入ってくるところだった。


「料理人が見つかったのね」

「あら、可愛らしい坊やね」

「ギルドに入ってくれるのね?」


 最初に入ってきた三人娘が口々に言う。何故か随分やつれて見えるのは、デスゲームの恐怖で寝付けなかったせいだろうか。錆助は心配するものの、陰りのあるお姉さんもいい……などと不謹慎な事を思っていると、ランスロットが同じような反応を見せている事に気付く。


「待ち望んどった料理人が見つかったって?」


 風音が優雅に尻尾を振りながら、自慢の胸を揺らして入ってくる。ランスロットは顔を赤くして、視線は胸に釘付けだ。


「ほんと可愛らしいわねっ。変態錆助とは大違いっ!」


 ミナモは錆助に氷の視線を突き刺してから、何事も無かったように、美しくも可愛らしい笑顔をランスロットに向ける。ランスロットは更に顔を赤くして、興奮を隠しきれない様子だ。


「料理人だと? フアーッハッハッハ! 期待しておるぞ! ランスロットよ!」

「よろしくお姉ちゃん達! 僕、ランスロット! 絶対お姉ちゃん達に美味しい料理を食べさせてあげる! 全力で頑張るよ!!」


 玉男など目に入っていないようだ。耳にも入っていないらしい。そんなランスロットを見て、錆助は確信する。この男はライバルなのだと。自分より下に許容範囲が広いようだが、あの目は間違いなくお姉さんハンターの目だと。ハンターとしての自身の能力の低さを自覚している錆助は、軽く戦慄を覚える。


「…………」


 皆の視線がランスロットに集まる中、存在すらも忘れ去られて、ザビエールは戸口に立ち尽くしていた。







「じゃあ、みんなの目玉焼きを焼いてくるよ!」

「ああ、頼むよランスロット。ケンジの分も作り直してやってくれ」

「了解! 錆助兄ちゃん!」


 そう言って厨房に消えたランスロットが、人数分の目玉焼きを焼き上げて戻ってくる。料理が冷めるのも構わずに待っていたセレナを入れて、全員で食卓に着く。


「まだ目玉焼きしか作れないけど、頑張って作ったよ! それじゃーみなさん、召し上がれ!」

「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」


「待ちやがれぇ!なんで俺だけまた消し炭なんだ!こんの、ちびっこがぁ!」

「システムの悪魔のせいなんだから仕方ないじゃないか! 今のスキルで9皿中8皿成功したんだから、褒めて欲しいくらいだよ!」

「だから何でそれを俺に出しやがる!」

「酷い!こんな素敵なお姉さん達に消し炭を食べさせる気なの?男なんだから俺が食べてやるくらい言ってもいいじゃないか!馬鹿ケンジ!」

「他の男どもも居るだろうがぁ!何で俺限定なんだこの野郎ぉ!」

「僕の本能が告げているのさ!邪魔者は誰かって事をね!」

「てんめぇ!俺が邪魔者だとぉ?いったい何の邪魔だってんだ!」

「自分で分かってないところが一番やっかいなんじゃないか!想像以上に手強いぞ!この邪魔者は!」

「わけわかんねぇ事言ってんじゃねぇ!ちびっこぉ!」


 2人のやり取りを聞いて錆助は思う。『ランスロット。お前の本能は正しい』と。天然ジゴロ野郎とライバルのお姉さんハンターが潰しあってくれればそれに越した事は無いが、現状、天然ジゴロ野郎の一人勝ち状態なのは否めない。ライバルであるお姉さんハンターを応援したくなる程だ。しかし、ミナモのせいでライバルのお姉さんハンターの刃が自分に向く可能性が有る事に思い至り、暗澹たる気持ちになった錆助は心の中で不満を吐き出す。


『男か女か判らない奴のせいで、俺の食卓に消し炭が並ぶのは勘弁願いたい。このままハーレム状態に突入しかねない天然ジゴロ野郎と、常にお尻の心配をしている俺が同列に扱われるなんて、そんなの不公平じゃないか! だが、今のミナモが誰もが認める超絶美少女なのは、もはや議論の余地も無い。そして、ランスロットの嗅覚は侮り難いものが有る。……嫌だ! こんな理由で消し炭を喰らう破目に陥るなんてあんまりだ! せめて咲夜さんが理由なら、消し炭でも何でも喰らって見せるのに! でも、咲夜さんはどう見てもケンジに惹かれている……。ううう、神様! ゲームがバグっているようなので、巻き戻しをお願いします! どうか! どうか! お願いします神様ぁー!』

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