学院祭01
そろそろ冬の足音が聞こえ始めている。
僕がこの学院に入って、もう少しで一年が経とうとしてた。
「ねぇ。アル君。今年の学院祭のことなんだけどね」
「学院祭ですか?」
「ええ。ああ、そうね。アル君は知らないわよね」
「はい」
「この学院ではね、年に一回冬至の日に合わせてお祭りがあるの。それで、学院の全クラスがなにかしら出し物だったりをするんだけど、うちのクラスは何がいいか今度みんなで話し合うのね? で、一応、級長としていくつか候補を上げておこうと思ってるんだけど、ちょっと悩んでて」
「そうなんですね。ちなみに、現時点でどんな風に考えているんですか?」
「うん。大まかに分けると、屋台系か舞台系、それに展示系の三種類かな? それで、屋台系と舞台系は人気だし、ちゃんと場所取りなんかの申請をしなきゃいけないから早めに内容を決めないといけないの。でも、なかなかいい案を思いつかなくて……」
「うーん、そうですねぇ……。舞台っていうのはなんだかよくわかりませんが、演奏したり踊ったりでしょうか? それはちょっと大変そうですね。屋台だったら焼きそばやハンバーガー、綿飴なんかの食べ物系もいいですし、的当てみたいな遊戯系もいいですよね」
「あら。的当てってなぁに?」
「おもちゃの弓矢で小さな的を狙ってその的を倒せたら景品がもらえるっていうやつです。景品は買ってきたものでもいいですし、村では職人さんが手作りしてたりしましたね」
「あら。それは面白そうね。景品はモノづくりが得意な人たちに自作してもらえばそこまで予算を食わないだろうし、候補に入れておこうかしら?」
「いいと思いますよ。弓矢にちょっと細工して当たりにくくしておけばけっこう盛り上がりますし」
「あら。そんな細工しちゃってズルにならない?」
「あはは。ズルといえばズルですけど、簡単に当たるより盛り上がりますよ?」
「そうなのね。うふふ。なんだか楽しそう」
「はい。きっと盛り上がりますよ」
そんな会話をアンネさんとしたのが、きっかけで今年の一組の出し物は的当ての屋台に決まる。
「弓矢の細工は任せときな」
とミシェルが言ったのに続き、物作りが好きな子達からも、
「簡単な魔導回路で手足が動くぬいぐるみとかいいかも!」
「あら。それだったら魔導オルゴールなんかもよさそうよ?」
「そうね。だったら私はちょっとした生活魔法が付与されたアクセサリーを作るわ」
と言うような声が上がり、みんな楽しそうに準備に取り掛かることになった。
その日から屋台を組み立てたり的を作ったりと放課後はみんなでワイワイやる時間が増える。
毎日遅くなりながらも楽しそうに帰ってくる僕を見て、メルもなんだか嬉しそうに、
「今日も一日お疲れ様でした」
と言ってくれる日が続いた。
そして、迎えたお祭り当日。
学院中が賑やかな雰囲気に包まれる。
この日は一般にも学院を解放するということで、父兄を中心にいろんな人が学院に来ていた。
「いよいよね」
「はい。まずはしっかり店番を頑張りましょう」
「ええ。よろしくね」
と話している僕とアンネさんの元に、
「お姉様っ!」
という元気な声がして小さな女の子が駆け寄ってくる。
「あら。リーシャ。来てくれたの!?」
とアンネさんが応じたからきっとアンネさんの妹さんなんだろう。
リーシャと呼ばれた女の子はぎゅっとアンネさんに抱き着き、また、
「お姉様っ!」
と叫ぶように言って、アンネさんに甘えるように頬を擦り付け始めた。
「あらあら。リーシャったら、甘えん坊さんね」
と言いつつアンネさんの顔も嬉しそうだ。
そんな姉妹の仲良しな姿を見て、僕がほっこりしているところに今度は、
「元気そうね。アンネ」
と、いかにもおしとやかな声が掛けられる。
すると今度はアンネさんが、
「お母様!」
と言って、その女性に抱き着いた。
「あらあら。うふふ。元気だった?」
「はい!」
「今日はしっかり働いているところを見せてもらいにきましたよ」
「はい。是非遊んでいってください」
「うふふ。ここは何をする屋台なの?」
