新居と同居人02
僕は今、寝ている。
その状況はよく理解できていた。
だから、これは夢なのだろう。
その夢の中で僕は誰か女の人と話している。
とても綺麗な人だ。
僕は、
(よく覚えてないけど、お母さんってこんな感じなのかな……)
と思いながら、その人の言うことを聞いた。
だが、その人は、
「信じた道を行きなさい」
とか、
「幸せを恐れちゃだめよ」
というような抽象的なことを言うばかりで何について話しているのかよくわからない。
でも僕はその言葉がとても大切なものだと思って真剣に聞く。
そして、最後にその人が、
「お友達を大切にね」
と言うと僕は、
(お友達なんて出来たことが無いからよくわからないけど……)
と思いつつも、精一杯の決意を込めて元気に、
「はい!」
と答えた。
そこで目が覚める。
ふと目を開けるとそこには心配そうに僕を見つめるメルの姿があった。
手をしっかりと握ってくれている。
僕はその表情の意味がよく分からなかったが、いつも通り、
「おはよう」
と朝の挨拶をした。
「ああ、ようございました……」
と気のせいでなければ少し涙ぐんでいるメルに、
「僕、寝ちゃったみたいだね」
と言うと、メルは、
「はい。もう、丸一日経っております」
と意外なことを言ってきた。
「え!? そんなに寝てたの?」
とびっくりして聞くと、
「はい。ロロア様曰く大丈夫だと言うことでしたが、それはもう心配で……」
と言ってメルが僕に抱き着いてくる。
僕はその温かさを嬉しくも少し恥ずかしく思いながら、
「心配かけてごめんね」
と微笑みながら謝ってメルの背中をぽんぽんと撫でてあげた。
そんな僕の横から、
「みゃぁ」(もうすぐご飯の時間だよ)
と声がする。
僕がその声に驚いて横をみるとそこにはきちんと座って僕を見つめるサクラの姿があった。
「え?」
と思わず声を出す。
そんな僕にメルが、
「いかがなさいましたか?」
と心配そうに声を掛けてきた。
「え? あ、うん。……えっと、今サクラがしゃべった?」
と聞くがメルはぽかんとしている。
そして、メルは僕のおでこに手を当てると、
「お熱はないみたいですね……。ああ、きっとまだお疲れなのですね。すぐにお水をもらってきます。あ、あとロロア様にも診察をお願いしてきますから、少々お待ちくださいね」
と言って、僕を再び寝かしつけ、部屋を出て行ってしまった。
すると、僕の隣でまたサクラが、
「みぃ……」(ご飯食べないの?)
と言葉を発する。
僕は不思議でしょうがなかったけど、
「もうちょっと待ってて。すぐにロロアさんがくると思うからね」
と言ってサクラの喉の辺りをこちょこちょと撫でてあげた。
「ふみゃぁ……」
とサクラが気持ちよさそうな声を上げる。
(あ。今度はしゃべらなかった……。やっぱり気のせいだったのかな?)
