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円卓会議 2

 錆助の「犯人は誰か」という問いに、全員が反応する。クレアと錆助の問答に入り込む隙をまったく見出せなかった面々が、ようやく自分にも分かる話題を振られたからだ。勢い込んで全員が答える。


「それは、ある意味決まりきった事よね」

「せやなあ。そうやなかったらむしろ驚くわ」

「だから問題は、サスティンワールドを開発した〔株式会社ハダサン〕が会社ぐるみで起こした事件なのか、開発を担当したチームが起こした事件なのか、あの人が単独で起こした事件なのかよね」

「そいつぁ難しい問題だなぁ」

「ここまでお膳立てが整っているからには、単独犯って事は無いんじゃないかしら? 最低でもチームの犯行だと思うわ」

「しかし彼奴の影響力を考えると、単独犯も無いとは言い切れんのう! 周りをペテンに掛けて肝心の所を自分で仕上げれば済む話だ!」

「まあ何にせよっ!あの人が係わっているのだけは間違いないわねっ!」

「彼ノモノ災厄ヲ纏イテ我等ガ眼前ニ降リ立ツベシ」

「トウちゃーん!!!」


「…………どうやら、1人か2人を除いてみんな同じ意見のようだね。サスティンオンラインの父と呼ばれて、プレイヤーからも親しまれたゲームの作者。〈サスティンワールドは一から十まで俺が作り上げた。ゲーム製作者として全てを捧げた、俺の人生の結晶だ〉なんて言ってはばからない男。その名も天弦寺典膳。単独犯だろうと会社ぐるみだろうと、彼が係わっていないなんてことは想像できない。もちろん本当の事は知りようが無いんだけど、とりあえず今は話の単純化のためにも、彼を主犯格とみなして話を進めよう。彼なら元々はプログラマーだし、ウイルス説を捨てない場合でも犯人像と一致する。もっとも、悪魔的な天才プログラマーだなんて話は聞いた事が無かったけどね……。まあ、隠れた天才プログラマーの存在なんて俺達にはわからない事だし、どうせだから全て典膳に引っかぶって貰おう。ここまではいいかな?」

「ええ、いいわ」


 クレアが答えて、他の皆は頷く。


「天弦寺典膳が俺達にデスゲームをさせるためには、一つ重要なことがある。ゲームが終わるまで、現実世界の俺達を生かしておくことだ。夢の揺り籠には各種健康診断機能が付いてるけど、生命維持機能は無い。グレードSのVR機なら有るんだけど、持ってる人間がほとんど居ない。つまり、俺達のほぼ全員に生命維持装置を付けなければならないんだ。オープニングイベントでGMゲームマスターが発表したプレイヤー数は、およそ32000人。その全てに生命維持装置を付ける作業は、いったい誰が受け持つのかな?」

「典膳個人には無理よね……。自社の製品が起こした事件なんだから、ハダサンが受け持つんじゃないかしら? そう考えると単独犯は無理があるわね…………違う。逆ね。これじゃハダサンは大赤字。下手すれば倒産しちゃうかもしれない。会社ぐるみの犯行の方が有り得ないのね」

「うん。もし会社ぐるみの犯行だった場合、その大赤字を回収できるくらいの儲けを見込めないとおかしい。デスゲームを始めて儲けになりそうな事なんて有るかな? 仮想現実経由で人を殺せる技術は確かに金になりそうだけど、大事件にして対策をとられたら意味が無い。評判が落ちれば売り上げだって落ちるはずだ。会社ぐるみの犯行は無いと思っていいだろう。だからハダサンには、何の準備も無かったはずなんだ。いきなり32000台もの生命維持装置を用意出来るんだろうか……」

「それは無理そうね……でもそれじゃあ、私達は死んじゃうってことよね……」

「32000人もの人が死ぬかもしれないんだ。災害扱いになって、国が動いてくれる可能性も有ると思う」


 その言葉に、咲夜が反応した。


「ちょ、ちょっと待って錆助君! それじゃ大事件どころの話じゃないじゃない! さ、災害扱いだなんてそんな国家レベルの大惨事に……もう駄目、なんだか眩暈がしてきたわ……」

