《5》
この小説にはお祭り成分が多量に含まれています。
◇
茜色に染まる境内も少しずつ夜の帳を受け入れ、整然と並ぶ石畳に暗く濃い影を落とし始めた。
私が階段を上るのと丁度入れ違いになったようで、神楽囃子の笛や太鼓の音色は徐々に遠ざかっていく。
確か神社を出て、ぐるりと町内を練り歩いてから境内に戻って来るはずだ。
昔と変わっていなければ、だけど。
そうそう、変わっていないといえば私が今目の前に立っているお面屋さんも、相変わらず昔と変わっていないようだった。
単純な木の枠組みの上に、規則正しく三列に並べられた顔、顔、顔。
初めてずらりと並んだ無表情のお面の列を見た時には、驚いて心臓が止まるかと思った。お世辞にもいい思い出とは言えない。
あれから十余年。様々なお面たちの顔ぶれは、それを売る人々が変わっても大して変わらなかったようだ。
私が知らないもっと昔のお面屋さんは、口を横に突き出したひょっとこの面や、ふくよかな頬をほんのり桜色に染めて微笑むお多福の面。それにあの彼女が被っていたような紅白の狐面など、日本の伝統的な能や舞に使われるお面が主流ったらしい。
それが今では戦隊ヒーローやら変身ヒロインやら、有名過ぎるほどに有名な青い猫型ロボットのお面やらがその大半を占めるというのだから、時代は変わるんだなと、二十歳そこそこしか生きていない私は思うのだった。
「嬢ちゃん、どれか買ってくのかい?」
あまりにずっと商品を見つめていたからか。お面売りには似合わない、腕っぷしのよさそうな髭面のおじさんが、棚の横に置かれた椅子に座ったまま私に声をかけてきた。
着ている法被には《○○町青年部》の文字。
もしかしたら見た目よりずっと若いのかもしれない。
しかし、二十歳を過ぎて成人式にも出席したし、大学だってなんとか卒業して就職もしたというのに、その若いらしいお兄さん(に訂正しておく)にもまだ『嬢ちゃん』扱いされるのだから、私も相変わらずだなと苦笑する。
身長は、昔に比べれば幾分か伸びたし、体つきも幾ばくかは女性らしいラインを形成し始めたのだが……こればかりは一向に変わらなかった。
私は母に似た童顔の眉根をしょうがないなとばかりにハの字に寄せて、法被のお兄さんに向き直る。
「そうですね……」
初めは買うつもりなどなかったのだが、お兄さんに焚き付けられ、じっと三列に並んだ彼らを見ているうちに一つくらい欲しくなってくるのだから、お祭の誘惑は相変わらず強い。
この歳にもなってお面なんてと思われるかもしれないが、私は好きだ。
間違いなくそれは、誰かがこれ見よがしに被っていたからに他ならないのだけれど。
「あ、」
ふと、私の視線が最上段の右端に吸い寄せられる。
「それください! その、端っこの」
思わず叫ぶように言葉を並べていた。
「ん、これかい?」
「はい」
「よしきた」
お兄さんは軽快に立ち上がると、私の背の高さの列から一つのお面をひょいと取って私に渡す。
「まいどっ!」
それは彼女が被っていたような紅白の狐だった。
とても可愛らしくデフォルメされた、プラスチック製のお面であることを除けば。
◇
まさに早業だった。
「わ……」
彼女はポイの下半分だけを水に浸けると、流れるような動きで右手を動かした。
思わず見とれる私の前で、目が出っ張った金魚ーー私が捕まえようとした金魚が、赤いお椀の中に飛び込んでいく。
「よっ。一丁あがりってね」
そう言って彼女は満面の笑みで、金魚の泳ぐお椀をおじさんに差し出したのだった。
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