クルニ村03
訓練場に向かう道すがら、
「よし。訓練の前にまずは魔力測定だな」
とユリウスさんが気軽に声を掛けてくる。
その言葉を聞いて僕は、思わず立ち止まりうつむいてしまった。
「どうした?」
と聞くユリウスさんに、僕が答えられずにいると、メルが代わりに、
「あの……、アル様はその、魔力が……」
と答えてくれる。
「ん? どういうことだ?」
と、いまいちよくわからないという感じで聞き返してくるユリウスさんに、僕は思い切って、
「あの、僕、魔力がないんです」
と今にも泣きだしたいくらい恥ずかしい気持ちで本当のことを告げた。
「いやいや。それはないだろう」
と、きょとんとした顔でユリウスさんが言う。
僕は一瞬、「え?」と思いながらユリウスさんを見たが、
「でも、小さい頃そう言われて、その……」
とだけ言うとまた恥ずかしくてうつむいてしまった。
そんな僕の頭にまたユリウスさんの手が乗せられる。
「俺はなんとなく人の魔力の方向性がわかるが、アル。お前の魔力はなかなかのものだぞ?」
と言ってくれた。
「え?」
と、またきょとんとしてユリウスさんを見る。
すると、ユリウスさんはニコリと笑って、
「きっとなんかの間違いだったんじゃないか?」
と優しくそう言い聞かせてくれた。
「え、えっと……」
と戸惑う僕に、ユリウスさんがまだニッコリと優しく笑ったまま、
「うちのギルドにはそこいら辺の簡易版よりいい道具が置いてあるんだ。この際きっちり調べてみよう」
と言ってきてくれる。
僕は正直、怖いと思ったけど、ユリウスさんのその優しい笑顔に勇気づけられて、
「……はい」
と答えてその検査を受けてみることにした。
「よしよし。大丈夫だからな」
と言ってまた僕の頭を撫でくれるユリウスさんと一緒に、その魔力を計る魔道具があるという部屋に入る。
心配したメルも一緒についてきてくれた。
部屋の中に入ると床になにかの模様がいっぱい書いてあって、真ん中の台に紫色の石が一つ置かれている。
僕はなんだか恐ろしいような感じでその部屋を見ていたが、そこへユリウスさんが、
「さぁ、真ん中に立って、その石に手を置いてみてくれ」
と言ってきたので、僕は恐る恐る部屋の真ん中に進み出て、その紫色の丸い石に手を置いた。
それを見たユリウスさんが、
「じゃぁ、いくぞ」
と言って、なにやら操作のような物を始める。
すると、辺りがぼんやりとした光に包まれて、しばらくするとその紫色の石が突然ピカッと光った。
「うわっ!」
と思わず声を出して目をつむる。
僕の周りからも、
「なっ!?」
とか、
「きゃっ!」
という声が聞こえた。
(え? なに??)
と思いながら、石から手を離そうと思ったけど、上手く離れてくれない。
僕は心の中で、
(ど、どうしよう!? 怖いよ!)
と思っていると、僕の背中をいつもの柔らかさが包み込んでくれた。
耳元で、
「大丈夫ですよ」
と言うメルの声がする。
僕はその声に安心して、
「ふぅ……」
と心を落ち着けるようにひとつ息をした。
「安心しろ。手はそのうち自然と離れるようになるからな。もう少し頑張ってくれ」
というユリウスさんの声に、目をつむったまま、
「はい」
と答える。
すると体の中をなにかが通り抜けていくような感覚がして、ちょっとぞわっとした。
「よし。いいぞ」
というユリウスさんの声で手を離し目を開ける。
(いったいなにが起こったんだろう?)
と思って目の前の石を見てみると、さっきまで紫色だったはずの石がぼんやりと薄桃色に光っていた。
「……えっと……」
と、つぶやくようにいう僕に、
「こりゃ、選ばれたっぽいな」
とユリウスさんが同じくつぶやくように答えてくる。
「え?」
と驚いてユリウスさんの方を見ると、ユリウスさんは、ニコリと笑って、
「サクラに会ったのか?」
と聞いてきた。
「あ。はい。昨日ロロアさんのお家で」
と言う僕の横からメルが、
「わけあって、昨日からロロア様のお屋敷に同居させていただいております」
と言葉を添えてくれる。
それを聞いたユリウスさんは、なんだか困ったような顔で笑いながら、
「そうだったのか……。まったく、それならそうと早く教えてくれよ」
と言った。
「あ。ご、ごめんなさい」
と謝る僕に、ユリウスさんは、
「ん? ああ、すまん。今のはアルに言ったんじゃなくて、ロロアのやつにいったんだ。すまんな」
と言って少し申し訳なさそうな顔をする。
僕はその言葉に少しほっとしながらも、
「えっと……。僕にも魔力があったんですか?」
と聞いてみた。
「ああ。あったぞ。あったどころの騒ぎじゃないくらいな」
とユリウスさんが苦笑いしながら答えてくれる。
その言葉を聞いた僕は、
(ああ、僕は普通の人になれたんだ……)
と思って涙が出そうなほど嬉しくなった。
「ああ、アル様!」
と叫ぶように言ってメルが僕に抱き着いてくる。
僕も、
「うん。メル。僕、あったよ!」
と言うとメルにギュッと抱き着いた。
そんな僕らに、ユリウスさんが、
「きっと、開くきっかけがサクラとの出会いだったんだろうな。とりあえず、おめでとう」
と声を掛けてくる。
僕はユリウスさんがなにを言っているのかよくわからなかったけど、これまで生きてきたなかで一番の笑顔を見せながら、
「はい!」
と元気よく答えた。
思わぬ事態にその後の見学は後日じっくりということになる。
とりあえず昼食を取りながら話をしようというユリウスさんは僕たちをギルドの「酒場」に案内してくれると、注文を取りに来てくれたお姉さんに、
「ハンバーガーセットを三つと、わんぱくセット一つな」
と料理らしきものを注文してくれた。
「ここのハンバーガーは美味いぞ」
と笑顔で言うユリウスさんに、
「はんばーがーってなんですか?」
と素直に聞く。
するとユリウスさんはニコリと笑って、
「食ってみればわかるさ。冒険者には大人気だな」
となにかはぐらかすようにハンバーガーなるもののことを教えてくれた。
(どんな料理なんだろう?)
