クルニ村02
あぜ道を折れ、少し大きな道に入る。
そこには家とは違う建物がいくつか並んでいて、
(これがお店かぁ……)
と素直に感動してしまった。
一軒のお店を覗くと店先にいろんな野菜が並べられている。
「ここは八百屋、お野菜や果物を売るお店ですよ」
というジャック村長の説明を聞きながら、僕は色とりどりの野菜をキラキラとした目で見つめた。
「ははは。坊ちゃんは野菜が好きなのかい?」
と唐突に声を掛けられる。
(このお店の人なのかな?)
と思いつつ、
「はい! 好きです」
と笑顔で答えるとそのおじさんは、
「ははは! そいつぁ嬉しいねぇ。見ねぇ顔だけ旅の人かい?」
と訊ねてきた。
そんな僕がおじさんにどう説明したらいいのか、考えていると、横からメルが、
「いいえ。昨日からこの村にお世話になることになったアルフレッド様とメイドのメルでございます。わけあってロロア様の家に身を寄せておりますので、どうぞお見知りおきを」
と僕の代わりに説明してくれた。
「はぁ。そうでございやしたか。そいつぁ失礼いたしやした。いや、こちらこそご贔屓にってなもんです」
というおじさんはメルに軽く頭を下げて、僕にも、
「坊ちゃん。失礼いたしやした」
と軽く頭を下げてくれた。
「あ、あの。僕、もう貴族じゃないです! だから……」
と、なんだか必死に言い訳をする。
僕はどこか寂しいような気持ちになって自然とうつむいてしまった。
そんな僕の頭にごつごつとした手が乗る。
僕がその手の先を見上げると、八百屋のおじさんが、
「ははは。いつでもお買い物にきてくだせぇ。うちの野菜は美味いですぜ」
と笑顔でそう言ってくれた。
「はい!」
と元気に答えて「えへへ」と笑う。
八百屋のおじさんもニカッと笑ってまた僕の頭をぐりぐりと撫でてくれた。
八百屋さんを出て今度は肉屋さんや服屋さん、お米屋さんや雑貨屋さんを案内してもらう。
どのお店も生まれて初めて見る僕にとってはキラキラしていてまるでおとぎ話の世界に来たように感じられた。
「すごいね。楽しいね」
と、まるで子供のような感想を言いつつ、お菓子屋さんで買ってもらった飴を舐める。
メルと手をつなぎ、ルンルンとした気分で歩く商店街はとても楽しくて、
(ここなら一日いても飽きないかもしれないな)
と思わせてくれた。
やがて、商店街の端に着き、ジャックさんが、
「こちらは寄ることはないと思いますが、一応場所だけ紹介しておきますね。こっちが宿屋でその向こうにあるのが冒険者ギルドです。一応この村で一番大きな建物ですから、寄合なんかがある時には使わせてもらうこともあるんですよ」
と二つの建物を紹介してくれる。
たしかに言われた通り、周りのどの建物よりも大きい。
僕はその建物を見て、
(宿屋はわかるけど、ギルドってなんだろう?)
