お呼ばれ
ロロアさんたちが出掛けて五日が経つ。
相変わらず寂しい気持ちはあるけれど、リリカちゃんとライラちゃんが毎日のように遊びに来てくれるおかげで、僕はなんとか明るく振舞えていた。
いつものように学問所に行き、みんなに明るく、
「おはよう!」
と挨拶をする。
みんなからも元気な声が返ってきて、僕は嬉しくなりながら自分の席に着いた。
隣のリリカちゃんとライラちゃんにも改めておはようと挨拶をする。
すると二人ともいつも通り元気な笑顔でおはようと言ってくれたあと、リリカちゃんが、
「あのね。アル君。今日の夜お父さんが一緒にお食事どうですか? って言ってるけど、来られる?」
と聞いてきた。
「え? いいの?」
「うん。あのね。アル君ち今人がいないでしょ? だからお食事の時寂しんじゃないかな? って言ったら、お父さんが、じゃあ、みんなで一緒に食べようって言い出して……。あの、どうかな?」
「嬉しいよ! ありがとう。じゃあ、帰ったらさっそくメルに伝えるね。あ、メルも一緒にいいかな?」
「うん! もちろん!」
「ありがとう。なんだか気を遣わせちゃったみたいだね」
「ううん。でも、家のご飯、たぶんミュウさんみたいに美味しくないけど、大丈夫かな?」
「うーん。それは大丈夫だと思うよ。だって、この間分けてくれたリリカちゃんのお弁当のミートボールとっても美味しかったから」
「そうかな? じゃあ、よかった」
「うん。楽しみにしてるね」
と話していると、横からライラちゃんが、
「それいいなぁ。ねぇ私も行っていい?」
とワクワクした目で聞いてくる。
リリカちゃんは嬉しそうに、
「うん! もちろん!」
と言ったけど、ちょっと考えるような素振りになって、
「あ、でもイチカさんがいいって言ったらだよ?」
と親の許可を取ってくるよう言った。
「うん! たぶん大丈夫だと思う!」
「そっか。じゃあ、今日はみんなでご飯だね」
「あはは! 楽しみ!」
「えへへ。お母さんにうんと美味しいご飯にしてねって頼んでおかなくっちゃ」
「ははは。なんだか悪いから、普通のご飯でいいよって伝えておいて」
という会話でジャック村長さんちの晩ご飯に呼ばれることが決まる。
僕は、
(きっとジャック村長も僕のこと気にかけてくれてるってことだよね? なんだか照れくさいけど嬉しいなぁ……)
と思い、ニコニコしながら教科書を取り出した。
やがてグスタフ先生の、
「よし。今日の授業はここまでだ。帰る子は気をつけてな。寄り道するなよ。お弁当の子は作ってくれた人に感謝しながら美味しく食べるんだぞ」
という言葉で今日の授業が終わる。
僕は先生に言われた通り、お弁当を作ってくれたメルに感謝しながら、美味しくサンドイッチを頬張った。
「じゃあ、また後でね!」
「うん。お家で待ってるから」
と学問所の門のところでいったん別れの挨拶をし、小走りで家に戻る。
そしてメルに、
「ねぇ、メル。今日、ジャック村長さんから晩ご飯に誘われたんだけど行ってもいいかな? もちろんメルも一緒にね」
と言うとメルは「私はお邪魔になりませんでしょうか?」と遠慮したけど、僕が、
「みんなで食べるときっといつもより晩ご飯が美味しいよ?」
と言うと苦笑いだったけど、
「じゃあ、私も一緒にお邪魔させていただきますね」
と言ってくれた。
急いで手土産を作るというメルに少しウズウズしながら部屋に向かう。
何をしていいかわからなかったから、とりあえず本を手に取ってみたけど、全然内容が頭に入ってこなかった。
やがて、
「準備ができましたよ」
と言ってメルが声を掛けてきてくれたので、