と思ってサクラを見ていると、サクラはまた僕の枕元で丸くなりスヤスヤと眠り始めてしまった。
やがてロロアさんを連れてメルが戻ってくる。
カートを押したミュウさんも一緒だ。
「お食事ができるようならと思って軽いものをお持ちしましたよ」
と言ってくれるミュウさんに、
「ありがとうございます」
と軽くお礼を言って、僕の枕元に座ったロロアさんの方を見る。
すると、ロロアさんは少し困ったように笑って、
「とりあえず説明するよ」
と言い、なんとなく今の状況を説明し始めてくれた。
「まずなにから話せばいいかな……」
「えっと、僕は病気ですか?」
「ん? ああ、そうじゃないから気にしなくていいよ。ただちょっと選ばれちゃったみたいだけどね」
「選ばれた?」
「ああ。世界樹の精霊のお友達にね」
「せかいじゅ?」
「ああ。その存在は一部の人間にしか知られてないけど、この世界にとってとても大切な木があるんだ。……まぁ、詳しい説明はおいおいするけど、今はそんな名前の大切で不思議な木があるってことだけ知っていてくれればいいよ」
「……はぁ」
「ああ。そして、その世界樹の精霊がそこにいるサクラさ。……声はもう聴いたんだろ?」
「はい。……あの、やっぱり気のせいじゃなかったんですね?」
「ああ。サクラはしゃべれるよ。といってもその声が聞こえるのはサクラが選んだ人だけなんだけどね。ああ、ちなみに私もそのひとりというわけさ」
「なるほど……。よくわからないですけど、とにかく大丈夫ってことですね?」
「ああ。そうさ。ところで何か夢は見たかい?」
「え? あ、はい。誰か知らない女の人が出てくる夢をみました」
「ほう。で、その夢はどんな?」
「えっと、うろ覚えなんですけど、その人に『自分の信じた道を行きなさい』とか『お友達を大切にしなさい』って言われた気がします」
「そっか。あいつらしいね……」
と言ってロロアさんが優しく微笑む。
その表情を見て僕は、
(そっか。あの女の人はロロアさんのお友達なんだ)
と、なんとなく思った。
そんなやり取りのあと、メルが不思議そうに、
「あの……」
と声を掛けてくる。
きっといろいろ聞きたいことがあるんだろう。
僕だってそうだ。
そんなメルにロロアさんは、
「まぁ、時期がきたらきちんと説明することになると思うけど、今はあまり言えないことの方が多いんだ。すまんが、そう理解してくれると助かる。まぁ、アルに新しいお友達ができて、ここにいる理由がはっきりとしたってことで良しとしてくれ」
と少し困った顔でそう言った。
「信じてよろしいのですね?」
とメルが少し詰問するような顔でロロアさんを見る。
それに対してロロアさんはまた少し困ったような顔をすると、
「ああ。エルフの国、シャリフ王国、第三王女、ロロア・フォン・シャリフィアの名において誓おう。アルは必ず護るとね」
と言った。
それを聞いてぽかんとした顔をしていたメルが慌てて膝をつく。
僕もぽかんとしてしまったが、すぐにベッドから降りて膝をつこうとすると、ロロアさんから、
「ああ。そういうのはいいよ。面倒だからね。私はあくまでもここクルニ村の薬師、ロロアさ。そのつもりで接してくれ」
と苦笑いで言われてしまった。
メルが困ったような表情を浮かべてロロアさんを見上げる。
そんなメルの頭をロロアさんが気軽にぽんぽんと撫でて、
「君は真面目な子だねぇ」
と、まるでお年寄りみたいな感じでそう言った。
その横からミュウさんも、
「ええ。この方は普段からぐうたらで口を開けばご飯とお酒のことしか言わないような人ですから、よけいな気は使わなくていいですよ」
と冗談っぽくそう言ってくれた。
「おいおい。それじゃぁまるで私がダメ人間みたいじゃないか!?」
と、わざとむくれたような顔を作って抗議するロロアさんに、
「あら。その通りじゃないですか? そう言われたくなかったらせめてその辺で服を脱ぎっぱなしにするあの癖をおやめになってくださいな」
とニコニコと微笑みながら、窘めるようなことをいった。
「むぅ……」
とロロアさんが詰まったような顔をする。
僕はそんな二人のやり取りが面白くってつい、
「ぷっ」
と噴き出してしまった。
そんな僕に釣られてメルも、
「……うふふ」
と笑う。
それを見たロロアさんとミュウさんも笑顔になって、その場が笑顔に包まれた。
そこへ、
「みぃ」(ごはん)
というサクラの声が聞こえてくる。
僕はまた、「あはは」と笑いながら、
「サクラは食いしん坊さんなんだね」
と言ってサクラを撫でてやる。
すると、サクラは少し拗ねたような感じで、
「みゃぁ!」(そんなことないもん!)
と抗議の声を上げて来た。
「あはは。ごめん、ごめん」
と軽く謝りつつまたサクラを撫でる。
そこにミュウさんが、
「あらあら。じゃぁ、アルちゃんも元気みたいですし、お食事はみんなで食べましょうか。すぐに支度しますから、食堂で待っていてくださいね」
と言ってまたカートを押しながら部屋を出ていった。
「あ。お手伝いさせていただきます」
と言ってメルも続いて部屋を出ていく。
僕は、
「ははは。じゃぁ、行こうか。うちの飯は美味いぞ」
と言うロロアさんと一緒にサクラを抱いて部屋を出ていった。