マーヤと北風のおじちゃん
とたた、と走る。
お庭を出て、マーヤがママと遊んだあの公園まで。
止める人がいないから、バレない内緒の冒険だ。
小さなわたしの大冒険。
知らない人にはついて行かないし、知ってる道を知ってる順番で通って、公園に行くだけ。
帰れないのは怖いもん。
「わーっ! マーヤだけ! すごいすごーい!」
公園には、誰もいなかった。
枯葉の山と木のブランコと、砂場だけ。
持ち主が忘れていった砂場のおもちゃを譲ってくれない男の子も、二個しかないブランコをずっと使ってる女の子も、枯葉に突っ込んだ時に怒ってくるおじいさんもいない。
全部、わたしの、思うがまま!
ダッと駆け出して、まず枯葉のお山にズボッと座ってみる。
ふわふわで楽しい!
……でも、ちょっとジメジメさん?
「んーっ、つぎ!」
テテテと駆け寄って、ブランコへ。
「よーいしょっ! はい!」
頑張って座って後ろのパパに声をかけたけど、そっか、今日はひとりなんだった。
押してくれないと、うまく漕げないのに。
仕方なく、足が届く場所でユラユラ揺れる。
二歩前に出て、四歩下がって、四歩前に出て、その繰り返し。
風は横から吹き付けるだけ。
「……つまんなーい」
トッと降りて、トロトロ歩いて最後は砂場。
今日は全部の道具が使えるから、トンネルもお城もきっと作れる。
サラサラの砂を山にして、ぎゅっと固めて、でも、手伝ってくれるお友達がいないや。
トンネルの向こう側からおててが触れて、ぎゅって握手もできない。
プリンみたいな土台に塔を立てても、すごーいってハイタッチしてくれる人がいない。
ママも、パパも。
「……もういいや」
作りかけのお山を放っぽって、公園の隅っこのベンチに座る。
お話しして、「お母さん呼んでるよ」って言ってくれるおばあちゃんも隣にいない。
たまに吹き付ける冬の終わりの風が、耳をキンキンに冷やしてる。
指先だってもう真っ赤。
「さみしいよぅ……さみしいの」
めそめそ泣いたって、「泣き虫さんついてたよ」ってママの声はないの。
「泣き虫さん食べちゃえ」って、飴ちゃんはくれないの。
飴ちゃん欲しくて嘘泣きしてもママは居たのに、この公園にもママは居ないの。
しくしく泣くマーヤを、風に飛ばされる枯葉がカラカラ笑ってる。
「んだよガキンチョ、泣いてんのか?」
冷たい風がほっぺたのあたりでビューって吹いて、そんなおじちゃんの声がした。
「しらなっ、人、に、おはなし、メッ、なんだ、よ」
隣を見たら、おばあちゃんじゃない、透明なおじちゃんが居た。
「おじちゃん、とうめい、だね。……おみず、のみすぎちゃったの?」
「おっ、泣き止んだ。さすが子供だな、俺が見えるのか」
俺が見えるのか?
……まあ、見えるは見える。後ろの枯葉の山が透けてるけど。
「ガキが公園に一人とかどうしたのかと思ってよ。声かけたんだ。だってほら、普通はお前くらいの年だと親と一緒に来るもんだろ」
……親。パパ。ママ。
「……っ、あの、あのね! パパもママも、いないの。おうちにマーヤひとりなの。だから、こうえんにきたの」
「お前みたいなちっこいガキを一人にするって、どうしてそんな」
「マーヤね、おとーとができるんだって。マーヤおねーちゃんになるの。だからママもパパもいそがしくて、パパが、『おねーちゃんになるんだから、いいこにね』って」
「留守番させられたって?」
こくん、とおじさんの問いかけに頷く。
「でも、おうちにひとりがヤになって、ママをさがしに、ここまできたの」
病院は、一回だけじゃ道が覚えられなかったから。
「でも、ママ、ここじゃないの。わたし、ひまになっちゃった」
暇は嫌い。暇は寂しい。
「おじちゃん、マーヤといっしょにいてよ。マーヤしばらくね、おるすばん、しないとなんだって。そのあいだ、おじちゃんもいっしょに、おはなししようよ」
ひとりじゃないなら、もうそれでいいの。
「おま、ダメだろ……。知らない人とはお話ししないんじゃなかったのかよ」
「おじちゃん、しらなくないもん。……マーヤ、ママにあえないなら、わるいこでいいもん」
「……」
「……」
「……だぁーっ! しゃーねぇなぁもう! いいか、三日だけだぞ?」
「なんで!」
「なんで……ってそりゃお前、三日後には暦の上じゃ春になるだろうが」
「なんで、はるはダメなの!」
「俺が『北風』だからだよ! 春に北風は吹かねーだろ」
「おじちゃんのおはなし、むずかしくてわかんない!
