草原の死闘
〔Royal Knight〕のギルドマスターであるガウェインは、草原に着くと一通り辺りを見回して、右隣に立つ長身のダークエルフに話しかけた。
「なあジャミンゴ、思ったより人が多いな。これでは我々がここで狩りをするのは難しそうだ」
「うーん、奥に野犬が見えるが誰も狩ってないぞ。あっちでいいんじゃないのか?」
ジャミンゴと呼ばれた男は、浅黒い肌に黒い長髪、そこから覗くエルフ耳と、自らダークエルフを名乗るだけあってそれらしい見た目をしている。と言いたいところだが、パーマヘアのせいか顔立ちのせいか、そこはかとなく漂うラテン臭のおかげでギルドメンバーからはアミーゴと呼ばれることも多い。〔Royal Knight〕のサブマスターである。
「野犬か……これだけの人数がいれば野犬を狩るのも難しくは無いだろうが、なるべくリスクは減らしたい。何と言ってもデスゲームなのだからな」
「それはそうだが、俺たちはこの大人数だ。羊相手じゃ狩りにはならんだろう。数で押せるんだから向こうで狩ったほうがいいと思うがなあ」
「ふむ。とにかくこのゲームで戦闘がどう変わったのか知る必要があるな。我々のパーティで羊を狩ってみよう」
「それもそうだな。了解!」
「長十郎、後続をまとめて待っててくれ」
「了解」
ガウェインは二番隊隊長の長十郎に後続部隊のまとめを頼むと、自らのパーティである一番隊を率いて羊を狩り始めた。
数匹の羊を狩ってガウェインは言う。
「えらくリアルになってるな。剥ぎ取りがリアルじゃ無いことがせめてもの救いか。しかし、羊の頭突きがこんなに効くのなら、野犬相手だとなかなか厳しい戦いになりそうだぞ、ジャミンゴ」
「たしかになあ。どう思う? アレスト」
「うーむ、羊だけでは狩場不足にも程がある。デスゲームだとはいえ、戦闘する以上リスクは付き物じゃ。それは今後もずっと付いて回るリスクじゃろう。あまり過敏になっていては何もできんぞ。試しにワシらだけで一当たりしてみてはどうじゃ?」
獣人のアレストが答えた。ずんぐりとした体躯に、髪も髭もぼうぼうに伸ばし放題で体中が毛深い。異様に深い皺の刻まれた顔には、黄緑色の目が光る。白目は無く、縦長の瞳孔は西日を受け細く絞られている。口からは鋭い牙が覗いており、尻尾や獣耳は無いのに、一目で獣人と分かる強面だ。役職には付いていないが〔Royal Knight〕最古参のメンバーの1人で、顔に似合わず面倒見のいい性格から〔おやっさん〕と呼ばれ親しまれている。
ガウェインの脳裏には、先ほどすれ違った血まみれの集団の姿が浮かんでいた。前衛と思しき2人は、武器こそ初期装備のままだったが既に盾を装備していた。それであの有様だ。しかし前作の経験があるガウェインには、彼らが野犬にやられたと思うよりは、功を急いで森の中に入り、手痛い洗礼を受けたと考えるほうが納得しやすかった。何より彼らのテイマーはすでにオオカミを従えていたのだ。野犬にやられたのでは理屈に合わない。さらにガウェインを後押しするのは、彼らには悲壮感など漂ってはいなかったことだ。ただ単に少し大きな怪我を負ってしまった為に、回復切れで町に戻るところに見えたのだ。あれだけ血まみれになってもまだ戦う意思がある。それは、戦闘がリアルになってしまったこのデスゲームの中でも、気持ち次第で前作のようにゲームを進めていけるという証明ではないのだろうか? もうひとつは自分達の人数だ。スキルが低くとも野犬程度ならば蹂躙できる戦力と言っていい。そしてガウェインは自分のギルドメンバーを信頼しきっていた。戦闘が厳しくなっていようが、この仲間とならば問題なかろうと思ったのだ。気になるとすれば、今現在野犬を狩っているパーティが居ないことだが、皆初期装備で盾すら持っていない。羊を狩れるのにわざわざ野犬を狩る必要など何処にも無いのだ。自分達とは事情が違う。あまり考慮に入れる必要も無いだろうと思えた。実はそこに大きな誤算があったのだが……。
「そうだな。そうでもしなくては狩の続行は不可能だ。試してみよう」