「的当てでしてよ。お母様。このおもちゃの弓矢であの的を狙うんです。そして、的を倒すことができたら、景品がもらえるっていう仕組みなんですよ」
「あら。それは面白そうね。リーシャ。やってみる?」
「はい!」
という流れで最初のお客さんが決まったようなので、僕はさっそくミシェル特製の当たりにくい弓矢を持ってくる。
すると、アンネさんのお母様が僕に向かって、
「あら。もしかしてあなたがアル君?」
と訊ねてきた。
「はい。そうです。アンネさんにはいつもお世話になっています」
「あら。小さいのにちゃんとご挨拶できて偉いわね。こちらこそいつも娘がお世話になっているようでありがとう。私はアンネの母でリーゼロッテよ。リズおばさんって呼んでね」
「はい。えっと、リズさん」
「うふふ。話に聞いていた通り、とってもいい子ね」
「……あはは。ありがとうございます」
「うふふ。じゃあ、さっそくやってみようかしら」
「はい。弓矢はちゃんと飛ばないように細工されてますから、けっこう難易度高めですよ。コツはあまり狙いをつけ過ぎず、思いっきり放つことです」
「だ、そうよ。リーシャ。わかった?」
「はい!」
と元気に返事をするリーシャちゃんに、
「まずはあの大きいのを狙ってごらん。あ、魔法はなしだよ」
と助言を送って弓矢の構え方なんかを軽く教える。
リーシャちゃんはドキドキワクワクしたような表情で思いっきり弓を引き、矢を放った。
しかし、矢は外れて的は倒れない。
「あ! 全然当たらなかったぁ……」
とシュンとするリーシャちゃんに、
「あと四回できるからね。もう一度挑戦してごらん」
というとリーシャちゃんは、嬉しそうに、
「うん。ありがとう。お兄ちゃん」
と言ってまた弓をつがえた。
そして、四本打ち終わり最後の一本になる。
どうやらリーシャちゃんはまだ力が弱く強く矢を放てないようだ。
(このくらいの小さな子でも扱えるような弓矢にしておけばよかったのかな?)
と若干反省しつつ、泣きそうな顔になっているリーシャちゃんに、
「最後はお兄ちゃんがちょっと手伝ってあげるね。一緒に頑張ろう」
と声を掛け、後ろからそっと手を添えてあげる。
「いくよ」
と声を掛け、弓を引くと先ほどよりも大きく弓がしなった。
「今だよ」
と言って手を放すと矢が勢いよく飛んでいく。
矢は不規則な軌道を描きつつも一番大きな的に当たった。
「やった! 当たった!」
と無邪気に喜ぶリーシャちゃんに、
「よかったわね。おめでとう。六等賞だからぬいぐるみさんよ。リーシャの好きなウサギさんにしましょうか」
と言ってアンネさんが景品を渡す。
するとリーシャちゃんはぱっと顔をほころばせ、
「やった! ありがとう、お姉様!」
と言い、アンネさんに抱き着いた。
「うふふ。よかったわね。後でお店番が終わったら案内するから、もう少し他の所を見て回ってきてね」
「はい!」
「うふふ。いい子ね。また後で会いましょう」
「はい! お姉様、バイバイ!」
と言っていったんその場から離れていくリーシャちゃんとリズさんを見送る。
「手伝ってくれてありがとう。リーシャ喜んでたわ」
「いえ。喜んでもらえて僕も嬉しかったです」
「うふふ。アル君はいい子ね」
「やめてくださいよ、小さい子じゃないんですから」
「あら。ごめんなさい」
と言ってクスクス笑うアンネさんはいつものアンネさんとは違い、どこか子供っぽい感じに見えた。
その後も、時折やってくる子供連れのお客さんを相手に順調に店番をこなしていく。
一等賞を狙おうと必死な子もいれば、確実に六等賞を取りに行こうとする子もいて、僕はなんだかクルニ村のお祭りでリリカちゃんライラちゃんたちと一緒に的当てをやった時のことを思い出してしまった。
(二人とも元気かな?)
と思うと少ししんみりした気分になる。
そんな僕を心配したのかアンネさんが、
「疲れた? そろそろ交代の時間だから少し休んでいていいわよ?」
と気遣うようなことを言ってきてくれた。
「いえ。大丈夫です」
と答えてまた元気に店番に戻る。
するとそこへ交代の人たちがやってきたので、僕とアンネさんは店番を交代し、それぞれ学院祭を楽しむために出掛けていった。




