《2》
この小説にはお祭成分が含まれています。
◇
最後の石段を上りきった先には、かつてと同じ、賑やかな縁日の風景が広がっていた。
辺りにはソースや海苔の鼻をくすぐる芳しい香りが漂い、じゅうじゅうという音と共に人々の足を鉄板の前に釘付けにしている。
店の明かりを反射してテラテラと輝く林檎飴やふわふわの雲かと思ったわたあめが、とろけるように甘い食べ物であると知った時、幼い頃の私にはまるでずらりと並んだ宝石達に見えたものだ。
パッと見ただけでも昔に比べ出店の数はめっきり減り、比例するように参加している人々の数も昔より目に見えて少ない。
それでもお祭りという行事の中に確かに存在する独特の《何か》は――人が減っても規模が縮小されても、その《何か》の部分だけは――昔と変わっていないように私は思った。
けれどやはり頭数が少ないのは、思い入れのあるお祭りだけに(すっかり忘れていたのだけれど)寂しい気もする。
時代の流れというやつなのだろうな。
ふと年寄りじみたことを考え、そんなことを考えるようになった自分に思わず苦笑してしまう。
大学を卒業して早数ヶ月。
生まれ育ったこの町の色に染まりなおすにはまだ時間がかかりそうだった。
「お母さーん」
物思いに浸っていた私の脇を、唐草模様の浴衣を着た小学生ほどの男の子が、手招きする母親の元に駆け抜けて行った。
私の意識はまた過去の思い出の中に沈んでいく……。
◇
焼きそば、たこ焼き、わたあめに射的やくじ。数ある出店の中で私の心を掴んで離さなかったのが、身体にひらひらとした尾ひれをつけた小さな生き物が、一生懸命右へ左へと泳ぐ可愛らしい姿。
金魚すくいの出店だ。
「これがやりたい」と母にねだり、腕まくりをした恰幅のいいおじさんから紙を貼ったプラスチックのポイを貰うと、私はおじさんをまねて浴衣の袖を捲り上げた。
「いいねぇ嬢ちゃん。まずは形から入る! その目の付け所ががいい!」
そうおじさんは言っていたっけ?
私は勇んで腕を振り上げるとポイを水中に突っ込み、真っ赤な飴玉みたいな金魚を輪の中心に合わせると、えいっと持ち上げた。
「んー残念」
おじさんの声と同時に水に濡れた紙が破け、目の出っ張ったまん丸の金魚は、ぼちゃん! と水の中へ。
幼い私はパチパチとまばたきをして、穴のあいたポイ越しに金魚の群れを信じられないといった眼差しで見ていた。金魚達は何事もなかったように悠々と水の中を泳いでいたっけ。
「譲ちゃんにはまだ難しかったかな」
おじさんは私にそう言うと、まだ目を見開いて金魚を見ていた私の手からひょいと穴の開いたポイを取り上げてしまった。
驚いて目で抗議する私に、おじさんは「まいったな……」と頭を掻きながら膝を折るとこう言った。
「これは穴が開いちまったからもう終わり。ほら、残念賞で一匹やるよ」
おじさんはひしゃくで小ぶりな金魚を一匹すくうと、少量の水と一緒に手際よくビニールの袋に流し込み、私に手渡そうとする。
「――っ!」
幼い私は小さな手でそれを拒んだ。
ああそうか、私はこの頃から負けず嫌いだったんだ。
二話目です。まだファンタジー要素はありませんが、次くらいからは……。