お祭り
春も半ばに差し掛かり段々と温かさが増すころになると、クルニ村がソワソワとした雰囲気に包まれ始める。
今年もお祭りの季節がやってきたのだ。
学問所もその話題で持ちきりになり、
「今年はお小遣い増やしてもらうんだ」
「私わたあめ買ってもらうの!」
「今年こそ型抜きでおっちゃんに勝つ!」
なんて会話が増えだしていた。
そんなある日のお弁当の時間。
「ねぇねぇ、アル君。今年のお祭り私とライラと三人で一緒に回らない?」
「いいね! あ、でも一応大人に聞いてみないとだめだから今日帰ったら聞いてみようか」
「うん。私も帰ったらすぐにお父さんに聞いてみる」
「たぶんうちは大丈夫だと思うけど、私も一応聞いてみるね」
「うん。イチカさんなら大丈夫って言ってくれそうだけど、そこはちゃんとしないとね」
「あはは。アルって真面目だなぁ」
という感じで僕らも少し浮かれた会話をして、今年は子供達だけでお祭りを回ることを計画する。
帰ってすぐ、メルにその話をすると、メルは少し難色を示したが、ミュウさんが、
「この村のお祭りが平和なのは知っているでしょ? ちょっとくらい冒険させてもいいんじゃない?」
と口添えしてくれたので、僕も無事みんなと一緒にお祭りを回れることになった。
「楽しみだなぁ。去年はお小遣いが足りなくて焼きそばが食べられなかったから今年は絶対に食べるんだ!」
「あはは。ライラったら相変わらず食いしん坊さんね。でも気持ちはわかるかも」
「でしょ? お祭りの焼きそばって特別おいしいよね!」
「うん。でも私はりんご飴かな?」
「あ! それもいいかも! あれってお祭りでしか見ない食べ物だから、特別って感じがするんだよね」
「そうそう。なんだかお祭りに参加してるって感じがして楽しいの!」
と話すリリカちゃんとライラちゃんの話を微笑ましく聞きながら、僕も、
(僕はタコ焼きかな? あ、でも、豚バラ串も捨てがたいし、たい焼きもいいんだよなぁ……。ちゃんとお小遣いを計算して効率良く買わなくちゃいけないよね。ああ、でも三人で回るならちょっとずつ分けて食べられるから、去年よりたくさんの種類が食べられるかも! それはちょっと楽しみだなぁ)
と、いろんな想像を膨らませていく。
たったそれだけで僕の心は浮き立ち、その日はあまり勉強が進まなかった。
そして迎えたお祭り当日。
ジンベエという相変わらず謎な名前のお祭り用の服を着て、待ち合わせ場所にしている学問所の前に向かう。
学問所の前に着くと、同じようにジンベエを着たリリカちゃんとライラちゃんがすでに待っていてくれた。
「ごめん。お待たせ」
「ううん。今来たばっかりよ」
「うん。それより早く行こう!」
と挨拶を交わしてさっそくお祭り会場に向かう。
あぜ道を進み踊りの会場になっている広場とそれに続く商店街の通りに入るとそこにはたくさんの屋台が並んでいた。
「うわぁ。今年もたくさんならんでるね」
「うん。楽しみ!」
「じゃあ、まずはどんなのが出てるか見て回ろうか!」
そう言ってさっそく人ごみの中に入っていく。
「あ。りんご飴ある!」
「焼きそば美味しそう!」
「あっちの串焼きも良い匂いがしてるよ」
と話しながら歩いていると、他にも輪投げや型抜きの屋台があってさっそく子供達が群がっているのが見えた。
(みんな楽しそうだな……)
と思いながらニコニコしてそれらを見て回る。
そして、商店街の中ほどまで来ると、
「よう。アル。楽しんでるか?」
と少し離れたところから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「ユリウスさん、こんばんは。今年も屋台出してるんですか?」
「おう。いつもどおりの的当てだ。やってくか?」
「うーん。お小遣いを計算したいから、ちょっと回ってきます」
「ははは。それなら心配するな。うちは無料だ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。子供限定だがな」
「ねぇ。リリカちゃん、ライラちゃん無料らしいからやってみない?」
「いいね! やってみよう」
「うーん。私は苦手だから……」
「リリカ、なにごとも挑戦だよ! みんなでやってみようよ」
「……そう? じゃぁ、一回だけね?」
「うん!」
と話してさっそく的当て用のおもちゃの弓をもらう。
「矢は一人五本な。的が小さいやつほど豪華な景品がもらえるようになってるが、小さい分難しいから、覚悟しろよ?」
と説明してくれるユリウスさんから矢を受け取ると、さっそくライラちゃんが、
「私、一番!」
と言って弓に矢をつがえた。
「一番豪華なのとるぞ!」
と言っていたライラちゃんだが、ものの見事に外してしまう。
「あー、もう! 難しいよ、おっちゃん!」