おはなしのあいてに、つたわらないような、おはなししか、できないひとは、おバカさんなんだって!
おじちゃんじゃない、おじちゃんがいってた!」
「ああもう!」
ふんす、と胸を張ったら、おじちゃんが疲れたみたいに項垂れた。
ーーーーー
日が沈んで、パパに「いい子にしてたよ! ずっとご本読んでた!」って嘘ついて、また日が昇った。
「おじちゃん!」
パパと食べたお昼ご飯の後、おうちに誰もいなくなったから、マーヤはまた公園に来た。
今日も公園はがらんとしてて、透明なおじさんとわたしだけだ。
「ほんとに来たのかよ……」
なんだかひゅるると小さく風が吹いたけど、お構いなしにわたしは話す。
「ね、おじちゃんブランコしよ! マーヤ、じぶんでこげないから、おじちゃんおして!」
ブランコに座りながら「ねっ!」と念押しすると、仕方なさそうにおじちゃんは動く。
「俺に出来ると思えないんだが……いいか、ロープから手ぇ放すなよ。いくぞ」
後ろからそう聞こえたかと思ったら、びゅーっと強く風が吹いた。ブランコがグラグラ揺れては戻ってと動き始める。
でも、なんか、……こわい!
「こわい! おじちゃんイヤ! ヤぁなの!」
「っ、すまん!」
半泣きで訴えたら風が止まって、ゆっくりブランコも動かなくなる。
「……もうおじちゃんとブランコやらない」
「まあ、それがいい。俺はこれ以外で背中なんて押してやれないからな」
「つぎ! おすなあそび!」
今度は砂場に走って行く。
マーヤに少し遅れて、ふひゅるるひゅるると緩く吹く冷たい風がついてくる。
「つくるのはトンネルね! おじちゃんは、むこうから! むこうから、あなつくって!」
お城より簡単だからきっとできる!
そう思ったんだけど……。
「おじちゃん、へたくそ!」
「すまん……」
元は綺麗なお山だったのに、風に乾いた砂が飛ばされて、後ろ半分がぺったんこだ。
砂が乾いてるから掘ってもすぐに穴が埋まるし、まったくトンネルになってくれない。
「もういい! マーヤもうおじちゃんとあそばない!」
きっと意地悪されてるんだ。
嫌なことばっかりで、そうじゃないとおかしいもん。
ぷん、とそっぽ向いて、枯葉の積まれたベッドに向かう。
何も上手くいかなかったし、パパが帰ってくる時間まで、そこに埋もれてたい気分。
「マーヤ、あんまカッカすんなって……俺もわざとじゃないんだ」
「しらない!」
「……じゃあ、俺が手品見せてやる。だから機嫌直せよ」
「……てじな?」
枯葉に突っ伏してた顔をひょっこり持ち上げる。
手品、って、去年ママとパパと見た、サーカスのピエロさんがたくさんボールを投げてたみたいなの?
