第9話 未来への約束
王宮の玄関ホールに、積み上げられた荷物の山ができていた。
そのほとんどは、我が国の特産品である最高級の絹織物や、新作の魔導具、そして私が監修したお菓子たちだ。
アデルバート皇帝とソフィア女王が、それぞれの国へ持ち帰るお土産である。
「……随分と買われましたね」
私が呆れて言うと、アデルバート様は豪快に笑い飛ばした。
「何、必要経費だ。お前たちの国で使った金は、巡り巡って我が国の利益になる。経済とはそういうものだろう?」
「ええ、その通りです。おかげで今年の貿易収支は安泰ですわ」
冗談交じりに言葉を交わす。
今日で、賑やかだった共同生活も終わりだ。
彼らは国へ帰る。
それぞれの玉座が、主の帰還を待っているからだ。
「世話になったな、クラウス。……育児休暇とやらの代行、案外悪くなかったぞ」
「助かったよ、アデルバート。礼はたっぷり弾んだつもりだ」
クラウス様が荷物の山を指差す。
二人の王は、固い握手を交わした。
かつては剣を向け合った仲とは思えない、信頼に満ちた握手だ。
「レオン」
アデルバート様がしゃがみ込み、私の足元にいたレオンと視線を合わせた。
レオンは少し寂しそうな顔をしている。
この数日間、豪快なおじ様に遊んでもらうのが大好きだったからだ。
「強くなれよ。次に会う時は、剣の一本でも合わせられるようにな」
「うん! ボク、つよくなる!」
「よし。……もし私に娘ができたら、お前の嫁にやるかもしれんぞ? 覚悟しておけ」
アデルバート様が悪戯っぽく言うと、クラウス様が「断る!」と即答した。
大人たちのやり取りに、レオンはきょとんとしている。
意味は分かっていないようだけど、「期待されている」ことは伝わったようで、嬉しそうに頷いた。
「レオン様、わたくしのことも忘れないでくださいね」
ソフィア様が、優雅に扇子を閉じて微笑んだ。
彼女はレオンの手を取り、手の甲にキスをするふりをした。
「あなたが立派な魔術師になったら、スノーランドにいらっしゃい。世界で一番美しい氷の魔法を見せてあげますわ」
「ほんと? いく! ぜったいいく!」
「ふふ、約束ですよ。……困ったことがあれば、いつでも頼りなさい。おばさまは、いつだってあなたの味方です」
彼女はレオンをぎゅっと抱きしめた。
その姿を見て、私は胸が熱くなった。
この子たちの未来には、こんなにも頼もしい味方がいる。
北には最強の盾となる皇帝が。
隣には最高の知恵を持つ女王が。
彼らとの絆がある限り、レオンとルナの世界は平和であり続けるだろう。
私が「安眠」のために築き上げた関係は、子供たちを守る最強の要塞となったのだ。
「ミズキ様も、お元気で。……たまには、愚痴の手紙でも送ってくださいまし」
「ええ。育児の悩み相談に乗っていただきますよ」
私たちは微笑み合った。
王妃と女王という立場を超えた、戦友としての絆。
「じゃあな。……達者で暮らせよ」
アデルバート様がマントを翻し、馬車へと乗り込む。
ソフィア様も優雅に手を振り、続く。
御者が鞭を振るい、車輪が回り始めた。
遠ざかっていく馬車の列。
窓から、二人が手を振っているのが見えた。
「バイバイ! またねー!」
レオンが精一杯背伸びをして、大きく手を振る。
私の腕の中で、ルナも「あー」と声を上げた。
見えなくなるまで見送った後、ふと静寂が戻ってきた。
嵐のような数日間が過ぎ去り、いつもの穏やかな時間が帰ってくる。
「……行っちゃったね」
レオンが呟く。
「そうだな。でも、寂しくはないさ」
クラウス様がレオンを抱き上げ、肩車をした。
高い視点に、レオンが顔を輝かせる。
「彼らはそれぞれの国で、私たちと同じ空を見ている。……世界は繋がっているんだ」
クラウス様の言葉は、王としての実感と、友への信頼に満ちていた。
「さあ、戻ろうか。……そろそろ、ルナのお昼寝の時間だ」
「あら、私も眠くなってきました」
私が言うと、クラウス様はくすりと笑った。
「奇遇だな。私もだ。……久しぶりに、静かな午睡を楽しめそうだ」
私たちは顔を見合わせ、王宮の中へと歩き出した。
廊下に響く足音は、四人分。
かつて孤独だった私の人生は、こんなにも賑やかで、重たくて、温かいものになった。
寝室へ戻る。
そこには、特注のさらに大きなベッドが待っている。
四人で寝ても、誰も落ちない広さ。
私たちの、愛の巣。
「レオン、手をつなごう」
「うん!」
レオンが私の手を握る。
反対の手はクラウス様が握っている。
そして、私の腕の中にはルナ。
完璧な布陣だ。
これなら、どんな悪夢も怖くない。
扉を開ける。
柔らかな日差しが差し込む部屋へ。
私たちの物語の、最後のページを飾る場所へ。




