初めての冒険01
十二歳になった春。
風が温み、あぜ道を花々が彩り始めたころ。
いつものように急いで屋敷に戻る。
そろそろ冒険に出てもいい頃合いだとユリウスさんが言っていたから、今日も実戦的な稽古が待っているんだろうと思うと、いつも通りワクワクした。
屋敷に戻ると急いで準備をし、いつものように裏庭に向かう。
そこにはすでにユリウスさんがいて、
「今日は最終的な試験をしに来た。一応、冒険者として森の浅い部分になら入ってもいい実力があるかどうか、ギルマスとして確認するからそのつもりでいてくれ」
と言ってくるのに、僕は緊張しつつもはっきりとした口調で、
「はい!」
と元気に応えた。
そのうちリリカちゃんとライラちゃんもやってきて、ライラちゃんも同じように、
「はい!」
と元気に返事をする。
そして、ガルボさんがやってきたのを合図に僕とライラちゃんの最終試験が始まった。
「ガルボを、そうだな、オークだとでも思ってかかっていってくれ。防御魔法が使えるから遠慮なく撃ちこんでいいぞ。あと、危険な場合はミュウがフォローに入るから失敗も気にするな。いいか?」
「「はい!」」
「よし。じゃあ、開始だ!」
というユリウスさんの宣言でお互いが構える。
僕とライラちゃんは軽く視線を合わせ、コクンとうなずくと息を合わせてまずはガルボを挟み撃ちにするように陣取った。
ガルボさんは大きな木槌を持っている。
おそらくオークの拳に見立てているのだろう。
ガルボさんは迷うことなくライラちゃんを狙い、その大きな木槌を振り下ろした。
「ぬわっ……!」
と驚きの声を上げてライラちゃんが攻撃を避ける。
(いつもよりダンゼン速い)
そう感じた僕はすかさずガルボさんの背中に風魔法を叩き込んでこちらに注意を向けるよう動いた。
「なんのっ!」
と叫んで今度はこちらにガルボさんが木槌を振り下ろしてくる。
僕はそれをなんとかかわしたが、あまりの迫力に思わずのけぞってしまった。
そんな僕に、
「ほれ、どうした!」
とガルボさんが連撃を撃ち込んでくる。
僕は木槌が地面に打ち付けられる度にできる大きなへこみを見て慄きながらも、冷静にガルボさんとの間合いをあけていった。
そこへライラちゃんの一撃が横合いから加わる。
ライラちゃんは上手くガルボさんを引き付けると素早く懐に入り込んで胴に一撃を放った。
しかし、その攻撃は盾で簡単に防がれてしまう。
そして、ガルボさんがライラちゃんを盾で弾き飛ばそうとしているのを見て、僕は慌ててガルボさんの背中に風魔法を叩き込んだ。
その魔法がガルボさんの木槌で撃ち落とされる。
(嘘っ! 魔法を木槌で撃ち落とした!?)
と驚きつつもまた魔法を放って距離を取る。
そして、またガルボさんの注意を僕に向けてはライラちゃんが突っ込み、攻撃しては離れるということを何度か繰り返した。
激しい攻防が繰り返され、いい加減地面がボコボコになってきたところで、ガルボさんの速度が上がる。
(まだ上があったの!?)
