世界樹へ03
緊張の中森の入り口に着く。
そこでいつものように荷馬車を預けて森の中へと入っていった。
「マシロと落ち合う場所までしばらく歩くことになるけど、辛かったらすぐに言ってね」
と僕を気遣ってくれるミュウさんに、
「大丈夫です。僕ももうそんなに子供じゃありませんから」
と少し困ったような笑顔で返す。
それでもみんなは僕に合わせてゆっくりと森の中を進んでいってくれた。
やがて、いつもみんなでキャンプをする広場に着く。
「ここでいったん昼にしよう。それからもう少し奥にいったところで今夜は野営だ。なに、まだ魔獣のでる場所じゃなから安心していい。まぁ、万が一出ても俺たちがいるからな。ゆっくり寝ててかまわんぞ」
と言っていつものように僕の頭をグリグリと撫でてくるユリウスさんの態度に僕はまた恥ずかしいような気持ちになった。
やがて和やかに昼食を終え、再び森の奥を目指して歩き始める。
ここから先は僕にとって未知の世界だ。
とはいえ、しばらくの間は細いながらも道があり、そんなに怖いという印象はなかった。
そんな道がどんどん険しくなってくる。
どうやら本格的な山道に入ったようだ。
「大丈夫、アルちゃん。もうちょっとだからね」
と励ましてくれるミュウさんは余裕の様子で、僕はちょっとだけ悔しさを感じつつ、肩で息をしながらも、
「はい!」
と元気よく応えた。
やがて、その山道さえなくなってくる。
道と言えば道なんだろうけど、藪の中にうっすらと線が見えている程度だ。
(大丈夫なのかな……)
と少なからず心配になっている僕に今度はガルボさんが、
「こういうのを獣道っていうんだぜ。冒険者はこういう道を歩きながら、動物や魔獣の痕跡を探すんだ。この道はおそらくイノシシがつけたもので、危険はないから安心しな」
と状況を端的に説明してくれた。
こちらにも、
「はい!」
と元気よく返事をする。
そして、小休止をとりながら進むこと四、五時間。
「よし。今日の目的地に着いたぞ。お疲れさん」
というユリウスさんの言葉を聞いて周りを見渡すと、そこは森の中に開けた小さな草地だった。
「すぐ近くに小さな石清水があるから、冒険者がよく野営をする場所なんだ。明日もこんな感じで進んでいくから今日はゆっくり休んでくれ」
「はい。わかりました」
「今日はアルちゃんの好きなミネストローネにしますからね」
「ありがとうございます。僕、ミュウさんのミネストローネ大好きです」
「うふふ。ありがとう」
「よし。じゃあさっそくテントを組んでしまおうじゃないか。アルも手伝ってくれ」
「はい!」
とそれぞれが手早く自分の仕事をこなして、夕食の準備が整う。
みんなで焚火を囲みながら食べるミネストローネはいつもの味だけど、いつもより疲れた体にはよく沁みて、さらに美味しく感じた。
みんなの笑顔に囲まれて楽しいひと時を過ごす。
そして食後。
お腹いっぱいになって僕に甘えてくるサクラやデイジー、スミレをいつものように撫でてあげる。
「みゃぁ……」
「きゅぃ……」
「わふぅ……」
とそれぞれに気持ちよさそうな声を上げ、目を細めるみんなを見ていると、それまで感じていた緊張や不安がずいぶん和らいでいることに気が付いた。
(今日はちょっと大変だったけど、みんなのおかげでなんとか乗り越えられたよ。きっと明日も大変なんだろうけど、みんなで一緒に頑張ろうね)
と心の中で声を掛ける。
その声が伝わったのかどうかはわからないが、みんなはまた、
「みゃぁ……」
「きゅぃ……」
「わふぅ……」
と鳴いて、僕にそのもふもふをこれでもかと押し付けてきてくれた。
「あはは。くすぐったいよ……」
と笑いつつ僕も負けじとみんなを撫でる。
そうしているうちにすっかり暗くなった空にたくさんの星が浮かんでいるのに気が付いた。
「今日は特に星が綺麗ね。あ! 流れ星ね。うふふ。きっと明日はいい日になるわよ」
