ミナモの為に
錆助の部屋では、机に向かう錆助と、ベッドに腰掛けたミナモが話をしていた。
「ふふっ。今日の風音ちゃんは見ものだったわねっ」
「ミナモが言うと、どの出来事の事かさっぱりわからないぞ」
「ケンジの背中をつねり上げたときの事よっ」
「ああ、葵さん達と出会った時か」
「そうっ。風音ちゃんがケンジを好きなのはバレバレだったけどっ、ハッキリと意思表示をしたのは初めての事よねっ!」
「そう言えばそうだったか」
「そうよっ。その後少しは進展するのかと思いきや、風音ちゃんの大怪我やら何やらでっ、すっかり有耶無耶になっちゃったのが残念と言えば残念ねっ!」
「そうだな。会議が終わった後あの2人が中庭に居たから、何をしてるのかと思って見てみれば、新しく覚えた技を練習して情報交換してるところだった」
「何それっ!あんな事があった後なのにっ、色気もへったくれも無いわねっ!」
「あいつ等は2人とも朴念仁だからなぁ。ほっとくとずっとこのままかもな」
「そんなのちっとも面白く無いわねっ。何かいい手を考えなくっちゃっ」
「お前が絡むと、ろくな事にならないだろ。そっとしておいてやれよ……」
「何よっ!錆助だって朴念仁じゃないっ! ふふふっ。ねえっ」
錆助のベッドの上に寝そべり、ミナモが怪しく微笑む。
「錆助っ。早く一緒に寝ましょっ?」
「帰れ」
ミナモの浴衣がはだけて、微かに胸の谷間が見え隠れしている。錆助はそこから目が離せなくなりながらも、冷たい一言を言い放つ。
「んもうっ。つれないんだからっ! わかった、恥ずかしがってるのねっ? ふふふっ。大丈夫っ。やさしくして、あっげっるっ!」
「帰れー!この変態娘ー!」
「誰が変態よっ!このド変態っ!」
「俺のどこが変態だ!この完全変態娘!」
「変態じゃないっ!咲夜ちゃんのことっ、あんなにいやらしい目で見ちゃってっ!」
「な!何を言ってるのかな?ミナモさん?」
「バレバレなのよっ!この変態男っ!」
「変態じゃない!健全な男子の健全な反応だ!」
「へーっ! ドジっ娘のっ? お姉さん萌えっ? どっからどう見ても変態じゃないのっ!」
「何故バレた!?何時バレたー!?しかし!普通だろう?お前は自分が変態すぎて、普通の感覚がわからなくなってるんじゃないのか?」
「普通っ?ドジっ娘お姉さん萌えのどこが普通っ?いいっ?言っとくけどっ、そんな属性の人間はこの世に居ませんっ!夢見てんじゃないわよっ!この変態野郎っ!」
「居ぃーまぁーすぅー!居るんですぅー!お前は心が汚れすぎて、そういった綺麗な物が目に入らなくなってるんですぅー!ドジっ娘お姉さんは、現実に居るんですぅー!」
「馬っ鹿じゃないのっ?そんなのは全部演技よっ!計算よっ!騙されてるのよっ!このっ馬鹿変態っ!」
「計算なもんか!ゆき姉の悪口を言うな!」
「ゆき姉っ? へーっ、それが錆助の変態嗜好の元凶になった女の名前なのねっ?」
「し、しまった!つい……。け、けど、ゆき姉は正真正銘のドジっ娘お姉さんだったんだ!それは間違いない!」
「それでそのお姉さんへの募る思いがっ!募りに募って悪化してっ、こじれて腐敗して変質してっ!こんなド変態が生まれてしまったのねっ!」
「変態じゃない!健全な男子なら、みんなドジっ娘お姉さんが大好きなはずだ!」
「自分の趣味を人に押し付けてんじゃないわよっ!夢見がちにもほどがあるのよっ!この大変態っ!」
「夢見がち?違う!ロマンだ!これは漢のロマンなんだ!」
「それで今度はその変態趣味を咲夜ちゃんに強要する気っ?いい加減にしなさいっ!あなたのネバーランドは此処には無いわっ!」