ガウェインがアレストの案に賛成する。後続もすでに到着したようなので、一同そちらに向かって歩き始めた。
集団の前まで来ると、ガウェインが大声で話し始めた。
「諸君! どうにも狩場不足のようだが、ためしに戦闘してみた感じでは、かなり厳しい仕様になっている。このまま野犬を狩るのはリスクが高すぎるかもしれん。かといって羊を狩るには我々は人数が多すぎる。そこでまずは、試しに〔Royal Knight〕のメンバーで野犬を狩ってみようと思う。諸君はすまないがそのまま待っていてくれ。〔Royal Knight〕は一番隊から四番隊まで野犬狩りに向かう。五番隊、六番隊はこの場に待機。我々はすでに狩場の中に足を踏み入れている。万一の場合に備えよ。諸君もくれぐれも油断しないで待っていてくれ」
そういうと〔Royal Knight〕の4パーティ、総勢48名は野犬へと向かった。
「数で押すぞ! バラけるな!」
「おう!」
野犬との戦闘が始まる。スキルの低さを人数でカバーして順調に野犬を倒していく。しかし戦士の1人が野犬に思い切り腕を咬まれてしまう。あまりの痛みに叫び声をあげるも、次の瞬間には周りからの集中攻撃でその野犬は倒されていた。しかし深く傷ついた戦士のHPが減り続けるのを見て、皆驚きの声を上げる。ガウェインは即座に撤退命令を出した。
「撤退! 負傷したトーマを守りつつ後退せよ! 町まで戻るぞ! 油断するな!」
「おう!」
――――大集団後方――――
「チッ、仕切りやがって、何様のつもりだ」
「ああ、ちょっと数が多いからって威張り腐って、おめえらだってスキル0じゃねえかよ」
「まったくだ、俺たちだって前作をやりこんでるってのに、自分達だけエリート気取りかよ」
「ふざけやがって、自分達は楽しく野犬狩りと洒落込んでるくせに、俺達はお預けくらって待ちぼうけかよ。やってられねぇぜ、まったく」
「かまやしねえ、俺達も狩りをおっぱじめようぜ!」
「おう! そうだそうだ! あいつらの段取りが悪いのがいけねえんだ! 仕切るならもっとちゃんと仕切りやがれってんだ!」
「おらー!! 行くぞー! 野犬狩りだー!」
「後れを取るな! 俺達だっていっぱしの冒険者だろうがー!」
「進め進めー! 野犬なんぞ、数で押せば怖くねぇ!」
「行けー! 進めー! 俺達の武器は人数だ!」
集団から50人程の塊が前進を始める。それに釣られてさらに50人程が加わり、およそ100人の集団になった。〔Royal Knight〕の五番隊、六番隊が制止しようとするが、扇動した人間がそんな制止を聞くわけも無く、後続は事情も分からず彼等に付いて行くだけの人形と化していた。
撤退を始めた〔Royal Knight〕のメンバーを、あっさりと集団が追い抜いていく。それを見てガウェインが吼える。
「お前ら何をしている! 野犬は危険だ! 引けー!」
「ケッ! 散々威張り散らしといて、野犬相手に撤退かよ! みんな構うんじゃねぇ! この人数で野犬なんぞに負けるわけねぇだろうが!」
「そうだそうだ! この人数で掛かれば野犬なんか怖くねぇ!」
「進め進めー!」
「貴様らぁー! 前作とは違うと言っている! 引かんか馬鹿者!」
「お前らは勝手に引いてろ! 行け行けー!」
「馬鹿もんがぁ! 長十郎! 深手を負ったトーマを連れて、待機している者に現状の説明を! 全員町まで撤退だ! 六番隊に付いて行かせろ! 五番隊はそのまま待機して後詰めだ!」
「了解!」
「三番隊、四番隊は怪我人の後送を優先! どんどん怪我人が増えると思え! 一番隊と二番隊であの馬鹿どもを止める! と言いたいところだが、残念ながら奴らは俺の言うことを聞かん! かと言って放っておくわけにもいかん! 奴らの援護に回るぞ! 突出するな! あくまで隊で動け!」
「了解!」