と素直な疑問を持った。
「あの。ギルドってなんですか?」
とジャックさんに聞く。
すると、ジャックさんは、
「ああ。ギルドというのは冒険者の……なんというか、取りまとめ役のような仕事をするところで、冒険者に依頼を出したり、冒険者から物を買い取ったりしてくれるところなんですよ」
と、わかるようなわからないようなことを言ってきた。
「冒険者さんはあの竜を退治にいった勇者様みたいな人達ですよね? えっと、その人達の親分さんみたない感じのところですか?」
と問い直すと、ジャックさんは、
「ええ。まぁ、概ねそんな感じです。興味があるようでしたら覗いてみますか? うちの村のギルドは治安もいいですし、元冒険者の人が子供に剣術を教えたりしてくれてますから、子供が近寄っても安心ですよ」
と僕にギルドの中を見てみるか? と訊ねてきた。
「見たいです!」
と、またワクワクした気持ちで即答する。
するとジャック村長はニコリと笑って、
「じゃぁ、ご案内いたしますね」
と言うと僕たちをギルドの中へと案内してくれた。
ジャックさんについてギルドの中に入っていく。
そして、ジャックさんがなにやらカウンターの向こうにいた女の人に、
「やぁ。ジュリア。今日は新しく村にやって来たアルフレッド様とそのメイドのメルさんに村を案内してあげているんだ。よかったらギルドの中も少し見学させてやってくれないか?」
と話しかけると、そのジュリアと呼ばれた女の人は僕の方を見て、ニッコリ笑いつつ、
「構いませんよ。今日は空いてますし、訓練場を使っている人もいませんから、ゆっくり見て行ってください。ああ、なんならギルドマスターを呼んできますね。どうせ暇してるでしょうから」
と快くギルドの中を見学することを許可してくれた。
「ありがとうございます」
とジュリアさんにお礼を言って、ジャック村長の後に続く。
ジャック村長はまず、なにやらいっぱい紙が貼ってある壁の前に立つと、
「これがいわゆる掲示板ってやつで、ここに冒険者に出す仕事の依頼が書かれているんです。仕事の内容は薬草を採ってきて欲しいというようなやつから、村の困りごとの手助けや荷物や手紙の運搬、それに魔獣の討伐までけっこういろんな種類があるんですよ」
と教えてくれた。
「へぇ……。冒険者さんのお仕事って魔獣と戦うだけじゃないんですね」
と今まで知らなかったことを知って素直に感心しながらその依頼が書いてある紙をしげしげと見る。
すると僕の横から同じように紙を見ていたメルが、
「そちらは薬草採取の依頼ですね。その横はお手紙の配達を頼むものみたいです」
と教えてくれた。
「そっかぁ。冒険者さんって社会の役に立つ立派なお仕事なんだね」
とメルを見ながらそう言うと、メルはにっこり笑って、
「はい。すべての職業はそれぞれに尊いものです。どんな仕事であってもこの社会に欠かすことのできない素晴らしいものなんですよ」
と教えてくれた。
「そっか。じゃぁ、みんなには日ごろから感謝しないといけないね」
と答える。
そんな僕を見て、メルがまたいつものように優しく微笑む。
そして、
「アル様はお優しいですね」
と言って優しく僕の頭を撫でてくれた。
僕はちょっとくすぐったい気持ちになり、また「えへへ」とはにかむ。
そんな僕を見て、ジャック村長もなぜか嬉しそうに微笑んでいた。
そこへ、
「ははは。なかなか出来た子みたいだね」
と声が掛かって、大きな男の人がやってくる。
その人はとっても背が高くって、ゴツゴツとした腕をしていた。
(うあぁ……。すっごーい)
と思いながらぽかんと見ているとその人は、
「ギルドマスターのユリウスだ。よろしくな」
と笑顔で言っていきなり僕の頭をぐりぐりと撫でてきた。
「あ、はい。アルフレッドです。よろしくお願いします」
と慌てて自己紹介をする。
するとユリウスさんもちょっと驚いたような顔をして、
「ははは。ちゃんと挨拶出来て偉いな」
と言うと、また僕の頭をぐりぐりと撫でてきた。
「ああ。とりあえずギルドの見学だったな。特に面白いものもないだろうが、訓練場でも見に行こう。子供の稽古用の木剣もあるから、振ってみるといいさ」
とユリウスさんが僕に話しかけてくる。
しかしその言葉を聞いた僕が、小さい頃のお稽古のことを思い出し、
「あの、剣術は才能がないって言われたから……」
と少ししょんぼりしながら言うとユリウスさんは、急に僕の前にしゃがみ込み、僕と目線を合わせると、
「ははは。剣術は何も敵を倒すためにやるだけじゃないから気にしなくていいぞ。剣ってのは自分と向き合い自分を律する……ああ、ちょっと言葉が難しいか……、あーなんていうか、剣を習うっていうのは自分の心を磨くためにやるって感じならわかるか? まぁ、そういう心の修行って意味があるから、強いとか弱いとか才能があるとかないとかは気にしなくていいんだ」
と優しく僕にもよくわかるように剣の稽古は心の修行になるということを教えてくれた。
「そうなんですね。じゃぁ、ちょっとだけやってみたいです」
と言う僕にユリウスさんが、
「よし。じゃぁ、ちょっとだけやってみるか」
と言って微笑みかける。
僕はなんだかその優しい笑顔が嬉しくって、
「はい!」
と元気に返事をすると、ユリウスさんの後についてその訓練場へと向かっていった。