「そう、手品。チョウチョさんは好きか?」
おじちゃんが言うが早いか、落ち葉の山の反対側から黄色の葉っぱがふわふわと風に乗って巻き上がる。
そして、まるで本物のちょうちょみたいに、ヒラリヒラリとマーヤの周りをまわり始める。
「わぁ……!」
「最後はこうして……」
おじちゃんの声に合わせて、ちょうちょの葉っぱは空に昇り、一箇所に集まったかと思うと、花火が花開くみたいにぱあっと散って降り注ぐ。
「どうだった?」
「すごい! サーカスよりもっと、ずっと!」
感極まったわたしは、透明なおじちゃんに抱きつこうと前のめりになる。
けれど伸ばした手は空を切って、そのままバランスを崩しそうになったのを、
「おっと!」
と、おじちゃんが出した強めの風が受け止めてくれた。
「機嫌は直ったな、お姫様?」
「うん!」
おじちゃんとの二日目は、そうして笑顔で終わっていった。
ーーーーー
二日目の日が沈んだ頃。
おうちに戻って絵本を読んでたフリをしていたわたしは、ママのとこから帰ってきたパパに聞いてみた。
「パパ、とうめいなおじちゃん、しってる? キタカゼさんなの」
「透明な、北風さん? ……どこで見たんだい、そんな人?」
「えっ、とね……おにわにきたの! きいろのおちばを、ぶわーってやって、あそんでくれたの!」
初めてパパについた嘘は、苺みたいに甘酸っぱい味がした。
「そっか……マーヤは子どもだから、精霊様が見えるんだね」
「せーれーさま?」
「うん。自然の中……お外の草とか木とか、風や太陽の光の中には、精霊様がいるんだよ。子どもはほとんど見えるんだけど、大人になるにつれて少しづつ見えなくなってしまう。
パパも昔は土の精霊様が見えていて、一緒に砂のお城を作って遊んでいたんだってさ」
「もうパパは、つちのせーれーさま、みえないの?」
「ずーっと昔に見えなくなっちゃった。だからマーヤも、その北風の精霊様に今のうちにうんと遊んでもらうといいよ。
……もちろん、お庭から外に行っちゃダメだから、それだけパパと約束ね」
「……うん! 約束!」
守らない約束も、小指の付け根がモゾモゾとこそばゆかった。
「でも、パパ、ずーっとなかよくしたいなら、マーヤどうしたらいいの?」
「マーヤはずーっと北風の精霊様と仲良くしたいのかぁ……。
難しいことだし、なろうと思ってなれるものでも無いけどね。一応、『精霊の巫女』ってのに選ばれれば、ずーっと北風の精霊様と一緒にいられるけど……パパはあんまり、マーヤに精霊の巫女にはなってほしくないなぁ」
「どーして?」
「『精霊の巫女』っていうのはね、選ばれてしまうと、パパとママと一緒にいられなくなっちゃうんだよ。
毎月お祈りに行く教会はわかるよね?」
「マーヤわかるよ! まっしろな、おしろみたいなところでしょ」
「うん、そう。マーヤが精霊様に『精霊の巫女』に選ばれたっていうのが知られると、教会からお迎えが来て、マーヤは教会で暮らさないといけなくなっちゃうんだよ」
「ふーん……」
知られると、お迎えが来る……。
知られないなら、お迎えは来ないから、ずっとみんな一緒?
知られるって、どうなったらなるんだろう?
「ああ、でも、『北風の精霊様』か……。マーヤ、明後日……明日の明日は春の精霊様の日だから、北風の精霊様とは明日でお別れになっちゃうね」
「……あした、で、おわかれ……?」
そういえば昨日おじちゃんが言ってた。
『三日だけだぞ』
『三日後には暦の上じゃ春になるだろ』
って。
昨日と今日で二日だから、明日が最後……?
せっかく、なかよく、なれたのに……?
