《1》
この小説にはお祭成分が含まれています。
私はしきりに耳を澄ませていた。
車の往来の少ない裏道の交差点。その中心から四方に伸びる道は、西日で赤く染まっている。
「気のせい……かな?」
どこからか、蝉の鳴き声に混じってお囃子の音が聞こえてきた気がしたのだ。
「あっ、また」
キョロキョロと、住宅地が広がる辺りを見回しているうちに、微かに聞こえたお囃子の音は、徐々に大きくなってきた。
夕暮れの茜空に抜けるような甲高い笛の音が私の耳を打ち、小気味良い太鼓の音頭に自然と体がリズムを刻み出す。
「あ、そっか。今日は……」
そう独りごちると、私はアパートの連絡板に画鋲で留められていた手作りのチラシを思い出した。
《なつまつり》。近所の子供達が嬉しそうな顔で貼っていたっけ。
簡単な夕飯を買ってコンビニを出た帰りだった私は、袋に入った冷凍食品のことなどすっかり忘れ、音の聞こえる方へふらふらと吸い寄せられていった。
音はどうやら小山の上にある古びた神社の方から聞こえるようだ。
「神社……か」
石段の下、色あせた鳥居の真下まで来て私は足を止めた。そのまま目を瞑って、深く夏の夕暮れの空気を肺一杯に吸い込む。
◇
思い出すのは、忘れもしないある夏の夜の記憶。あの日も今日みたいにからりと暑い日だった。
亡き母に手を引かれ、おろしたてのひまわりの浴衣を着て、初めて登ったここの神社の急な石段。一段一段が岩みたいに大きく、急な傾斜に加えて苔で足が滑るので、一番上がいつまでも遠くに思えたのを何年も経つ今でも鮮明に覚えている。
おぶってあげようかと言った母の手を振り切り、息を切らしてようやく登りきった先に広がっていたのは、私の中にあった僅かな日常が霞んでしまう別世界だった。
◇
目を開けた私は、昔に戻ったつもりで石段を一段一段ゆっくり踏みしめて登る。あの日一歩登るのも大変だった石の階段は、今でも苔むしていて意外と登りにくかった。
一番上まで登り切ると、昔の私が息を呑む姿が脳裏に浮かんできた。
◇
私をまず驚かせたのは、神社の境内にずらりと軒を揃えた屋台の色とりどりの明かりであり、《祭》と書かれた提灯の行列が放つ、仄かで柔らかな橙の灯だった。
それまで祭というものを知識としてしか知らなかった私にとって、実際のお祭りは、まるで絵本の世界に飛び込んでしまったように不思議で幻想的な世界に思えた。
驚きに見開いた私の瞳が次に捉えたのは、百合や朝顔の花模様をあしらった濃紺や桃色の浴衣を着た女性達。空色の揃いの法被 (はっぴ)を着て御輿の前に集まる男衆。思い思いの格好で祭を楽しむ人、人、人。
そのあまりの人の多さに、小さな私は目が離せなかった。
惚けたように浴衣の裾を掴む私の手を再び優しく包みながら、母は微笑んで言った。
「これがお祭り。どう? 楽しそうでしょう?」
お祭り――。
私は母の手をしっかりと握り返しながら、興奮からだけではない胸の動悸を悟られないよう、必死に精一杯の笑顔を浮かべて言った。
「うん」
やっと上げる事ができました! 連載ものは初投稿になるので続けられるか不安ですが、ちょっとでも気になっていただけたら、感想でもご意見でも要望でも命令でもいいので一言頂ければと思います!
ああ……小生も祭りに行きたい……。