と正直驚き、そこからは僕もライラちゃんも攻撃をかわすのがやっとという状態に追い込まれてしまった。
そして、先にライラちゃんが一本取られる。
ライラちゃんは防御魔法を使ってなんとかガルボさんの一撃を受け止めたが軽く弾き飛ばされてしまった。
すかさずミュウさんがフォローに入って事なきを得る。
しかし、それを見て焦ってしまった僕は、少し無理をしてガルボさんの懐に飛び込もうとしてしまった。
「ふんっ!」
という軽い気合の声と同時に軽く吹っ飛ばされてしまう。
僕は慌てて防御魔法を展開したが、上手く受け身を取れずゴロゴロと地面に転がされてしまった。
「そこまで!」
というユリウスさんの声が掛かり試験が終わる。
僕はなんとも言えない悔しさを感じながらも立ち上がり、
「ありがとうございました」
と頭を下げた。
「おう。最後のはちょっと強引だったな。まぁ、オークなら問題無く斬れてただろうから良しとするか。相手によっては致命傷になりかねないから今後は慎重に動くんだぞ。まぁ、それも実戦で経験を積めばじきにわかると思うがな」
と言ってガルボさんがいつも通り「がはは」と笑い僕の頭をグリグリと撫でてくる。
そんな僕らのもとにミュウさんが駆けつけてきて、ガルボさんの頭にいきなりげんこつを落とした。
「いって!」
「最後のはやり過ぎです。アルちゃんがケガでもしたらどうするの!?」
「いや。あのくらい許容範囲だろう。それにアルもいい勉強になったはずだぜ?」
「あ、はい。とってもいい勉強になりました」
「アルちゃん。こんなやつかばわなくていいのよ。あのね、ガルボ。オークはあんな防御の仕方もしないし、もっと遅いでしょ? 対人戦の訓練じゃないんだから、そこはちゃんと加減してくださいな!」
「あ、いや。まぁ、そうだけどよぉ……」
「言い訳はけっこうです。ほら。アルちゃんに謝ってください」
「お、おう。すまんかったな……」
「あ、いえ……」
と最後はなんともしまらない形になったが、そこへユリウスさんがやってきて、
「ははは。ミュウの言う通りだな。ガルボ。ちょっとやりすぎだ。まぁ、アルとライラの成長が嬉しくてついついやりすぎちまったって気持ちもわからんじゃないが、オーク役としては失格だな」
と苦笑いを見せる。
そして、ユリウスさんは僕とライラちゃんの頭に軽く手を置くと、
「おめでとう。二人とも合格だ」
と言ってくれた。
「やった!」
と無邪気に喜ぶライラちゃんを見て僕もやっと笑顔になる。
そして、僕はユリウスさんに深々と頭を下げると、もう一度、
「ありがとうございました」
とお礼の言葉を述べた。
「いや。礼を言われるようなことはなにもしてないさ。それより明日にでも冒険者ギルドにきてくれ。一応冒険者登録しておいた方がいいだろうからな。その時今後のことを軽く打ち合わせしよう」
と少し照れくさそうにいうユリウスさんに、またお礼を言って、試験が終わる。
そんな僕とライラちゃんのもとにリリカちゃんがやってきて、
「おめでとう。よかったね」
と素直に祝福の言葉を贈ってきてくれた。
そんなリリカちゃんも交え、いつものように勉強部屋に向かう。
ライラちゃんは、
「ねぇねぇ、今日くらいお勉強休みでもいいんじゃない?」
と言ってきたけど、
「明日はギルドに行くから明日お休みにして今日は頑張ろうね」
と言ってなんとか宥め、その日も普段通り勉学に勤しんだ。
その日の夜はちょっとしたお祝いということもあって、ライラちゃんとイチカさん親子も招いてちょっとしたお食事会になった。
「まだまだ子供だと思っていたんですけど、この子もいつの間にか立派になってたんですねぇ……」
と、しみじみいうイチカさんに、ミュウさんが、
「うふふ。ライラちゃんはすっごく頑張り屋さんだから、こんなに早く冒険者になれたんですよ」
と褒めるようなことを言う。
すると、ライラちゃんが自慢げに胸を張り、
「そうよ。私、頑張ったの!」
と言ってみんなの笑いを誘った。
「もう。ライラったら、調子に乗らないの」
「えー。いいじゃんちょっとくらい」
「あらあら。そういう所はまだ子供ね」
「なにそれー……」
という親子の会話をなんとも眩しいような気持ちで聞く。
僕はそっと心の中で、
(お母さんが生きてたらこんな会話をすることもあったのかな……)
と思ったが、すぐ隣にいたメルが、
「アル様も良かったですね。これからもどうぞお体に気を付けて頑張ってくださいね。私全力で応援しますから」
と微笑みながら言ってくれたのを見て、ほんの少しあった寂しさや羨ましさがスッと消えてなくなった。
「うん!」
と元気に応えて大きなスペアリブにかじりつく。
その日の食事会はみんなの穏やかな笑顔が食卓にたくさんこぼれ、和やかなうちに終わっていった。




