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【第3章追加しました!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第1章

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第5話 不穏と結界



 湯気が立つティーカップに、鮮やかな緑色の液体が揺れている。

 ふわりと漂うのは、ミントに似た清涼感と、ほんのり甘い花の香り。


「どうぞ、召し上がってください」


 私は離宮のサロンで、休憩中の近衛騎士たちにお茶を振る舞っていた。

 庭で育てたハーブが収穫できたので、試しに乾燥させて淹れてみたのだ。


「い、いただきます! ミズキ様の淹れたお茶など、勿体無くて手が震えますが……」


 若い騎士の一人が、恐縮しながらカップを受け取る。

 彼は確か、先日の訓練中に腕を痛めたと言っていたはずだ。

 包帯を巻いた手が痛々しい。


「そんな大袈裟な。ただの自家製ハーブティーですよ。少しでもリラックスできればと思って」


 私の言葉に、彼は意を決したように一口飲んだ。

 ゴクリ。

 その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。


「う……うまいっ! なんだこれは、体がポカポカしてくるぞ!」

「おや、血行が良くなったみたいですね」


 騎士はカップの中身を一気に飲み干すと、驚いたように自分の右腕をさすった。


「あれ? 痛くない。……え? 嘘だろ?」


 彼は包帯を解き始めた。

 すると、そこにあったはずの赤黒い打撲痕が、きれいさっぱり消えていた。

 肌はツヤツヤで、まるで生まれたてのように健康的だ。


「な、治った……!? 医務室のポーションでも治らなかった古傷まで消えている!」


 サロン内がざわめいた。

 他の騎士たちも我先にとお茶を飲み始め、次々と「腰痛が消えた」「視力が回復した」と騒ぎ始めた。


(あら、思ったより効果があるみたい)


 私は首を傾げた。

 以前、実家で育てていた時は、父に飲ませても「ただの草の汁だ」と文句を言われただけだったのに。

 やはり、この離宮の土壌が良いのだろうか。

 それとも、私の「鎮静」の魔力を肥料代わりに注ぎすぎたせいだろうか。


「……何をしている」


 不意に、サロンの空気が凍りついた。

 入り口に、クラウス様が立っていた。

 その表情は、いつになく険しい。


「で、殿下! これはその、ミズキ様からお茶をいただきまして……」


 騎士たちが慌てて起立し、敬礼する。

 クラウス様は無言で騎士の元へ歩み寄ると、空になったカップを手に取り、残り香を嗅いだ。

 そして、私の顔を見て、深くため息をついた。


「ミズキ。この茶葉は、君が育てたものか?」

「はい。安眠効果のあるハーブと、滋養強壮に効く薬草をブレンドしてみました」

「……これは、最高級のエリクサーに匹敵する代物だぞ」


 エリクサー?

 あの、伝説級の万能薬のことだろうか。

 ただのハーブティーなのに。


「君の魔力が濃縮されているせいだ。……おい、お前たち」


 クラウス様が騎士たちに向き直る。

 その瞳が、鋭い氷のような光を放った。


「このお茶の効果について、他言は無用だ。家族にも話すな。もし外部に漏らせば、国家機密漏洩罪で処罰する」


「は、はいっ!」


 騎士たちが震え上がる。

 そんなに厳しい顔をしなくてもいいのに。

 ただのお茶話じゃないか。


「ミズキ、君もだ。今後、私が許可した者以外に、手作りの飲食物を振る舞うのは禁止する」

「ええー。作りすぎて余っているんですけど」

「余った分は私が全て消費する。……いいな?」


 クラウス様の有無を言わせぬ迫力に、私は頷くしかなかった。

 旦那様は、どうやら独占欲が強いらしい。

 美味しいお茶くらい、みんなで分ければいいのに。


 ***


 その日の夜。

 私はいつものようにクラウス様とベッドに入っていた。

 窓の外は静寂に包まれている。

 虫の声ひとつ聞こえない。


「……ねえ、クラウス様」

「なんだ」

「最近、外が静かすぎませんか? ここに来た当初は、もう少し鳥の声とか聞こえた気がするんですけど」


 私の問いに、クラウス様は一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 そして、私の頭をポンと撫でた。


「結界の強度を上げたんだ。君の安眠を妨げる雑音を遮断するためにな」

「まあ、ありがとうございます。どうりでよく眠れるわけですね」


 私は素直に感謝した。

 おかげで、ここ数日は一度も目を覚ますことなく朝を迎えられている。

 以前なら、ちょっとした物音でも目が覚めてしまうほど神経過敏だったのに。


「……外の世界のことなど、気にしなくていい。君はこの腕の中で、幸せな夢だけを見ていればいいんだ」


 クラウス様の声は優しかったけれど、どこか切羽詰まったような響きがあった。

 彼は私を抱き寄せる腕に力を込めた。

 まるで、何かから私を隠すかのように。


(何かあったのかな?)


 少しだけ気になったけれど、考えても仕方がない。

 私は「情報遮断」を条件に契約したのだ。

 都合の悪いことは知らない方が幸せだ。


 私はクラウス様の胸に顔を埋め、その温もりと匂いに包まれながら目を閉じた。

 今日もまた、深い眠りが私を待っている。


 ――その頃、結界の外で起きている騒動など、知る由もなく。


 ***


 王都、中央広場。

 そこでは、異様な光景が広がっていた。


「皆さん! 聞いてください!」


 演台に立ち、声を張り上げているのは、ピンク色の髪をなびかせたリナ男爵令嬢だった。

 その目には涙が浮かび、集まった群衆の同情を誘っている。


「私の大切な友人であるミズキ様が、悪逆非道な王太子殿下に拉致され、離宮に監禁されているのです!」


 群衆がざわめく。

 隣には、やつれた表情のデレク様が立っていた。


「本当だ! 僕は婚約者として彼女を助けに行こうとしたが、門前払いされた! あそこには恐ろしい結界が張られ、彼女の声すら届かない!」

「きっと、洗脳されているに違いありませんわ。かわいそうなミズキ様……」


 リナ嬢がハンカチで顔を覆うと、デレク様が彼女の肩を抱いた。

 その様子を見た一部の市民や、王太子に反感を持つ貴族たちが、同調するように声を上げる。


「王太子は暴君だ!」

「無垢な令嬢を解放しろ!」


 騒ぎは大きくなりつつあった。

 しかし、彼らは気づいていない。

 広場の隅で、地味な服装をした男たちが、その様子を冷ややかに監視し、発言者の一人一人を記録していることに。


 そして、離宮の奥深くにある寝室には、この騒音の欠片すら届いていないことに。


 私が知っているのは、旦那様の心地よい体温と、明日の朝食に何が出るかという楽しみだけ。

 外の世界がどれほど嵐でも、私のシェルターは完璧に守られているのだ。


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