「そんなんじゃない! ……いや、ちょっと熱くなりすぎたな。確かにお前の言うとおり、ドジっ娘お姉さんなんて滅多に居ないさ。けど、稀に実在するから手に負えないんだ。出会ってしまった男は、否応無くその魅力の虜にされるんだ。俺はゆき姉に出会ってしまった。だから俺は、一生ドジっ娘お姉さんの虜だ。ゆき姉と会えなくなって、その影を追い求める俺は、確かに滑稽な変態野郎だったのかもしれない。けど、俺はまた、咲夜さんに出会ってしまった!俺の本能が告げている!あの人は本物だと!本物のドジっ娘お姉さんだと!!」
「そんなに好きなのっ? そんなにドジっ娘お姉さんが好きなのっ!? だったらっ! ゆき姉とやらのっ、どこが本物のドジっ娘お姉さんだったのかっ、言ってみなさいよっ!」
「ああ!言ってやるさ! ゆき姉はなぁ、よく躓くが、転んだりはしなかった。しかし! 階段ではそうもいかずに、たまに転んでいた。どうだ! 計算なんかじゃないだろう!」
「そんなんじゃわかんないわよっ!大体それのどこがドジっ娘お姉さんなのよっ!」
「ええい!耳の穴かっぽじってようく聞きやがれぃ!ゆき姉の弟の弘は俺の同級生だった。弘の家に集まって、かくれんぼしてた時の話だ。俺が台所に隠れていると、ゆき姉がやって来た。ゆき姉は冷蔵庫を開けて、なにやらゴソゴソとやり始めた。暫くすると、〈ああん!〉という可愛らしい声が聞こえてきた。見るとゆき姉は、マヨネーズの容器を強く握りすぎて、顔面をマヨネーズだらけにしていたんだ。そして可愛らしい声でこう言った。〈もう!またやっちゃた!〉ってなあ! どうだ!誰も見ていないはずの台所で、マヨネーズを引っ被るドジっ娘お姉さんの、一体どこに計算があるというんだ!」
「くっ! それが練乳とかなら、隠れている弟の同級生をからかう為に一芝居打ったとも考えられるけどっ! ……けど、マヨネーズは無いわねぇ。わざとやったとしたら、ドジっ娘お姉さんと言うよりは、ただのお馬鹿さんよねっ! み、認めはしないけど、否定する要素もないわねっ……。とりあえずっ! 真っ黒では無く、グレーなドジっ娘お姉さんが居た事だけは、認めてあげなくもないわっ!」
「グレーってなんだよ!ゆき姉は真っ白だよ!いい加減もう、ドジっ娘お姉さんの存在を認めやがれー!」
「認めるもんですかっ!このっ馬鹿錆助っ!ゆき姉とやらの話はもういいわっ!じゃあっ、咲夜ちゃんのどこがドジっ娘お姉さんなのか、言ってみなさいっ!咲夜ちゃんがドジったところなんて、私は見てないわっ!」
「咲夜さんはなぁ、羊との戦闘で、間違って自分の足を切りつけたり、自分の腕を切りつけたり、ガードしようとして羊の目に指を突っ込んで涙目になったりと、とにかく色々と酷かったんだ!」
「そんなの全然ドジっ娘お姉さんじゃ無いじゃないっ!それじゃただの不器用さんよっ!」
「そ、そうか? けど……可愛かったんだからいいじゃないか! 不器用万歳! だいたい、不器用だからドジるんじゃないか!あざといドジっ娘よりも、全然ありだな!不器用お姉さん!」
「なによそれっ!此処に来てまさかのドジっ娘否定!?そんなのもうっ、ドジっ娘お姉さん萌えでもなんでも無くなってるじゃないっ!それじゃあもう、単純に咲夜ちゃんが好きなだけのエロ猿じゃないっ!」
「エロ猿って言うな!健全な男子の健全な反応だ!」
「どこが健全な男子の健全な反応なのよっ!こんな超絶美少女を目の前にしてっ、他の女の話しかしないなんてっ!ねえっどうしてっ?私のどこがいけないのっ?全身全霊をかけてっ、錆助好みの女になったのにっ!」
錆助の胸にすがりつき、ミナモは上目遣いで見つめる。
―――ズババババーン!―――
何かが錆助の脳を打ち抜く。
