《7》
この小説には、お祭成分が結構含まれています。
祭の喧騒の中で、不自然なくらいはっきりと声がした。
よく目を凝らして見れば、ちらりと見えた青い灯りの方から誰かが歩いてくるようだ。
「誰……ッン! ゴホッ! ッゴホゴホ!」
起き上がろうとして激しく咳き込んだ。落ち着いて、もう一度首をもたげると、ちらりと見えた青白い灯はもう見えなくなっていた。その代わりに私の両目が捉えたのは、
「……足?」
顎の下のひんやりしと冷たい御影の黒色が、宵闇の中で一段と濃くなったかと思えば、目の前ほんの数センチのところに肌色の指先がすっと現れたのだ。
サンダルや下駄ではない。
裸足、だ。
先程の綺麗なのに子供っぽい女性といい、よほど私は妙な人物に縁があるようだ。
よろよろと足の持ち主を見上げてみたが、地べたに寝そべったままでは顔まで見上げられない。
足の主は言う。
「騒々しいので何事かと思えば母上母上と……やれやれ、この国の幼子は……」
この国……と言っているということはどうやら外国人のようだが、随分古風で流暢な日本語を話すものだ。
男の子だろうか? 声の主は、暗闇に溶け込む透き通ったアルトの声音で私を責める。けれどその口調に非難する色は混じっておらず、どちらかといえばただ単純に面白がっているようだった。
「こんな軟弱な娘っ子では、母上殿もさぞかし不憫じゃろうて」
「!!」
初対面──まだ面と向かってはいないのだが──にもかかわらずあまりに失礼な言いぐさに、かあっと顔が赤くなる。
「君に何が分かるって言うの!?」
思わず叫んだ声も裏返った。
前述の通り、この頃の私は負けん気が強い。というか、熱くなりやすいのだ。
そう、物に例えるなら差し詰め『花火』といったところだろうか。
日頃は引っ込み思案で人見知りな内気少女だが、一度火がつけばぱっと勢い良く燃え上がり、消える時には尾を引かずにさっとに消える。
今でもそうだが、幼い頃はそれがもっと露骨で温度差が激しかった。簡単に言えば、熱しやすく冷めやすい性格だったのだ。
両脇を過ぎる人の波からじろじろと向けられる好奇の視線すらも、火のついた私には気にならなかった。
打ちつけた肺からケホケホと咳が止まらないが、それを無理矢理口の中に押し留め、血の滲んだ手のひらを石畳について私は立ち上がる。
失礼な声の主は、そんな私に手を貸すでもはたまた立ち去るでもなく、私が立ち上がるまでじっと待っていた。「わ……」
私を見つめる大きな瞳は、まるで嵐の後のような、抜けるように綺麗で清々しい青空の色だった。
そこに立っていたのは、当時の私と大して歳の変わらないだろう顔立ちの、濃紺の甚平を着た少年。
提灯の灯りを反射する銀糸のような髪は肩近くまで無造作に伸び、袖から覗くこんがり日に焼けた浅黒い肌は、私の病的な白さの肌とは違って子供とは思えないほど筋肉質で、まるで鋼のようだ。
銀髪碧眼。甚平を着ているが、確かに外国人には間違いないないのだろう。
しかし外の世界を知らないこの頃の私にとって、家族以外の他人は皆外国人みたいなものだったので、明らかに日本人ではないその容姿を受けても「言葉は通じるんだ」程度の感想しか抱かなかった、ような気がする。
というのも、実は正直、出会った時の彼の第一印象は、空色の瞳意外背格好すら覚えていないのだ。それ程印象的な眼だった。
「なんじゃ、泣かんのか?」
小首を傾げる裸足の少年は、何が楽しいのかケラケラと鞠のように笑っている。
口が開くたびにちらりと覗く長めの犬歯と頬のえくぼが少年の表情を柔らかく見せており、かなり失礼な物言いをされたにも関わらず、不思議と嫌な印象は受けなかった。
「泣かないよ」
しっかりと少年の空色の瞳を見つめ返して私は言った。
直後の顔は毒の抜かれた表情をしていたと思う。いや、私の場合なら炎だろうか?
悪気など微塵もなさそうにあっけらかんとした少年を見ていると、苦しんだり怒ったりしている自分が滑稽に思えてきて、ため息が出た。
どうせ虚勢だと見抜かれているのだろう。
(だったら……)
私はふうっと肩の力をぬいて、浴衣の袖でごしごし目元を拭うと、少年の真似をして笑ってやった。
それを見た碧眼の少年も「ほう」と、益々笑顔になる。手厳しく失礼な物言いとは裏腹に、とても人懐っこい笑顔だった。
すみません。まだ続きます。