表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第4章追加しました!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/40

第8話 共同戦線



 なぜ、私たちはもっと早くこうしなかったのでしょうか?


 ふかふかの枕に背を預けたまま、私は手元の羊皮紙に視線を走らせた。

 そこには、完璧な計算式と、冷徹なまでの合理的思考で構成された「未来」が描かれていた。


「……信じられないな」


 ベッドの脇に腰掛けたクラウス様が、同じ書類の写しを見ながら唸った。

 その声には、呆れと、隠しきれない賞賛が混じっている。


「スノーランド側からの関税撤廃要求に対し、我が国からの技術者派遣と製造ラインの共有で応じる。さらに、加工後の魔石利益は両国で五分五分……。こちらの保守派も文句のつけようがない、完璧な落とし所だ」


 ソフィア王女からの書状は、単なる挨拶状ではなかった。

 それは、両国の長年の懸案事項を一気に解決へと導く、黄金の設計図だった。


 私が昨日のお茶会で提案した、「私の魔力を触媒にした洗浄技術の提供」。

 ソフィア王女はそれを瞬時に理解し、具体的な数字と条文へと落とし込んでみせたのだ。

 しかも、あの大混乱の去り際に、涼しい顔をして。


「彼女、仕事が早すぎますね。さすがは『氷の王女』です」

「君もだ、ミズキ」


 クラウス様が書類を置き、私をじっと見つめた。

 その青い瞳は、熱っぽく輝いている。


「君はこの一ヶ月、離宮から一歩も出ていない。誰とも会わず、ただ寝て過ごしていたはずだ。それなのに、いつの間にスノーランドの台所事情を把握し、こんな交渉をまとめたんだ?」


「……企業秘密です」


 私は悪戯っぽく微笑んでみせた。

 エルヴィンとの密会や、シーツの下に隠した手紙のことは、まだ内緒にしておこう。

 全部ばらしてしまっては、ミステリアスな妻の威厳がなくなってしまうから。


「君は、ベッドの上から国を動かしたのか」

「人聞きが悪いですね。私はただ、美味しいタルトを食べながら、お友達とおしゃべりをしただけですよ」

「……恐ろしい妻だ」


 クラウス様は苦笑し、私の手を取った。

 その手は温かく、もう昨夜のような冷たい拒絶は微塵もない。


「クラウス様。お願いがあります」


 私は握り返し、彼の目を真っ直ぐに見据えた。

 今なら言える。

 私の本当の望みを。


「これからは、私に隠し事をしないでください。悪いニュースでも、難しい問題でも、全部共有してください」

「……君に心配をかけることになるぞ?」

「構いません。何も知らされずに鳥籠の中で震えている方が、よっぽど体に毒です」


 私は、お腹に手を当てた。

 まだ小さな命。

 でも、この子はきっと、私たちが思っているよりずっと強い。


「私はあなたの『鎮静』薬です。あなたが不安で眠れないなら、私がその不安ごと抱きしめて溶かします。だから、一人で抱え込まないでください」

「ミズキ……」

「それに、私の事務処理能力を甘く見ないでくださいね? あなたの執務室の書類、今の倍の速度で片付ける自信がありますから」


 私が胸を張ると、クラウス様は吹き出した。

 久しぶりに見る、心からの笑顔だった。

 肩の力が抜け、憑き物が落ちたように表情が柔らかくなる。


「ああ、そうだったな。君は私の有能な『影の宰相』だった」

「違います。抱き枕兼、経理担当です」


 クラウス様は私の手を引き寄せ、甲に深く口づけを落とした。

 それは契約の印ではなく、騎士が主君に捧げるような、あるいは共犯者が誓いを立てるような、重みのあるキスだった。


「分かった。約束しよう。これからは君を蚊帳の外には置かない。君の知恵と強さを借りるよ」

「はい。喜んでお貸しします」


 契約成立。

 私たちは、ただの「守る・守られる」関係から、背中を預け合うパートナーへと進化したのだ。


 その時、ふとクラウス様が真顔になった。


「だが、一つだけ条件がある」

「条件?」

「無理はしないことだ。今日のように倒れられたら、私の心臓が持たない。仕事をする時は、必ず私の目の届く範囲で、休憩を挟みながらやること」

「……過保護は直っていないようですね」

「当然だ。君は私の命そのものなんだから」


 開き直ったような彼の言葉に、私は呆れつつも、胸が温かくなるのを感じた。

 まあいいでしょう。

 それくらいなら、妥協してあげてもいい。


「では、早速仕事です」


 クラウス様はソフィア王女からの書状を指差した。


「この提案、基本的に承認するつもりだが、細部の詰めが必要だ。特に、君の魔力をどうやって安定供給するか。君に負担がかからない方法を考えなければならない」

「魔石に私の魔力を封入して、それを希釈して使うのはどうでしょう? それなら、私が直接現場に行かなくても済みます」

「なるほど。魔力タンクの原理か。それなら王宮の魔導具師に試作させよう」


 私たちはベッドの上で、国の未来を左右する議論を始めた。

 熱を帯びた会話。

 次々と生まれるアイデア。

 それは、どんな甘い言葉よりも刺激的で、私たちの絆を深めてくれる時間だった。


 ひとしきり話し合い、方針が固まった頃。

 窓の外はすっかり暗くなっていた。


「……さて。仕事の話はこれくらいにして」


 クラウス様が書類をサイドテーブルに置き、改めて私に向き直った。

 その表情が、王太子の顔から、夫の顔へと変わる。


「もう一つ、報告があるんだ」

「何ですか? まだ隠し事があったんですか?」

「いや、隠していたわけではない。……決まったんだ」


 彼は深く息を吸い込み、告げた。


「即位式の日取りが決定した。来月の満月の日だ」


 即位式。

 ついに、その時が来る。

 彼が名実ともにこの国の王となり、私が王妃となる日。


「……覚悟はできているか、ミズキ」

「ええ、もちろん」


 私は微笑んだ。

 不安がないと言えば嘘になる。

 王妃という重圧、責任、そしてこれから生まれてくる子供のこと。

 考えればキリがない。


 でも、今の私には最強の味方がいる。

 そして、私も彼の最強の味方だ。


「あなたが隣にいてくれるなら、どんな未来でも楽しみです」

「私もだ。君となら、どんな困難も乗り越えられる気がする」


 クラウス様が私を抱きしめる。

 その腕の中で、私は確信した。

 私たちはもう、大丈夫だと。


 長い夜が明けていく。

 私たちの新しい時代が、もうすぐ始まろうとしている。


「今日はもう寝よう。明日は忙しくなるぞ」

「はい。……おやすみなさい、あなた」


 私たちは寄り添い、目を閉じた。

 背を向けて眠った昨夜とは違う。

 しっかりと体温を確かめ合い、同じ夢を見るために。


 来月の満月。

 その日が、私たちの本当の始まりになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