「まあまあ咲夜さん。あくまで可能性の話だからそんなに深刻にならないで。だけど、そのくらいの事が起きないとデスゲームの続行自体が困難になる……典膳は本当にそんな事を期待しつつ、今回の計画を立てたんだろうか……。いや、人工心肺が必要なわけでもないんだ。生命維持装置と言っても、簡易的な物で充分なのか。それならハダサンにだって用意出来るかもしれないな……」

「そうね……それならちょっと安心かしら……」

「まあ、実際のところは国でもハダサンでもいい。というか誰でもいい。生命維持装置を付けて貰えたなら、ゲーム内で死なない限り、俺達は生きていられる。その条件が整って初めて、クレアさんの言った宣言が有効になるんだ」

「ウイルスを駆除しようとしたり、無理やり助け出そうとすれば、そのプレイヤーは死ぬ」


 クレアが先程の台詞を繰り返す。


「うん。問題は誰がその宣言をするのかだ。犯行声明なんだ。した途端に逮捕されるだろ? 普通に考えれば典膳だけど、せっかく始めたデスゲームを見届けることが出来ない計画を良しとするなんて、どうも腑に落ちない。身代わりを用意したとして、典膳は怪しすぎる。うまく誤魔化せるだろうか? 何かハダサンの弱みを握っていて、会社ぐるみの犯行だと宣言させる。それでも典膳の立場じゃ逮捕されそうだ……」

「典膳もこっちの世界に居るんじゃないかしら? それならデスゲームを最後まで見届けられるわ。無理やり助け出そうとすれば死んじゃうのは典膳も一緒。〈俺が死んだら誰一人助からないぞ!〉くらいの脅しを付けてさっきの宣言をすれば、犯人だからといって死亡覚悟で現実世界に引き戻される心配も無くなるんじゃない?」

「なるほど。さすがクレアさん」


 すっかりクレアのことを認めた台詞を口にして、錆助が続ける。


「例えばゲーム開始と同時に、ネットに犯行声明動画を流したとしよう。文面はこんな感じかな…………〈フハハハハ! 私は天弦寺典膳! VR機を乗っ取り、サスティンワールドはデスゲームと化した! ウイルスを駆除しようとしたり、無理やり助け出そうとすれば、そのプレイヤーは死ぬ! 試してみるか? 一応助言しておこう。止めておきたまへ。無駄に尊い命を散らせる結果になるだけだ。助かる方法は唯一つ、デスゲームをクリアすることだ! 見事クリアした暁には、私が直々に現実世界への帰還方法を教えよう! 私は既にゲーム世界に居る。無理やり現実世界へ連れ戻そうとすれば、私も死ぬ。そうなれば、他のプレイヤーが帰還する方法は永久に失われるぞ。くれぐれも軽はずみな行動は慎んでくれたまへ。ゲーム内で死亡したプレイヤーは、現実世界でも次々と死んでいくことになるが、ゲームクリアさえすれば、生き残ったプレイヤーは無事に生還できることを保障しよう。それ以外の方法は、確実に死へと直結していることを忘れないで欲しい。最後に一つ要求させていただく。デスゲームに参加した数万のプレイヤーの命を救いたければ、国には全員の分の生命維持装置を用意してもらいたい。もちろん私の分も含めてだ。この要求が受け入れられなければ、国は数万の人間の命を見殺しにしたと言わざるを得ない。賢明な判断を期待する。私が言いたいことは以上だ! では、ゲームクリア後にまた会おう! 現実世界の諸君! ハーッハッハッハッハ!〉………………どうかな?」

「うまい!まさに典膳やな!役者になれるでさびやん!」

「ほんとっ、しょぼくれ過ぎててどうしようかしらと思って今まで見ていたけれどっ!意外な才能を隠し持っていたものねっ!ちょっとだけ見直さないといけないかもしれないわねっ!」

「風音とミナモは黙ってろぉー!俺が聞きたいのは犯行声明の内容についての意見であって、物まねの批評なんて聞いてない!誰かこの馬鹿2人に代わってまともな感想を言ってくれる人は居ないのかぁー!」

