《3》
この小説にはお祭成分が含まれています。
おじさんの手を離れた金魚は、薄いビニールに入れられたまま宙を舞い、黒い影が伸びる石畳の上に落ちてしまった。
水が半分以上もこぼれたビニール袋に挟まれて、必死に呼吸をしようと口をパクパクさせる哀れな姿を見れば非常に罪悪感を感じるものだが、それは成長した今ではの話。
小魚どころか自分の命にすらなんの関心もなかったあの頃の私は、まあ今思えばやさぐれていた。
見た目通りの、世間知らずな子供だったのだ。
私はそんな金魚を見向きもせず、あろうことか驚き固まる出店のおじさんの目の前でとんでもない行動に出た。
やれ悪いのはお前たちだと言わんばかりに、水槽に両手を突っ込んだのだ。
「お、おいおいおいおい!」
我に返ったおじさんの驚きと焦りはごもっとも。バシャバシャと大きな音を立てて水槽の中を引っ掻き回す私の周囲には、いつの間にか黒山の人だかりができていた。
そんなギャラリーなどお構いなしに、浴衣のひまわりを跳ね返った水で濡らした私は、赤い生き物が突如として襲いかかった災難から逃げ惑う様を、冷め切った心で見ながら蹂躙を続ける。
冷め切った?
本当にそうだったのだろうか?
とにかく私は、止めようとこちら側に回り込んできたおじさんのたくましい腕を何度か振りほどいて(幼い女の子だった私に強くはできなかったのだろう)、一匹の飴玉みたいな金魚に狙いを定める。
先ほどポイで取り逃がした出目金(という名前は最近知った)だ。
金魚は私の両手の包囲網から逃げ出そうと上に行ったり下に来たりしていたが、なにぶん他の金魚より動きが遅い。あっという間に隅に追いやられてしまった赤い小さな命は、水の中を迫り来る私の十本の指によってーー、
「待ちなっ!!」
突如として背後から響いた怒号に驚き、さながら居眠りを先生に見つかった生徒が飛び起きるように水から手を引っ込めたことで、自分で言うのも変だが、幼い私の魔手は金魚まで届かなかった。……代わりに私の小さな心臓が飛び出しかけたのだけれど。
両手から水を滴らせながら、恐る恐る私は後ろを振り返った。
果たしてそこに立っていたのは、鬼でも悪魔でもなく、けれど別な意味で息を呑む容姿のーー《女性》だった。
「金魚をすくうならポイでだけ。これが祭のルールだよ、お嬢さん」
残念ながらファンタジーは次回から。更新スピードは亀並みですが、ゆっくりお付き合い下さい!