「あっ……」
それからずっとマーヤは泣いて、パパは内緒のチョコレートを二粒もくれた。
ーーーーー
今朝、パパから飴ちゃんを貰って泣かなかったマーヤは、お昼ご飯の後に早足でおじちゃんのところに向かって歩いた。
そして、到着と同時の第一声。
「マーヤ、せーれーのみこ、なる!」
「はっ……!?」
この時のおじちゃんは、あんぐりと口を開けていて、大人がそんな表情をしているのがなんだか面白かった。
「みこなら、きょうのあしたも、おじちゃんといっしょにいられるんでしょ!!」
「や、それは巫女でも無理……っと泣くな泣くな!?」
『無理』と聞いてすぐに瞳が潤んだわたしに、大慌てでおじちゃんは言う。
「明日からしばらく会えないが、巫女じゃなくてももう二度と会えないとかじゃないから! また会えるから!」
「いっ、いつ、なら、あえる、のっ!?」
「え、ええっと……二百と、五十日くらい、経ってから、かな……。次の冬の精霊様の日までだから」
「マーヤ、まだヒャクまでしかかぞえられない!!」
ギャンッとマーヤが叫んだのに、弱り切った顔でおじちゃんが途方に暮れる。
「それに、それにっ、マーヤがそのときには、パパみたいにみえなくなってたら、どーするの!!」
「そ、そればっかりは、俺にだってどうしようも無いんだが……」
「みこなら、ずーっとみえるんでしょ!? みこにしてよ! みこにして!」
「いや、それは、あ゛ー……」
「おじちゃんはマーヤがきらいなんだぁぁああ!!」
わ゛ーん! と大声で泣けば、
「や、そんなんじゃ……! な、泣くなよ……」
って、頭の上をひんやりした風が、髪を撫でつけるようにゆっくり流れて行く。
「ひっく、なら、マーヤ、みこにしてくれる……?」
「あのなぁ……いいか、パパもママも会えなくなるんだぞ? それでもいいのか?」
「ヤダ!!」
「なら巫女はナシだ」
「バレたらきょうかい、なんでしょ!? バレなきゃいいの!!」
「どこでそんな言葉……」
「おヨメにいったらパパたちとバイバイなのはいっしょだもん! それまでバレなきゃいーの!」
「いや、だから、巫女ってのが既に俺の嫁さんみたいなもんで……」
「?」
「……あら、いいじゃないの『北風』。可愛いお嬢さんの『お願い』よ? 聞いてあげなさいな」
突然、わたしたちのやり取りに知らない女の人の声が混ざった。
「『白雪』の……!? てめ、いつからそこに!?」
「今は寒戻りでしょ。だからこうして来たんだけど……面白いものが見られたから、来てよかったわ、ホント!」
軽やかな鈴の鳴るような笑い声だった。
真っ白な肌に真っ白なふかふかのお洋服を着た若々しいお姉さんが、北風のおじちゃんの隣で楽しげに笑っていた。
「おねーちゃん、だぁれ……?」
「うん? お姉さんね、この北風おじちゃんのお友達! 怪しい人でも危ない人でもない、精霊様なのよ」
「そうなの……? きれーで、すてきね」
「あっら! やっぱり可愛いわこの子! いいじゃないいいじゃない!
ねぇ『北風』、巫女にしてあげなさいよ! 多少時期を誤魔化すくらい、私たちならワケないじゃない!」
「つってもよぉ……」
「なによ、汚ったない欲まみれの人間に比べたら純真そのものじゃないのこの子! 何が不満だっての!?」
「いや、だから年齢がよ」
「全人類が歳下のくせしてよく言うわそんなの! それとも何よ、ほぼ同い歳の私に喧嘩売ってんの!?」
「うっ……」
ギッとお姉さんに睨まれたおじちゃんは、しおしおと小さくなってしまう。
「あー……じゃあ、折衷案で仮契約! これ以上は譲れねーぞ!」
「んー……まあいいわ、今はそれで。ならほら、早くやっちゃいなさい。お嬢さんも、おてて出して?」
ひんやりしたお姉さんの手に導かれるがままに、右手をおじちゃんへと差し出す。
「多分ちょっとひんやりするが……あんまびっくりして泣くんじゃねーぞ」
おじちゃんはそう言って、私の右手の甲にそっと息を吹きかけた。
それと同時にひんやりした感覚が手の中まですっと通って、手の甲に一瞬だけ白っぽく光る流線的で複雑な紋様が現れ、そして何事も無かったかのように消える。
「わぁ、……すごい。
これでわたし、おじちゃんのみこ?」
「まあ、そうだな。……いいか、やめたくなったら来年の冬にでも教えろよ」
「またそうやって、予防線ばっかり張って!」
これだから歳はとりたくないわ、とお姉さんがボヤけば、
「さっき自分でほぼ同い歳って……」
なんておじちゃんが自爆してお姉さんに睨まれる。
何が何だかよくわかってなかったけど、これで多分次の冬だっておじちゃんが見えるんだと確信を得たわたしは。
紋様の消えた右手を左手で大切に包みながら、その光景を見てクスクス楽しく笑っていた。
2010年代中盤前後のほのぼのした作品特有の、あの感じが欲しすぎて自分で書き上げたのがこれです。
ちゃんと再現できた気はぶっちゃけあんまりしてません。残念無念。
てか、あの雰囲気、最近あんま見なくないですか。
「それな」って思った方は是非、この下のリアクションとか☆とか押して帰ってくれると私が「だよね!?」って勝手に盛り上がって喜びます。