「も、物まねについては私も2人と同じ意見なんだけど……けど、犯行声明の内容については、ほぼ完璧じゃないかしら? これでゲームクリアまで私達が現実世界へ戻れずに、典膳が最後まで係わっていられる仮説が出来上がったんじゃない?」

「さすがクレアさん! 馬鹿2人とは違って、聞きたい事にちゃんと答えてくれる!」

「ほっほーう。馬鹿2人やて? 覚悟はええな? さびやん!」

「ほんとっ、このしょぼくれひねくれ男っ、どうしてくれようかしらっ?たまに人が褒めてあげれば、なんなのかしらっ?その態度っ!こうなったら錆助の恥ずかしい趣味嗜好をこの場を借りて大々的に発表するしかないようねっ!特にあの人なんかはとっても注意と警戒が必要だって事を、頭に叩き込んであげないといけないわよねっ!」


 ズサッ! 錆助はコンマ1秒で己の負けを悟ると、一瞬の躊躇も無く流れるような動作で床にへばりついた。それはどこからどう見ても文句の付けようが無い、まことに見事な土下座であった。


「風音さんミナモさん!すみませんでした!このたびの事、全面的に私が悪うございました!どうかご勘弁を!」

「ふんっ!わかればよろしいっ!」

「ミナモがそう言うならしゃーないな!勘弁したるわ!」

「え、えーと、あれ?」


 ギルマスになるのは錆助だとミナモに言われたときに、『ケンジ君を差し置いて、何故こんなしょぼくれた人が?』と思い全然納得がいかなかったクレアだったが、これまでの話ですっかり錆助を見直していた。『さすが昔からの仲間はよく見ているのね。こんな事態でギルマスになるのは確かにこの人しか居ないわ。私もこの人について行こう』くらいの気持ちになっていたというのに、当のミナモと風音にいいようにやっつけられて土下座をしている錆助を見て、混乱したのだ。しかし錆助にとってはごく当たり前の出来事らしく、まったく何事も無かったかのように立ち上がると、クレアに向かって話を続けた。


「そう、仮説が出来た。これはちょっと嬉しいね。俺は一人で考えていても漠然と可能性ばかりを追ってしまって、仮説としてまとめることは出来なかった。クレアさんのおかげだよ。ありがとう」

「少しでも役に立てたのなら嬉しいわ。でも、私なんかじゃ想像も付かないようなことを次々と思い付く、錆助君のお手柄よ。私はあなたの話を聞いて頭に浮かんだ事を口にしただけ。ありがとう、錆助君」


 クレアはキラキラした焦げ茶色の瞳と、小麦色の肌から覗く真っ白な歯を見せて、輝くような笑顔を浮かべる。


「ふんっ!騙されちゃ駄目よクレアちゃんっ!この男っ、見た目はしょぼくれ頭脳はひねくれっ!名探偵! っのような話しっぷりでみんなを煙に巻くっ、ただの妄想王なんだからっ!」