と隣で言ってくれるミュウさんに、
「はい。明日もがんばります」
と笑顔で応える。
そんな僕の頭をミュウさんはいつものように優しく撫でてくれながら、
「大丈夫よ。みんな一緒だから心配しないでね」
と言ってくれた。
ふんわりとしたミュウさんの手の温もりが僕の不安をさらに取り除いていく。
僕はこうしてみんなに支えられながら生きていることを嬉しく、そして誇りに思いながら、
「はい。大丈夫です」
と応え、ミュウさんにニッコリと微笑んでみせた。
「うふふ。そろそろおやすみなさい」
というミュウさんに促されてテントに入る。
そこでもみんなのもふもふに包まれて、僕はいつも通り幸せな状態でゆっくりと眠りに就いた。
翌朝。
簡単な朝食を済ませて、早朝から行動を開始する。
危ないことはないけど、今日は昨日よりも少し長い距離を移動しなければならないそうだ。
手早く荷物をまとめ、ミュウさんが用意してくれた簡単だけど美味しいホットサンドを食べると、僕たちはすぐに出発した。
また、森の中の獣道を進んでいく。
途中、崖沿いの道を進んだり大きな岩をよじ登ったりと昨日よりもさらに道は険しくなっていたが、みんなが支えてくれたおかげでなんとか乗り越えることができた。
そんな険しい道のりを辿り、夕方前になってようやくその日の目的地に着く。
そこもまた森の中に開けた小さな草地で、中央には小さな泉があった。
「よし。スミレ。呼んでくれ」
というロロアさんの声にスミレが、
「わおーん!」
と可愛い遠吠えを発する。
僕が、
(なんだろう?)
と思って辺りをきょろきょろしていると、不意に森の中から白くて巨大なもふもふが現れた。
「お待たせ」
とロロアさんが声を掛けたのにそのもふもふは、
「いいえ。ちょうど良かったわ」
と気さくに応じている。
僕がそれを見てびっくりしていると、そのもふもふが近寄って来て、
「あなたがアルね。私はマシロ。そこにいるスミレの母よ」
と挨拶をしてきた。
「あ。はい。えっと、アルフレッドです。初めまして、マシロさん」
と慌てて挨拶を返す。
そんな僕にマシロさんはニッコリと微笑むと、
「娘に素敵な名前を付けてくれてありがとう」
とお礼を言ってきた。
「いえ。その……」
と恐縮しながら頭を掻くような仕草をしてみせる。
するといつの間にかスミレが僕の足元にやって来ていて、
「わっふ!」(素敵なお名前ありがとう!)
と重ねてお礼を言ってきた。
そんなスミレの言葉が嬉しくて、半分照れ隠しのように、
「どういたしまして」
と少し大袈裟に言いつつ、いつもみたいにワシャワシャとスミレを撫でてあげる。
スミレはいつも通り、気持ちよさそうに、
「わっふ!」
と鳴くと、これまたいつも通り僕に甘えるように頭を擦り付けてきた。
「あはは。くすぐったいよ」
と、いつものように僕もじゃれ返し、屈託なく笑う。
そんな様子にマシロさんはほっとしたような顔で、
「この子が元気なのは離れていても感じていたけど、やっぱり直に見ると違うわね……。素敵なお友達になってくれてありがとう。アル」
と、またお礼の言葉を述べてきた。
「いえ。お礼を言わなければいけないのは僕の方です。スミレにはいつも助けてもらってます。こちらこそ、素敵なお友達をありがとうございました」
「うふふ。アルはいい子ね」
「わっふ!」
と言ったところでお礼合戦は引き分けに終わる。
そして、スミレは母の胸に飛び込んでいき、その代わり僕の胸にはサクラとデイジーが飛び込んできた。
「準備はこっちでやっておくからアルはしばらく休んでてくれ」
というユリウスさんの言葉に甘えてみんなとしばし戯れさせてもらう。
夕暮れの森にただよう若草の柔らかな香りに包まれて感じるみんなの温もりは、ここまで頑張ってきた僕の疲れを癒すには十分すぎるほどの温かみを持っていた。




