《4》
この小説にはお祭成分が含まれています。
今のーー大学を卒業したての新社会人であるところのーー私が彼女についての第一印象を述べるなら、和風美人という言葉が一番しっくりくるだろうか。あるいは妖艶な雰囲気のお姉さん。もっと端的に言うなら……魔女。
そう、魔女だ。箒に乗っているかどうかはこの際置いておいて。
最初の大声とは打って変わり、信じられないくらいに優しい声音で私をお嬢さんと呼ぶ彼女。
後ろを振り返った私は、明らかに周囲の人々とは纏う空気が違う彼女にそんな感想を持った。
背は高く、手も足もモデルのように細く白くすらりと長い。
今でも私は実物のモデルという人を見たことがないが、その頃から母が持ってきたファッション雑誌を開いては、お洒落な服を着てファッションショーに出る自分の姿を想像してポーズを決めていたものだった。
なので、幼いながらに服装については目利きであると自負していた節がある私は、見上げた彼女の格好を見てひどく驚いた。
彼女が身に纏っていたのは目を引く濃色の黄。
山吹色の布地に浅葱の帯、散りばめてあるのは川を模した白の流線模様。といった、派手だがいやらしさを感じさせない古風な配色の浴衣だった。
……が、なぜか裾が膝上ですっぱりと無くなっている。帯で区切られているので、さながら和風ミニスカートだ。
しゃがんでいたので、私の目の高さからは彼女の両足の膝小僧がバッチリ見えていた。
そこから上へと視線を動かしていくと、浅葱色をした帯の上にアクセントとして使うような赤い太めのベルトを巻き、童顔で中性的な面立ちとは対照的に、今でも羨ましいあの豊満な胸元は鎖骨が見えるくらい大胆にはだけさせていたように思う。
「ふふん」
どうやら確信犯だった。
さらりとなびくのは夜空の闇色を直接溶かし込んだかのように真っ直ぐで癖のない髪。その長い黒髪が魔女という第一印象を裏付けているようだったのだが、勝手にイメージ付けられるのを嫌うのか、魔女は鼻の高い紅白の狐のお面を斜めに被っていた。
人目を引くという意味では、彼女ほど目立つ人物はいなかったように思う。
それは私も同じで、ただ呆然と年齢の読めない彼女の顔を見つめていた。
大仰な身振りで彼女は言う。
「郷に入りては郷に従え。祭に来たなら祭の最低限のルールは守らにゃ駄目なのさ」
私には何を言っているのか分からなかったが、彼女はお構いなしといった風に続ける。
「そんでもってすくった金魚を飼ってあげるまでが、金魚すくいのルールさ」
言いながら彼女は、右手に持った小ぶりな林檎飴を口に運んだ。
奇抜な浴衣姿に釘付けになっていたので気がつかなかったが、彼女は右手には小さな林檎飴を持ち、左手の指の間にそれぞれわたあめ、チョコバナナ、フランクフルト、おまけに小指に水風船をつけていたのだ。浴衣とお面も合わせていわゆる完全装備だ。
当時の私はそれらを知らなかったが、彼女の持つものが祭で買える物であるとなんとなく分かった。
そこまで全力でお祭に参加する人を、その後も私は見たことがなかったし、多分これからも見ることはないだろうと思う。
彼女は空いた右手で私が払いのけた金魚の袋をひょいと地面から拾い上げ、透明な生け簀の中に逃がしてやる。再び水を得た小さな命は、元気に仲間の中へと戻っていった。
「ふぁふぁひにもほれひょーはぃ」
店のおじさんに向き直った彼女は口の中で林檎飴を転がしながら、おじさんの持つ破れたポイを指差し、私にも金魚すくいをやらせろ、と言っているらしかった。
ひょうきんにしか見えないだろう林檎飴をほおばった顔でも、おじさんは笑うことなく「はいよ」と言ってポイを彼女に渡す。
商品を無意味に漁る侵略者を止めた勇者をむげにはできなかったのだろう。
彼女がポイを受け取り、代わりに小銭をおじさんに渡すと、不思議なことにあれだけ集まっていた人だかりがスーッと四方に霧散していった。
彼女は私の隣に並んで膝を曲げると、ニヤッと悪戯っ子のように(林檎飴を口いっぱいにほおばりながら)笑って、手に持っていた食べ物全てを私に押し付けてきた。
「もっへへ!」
「え……!?」
笑うと男の子にも見える童顔でもう一度「もっへへ、おひょうはん」と笑いかけられては、私は目を丸くしながらこくこくと頷いて、両手いっぱいの沢山の食べ物を預かるしかないのだった。
新キャラ登場。黒髪ロングの姉御です!
ちらりちらりと不思議成分を含め始めましたが、まだファンタジーではないのかなとσ(^_^;