「おのれミナモ!さっきの事といい、俺に何の恨みがあると言うのか!あと、俺に妙なあだ名を付けるな!」

「で、でもまあっ!今回ばっかりは素直に褒めてあげたりもしなくも無くってよっ!?よくやったわっ!妄想王っ!」

「せやな!今回に限ってはようやったと言ってやらんこともない!見直したで!妄想王!」

「だから俺をそんな風に呼ぶなー!ツンデレ気取りかミナモ!風音は気取ったつもりなら失敗してるぞ! …………少し腑に落ちないが……まあ、ありがとう」

「なんやねんさびやん!腑に落ちんことがあんなら言うてみい!」

「ありません! …………いや、そうだな。仮説もあのままじゃ弱いし、いまだに残る多くの疑問を挙げていって、本当に仮説たり得るのか考えてみよう。まず思いつく疑問は、何故完全スキル製の〔サスティンワールド〕でデスゲームを始めたのか?って事だ。VRMMORPGにはゲームクリアなんて無いのが普通だ。これはプレイヤーが飽きるまではその世界を楽しんでもらおうという、VRMMORPGの特徴的な話なんだけど、昨今はラスボスがちゃんと居て、それを倒せばクリアなんてVRMMORPGも増えてきてはいる。けど、長く続く人気タイトルでそんな話は聞いたことが無い。それでもラスボスを設定してゲームクリアを目指すっていうのが、都市伝説としてのデスゲームだ。だからそのつもりで今まで話を進めてきたわけだけど、完全スキル制の〔サスティンオンライン〕の売りの一つは、VR世界の中で生活している感覚を味わえる事だった。戦闘職が生産スキルも上げるなんてことは基本的には不可能だったから、生産職は純粋な生産者として生きていけた。採掘師として、採掘だけで生計を立てているプレイヤーも居た。釣り師は釣りだけやってれば……いや、釣り師は極めたければ戦闘スキルも要求されるな……。まあ、細かい事は置いといて、戦闘系にしろ生産系にしろ、スキルはある程度やり込めばカンストしてしまう。新参も古参も無い世界だ。その中で如何に生きていくのかが問われるのが、完全スキル製VRMMORPG〔サスティンオンライン〕の魅力だったはずだ。それは今作の〔サスティンワールド〕でも同じだと思ったからこそ、俺達はここに居る。それなのに〔サスティンワールド〕でデスゲームだなんて言われても、一体全体どういうつもりだ、典膳?ってのが俺の素直な疑問なんだけど……」


 錆助の疑問に同意して、前作の経験者は皆ウンウンと頷いている。それを見て安心して、錆助が話を進める。


「けど、ラスボスを設定したなら、それは容易に想像できてしまう。亜神戦だ」


 錆助の言葉に、前作を経験している者は一瞬体を震わせる。それが意味する事を知っていれば自然な反応なのだが、セレナとザビエールは怪訝な顔で皆を見回している。そんな2人を無視してケンジが答えた。


「だろうなぁ。〔サスティンオンライン〕の続編でラスボスって言やぁ、亜神しか思い浮かばねぇ。だがそれじゃぁ誰もラスボスに挑もうなんて思わねぇんじゃねぇのか? 一か八かでラスボスに挑むか、それが嫌ならいつまでもこの世界での生活を楽しんでやがれ! てぇ事か?」

「確かに。参戦可能人数上限の500人で挑んで全滅なんてのが当たり前だった亜神戦を、デスゲームでやろうなんて無茶もいいところだ。前作では次第に攻略法が確立されていったけど、それでも勝率は八割程度。まあ、ゲームクリアの可能性は充分あると言えるけど、全滅必至の初戦に、進んで参加しようなんて人は居るはずが無い。仮に居たとしても、デスゲームで全滅してしまったら、その情報を元に攻略法を考えるという手段は取れないんじゃないかな。毎回行き当たりばったりの消耗戦に参加するくらいなら、この世界で暮らしていこうと考えるのが、前作のプレイヤーの大多数だろうと思う。それで良しとするなら、ある意味典膳らしいし、デスゲームの舞台が〔サスティンワールド〕である事にも多少は納得できる。けど実際問題として、現実世界の俺達の体が生命維持装置だけでいつまで持つのかわからないし、デスゲームを始めた以上は、強制的にでもゲームクリアを目指す事を強いられる可能性のほうが高いと、俺は思う」

「ちっ、残念ながら俺もその意見にゃあ賛成だ。デスゲームの舞台が〔サスティンワールド〕である理由なんざぁ、はなっから無ぇのかもしれねぇな。たまたまデスゲームを始めたのが典膳だったってぇだけの事なんじゃねぇのか?」

「身も蓋も無いけど、まあ、そういう事なのかもね……。ってことで、この疑問自体は仮説には影響無いかな? けど、続く疑問はそうはいかない。ここまでは、都市伝説としてのデスゲームの在り方に則って話を進めてきたけど、その何もかもが推測に過ぎない。この話を始めてから今までずっと、俺達は推測と可能性の話しか出来てないんだ。それはゲーム内アナウンスが〈デスゲームを開始します〉の一言しか無かったせいだ。何故典膳は俺達に何も言ってこないんだろうか? これじゃあ、本当にゲームクリアなんて出口が用意されているのかどうかも判らない。そもそも典膳が俺達に何をさせたいのかすらも判らないんだ。だから仮説が仮説足り得るのかの判断も出来ない。もし仮説のとおりに典膳が現実世界で犯行声明を行なったなら、このVR世界でも俺達にデスゲームのルールや目的を説明したっていいんじゃないのか?」


