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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第3章

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第5話 国境の会談



 窓の外を流れる景色は、いつしか見慣れた緑豊かな森から、荒涼とした荒れ野へと変わっていた。


 国境付近。

 かつては交易の要所として賑わっていた街道だが、今は人っ子一人いない。

 空は不気味な紫色に染まり、遠くで雷鳴のような低い音が絶え間なく響いている。


「……ミズキ。今からでも遅くない。引き返そう」


 揺れる馬車の中で、クラウス様が私の手を握りしめながら、何度目か分からない懇願を口にした。

 その顔色は、これから戦場に向かう王のものではなく、迷子になりそうな子供のように不安げだ。


「離宮に戻ってくれ。地下シェルターなら安全だ。皇帝の相手は私がする。殺さずに止めるよう、善処はするから」


 善処。

 つまり、殺してしまう可能性が高いということだ。

 彼の実力なら、暴走した皇帝を滅ぼすことは造作もないだろう。

 けれど、それでは意味がない。


「駄目です。これは、私にしかできない仕事ですから」


 私は彼の手を両手で包み込み、真っ直ぐにその青い瞳を見つめた。


「皇帝陛下は、私の魔力を求めてここまで来たのです。私が隠れれば、彼は私を探して国中を破壊し尽くすでしょう。……ここで会って、終わらせるのが一番被害が少ないのです」


 これは効率の問題だ。

 そして何より、顧客対応の鉄則だ。

 クレーム(暴走)客から逃げ回っても、事態は悪化するだけ。

 誠意を持って(物理的に)対応し、鎮めるしかない。


「それに、私には最強の護衛がついていますから」


 私は彼に微笑みかけた。


「世界で一番強くて、私のことを愛してくれている旦那様が隣にいるんです。これ以上、安全な場所なんてありませんよ」


 私の言葉に、クラウス様は息を呑み、それから観念したように肩を落とした。


「……君には敵わないな。ああ、そうだ。私の命に代えても、君の指一本触れさせない」


 彼は私を抱き寄せ、髪に口づけを落とした。

 その腕に込められた力が、彼の覚悟の重さを物語っていた。


 馬車が速度を落とす。

 到着したようだ。


「陛下、王妃殿下。最前線の砦に到着いたしました」


 御者の緊張した声。

 クラウス様が先に降り、私に手を差し伸べる。

 その手に掴まり、私は地面に降り立った。


 肌を刺すような、ピリピリとした空気。

 これは寒さではない。

 高濃度の魔力が大気中に充満しているのだ。


「……ひどい」


 砦の城壁の上から見た光景に、私は絶句した。

 北の方角。

 地平線の彼方から、黒い竜巻のようなものが近づいてきていた。

 あれが、皇帝だというのか。

 人ではない。

 あれは、歩く自然災害だ。


 通り過ぎた場所の木々はなぎ倒され、地面は抉れ、空さえも歪んでいる。

 その中心に、微かに人の形をした影が見える。


「報告通りだ。理性を失っている」


 クラウス様が剣の柄に手をかけ、私の前に立った。

 彼の背中からも、対抗するように青白いオーラが立ち上る。


「私の結界の内側にいろ。絶対に離れるな」

「はい」


 私は懐から、完成したばかりの『強制安眠石』を取り出した。

 手のひらサイズの青い宝石。

 この中には、私の全魔力が込められている。

 チャンスは一度きり。

 外せば、私に魔力を練り直す余力はない。


 ドォォォォォ……。


 地響きが大きくなる。

 暴走する皇帝との距離は、もう目と鼻の先だ。

 砦の兵士たちが恐怖に震え、後退りしている。

 無理もない。

 あんなものと戦えと言われても、人間の手には負えない。


 お腹の子が、ポコッと強く蹴った。

 怖いよね。ごめんね。

 でも、これが終われば、もう怖いものはなくなるから。


「……来ます!」


 誰かの叫び声と共に、黒い嵐が砦の目前に迫った。

 その中心で、獣のような咆哮が響く。


『ウオオオオオオオッ!!』


 言葉にならない叫び。

 けれど私には、その叫びの裏にある悲鳴が聞こえた気がした。

 痛い。

 苦しい。

 誰か、止めてくれ。

 眠らせてくれ。


 かつて、クラウス様が夜ごとに抱えていた孤独な悲鳴と同じだ。


(……待っていてください。今すぐ、楽にしてあげますから)


 私は石を握りしめ、一歩前に出た。

 クラウス様が展開した絶対防御の結界の中で、私は静かに呼吸を整える。


 これが最後の商談だ。

 私の安眠を脅かす最大のお客様に、最高の商品をお届けするために。


 嵐が、私たちの目の前で弾けた。


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