『あああああ、ヤバい!完璧に俺好みの超絶美少女が、俺の胸にすがり付いて俺を見上げている!思わず抱きしめてしまいそうだ!今回のミナモはヤバ過ぎるぜ!出会った途端に惚れてしまいそうになったほどに、俺の好みのど真ん中!いくら俺がドジっ娘お姉さん好きだろうと、ドジっ娘お姉さんっぽい見た目が好きなわけじゃない。好みの容姿はまた別にある。ミナモの奴、完全にそれを把握してやがる!恐らく数々のキャラを俺達に披露しながら、冷静に俺の反応を分析していたに違いない。なんと恐ろしい奴だ!誰が見ても納得の正統派美少女でありながらも、的確に俺の好みを反映させているなんて反則だ! キャラメイクにはセンスと技術が要求される。誰でも理想の美男美女に辿り着けるわけじゃないんだ。技術が足りず、それでも美男美女を求めるプレイヤーは、ハイヒューマンのテンプレキャラに落ち着く。だから俺たちのギルドの女性陣は、間違いなくハイレベル。粒ぞろいと言わざるを得ない。だがしかし、それでもミナモだけは別格。こいつは唯の球体からでも、完全フリーハンドで人体を創造できるほどの造形技術を持った、まさにキャラメイクジャンキー。捏ねて削って盛ってを繰り返すうちに、真球が美少女に変化する不思議空間の支配者。どこからどう見ても獣人にしか見えないハイエルフだって、朝飯前に造れてしまう天才。その天才が、あらん限りの造形技術を駆使して作り上げた俺好みの超絶美少女が、今俺の胸に!怖い!今日ほどミナモを怖いと思った事は無い!出会った瞬間、恐怖が背中を走り抜けたほどだ!う、唸れ俺の理性!俺の中の野獣を縛り上げろ!ミナモを抱きしめてしまう前に!』
「ねえ錆助、私怖いのっ!」
『抱きついてきたー!俺もお前が怖いよ!』
そんな事を思う錆助の目の前には、その胸に顔を埋めた、ミナモの白銀色の髪の毛があった。
『……この髪の色は前のミナモと一緒だな。氷魔法を使えば青白く染まり、火魔法を使えば真っ赤に染まる。どの色にも属さない、境界線上のキャラメイク。思えば今回のミナモは、徹底的にその方針を貫いている。真っ白な肌も、薄い灰色の瞳も、髪の毛と同じようにどんな色にでも変化する。すました顔は人形のように美しく、しかしとても表情豊かで冷たさを感じさせない。凛として涼やかな目元は近寄り難いほどの美しさを湛えているのに、さっきの様に見上げられると途端に可愛らしくなる。それはもう抱きしめてしまいそうなほどに! 髪の長さはロングとショートの境界線上のセミロング。少女と大人の境界線上で揺れているような微妙な年頃。貧乳と巨乳の境界線上で揺れているような絶妙なBカップ。ああ、完璧だ。自分で自分の好みを分析した事なんて無かったけど、どうやらミナモに丸裸にされてしまったようだ。本当に恐ろしい奴だ。しかし!だからこそ!今、目の前に居るこのミナモは、俺の理想を完全に具現化した奇跡の創造物!ああ!もういいじゃないか!抱きしめてしまおう!そうしよう! ……いやいや、待て待て待て。中身はあのミナモなんだぞ!落ち着け!俺!』
「ねえ、錆助。なんで何も言ってくれないの?そんなに私の事が嫌い?」
そう言ってミナモは錆助の胸に埋めていた顔を上げ、錆助の目を見つめる。その瞳からは、玉の様な涙がポロポロと滑り落ちて行く。そして更に言葉を紡ぐ。
「私はこんなに貴方の事が好きなのに!」
―――ズババババババッ、バッキューン!!―――
抗いようの無い何かが、錆助の脳を打ち抜く。
『ウヘヘヘヘッ。もう観念して抱きしめちまえよ!こんな自分好みの超絶美少女に告白されるなんて、夢の中でしか有り得なかった事だもんなぁ!嬉しいだろう? 《……嗚呼!嬉しいさ!》 堪らないだろう? 《……嗚呼!堪らないさ!》 だったらよう!後の事なんざ考えずに、とっとと抱きしめちまえよぅ!このっ!根性無しがぁ!』
だらりと垂れ下がっていた錆助の両腕が少しずつ持ち上がる、早鐘のように鳴り始めた心臓の鼓動が、理性という名の邪魔者を排除しているようだ。しかし根性無しの錆助は、持ち上げた腕でミナモを抱きしめる事が出来ずに、そっと肩に手を乗せるに留まった。ミナモはそれを違う意味に受け止め、ピクリと体を震わせ、頬を染めながら、期待に満ちて潤んだ眼差しを錆助に向ける。そして、その瞳をゆっくりと閉じる。だがしかし、この期に及んでも錆助は行動に移れずに、無駄な思案を始める。