 錆助のこの手の疑問に答える役回りはもう決まってしまったようで、当たり前のようにクレアが口を開く。


「典膳が私達に何をさせたいのかは決まっているわ。ゲームをさせたいのよ。デスゲームという名のゲームをね。何も言ってこないのは、今のこの状況も含めて楽しんでいるからじゃないかしら? きっと今頃、この世界のあらゆる場所で、他のプレイヤー達も今の私達のようにデスゲームの事を話し合っているわ。仲間内で集まれる人はもちろん、いまだに広場に居る人達だって、隣の人同士で話し合ったりしてるんじゃないかしら? そんなプレイヤー達を見るのも、典膳の楽しみの一つなのよ。現実世界での犯行声明は、この世界を邪魔されずに見続けるため。VR世界でのだんまりは、プレイヤーがどう判断してどう動くのかを見て楽しむため。それなら仮説には何の影響もしないわ」

「なるほど。クレアさんの言うことには説得力があるね。この疑問も仮説に影響無しと。じゃあ、俺としては最後の疑問。ゲーム内で死んだ人間を、どうやって現実世界で殺すんだろうか? って事だ。当たり前だけど、夢の揺り籠には脳を破壊するような機能は付いてない。俺達を殺せる方法なんて想像も付かないんだ……。そう言えば、たとえVR世界の中の出来事だろうと、脳がリアルに死を認識してしまったら、人は本当に死んでしまうなんて話があるけど、そんなの信じてる人居る?」


 錆助の質問に、沈黙が答える。


「居ないのか……実は俺は信じてる。けど、個人差があると思うんだ。俺達はゲーム内で死ぬのは慣れてる。ある意味耐性が出来てるはずだ。ゲーム内で死ねば現実世界でも死んでしまうと言われ、感覚がリアルになったからといって、それで本当に死んでしまう人なんて、どんなに多く見積もっても10人中2、3人程度じゃないかと思う。何の根拠も無い憶測だけどね……。けど、こんな弱い設定じゃ駄目なんだ。〈無理やり助け出そうとすれば、そのプレイヤーは死ぬ〉という宣言は、確実に俺達を殺せないと成り立たない。VR機の特徴は、他のブレインマシンインターフェイスと違って、脳波の解析だけじゃなく、運動神経系の情報を遮断、搾取して、感覚神経系へ偽情報を流す事にある。これによってVR世界のキャラを自分の体そのままの感覚で操る事が出来るし、リアルなフィードバックも得られる。そして、現実世界の肉体が動き回る心配も無くなる。ただし、自律神経系に直接働きかける事は禁止されているんだ。意図的に心臓を止めたり呼吸を止めたりなんて事は、絶対に出来ないはずなんだ。そこをきちんと守らなければ、製品として出荷する事は出来ない。だからどんなに考えても、現実世界の肉体を本当に殺せる方法なんて、俺には思い付かなかった……。何か思い付いた人、居る?」


 また沈黙が答える。錆助も考えをまとめられない様で、今度の沈黙は長く続いた。クレアが周りを見回して、自分の役目かと話し始める。


「駄目ね……私にはお手上げ。何も思い付かないわ。けど、そんなのわかる人なんて居ないんじゃないかしら? 〈デスゲームだと言われた以上は、それを信じて生き残る事を考えるしかない〉最初に錆助君がそう言ったのよ?」

