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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第2章

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第4話 秘密の会合



 離宮の温室は、ガラス越しに歪んだ空を切り取っている。


 エルヴィンへの手紙を託してから、数日が経過した午後のことだ。

 私は日課となった散歩を装い、警備兵たちの交代時間を狙って温室の裏手へと回り込んだ。

 そこは巨大な熱帯植物の葉が茂り、外部からの視線が遮られる唯一の死角だ。


 湿った土の匂いに混じって、懐かしいインクと紙の匂いがした気がした。


「……お久しぶりです、お嬢様。いえ、今は妃殿下とお呼びすべきですね」


 葉の陰から現れたのは、茶色の髪を目立たないように切り揃えた、地味な身なりの青年だった。

 エルヴィン。

 かつて実家の公爵家で私直属の文官として働き、私が追い出された後はその能力を買われて財務省へ移った、優秀な元部下だ。


「エルヴィン。来てくれてありがとう。危険はなかった?」

「洗濯係の親戚に感謝してください。汚れたシーツの中に紛れるのは、あまり良い気分ではありませんでしたが」


 彼は苦笑しながら、鼻眼鏡の位置を直した。

 その仕草が変わっていないことに、私は少しだけ安堵した。

 ここには、私を「壊れ物」扱いしない、対等な仕事仲間がいる。


「時間はあまりないわ。単刀直入に教えて。ソフィア王女は何を求めているの?」


 私が尋ねると、エルヴィンは表情を引き締め、懐から一枚のメモを取り出した。


「さすが、話が早くて助かります。……結論から申し上げますと、スノーランド側は『魔導石輸出入条約』の改正を求めています」


「条約改正?」

「はい。現在の条約は、我が国がスノーランド産の魔導石を安価で独占輸入できる代わりに、加工品を高値で売りつけるという、いわゆる不平等条約です。ソフィア殿下はこれを撤廃し、関税の引き下げと技術供与を求めています」


 なるほど。

 私は顎に手を当てて考え込んだ。

 スノーランドは寒冷地で資源は乏しいが、高品質な魔導石の産地だ。

 一方、我が国は魔導技術が発展しており、魔石を加工して魔道具を作る技術に長けている。


「正当な要求ね。むしろ、今までよく我慢していたわ」

「ええ。ですが、我が国の保守派貴族たちは既得権益を手放したくない。そこで交渉は難航しています。……ソフィア殿下は、その膠着状態を打破するための『梃子てこ』として、あなた様を利用しているのです」


 エルヴィンが痛ましげに私を見た。


「『現王太子妃は無能であり、次期王妃としての資質に欠ける。そのような不安定な王家と長期的な同盟は結べない』……そう吹聴することで、王太子殿下の政治的基盤を揺さぶり、譲歩を引き出そうとしているのです」


 点と線が繋がった。

 なぜ彼女が私を「何もしていない」と嘲笑ったのか。

 なぜクラウス様が私に情報を遮断したのか。


 クラウス様は、不平等条約の改正という政治的難題と戦いながら、同時に私への個人攻撃を防ごうとしていたのだ。

 身重の私に余計な心配をかけまいと、全てを一人で背負い込んで。


「……馬鹿な人」


 愛しさとともに、胸の奥からふつふつと熱いものが込み上げてきた。

 それは怒りではない。

 久しぶりに感じる、武者震いのような高揚感だった。


 私は守られているだけの、か弱いお姫様ではない。

 元社畜で、数字と交渉の世界で生きてきた女だ。


「エルヴィン。スノーランドの魔導石、品質にばらつきがあるという報告は上がっている?」

「えっ? あ、はい。採掘技術が古いため、不純物が混じることが多いと聞いています。それが加工時のコストを押し上げている原因の一つでもあります」

「なら、話は早いわ」


 私は温室の棚に並ぶ、実験中の鉢植えに視線をやった。

 そこには、私の「鎮静」の魔力を注いで育てた、異常なほど純度の高い結晶草が育っている。


「私の魔力と、我が国の最新の洗浄技術を組み合わせれば、彼らの悩みを解決できるかもしれない。……ビジネスチャンスよ」


 私がニヤリと笑うと、エルヴィンは数秒間ぽかんとした後、懐かしそうに吹き出した。


「ははっ……その顔です。久しぶりに見ました、お嬢様の『悪巧み』の顔」

「失礼ね。『業務改善』と言ってちょうだい」


 私は彼にメモを返した。


「ありがとう、エルヴィン。状況は把握したわ。あとは私がなんとかする」

「どうされるおつもりで?」

「お茶会を開くの。女同士の、腹を割った話し合いをね」


 エルヴィンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに深く頭を下げた。


「承知いたしました。私は王宮に戻り、財務省側から条約改正の試算表を準備しておきます。……ご武運を」

「ええ。あなたも気をつけて」


 彼は音もなく茂みの奥へと消えていった。

 私は一人、温室に残された。


 心臓が早鐘を打っている。

 これは、クラウス様への裏切りに近い行為かもしれない。

 彼が必死に遠ざけようとした「政治」と「争い」の場に、自ら飛び込むのだから。


 でも、もう決めた。

 ただベッドの上で彼の帰りを待ち、疲れた顔を見るだけの生活は終わりにする。

 私が動けば、彼が不利になる?

 いいえ、逆だ。

 私が動くことで、彼の手札を増やしてあげるのだ。


 私は温室を出て、自室へと戻った。

 誰にも見つからないように、慎重に、しかし足取りは軽く。


 部屋に戻ると、すぐに最高級の便箋を取り出した。

 宛名は、ソフィア・フォン・スノーランド王女殿下。


 『春の日差しが心地よい季節となりました。先日のお詫びと、おいしいお菓子のご紹介を兼ねて、内密にお茶でもいかがでしょうか』


 当たり障りのない文面。

 けれど、行間に「取引に応じる用意がある」というニュアンスを込める。

 彼女ほど聡明な女性なら、この招待状の意味を正しく読み取るはずだ。


 ペンを置く。

 インクの匂いが、私を「仕事」の世界へと引き戻してくれる。


 眠気なんて、どこかへ吹き飛んでいた。

 今の私は、誰よりも目が冴えている。

 

 さあ、反撃の時間だ。

 私の安眠と、愛する夫の笑顔を取り戻すために。


 私は招待状に封をし、マリアを呼ぶためのベルに手を伸ばした。

 この手紙を、公式ルートではない「裏のルート(エルヴィン経由)」で届けるために。


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