俺がヒーロー?
物事を二元論的に「善」と「悪」に分けることは非常に難しいし、危険なことである。
まさに二十世紀とはその「善」と「悪」のイデオロギーからの脱却の時代であったともいえるし、二十一世紀となった今も、人はその闘争を終えられずに、喘いでいる最中でもある。
だが、この世界には明らかな「悪」というものも存在するのだ。それは、侵略者である。もちろん突き詰めていけば生きるために生存域を広げるということが果たして「悪」なのかという問いかけもあろうが、少なくとも侵略される側からは「悪」なのだ。
二〇二〇年に埼玉県所沢市に軟着陸した宇宙よりの飛来物。いわゆるUFOというものである。外見上、某菓子会社の米菓に形がそっくりだったために、俗に「ばかうけ」と呼称されるようになったそれは、推定全長一.五キロメートルほどの縦長の形状。
地面に衝突するかと思われたが、そのままずるずると地中に沈み込み、そのほとんどが大地に埋まってしまった。
地表との衝突による衝撃はなかったものの、その宇宙船とも隕石ともつかぬ物体は大量の土砂を押しのけ、周囲の建造物を崩壊させ、地面の中に納まったのだ。
さて、「悪」に話を戻そう。
それが隕石ではなくUFOだと言われたのには訳がある。調査に向かった自衛隊に対して内部から現れた敵性生物が攻撃を仕掛けたからだ。要するに異星人からの攻撃、侵略である。
これは地球人側からすれば、まぎれもなく「悪」だろう。そして少なくとも今この日本で、特に他の枕詞もなく「悪を倒すヒーロー」といえば、それは日曜の朝にやっている児童向けの特撮ではなく、侵略者と戦う戦士達のことを指すのだ。
「俺が、『悪』を倒す、ヒーローだと……?」
「そうだ、武石ジョー!! どうやら君はヒーローとしての記憶を失ってしまったようだがな」
メガネの男が強く言い放つ。しかしそれでもジョーにはそんな記憶などない。
「本当に……記憶喪失なの? アキラ、そんなことがありえるの?」
「そうだな……」
少女に「アキラ」と呼ばれたメガネの男は、メガネのブリッジ部分を人差し指でくい、と持ち上げてから右手に提げていたノートパソコンを開く。
おおよそ流行のラップトップPCとは一線を画す武骨なデザインのそれは、マツモト電工プロデュースの『タフノート』! UFOの着陸現場から無傷のそれが回収されたことから「隕石の直撃にも耐えられる」という売り文句で販売されている、タフユースのタフ電算機である。商魂逞しい!!
アキラ:友人が交通事故にあった後、私のことを忘れており、一緒にしていた活動のことも忘れているようです。頭を打ったショックで記憶が混乱しているんでしょうか?
チャッピー:いい質問ですね。結論から言うと、頭を打ったショックで一時的な記憶障害が発生することは医学的にはそれほど珍しいことではありません。友人が交通事故にあわれたということで、ご本人も、そしてそばで見守るあなたにとっても、言葉にできないほどショックで不安な状況とお察しします。
「九十九パーセント以上の確率で記憶喪失だな」
「AIに聞いただけじゃないの……あとその数字はどこから出てきたのよ」
あきれ顔で少女が突っ込みを入れる。どうやら怪我をしているらしく、頭や腕に包帯を巻いている少女は、傷が痛むせいか、なんとも無気力な声色だ。普段からこんなピントのずれた会話をしているのだろうか。
だが今は斯様なことは些事に過ぎない。
問題は彼自身の心の内にある。本人が全く覚えていないにもかかわらず、ジョー少年は、人々を守るために戦うヒーローだというのだ。
「俺が、ヒーローだと……? 知らなかった……だが、言われてみればなんとなくそんな気がしてきたぞ」
現実を受け入れているのか受け入れていないのかよく分からないジョー。
「しかしその様子では、考え直した方がよさそうだな」
「いや、待て!!」
メガネのブリッジを押し上げながらアキラは無情な戦力外通告を出す。しかしジョーは即座にそれを否定したのだ。
「やれる……いや、やる!! 記憶がないくらいなんだッ!! 俺は戦えるぞ!! 記憶がないことなんかが、ヒーローが闘わない理由になるか!?」
「フッ」
アキラと少女は、同時に笑みを浮かべた。
「いい目だ。君と出会った時の、あの熱い炎を宿した目をしている」
「……まあ、いいわ。私は杉山ミカ。改めてよろしく」
「私は神戸アキラだ。よろしく」
「ああ、よろしく。改めて、俺は武石ジョーだ」
「しってる」
先ほどまで戸惑いの色を隠せていなかった頼りなかったジョーの瞳にも、冷徹な計算高さを漂わせていたアキラの瞳にも、そして斜に構えたようなミカの瞳にも、それぞれ熱い正義の意志が煌々と灯っていた。
それぞれに違う背景と事情を背負いながらも、同じ炎が灯っていたのだ。
「それと、当然のことながら、自分がヒーローだということは関係者以外には秘密にすること。親兄弟にもだ。分かっているね?」
「おう!!」
元気よく返事を返すアキラ。
自分の運命というものを疑いもしないということが若さなのか。ともかく、ここまでは「記憶を失った」以外には彼らの前には何の問題も、障害も無いように見えた。
一方、別の病棟のとある個室では、一人の少年がベッドで寝ていた。
体中包帯だらけで、甚だしくは点滴までもしている。よほどの大けがを負った様子が見て取れる。
「なんで……だ」
なんと。
半死半生の身と思われたが、ベッドに寝かされている少年は意識を保っていた。何たる精神力か。
「なんで……誰も見舞いに来ねえんだ」