「うん……確かにそうだね。この疑問は、答えが出なくても信じるしかないんだ。けど……これも典膳の計算の内なのかも知れないな……」

「計算? どういうこと?」

「さっきクレアさんが言ったように、典膳がわざと俺達に情報を与えずに、プレイヤーがどう判断してどう動くのかを見て楽しんでいるなら、これもその一つって事。俺はデスゲーム内でPKプレイヤーキルをする人間なんて、居ないんじゃないかと考えてた。他のVRMMOでPKを楽しんでいるプレイヤーだって、話せば気のいい連中が多い。ゲーム内でPKプレイヤーキラーキャラを楽しんでるだけで、本当に人を殺したいわけじゃないんだ。だからこれはデスゲームで、ゲーム内でプレイヤーを殺せば、現実世界の肉体も本当に死んでしまうとわかっていれば、PKなんてしないだろうと思ってた。だけど典膳が何も言ってこないせいで、デスゲームの信憑性は高くない。現実世界の肉体を殺せる方法を明示しないと、ただのハッタリにしか聞こえないんだ。VR機に人を殺せる機能なんて付いて無いってのは、VRゲーマーにとっては常識だからね。それでも慎重なプレイヤーは死なないように動くだろうけど、〈それこそが典膳の狙いだ。奴はハッタリで、プレイヤーにデスゲームだと思い込ませているに過ぎない〉なんて結論に達したプレイヤーがいた場合、〈PKこそが、囚われたプレイヤーを開放する最良の手段だ〉なんて事も言い出しかねない。だから、PKが出来るデスゲームで何も言ってこないのは、PKも楽しみの一つに数えている典膳の計算かも知れないんだ。そして、デスゲームでPKが有り得るかの話をするなら、プレイヤーの中に快楽殺人者が紛れ込んでいる可能性も否定出来ない。そんな奴が紛れ込んでいるとしたら、今頃は歓喜に打ち震えながら殺人計画を立てているに違いない。怨恨の殺人なんて場合も、現実世界より心理的ストッパーが掛かりにくいだろうと思われる。だから〈PKはあり得る〉と思って、常に警戒を怠らないで欲しい。デスゲームが典膳のハッタリだという可能性は残るけど、俺達は慎重派としてその案を採用しない。最後まで生き残るために動く。そこはいい?」

「ええ、もちろん。デスゲームだと言われて、それをハッタリだなんて決め付ける度胸は、私には無いわ」

「あったりまえや!あの痛みを経験してハッタリやなんて思えるわけないやろ!ショック死しとってもおかしくなかったわ!脳が死を認識したら本当に死んでしまうっちゅうのも、なんとなく納得できたくらいや!」


 この中で一番死を身近に感じた風音も勢い込んで答えた。


「うん。ログアウト不能も含めて、夢の揺り籠が正常な状態じゃないのは間違いないんだ。ハッタリだなんて決め付けるのは自殺行為だ。俺達は必ず最後まで生き残ろう」


 そう言って見回す錆助に、皆頷いて答えた。ただしセレナは理解不能の話にすっかり飽きてしまったようで、チロを枕に、アンゴラウサギ3匹を毛布代わりに安らかな寝息を立てていた。錆助はそれを見てまとめに入る。


「これで俺の疑問はもう無いけど、他に疑問がある人は?」


 手を上げて、クレアが話し始める。


「典膳の宣言があったからといって、本当に、夢の揺り籠から無理やりプレイヤーを助け出そうとする人が、居なくなるのかしら?」

「ああ、そこは俺達の仮説の弱点かもしれないね。うーん、確かに1、2件くらいは無理やり助け出そうとした事例が有ったんじゃないかな。いや、そのくらいは無いとおかしいのかもしれない。助け出された人が死亡してしまえば、それは大ニュースになる。宣言が本当だとわかれば、その後無理やり助け出そうとする人は居なくなるだろう。そして死亡してしまったプレイヤーはこの町ではなく、別の町に飛ばされたプレイヤーだったから、俺達は居なくなったプレイヤーの存在を知らない。これで一応の説明は出来るんだけど、どうかな?」

「誰かさんみたいに、単独で狩場に向かうようなプレイヤーだった場合も、私達には知りようも無いのね。いいわ。これで私の疑問はもう無いわ」


 他には誰も話し始める様子は無い。


「じゃあ、俺達は今のところ、この仮説を信じて動くことにしよう。仮説はあくまで仮説に過ぎないけど、一応この事態を説明出来る仮説に辿り着けたのは大きな収穫だと思うよ。後は今後の方針を話し合って終わりにしようか」

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