時間が経つに従い、数で野犬を蹴散らしていた集団の中にも、大きな怪我をする者が増えてくる。〔Royal Knight〕のメンバーが怪我人を引き受けていたが、それを見ていたプレイヤーから撤退すべきだと言う声が上がり始める。自ら扇動して出てきた者達は引くわけにもいかず、さらに前進して集団に切れ目が出来たときだった。森の目前まで進んだ集団の先頭に、シンリンオオカミの群れが襲い掛かった。野犬とは違い組織的な狼の群れに太刀打ちできずに、先頭集団は総崩れになった。
「みんな撤退しろ! 撤退ー! 〔Royal Knight〕は一番隊から四番隊まで全員で突っ込むぞ! 退却の時間を作る! そのまま殿戦だ!」
ガウェインが必死に指示を飛ばす。〔Royal Knight〕の突撃でシンリンオオカミをなんとか押し戻すと、そこには2名のプレイヤーが大量の血を流して倒れていた。
負傷したプレイヤーを抱えながら〔Royal Knight〕のメンバーは殿戦を続ける。しかし〔Royal Knight〕のメンバーにも怪我人が増え戦列に綻びが出始めると、2匹の狼が同時にガウェインの喉元めがけて飛びついた。ガウェインは咄嗟に目の前の狼の攻撃をガードするが、もう1匹の狼の牙を防ぐすべは無い。もう駄目かと思ったその時、長十郎がナイフを持った体当たりで、狼にぶつかっていった。
「長十郎! すまん、助かった! 向こうはもう良いのか?」
「ああ、みんな町へ向かってるよ。ほっといても大丈夫だろう。事情もわからずに狩りに参加しちまった連中の中に責任を感じてる奴らがいて、怪我人の面倒は見てくれるそうだ。後ろはあいつらに任せて、五番隊もこっちに連れて来たぜ」
蓬髪の浪人の様な見た目の長十郎が言う。本人としては幕末志士をイメージしているらしいのだが、周りからはどうしても浪人と呼ばれてしまうのが悩みの種だ。
「六番隊、護衛任務終了! 戦列に加わる!」
六番隊隊長のジジが、小柄な体格に似合わぬ大音声を張り上げる。
「ジジ! やけに早いな!」
「トーマの馬鹿がこっちは俺に任せて戻れなんて言うもんだからね。まわりの奴らが気を使って、あたしらに早く戻れって言ってくれたのさ」
「そうか! ありがたい!」
五番隊、六番隊の投入で〔Royal Knight〕は勢いを盛り返した。退却しながらの殿戦も、これ以上後退すれば周りの関係ないプレイヤーまで巻き込んでしまう恐れがあり、限界に近かったのだ。
ガウェインがギルドメンバーを鼓舞する。
「狼は残りわずかだ! 〔Royal Knight〕の意地を見せてやれ! 一気にケリを付けるぞ!」
「おう!」
なんとか人数で押しているが、スキル的に見ればデスゲームでなくとも無謀な戦いだ。現に突出していた先頭集団は総崩れになった。一歩間違えば本当に死んでしまうデスゲームでの戦闘など全員初めてだというのに、皆驚くほど良く戦っていた。〔Royal Knight〕の団結力の賜物と言っていいだろう。しかしシンリンオオカミも集団戦を得意とする。黙ってやられるような敵ではなかった。残り4匹になった狼が一旦退却の姿勢を見せるも、すぐに踵を返して一斉に1人の戦士に向かって飛びついた。
「長十郎ぉー! 大丈夫か! くっそう!」
すぐに全員で押し返し、長十郎から狼を引き剥がす。そのまま4匹に止めを刺した。しかし長十郎の喉からは大量の血液が流れ出ていた。
「長十郎! しっかりしろ! おい! すぐに病院に運ぶぞ!」
〔Royal Knight〕のメンバーは怪我人を抱えて急いで町へと向かった。町には必ず病院があり、死んでなければどんな怪我でも治してくれる。生きてそこまで辿り着きさえすれば助かるのだ。3名とも既に、息をしてるかどうかさえ定かではない。それでも一縷の望みを託して全力で走った。病院に着くと医者にすがりつくように治療を頼む。しかし最初の2名はおろか、長十郎もすでに事切れており、医者は黙って首を横に振るばかりだった。
「長十郎! 死ぬな! 長十郎! さっき助けてくれた礼もまだしてないじゃないか! 長十郎! 目を覚ませ! 長十郎!」
ガウェインの悲痛な叫びにギルドメンバーは涙を流し続けた。
5分ほどたった頃、死んだプレイヤーの体は光の粒子のようになって空中に解けて消えてしまった。