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【最終章完結!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

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第8話 皇帝の贈り物



「……信じられんな」


 テラスに用意されたランチの席で、アデルバート皇帝がフォークを止めて呟いた。

 彼の視線の先には、ベビーチェアに座り、離乳食のパン粥を旺盛な食欲で平らげているレオンがいる。


 昨夜、部屋中に雪を降らせ、窓ガラスを粉砕した「小さな暴君」の面影はどこにもない。

 今はただの、食いしん坊な赤ちゃんだ。

 時折、隣に座るクラウス様の方を見て、ニコニコと笑いかけている。


「昨夜のアレは幻覚だったのか? 今のこの子からは、暴走の気配など微塵も感じんぞ」

「幻覚ではありませんわ。私のドレスが凍りついたのは現実ですもの」


 ソフィア王女が優雅にサラダをつまみながら答える。


「ですが、見てください。レオン様の魔力が、クラウス陛下の魔力と共鳴して、綺麗な円環を描いています。……完全に制御されていますわ」


 ソフィアの言葉通り、魔力の見える者には分かるのだろう。

 レオンの周りには、穏やかで温かい光の膜ができている。

 それはクラウス様から供給され、私の「鎮静」で濾過された、安全な魔力だ。


「……私の血が、毒ではなかった証拠だ」


 クラウス様が、レオンの口元をナプキンで拭きながら、噛み締めるように言った。

 その横顔は晴れやかだ。

 憑き物が落ちた、とはこのことだろう。


「ふん。……まあ、結果オーライというやつか」


 アデルバートはワイングラスを傾け、どこか遠い目をした。


「魔力過多症は、確かに呪いだ。私も長年、その苦しみにのたうち回ってきた。だが……」


 彼は言葉を切り、レオンを真っ直ぐに見据えた。


「その膨大すぎる力は、飼い慣らすことさえできれば、世界を変える最強の武器になる。……この子は、私やクラウスを超える王になる素質がある」


 最強の王。

 その言葉の重みに、私は少しだけ背筋を伸ばした。

 親としては、ただ健康でいてくれればいいと思うけれど。

 王族として生まれた以上、彼には背負わなければならない宿命がある。


「アルカディア王妃よ。私からの出産祝い……には少し遅いが、贈り物をさせてくれ」

「贈り物、ですか? 十分いただいておりますが」

「物ではない。……知識だ」


 アデルバートは真剣な表情で言った。


「帝国の王立書庫には、古代魔法文明時代の文献が数多く眠っている。その中には、失われた『魔力制御術』や、高密度魔力の運用理論に関する書物もある」

「えっ……それは、国家機密レベルのものでは?」

「構わん。どうせ今の帝国の魔術師たちには解読できん代物だ。だが、お前たちなら……特に、その特異な魔力を持つレオンなら、役立てることができるだろう」


 彼はニヤリと笑った。


「書庫の閲覧権限を与えよう。好きなだけ写本を持っていくがいい。……将来、この子が力に振り回されず、力を御する賢王になるための助けになるはずだ」


 破格の申し出だった。

 知識は力だ。

 特にお金では買えない古代の叡智は、レオンの未来を切り開くための何よりの財産になる。


「……アデルバート。いいのか?」


 クラウス様が驚いたように尋ねる。

 アデルバートは肩をすくめた。


「未来の同盟国への投資だ。それに……私のような怪物を、これ以上増やしたくはないからな」


 その言葉には、彼の実感がこもっていた。

 孤独な怪物の苦しみを知る者としての、不器用な優しさ。


(……逃す手はありませんね)


 私はナプキンで口を拭い、スッと右手を上げた。


「マリア、筆記用具と羊皮紙を。今すぐ」

「は、はい!」


 マリアが飛んでくる。

 私はサラサラとペンを走らせた。


『覚書。ガレリア帝国はアルカディア王国に対し、王立書庫の閲覧権および文献の複写権を無期限で譲渡する。対象は第一王子レオンの教育に関する全資料とする』


 書き終えると、私はそれをアデルバートの前に差し出した。


「陛下。……感動的なお話の腰を折って恐縮ですが、サインをお願いします」

「……は?」

「皇帝陛下のお言葉ですもの、嘘はないと信じておりますが、万が一にも『言った言わない』になると外交問題ですので。……形にしておいた方が、お互いのためかと」


 私がニッコリと営業スマイルを向けると、アデルバートは呆気にとられ、それからテーブルを叩いて爆笑した。


「はははは! これだ! この抜け目のなさ! やはり敵わん!」

「ミズキ……君という人は……」


 クラウス様が額を押さえている。

 ソフィアも「さすがですわ」とクスクス笑っている。


 アデルバートは楽しそうにペンを取り、豪快にサインをした。


「いいだろう。契約成立だ。……お前たちの息子は、幸せ者だな。こんなに強欲で頼もしい母親がいて」

「ええ。この子の安眠のためなら、悪魔とだって契約してみせますよ」


 私は契約書を丁寧に折りたたみ、懐にしまった。

 これでレオンの将来の「教科書」は確保した。

 あとは、彼が健やかに育つ環境を守るだけだ。


「あー、うー!」


 レオンがパン粥を食べ終わり、声を上げた。

 何かを訴えるように、私とクラウス様、そしてアデルバートたちを交互に見ている。

 その瞳はキラキラと輝き、何か言葉を発しようと口を動かしている。


「おや? 何か言いたいのかしら」

「マンマ……?」


 空耳かもしれない。

 でも、確かに意味のある音の響きがした気がした。


「……今、喋りかけなかったか?」

「ええ、聞こえました。……もしかして」


 私たちは顔を見合わせた。

 成長は早い。

 魔力の安定と共に、彼の知性も急速に発達しているのかもしれない。


 風が吹き抜け、テラスの花々を揺らす。

 心地よい午後の光の中で、私たちの関係は「敵対」から「商売相手」へ、そして今、「家族ぐるみ付き合いの親友」へと変わろうとしていた。


 かつて私が望んだ「平穏」とは少し違うかもしれない。

 もっと騒がしくて、刺激的で、でも温かい日々。

 悪くない。

 むしろ、これ以上の幸せはないかもしれない。


 私はレオンの頭を撫でながら、この瞬間を心に刻んだ。

 最強の家族と、最強の友人たちに囲まれた、最高のランチタイムを。


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