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【第4章追加しました!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第2章

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第9話 戴冠と祝福



 雲ひとつない青空が、どこまでも高く広がっていた。


 王都の空気を震わせるのは、教会の鐘の音と、地鳴りのような歓声だ。

 今日、この国に新しい王が誕生する。


「……気分はどうだ、ミズキ」


 控え室で、クラウス様が私の手を握りしめた。

 彼は白と金を基調とした豪奢な礼服に身を包み、その頭上にはまだ王冠はない。

 しかし、その姿はすでに王の風格を纏っていた。


「悪くありませんよ。お腹の子も、今日はおとなしいみたいです」

「無理はするなよ。少しでも辛くなったら、すぐに合図してくれ。式なんて中断して構わないから」


 真剣な顔で言う彼に、私は思わず笑ってしまった。

 即位式を中断だなんて、前代未聞だ。

 でも、この人は本気でやりかねない。


「大丈夫です。あなたの晴れ姿、一番近くで見届けさせてください」


 私は彼の手を握り返した。

 一ヶ月前、私たちはぶつかり合い、そして分かり合った。

 過保護な鳥籠の扉は開かれ、私たちは手を取り合ってここまで来た。

 今の私には、守られるだけの弱さはない。


「行こう、ミズキ。君と共に」


 クラウス様が腕を差し出す。

 私はその腕に手を添え、重厚な扉の向こうへと歩き出した。


 ***


 大聖堂の中は、厳粛な空気に満ちていた。

 ステンドグラスから降り注ぐ光の中、数百人の貴族や各国の要人が整列している。


 赤い絨毯の上を進む。

 以前なら、これだけの視線を浴びれば足がすくんでいただろう。

 「逃げたい」「眠りたい」と考えていたかもしれない。


 けれど今は、不思議と背筋が伸びていた。

 隣に彼がいるからだ。

 そして、お腹の中に新しい命がいるからだ。

 私がしっかりしなければ、この国の母として恥ずかしい。


 最前列の来賓席に、懐かしい顔を見つけた。

 ソフィア王女だ。

 スノーランドの正装である銀色のドレスを纏い、氷のように澄ました顔で立っている。


 私たちの視線が交差する。

 彼女はほんの一瞬だけ、口角を上げて微笑んだ。

 そして、小さく頷いた。


 『見事な手並みだったわ』

 『あなたこそ、素晴らしい交渉でした』


 言葉はなくとも、通じ合うものがあった。

 かつての恋敵候補であり、商売敵であり、そして今は信頼できるビジネスパートナー。

 彼女の参列は、我が国とスノーランドの雪解けを象徴していた。


 祭壇の前で、私たちは跪く。

 大司教の手によって、クラウス様の頭上に重厚な王冠が授けられる。

 続いて、私の頭上にも、やや小ぶりな王妃の冠が載せられた。


 ずしりとした重み。

 それは宝石や金属の重さではない。

 国を背負うという責任の重さだ。

 以前の私なら押し潰されていたかもしれないその重圧を、今の私は心地よい緊張感として受け止めていた。


「新国王陛下、万歳! 新王妃陛下、万歳!」


 大司教の声に合わせて、参列者たちが唱和する。

 トランペットが高らかに鳴り響く。


 クラウス様が立ち上がり、私の手を取って立たせてくれた。

 その掌は温かく、汗ばんでいた。

 彼もまた、緊張していたのだ。

 人間らしい彼の一面に、私は愛しさがこみ上げる。


 私たちは並んで祭壇を背にし、参列者たちに向き直った。

 割れんばかりの拍手が、私たちを包み込む。


 ***


 儀式を終え、私たちは王宮のバルコニーへと移動した。

 広場を埋め尽くす国民への、最初のお披露目だ。


 太陽が眩しい。

 眼下には、色とりどりの旗を振る人々の波。

 彼らの歓声が、風に乗ってここまで届いてくる。


「……すごい」


 私は圧倒されそうになった。

 これほど多くの人々が、私たちを見て、期待し、祝福してくれている。

 かつて「悪役令嬢」と呼ばれ、後ろ指を指されていた私を、彼らは今「王妃」として受け入れてくれているのだ。


「怖いか、ミズキ」


 隣でクラウス様が尋ねてきた。

 私は首を横に振った。


「いいえ。……誇らしいです」


 私は一歩前に出た。

 手すりに手をかけ、大きく手を振る。

 歓声がさらに大きくなった。


 逃げない。

 隠れない。

 私はここで生きていく。

 この人と、生まれてくる子供と、そしてこの国の人々と共に。


 クラウス様も私の隣に並び、手を振った。

 そして、不意に私の腰を引き寄せ、観衆の目の前だというのに、私のこめかみにキスをした。


「キャーーーーッ!」


 広場から黄色い悲鳴が上がる。

 私は顔が沸騰しそうになった。


「ちょっ、クラウス様! みんな見てます!」

「見せつければいい。私がどれほど妻を愛しているか、国民全員に知らしめてやる」


 彼は悪びれもせず、ニヤリと笑った。

 まったく、この人は。

 国王になっても、中身はあの「妻依存症」の王太子のままだ。

 でも、それが嬉しい。


 公的な王と王妃としての顔。

 私的な夫と妻としての顔。

 その二つが、今ここで完全に融合した気がした。

 どちらかを犠牲にする必要はない。

 私たちは、両方を抱えたまま幸せになれる。


 風が吹き抜ける。

 春の匂いがした。

 私が離宮の庭で育てた花々の香りが、ここまで届いているのかもしれない。


 ここが私の居場所だ。

 もう、どこへも逃げる必要はない。

 最高の寝床は、この国の中心にある。


 私は満ち足りた気持ちで、青い空を見上げた。

 今日の昼寝は、きっと素晴らしいものになるだろう。


 式典の興奮冷めやらぬまま、夜が近づいてくる。

 二人きりになって、ゆっくりと語り合う時間が待ち遠しい。


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