初めての冒険実習03
「アル君、大丈夫!?」
と心配そうに言ってくれるアンネさんに、
「はい。ただのゴブリンでしたから」
と苦笑いで伝える。
そこへ護衛の騎士さんが、
「よし。全員そろったな。退避だ。騎士の指示にしたがって静かに行動してくれ。もう心配いらんぞ」
と言ってくれたので、僕らは大人しく指示に従い、野営地へと戻っていった。
「みんな大丈夫か? 気分の悪いものは正直に申し出てくれ」
という騎士さんたちの声に何人かが気分が悪いと訴え、その場で手当てを受けている。
僕は、
(そうだよね。初めて魔獣を見た人からすれば気持ち悪くもなるよ)
と思いつつ、介抱する側に回った。
青ざめた顔のシャルさんやノンナさんに水を上げ、落ち着くよう背中をさすってあげる。
アンネさんは意外にも気丈にしていたが、やはりその表情は硬かった。
「いやぁ、すごかったね。さすがだよ」
と言ってくれるリエラさんに、
「すみません。とっさに飛び出してしまいました」
と反省の言葉を口にする。
今にして思えば僕はみんなの護衛に回って騎士さんたちに任せた方が良かったのだろう。
しかし、咄嗟のことに僕は思わず飛び出してしまった。
(こういう時、もっと冷静に判断できるようにならないとなぁ……)
と素直に反省する。
そこへ事態に対処していたであろう騎士さんたちが戻って来て、
「全て片付いた。もう心配ないぞ。今日はもう遅いから不安だろうがここで一夜を明かしてもらう。明日は早いから各々しっかり体を休めるように」
と、これからの行動を指示してくれた。
指示に従ってテントに入る。
(僕は慣れたものだけど、みんな不安がってるんだろうな……)
と思うと少し心配な気もしたが、僕の横でさっさと眠ってしまったミシェルを見ていると、なんだか僕も安心していつもと変わらない気持ちでゆっくりと体を休めることができた。
翌朝。
夜明けとともに起き出し、帰路を急ぐ。
本来なら、昨晩はキャンプファイアやバーベキューを楽しみ、今日もゆっくりと出発する予定だったらしい。
そんな楽しみをぶち壊してくれたゴブリンに僕はちょっとした憤りを感じながらも、不安がるアンネさんたちを気遣い急いで森を出て行った。
森を出るとすぐに用意されていた馬車に乗り込み、そのままその場を後にする。
アンネさんたちもようやく安心したのか、ほっとした表情で行動食を口にしていた。
やがて宿に到着する。
みんなやっと屋根のあるところで休めると喜びほっとしているようだった。
その様子を見て僕もほっとひと息吐き、部屋に入って軽くお風呂を済ませる。
するとそこへ扉を叩く音がして、ハミング先生がやってきた。
「疲れているところすまんな」
「いえ。大丈夫です」
「一応念のために様子を見ておこうっていうのと、出来れば状況を詳しく聞きたいと思ってな」
「はい。体も心もなんの問題もありません。それよりみんなが心配です。あと、状況はゴブリンがこん棒を持っていたりしたので、咄嗟にリーダー付きの集団だと判断しました。それで、まずはリーダーを叩いて殲滅戦に持っていった方がいいだろうと思って飛び出してしまいました。勝手な行動をとってすみません」
「いや。結果的にいい判断だった。ただ、これからは騎士の指示に従うことを優先してくれ」
「はい」
と簡単に総括したところで、少し話の方向性が変わる。
「今日見て思ったんだが、アル。君とリエラにはこれからたまに騎士団の訓練にも加わってもらうことにした。二人とも個人的な実力は申し分ないから、集団戦の基礎を学んでもらおうという意図なんだが、どうだ?」
という思わぬ提案に僕は少し戸惑ったが、自分の知らないことを学べるのはいい経験になると思って、
「わかりました。よろしくお願いします」
と答えた。
「じゃあ、詳しいことはまた後日詰めよう。学院長にはこちらから話を通しておく」
と言ってくれるハミング先生を見送り、とりあえずベッドに体を投げ出す。
別に疲れていたわけではないが、自分にはまだまだ足りないところがたくさんあるんだと思うと、なんだかため息を吐きたい気持ちになった。
(こんな時、デイジーがいてくれればなぁ……)
と思い少し寂しい首元を撫でる。
そして、僕は、
(やっぱりまだまだ僕は子供だ)
と当たり前のことを思うと、また静かにため息を吐き、そのままそっと目を閉じた。
それからは順調に行程を重ね、無事学院にたどり着く。
この冒険実習で得た教訓はそれぞれにあったらしく、
アンネさんやノンナさんは、
「魔導の技術で冒険者や騎士が少しでも安全に行動できるように頑張らなくてはいけませんね」
と意気込みを新たにしていたし、リエラさんも、
「もっと魔獣に慣れて私もアルくらい戦えるようにならなくっちゃ」
と気合を入れなおしていた。
そんなみんなを見て、僕も密かに気合を入れなおす。
(大丈夫。僕はまだまだこれからだ。だからいつまでも引きずらずこれからも頑張らないとね)
と思って寮の部屋に戻ると、
「きゅきゅっ!」(アルっ!)
と鳴いてデイジーが飛びついてきた。
そして、メルもそばに寄ってきて、
「おかえりなさいませ」
といつもの笑顔を見せてくれる。
僕はその笑顔を見て、安心したのか、いつもより少し子供っぽい感じで、
「ただいま!」
と元気に応えた。
その後、明日からはデイジーも一緒に授業を受けていいことになったという報告を聞き、またデイジーと喜びを分かち合う。
そして僕は久しぶりにデイジーのモフモフを感じ今度こそ本当に安心してゆっくりと眠りに就いた。
翌日。
さっそくデイジーを連れて朝食の席に向かう。
「きゅきゅっ!」
と嬉しそうに鳴くデイジーにサンドイッチを食べさせてあげていると、そこへいつものようにアンネさんがやってきた。
「あら! まぁ! その子が噂のデイジーちゃん?」
と挨拶もそこそこにデイジーに釘付けになっているアンネさんに、
「はい。ようやく授業に連れて行ってもいいという許可がおりました」
と言いつつデイジーを紹介する。
デイジーは最初こそ少し緊張したような様子だったが、すぐに、
「きゅぃっ!」(アル。この子の魔力とっても優しいよ!)
と嬉しそうに言ってアンネさんにも遠慮なく甘え始めた。
「うふふ。なんて可愛らしいのかしら……。ああ、このままお家に連れて帰りたいわ」
「僕の大切なお友達なんで、それはちょっと……」
「うふふ。半分冗談よ」
「あはは。じゃあ半分は本気なんでか?」
「ええ。もちろん」
と楽しく会話を交わしいつも通り連れ立って教室に向かう。
そして、いつも通り難しくて楽しい授業が始まった。
その何気ない日常を心から愛おしく思う。
(この日常がいつまでも日常であり続ける世界を僕はこれから守っていくんだな……)
と思うと、自然と気持ちが引き締まった。
何気なく見上げた空が青い。
それが僕にはこの幸せな日常の象徴のように思えてしょうがなかった。