『キッキキキッキッスですか?これは!キスですね?キスですよね?こんな自分好みの超絶美少女とキスですね!? ……ありえない!まるで夢を見ているようだ!現実世界では一生巡ってこない幸運が、こんな殺伐としたデスゲーム内で待っていたなんて!これはもしかして、明日、俺、死んじゃう?なにかのフラグなのか?これってフラグなのかな?いや!だとしても!やって死ぬのか!やらないで後悔して死ぬのか!さあ、どっち?それはもちろん!漢なら、やってやれだ! …………いやいやいやいやいや!見た目に騙されるな!相手はミナモなんだぞ!あの、ミナモなんだぞ!落ち着け!俺ぇー!』
錆助はミナモの肩から手を離すと、後退りして距離を置く。ミナモは呆気に取られたように瞼を開き、哀しげな瞳で錆助を見詰めた。錆助は荒くなった呼吸を整えるように少し間をおくと、超絶美少女とキス出来なかった恨みを込めたような眼差しを、当の本人であるはずのミナモに向ける。そして、恨みを吐き出すように言葉を吐き出す。
「……もう帰れ。……この部屋から出て行け!ナミオ!」
「酷いっ!ミナモでいる時はその名前で呼ばないでって言ったじゃないっ!」
「五月蠅い!お前とはナミオとして知り合って、しばらく男同士でパーティーを組んでた。お前は執拗に俺のお尻を攻め続ける、とてもおかしな奴だった。暫らくしてお前がキャラメイクジャンキーだと知り、そのとき初めてミナモがメインキャラだと言われたんだ。その後、ケンジと知り合い、風音と知り合い、玉男と知り合い、俺たちは5人でパーティーを組むようになった。お前がリアル女宣言をして、風音がそれを保証したことで、俺もお前の事を女として扱う事に決めた。だけど俺の中でのお前はナミオなんだよ。その印象が今でも一番強いんだ!」
「風音ちゃんが保証してくれたのにっ、まだそんな事言うのっ?」
「風音の保証なんかが当てになるかー!例えば俺が今日女キャラで来て、実は女だったんだと言えば、あいつは簡単にそれを信じるだろう。今日は生理痛がキツくて……。なんて事を言えば、もう疑いもしないはずだ。そんな奴の保証に何の意味がある!」
「そんな事言ってたら、何一つ信用出来る事なんて無くなるじゃないっ!心が狭いのよっ!器が小さいのよっ!人が真剣に言った事ぐらい、ちゃんと信じなさいよっ!」
「信じられるか!お前が俺に迫ってくる時は、いつも男キャラの時だった。そしてピンポイントで俺のお尻に迫ってきた。女キャラで迫られたのは今日が初めてだったから面喰らっちまったが、それでもやはり、お前の手は俺のお尻を攻めていた。もし普通にキャラチェンジ出来る状態だったなら、今日だって男キャラで迫ってきていたんじゃないのか?」
「そんなの当たり前じゃないっ!お茶目な女の子のお茶目な趣味に、文句でもあるって言うのっ?」
「何がお茶目だ、この変態腐女子が!」
「いまどきのお茶目女子は、ちょっとくらい腐ってるほうが普通なのよっ!カップリングの片割れになれる夢の様なVR空間で、それを実践しないお茶目女子なんて居るもんですかっ!」
「お茶目女子イコール腐女子みたいな言い回しは止せ!この変態が!実践してるのなんて、恐らくお前くらいだ!」
「なによっ!ドジっ娘お姉さん萌えみたいな希少な趣味に比べたらっ、ちょっとくらい腐ったお茶目女子の方が、圧倒的に普通よっ!」
「ちょっとくらい腐ったってレベルじゃないだろう!お前はどう見たって、ガチホモかド腐れ腐女子のどっちかだ!」
その言葉を聞いて、ミナモの全身が真っ赤に染まる。炎の魔力を纏ったその姿こそがミナモの本質である事を思い出し、錆助は己の運命を悟った。