とワクワクしながら待つ。
すると、しばらくして、
「お待たせしました。まず大人用ですね」
と言って先ほどのお姉さんが、ドドンとしたお肉の塊が挟まっているらしいパンを置いていった。
「うわぁ……」
と思わず目を点にしながら見つめる。
そんな僕にユリウスさんは笑って、
「すぐに子供用の小さいやつがくるからな」
と言ってくれた。
すぐに、
「はい。お待たせ。わんぱくセットだよ」
と言ってお姉さんが僕の前に小さなハンバーガーを置いてくれる。
それを見た僕のお腹が「きゅるり」となった。
「ははは。難しい話は後にしてさっそく食おう」
と言ってくれるユリウスさんの言葉にうなずき、
「いただきます」
と言うが、ナイフもフォークも無い。
僕は、
「えっと、ユリウスさん。ナイフやフォークがないんですけど……」
と言うとユリウスさんは「ああ。そうか」と言い、続けて、
「これは手づかみで豪快にかじりつく食べ物なんだ」
と言うと、自分の目の前にある大きなハンバーガーを両手で持ってガブリと豪快に食べた。
「あの。アル様。ご無理なさらないでください。今、ナイフとフォークをいただいてまいりますね」
と言ってメルが席を立とうとする。
僕はそんなメルに、
「ちょっと待って」
と声を掛けると、
「僕、やってみたい」
とお願いした。
「いえ。でも……」
と渋るメルに、
「お願い」
ともう一度頼む。
すると、メルは少し困ったように笑いながら、
「もう、今回だけですよ?」
と言って僕の頼みを聞いてくれた。
そんなやり取りを聞いていたユリウスさんが、おかしそうに笑って、
「はっはっは。メルと言ったか? ハンバーガーは手で持って食うのが正式な食べ方なんだぞ?」
と、冗談っぽく言うと、ジャック村長も、
「あはは。これは庶民の食べ物ですからねぇ」
と困ったように笑う。
少し渋っていたメルも、
「郷に入っては郷に従えと申します。では私も失礼して手づかみさせていただきます」
と言ってくれた。
みんなして手づかみでハンバーガーにかじりつく。
僕は、
(うわぁ。なんだろう、これ。すっごくいけないことをしてるって感じがしてすっごく楽しい。それにとっても美味しいや)
と思いながら、その美味しさと楽しさを噛みしめた。
生まれて初めてのハンバーガーを堪能した後、これからの話になる。
ユリウスさんによると、僕が魔力無しだと思われていた原因は、僕の魔力がちょっと特殊で簡易版の魔道具では検出できなかったからだろうとのこと。
そういうことは稀にだけどあるらしく、そういう場合はギルドや教会で詳しい測定を受けるのが通例なのだそうだ。
その話を聞いて僕は、
(そっか。僕はそんなにどうでもいい存在だと思われていたんだ……)
と思って暗い気持ちにもなったけど、
(でも、よかった。僕にもちゃんと魔力があるってわかったし。それにそやって間違われたおかげで、この村に来ることができたんだもんね)
と思い直して、自分の中から暗い気持ちを追い出した。
その後、
「これからのことはロロアも含めて今夜にでも話をしよう。基本的には普通に勉強したり遊んだりしてくれていればそれでいい。ああ、剣術の稽古とか魔法の稽古はしなくちゃいかんが、ちょっとした習い事ってくらいに思ってもらっていていいからな。アルはまだ小さいんだ。ゆっくり覚えていけばいいさ」
と言ってくれるユリウスさんに軽くお礼を言って、ギルドを後にする。
別れ際、
「ああ。そうだ。帰ったらミュウに今夜はカレーがいいと伝えておいてくれ」
という謎の伝言を託してくるユリウスさんに、
「わかりました」
と答えると、僕たちは次の目的地学問所を目指してまた村の中を移動していった。