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【最終章完結!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
最終章

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第7話 銀の髪、金の瞳



「……おめでとうございます。元気な、姫君です」


 侍医長の声が、静寂を取り戻した部屋に染み渡った。

 先ほどまでの嵐の轟音も、私の絶叫も、すべてが嘘のように消え去っている。

 残っているのは、荒い呼吸の音と、新しい命の産声だけ。


「……連れてきて」


 私が手を伸ばすと、マリアが白い布に包まれた小さな塊を、恭しく抱えてきてくれた。

 温かい。

 そして、驚くほど軽い。


 私の腕の中に、その子は収まった。

 まだ目は開いていないけれど、濡れた髪は白銀に輝いている。

 クラウス様やレオンと同じ、王家の銀髪だ。


「……ミズキ」


 クラウス様が、私の肩を抱きながら覗き込んだ。

 その顔は涙と汗でぐしゃぐしゃだったけれど、今まで見たどの顔よりも優しかった。


「ありがとう。……よく頑張ったな」

「あなたこそ。……手を握っていてくれて、ありがとう」


 私は微笑み、腕の中の赤ちゃんを見つめた。

 その時、赤ちゃんがゆっくりと瞼を持ち上げた。


「……あっ」


 宝石のような瞳が見えた。

 それは私のような黒でも、クラウス様のような青でもなかった。

 溶かした黄金のような、神秘的な金色。

 王家の古い伝承にある、高貴な魔力を持つ証。


「金色の……瞳」


 クラウス様が息を呑んだ。


「美しい。……まるで、夜空に輝く月のようだ」

「月……」


 私は窓の外を見た。

 嵐雲が割れ、その隙間から薄明かりが差し込んでいる。

 夜明け前の空に、白く輝く月が残っていた。

 嵐の中でも決して消えることなく、私たちを見守っていた光。


「……ルナ。この子の名前は、ルナにしましょう」

「ルナ。……いい名前だ」


 クラウス様が指先で、ルナの小さな頬に触れる。

 ルナは、ふにゃりと顔を歪め、そして小さくあくびをした。

 レオンの時と同じだ。

 生まれた瞬間から、肝が据わっている。


「……ママ」


 ベッドの足元から、遠慮がちな声がした。

 レオンだ。

 彼はベッドの端にしがみつき、背伸びをして赤ちゃんを見ようとしていた。

 顔色は少し青白く、髪も乱れている。

 先ほどまで、必死で結界を維持してくれていたのだ。


「おいで、レオン。……あなたの妹よ」


 私が手招きすると、レオンは恐る恐る近づいてきた。

 クラウス様が彼を抱き上げ、ベッドの上に座らせる。


 レオンは、瞬きもせずにルナを見つめた。

 未知の生物を見るような、あるいは宝物を見るような目。


「……ちっちゃい」


 それが、お兄ちゃんとしての第一声だった。


「そうね。レオンも、昔はこれくらい小さかったのよ」

「ボクが?」

「ええ。……触ってみる?」


 私が促すと、レオンは自分の手を服でゴシゴシと拭いてから、そっとルナの手に指を伸ばした。

 触れるか触れないか、ギリギリの距離。

 その指先が、微かに震えている。


 ぎゅっ。


 ルナが、レオンの指を握り返した。

 反射的な動作かもしれない。

 でも、レオンにとっては衝撃的な出来事だったようだ。

 彼は目を見開き、口をぽかんと開けて固まった。


「……あったかい」


 レオンが呟く。

 その瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちた。


「ママ、あったかいよ。……いもうと、生きてる」

「そうよ。レオンが守ってくれたから、無事に生まれたのよ」


 私はレオンの頭を撫でた。

 魔力を使い果たした体は冷たくなっていたけれど、心は熱いくらいに温かいはずだ。


「ありがとう、お兄ちゃん。……ルナも、お兄ちゃんに会えて嬉しいって言ってるわ」

「ほんと?」

「ええ。だって、手を離さないでしょう?」


 ルナは、レオンの指を握ったまま、再びすやすやと眠り始めていた。

 その寝顔は安らかで、何の不安も感じていないようだ。

 最強の結界の中で生まれた彼女は、きっと誰よりも安心して眠れる子に育つだろう。


 カーテンの隙間から、眩しい光が差し込んできた。

 朝日だ。

 嵐は完全に過ぎ去り、空は洗われたように澄み渡っている。

 木々の雫が宝石のように輝き、世界が祝福に満ちていた。


「……夜が明けたな」


 クラウス様が、私と子供たちをまとめて抱きしめた。

 大きな腕。

 頼もしいパパの腕。


「ああ、幸せだ。……こんなに幸せで、いいのだろうか」

「いいに決まっています。私たちは、ちゃんと戦って、勝ち取ったんですから」


 私は彼の胸に頭を預けた。

 右腕にはルナ。

 左腕にはレオン。

 そして背中にはクラウス様。


 重い。

 温かい。

 愛おしい。


 これが、私の家族。

 かつて「一人で寝たい」と願っていた私が、手に入れた騒がしくて愛おしい重りたち。


 家族が増えた。

 ということは、これからはもっと忙しくなる。

 レオンのケアもしなきゃいけないし、ルナのお世話も待っている。

 クラウス様はまた親バカを発揮して、仕事をサボろうとするだろうから、お尻を叩かなきゃいけない。


 スローライフなんて、夢のまた夢かもしれない。

 でも。


(……悪くないわね)


 私は目を細めた。

 一人で見る夢より、四人で見る夢の方が、きっと楽しい。


「ねえ、クラウス様」

「ん?」

「ベッド、買い換えないといけませんね」

「そうだな。……特大サイズを注文しよう。四人で寝ても、誰も落ちないやつを」


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 レオンも、ルナの手を握ったまま、へらりと笑う。


 新しい一日が始まる。

 四人の生活が始まる。

 でも今は、もう少しだけ。

 この温もりの中で、泥のように眠っていたい。


「おやすみなさい、みんな」


 朝だけど、おやすみなさい。

 それは私たち家族にとって、最高の幸福の合言葉だ。


 私はルナの柔らかい髪に頬を寄せ、深い、深い安らぎの中へと落ちていった。


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