「ははは。欲張りすぎたな。もっと簡単なのにしておけばよかったかもしれんぞ」
「むぅ……」
と言うお決まりの会話が交わされ、次はリリカちゃんの番になる。
「よく狙いを定めて思いっきり引いてみて」
と助言したが、こちらは力が足りず、結局的は倒れなかった。
「……残念」
と悔しがるリリカちゃんから弓をもらって僕の番になる。
(さて。どうしよう……。最初は大きいので様子見かな? それで当たったら小さいのを狙ってみよう)
と作戦を立て、いざ的に向かう。
よく狙いを付けて、思いっきり矢を放つと、矢は思った以上に不規則な軌道で飛び、狙った的の上を通過してしまった。
「うわ……。思った以上に難しいな……」
「だろ? ガルボが作った特製の当たりにくい弓矢だからな。難易度高めだぜ」
「……それってズルくないですか?」
「ははは。そっちの方が挑戦し甲斐があって面白いだろ?」
そんな会話をして次の矢を放つ。
しかし、矢はまたしても逸れ、的にはまったく当たらなかった。
そしていよいよ最後の一本になる。
僕は半ばあきらめつつも最後のチャンスに祈りを込めて一番小さな的に狙いを定めた。
(えっと。不規則にズレるから、ちゃんと狙ってもしょうがないよね。ここは思いっきり引いて勢いよく打ち込んでみよう)
そう考えて一か八かで矢を放つ。
すると、矢は意外と真っすぐ飛び、一番小さい的のすぐ横にあったちょっと小さい的に当たった。
「お! 二等賞だ。やったな!」
と言ってくれるユリウスさんが箱から賞品を取り出して渡してきてくれる。
「やった! ありがとうございます」
と言って賞品を受け取ったが、それは小さな指輪だった。
(うわ……。いらないよ……)
と思って苦笑いしつつ、もう一度、
「ありがとうございます」
とお礼を言う。
「ははは。男の子にはあまりにも不向きだったな。しかし、物はいいぞ? なにせガルボの作だからな。簡単な防御術式が埋め込んであるらしい」
「それって冒険者用ですか?」
「いや。転んでもケガしない程度の防御術式だな」
「……それって使えないんじゃ……」
「ん。まぁ、たしかに使いどころは限られるというか、子供向けのおまじない程度だな。はっはっは!」
と笑うユリウスさんに軽くジト目を向けつつ、
(まぁ、ただでもらったものだし、あんまり文句は言えないけど……)
と思っていると、僕の横からリリカちゃんが、
「うわぁ、綺麗な指輪だね!」
と、うらやましそうな表情でそう言ってきた。
「そう? 欲しいならあげようか? 僕は使わないから、リリカちゃん使ってよ」
「え? いいの?」
「うん。けが防止のおまじない付きなんだって」
と言って指輪を渡すとリリカちゃんがパッと顔をほころばせ、
「綺麗!」
と嬉しそうな顔をした。
僕はその顔を見てすごく嬉しい気持ちになり、
「よかったね!」
と言って微笑んだ。
「うん。ありがとう。大切にするね」
と満面の笑みを浮かべるリリカちゃんと、
「難しすぎるよ……」
とまだ不満顔のライラちゃんを連れてまた屋台巡りに戻っていく。
そして、僕たちは念願の焼きそばやりんご飴、串焼きにたい焼きなんかの食べ物をたくさん買ってみんなで少しずつ分けて食べた。
「美味しかった!」
「うん。楽しかったね!」
と満足げな表情を浮かべる二人に、
「そろそろ踊りが始まるよ」
と言って村の広場に向かう。
広場にはもうたくさんの人が集まっていて、中央の櫓の上に乗った太鼓や笛の音に合わせて踊る踊りの輪が出来上がっていた。
「ねぇねぇ、私たちも踊ろう?」
「いいね!」
「あはは。じゃあ、混ざろうか」
と言ってさっそく踊りの輪の中に入ると、隣で踊る人の真似をしながら、楽しく踊りを踊った。
そして、そろそろ疲れを感じてきたころ、
「ドンッ!」
という音が夜空に響き渡る。
「あ! 花火だ!」
「うわぁ、相変わらずすごいなぁ……」
「今年もガルボさんが頑張ってくれたんだね」
という僕らの上で大きな花火がドンドンと音を立て、大輪の花を次々に咲かせていく。
僕らはキラキラと輝く魔法の火に魅了され、一時踊りを忘れてその大輪の花に見入った。
やがて、花火が終わり、お祭りの終わりが宣言される。
大人はこの後お酒を飲むらしいけど、僕ら子供はここまでの約束だ。
僕らはなんとも言えない寂しさを感じつつも、
「今日は楽しかったね!」
「うん。来年も一緒に回ろうよ」
「そうだね! 来年こそ一番いいやつを当ててやるんだから!」
「うふふ。また明日ね」
「うん。また明日」
と明るい言葉を交わし、それぞれの家に戻っていった。
明るい月に照らされたあぜ道をのんびり、お祭りの余韻を噛みしめるように歩いていく。
僕の頭の中には早くも、
(来年は何を食べようかな?)
と来年のお祭りを楽しみに思う気持ちが湧き上がってきていた。