『そうそう。前のミナモもそうだった。白銀色の髪の毛も、薄い灰色の瞳も、よく見てもわからないほど、微妙に赤味がかっていたっけ……。それはミナモが炎の魔法を得意としている証。炎の魔力で真っ赤に染まった時が、一番鮮やかに見えるんだ。そしてミナモが炎の魔法を俺に向かって撃つ時は、本気で怒っている証。こうなるともう、途中では止まらない。必ず魔法は放たれる。恐らくデスゲームでもそれは同じだろう……』
錆助の予想通り、ミナモの放ったファイアボールが着弾する。スキルが上がった分、昼間とは比べ物にならない威力と大きさだ。
「女だって言ってるのにっ!ガチホモなんて、酷いっ!」
ミナモはその美しくも可愛らしい瞳から涙を流して、錆助の部屋を飛び出した。捨て台詞を叫びながら……。
「錆助のわからず屋っ!大馬鹿っ!ドジっ娘お姉さん萌えのド変態っ!根性無しの童貞野郎っ!うわーんっ!」
錆助は黒焦げになり、心の中で涙を流しながら思う。
『泣きたいのは俺の方だ!ミナモの奴、廊下であんな事叫びやがって……。しかし今日のミナモはヤバかった。まさかあの姿で迫られるとは。もう、何もかもがどうでも良くなりそうだった……。だがしかし。奴が男である可能性は否定し難いものがある。サスティンオンラインで、ネカマ撲滅委員会を撲滅したのはミナモだ。ネカマ撲滅委員会は、ネカマを憎むプレイヤーから支持されて、それなりの勢力を誇っていた。奴等はその科学力を駆使して、ボイスチェンジャーを使っているプレイヤーを一発で見抜く能力を持っていた。その能力には、実際数多くのネカマが泣かされていた。そして、万一それをすり抜けたとしても、いくつかの質問をすれば、男か女か100パーセント見分ける事が出来ると豪語していた。ミナモは文句無く女判定。しかし、その後こっそりナミオにキャラチェンジして受けた判定は男判定。同一人物である事は俺達が保証した。この件で、ネカマ撲滅委員会の信用は地に落ち、人を裁く資格無しと烙印を押され、解散に追いやられた。恐るべきはミナモ。声紋認識でも同一人物である事が証明され、ボイスチェンジャーを使わずに、男女の声を自在に使い分ける事が出来る《両声類》認定を受けた。その上、声紋による性別判断不能認定まで付いて、奴が女である証は自分の証言と風音の頼りない保証のみ。これでどうやって信じろと言うのか……。何より第一印象の、俺のお尻を執拗に狙うおかしな男、というイメージが強く残ってしまって、どうしても頭から離れない。そしてその責任は奴にある。こればっかりはどうしようもないだろう……』
錆助はそこで、自分が酷く疲れている事に気付く。
『ああ、そういえば今日はデスゲーム初日だった。色々あって色々考えて。疲れるのも当然か。そして明日は、丸一日デスゲーム三昧。やれやれ、今日はもう寝るか』
そして錆助は、その身をベッドに横たえる。長く思えたデスゲーム初日も、ようやく終わりを迎えようとしていた。しかし錆助は、なかなか寝付けずに、悶々とした思考の渦に呑み込まれる。
『ミナモが抱きついてきた時の感触がまだ残ってる……。柔らかかったなぁ。華奢で、強く抱きしめたら壊れてしまいそうだった。中身の事なんか考えないで、一緒に寝てれば幸せだったんじゃないのかなぁ。あいつがどんなに変態でも、どうせそんなに酷い事にはならないのに。俺たちのこの体はゲームのプレイヤーキャラクター。生殖機能なんて付いてない。そもそも下着を脱ぐ事すら出来ないんだから。トイレに行かなくていいのは便利だけど、性的快感を感じる事も無い。だからあいつに出来るのは、せいぜい俺のお尻を撫で回す事くらい。そのくらいは我慢しても良かったんじゃないかなぁ。あの柔らかい、俺好みの超絶美少女と一緒に寝れるのなら…………いやいやいや…………落ち着け……俺………………あー…………少し………………ミナモの匂いが残ってる…………………………』
錆助の意識は、夢という名の妄想世界へと堕ちて行った。