「はーい!」
と元気に返事をして部屋を出ていく。
なにかのおかずが入った鍋を抱いているメルを少しせかして歩く道はいつもの何倍もドキドキしてワクワクした。
ジャック村長の家に着き、玄関先で、
「ごめんくださーい!」
とおとないを告げると、中から、
「はい、どーぞー!」
というリリカちゃんの元気な声が聞こえてくる。
玄関を開け、
「おじゃまします」
「失礼します」
と言うと、リリカちゃんが小走りにやって来て、
「上がって! あのね、今日はしゃぶしゃぶなの!」
と嬉しそうに今晩の献立を教えてくれた。
「しゃぶしゃぶ?」
「うん! アル君は知らない?」
「うん。初めて聞いたよ」
「そうなんだ! あのね、お肉をお鍋に入れて自分でしゃぶしゃぶして食べるんだよ。とっても楽しいんだ!」
「…そうなんだ。なんだか楽しみだね」
「うん! あ、上がって?」
「うん。おじゃまします」
「失礼いたします」
と「自分でしゃぶしゃぶする」とはいったい? と思いながら家に上がらせてもらう。
すると、そこにはジャックさんとその奥さんの他にもライラちゃんとそのお母さんのイチカさんがいた。
「あ。イチカさんこんばんは。この間読んだ本とっても面白かったです」
「うふふ。こんばんは。アルちゃんはとってもご本が好きなのね」
「はい。もっとたくさん読みたいです」
「うふふ。うちのライラにも見習わせたいわ」
「むー。私はお外で元気に遊ぶ方が好きなの!」
「そうね。でも、ちょっとお転婆さんすぎるから、お母さん心配よ?」
「大丈夫だよ。私強いから!」
「あらあら。でも、無茶はだめだからね。アルちゃん。この子が無茶しないようにしっかり見てあげてね」
「はい」
「えぇ……。なにそれぇ」
というなんとも微笑ましいライラちゃん親子の会話に何となくほっこりしながら、ジャック村長にも挨拶をし、メルが作ってきたおかずを渡してさっそく席につかせてもらう。
「あのね、アル君。このお鍋に自分でこの薄いお肉を入れて色が変わったらこのポン酢かゴマダレにつけて食べるんだよ」
というリリカちゃんの説明で、なんとなく「しゃぶしゃぶする」の正体が分かったところでさっそく夕食が始まった。
「あ。色が変わった! もういいのかな?」
「うん。赤い所が無くなったらいいんだよ!」
「ゴマダレが美味しいからそっちで食べてみなよ」
「うん。ありがとう。いただきます……」
と初めての調理らしき体験にドキドキしながらライラちゃんが勧めてくれたゴマダレの方にお肉をつけて口に運ぶ。
口に入れた瞬間、濃厚なゴマの甘味が口いっぱいに広がり香ばしい香りが鼻から抜けていった。
びっくりして目を見開きながら、
「おいしい!」
と言うとジャック村長がニコニコしながら、
「ポン酢とゴマダレ、交互に食べると飽きずにたくさん食べられますよ」
と教えてくれたので、さっそく次のお肉を取り、今度はポン酢でいただく。
こちらはさっぱりとして角の少ない酸味の中に柚子の香りがしっかりと効いていて、先ほどのゴマダレで濃くなった口をさっぱりとさせてくれた。
僕の横で、
「なるほど、これは無限にいけちゃう組み合わせですねぇ……」
とメルが感心したようにつぶやく。
僕も心の中でその意見に賛同し、
(これならモリモリ食べられるぞ)
と思って嬉し思いながら、また次のお肉に箸を伸ばした。
食事をしながら、
「ロロア先生が来てから村は変わりました。それにユリウスさんもいろんなことに尽力してくださるおかげで今ではこの通り豊かな村になっています。本当にありがたいことです」
「やっぱりロロアさんは偉大な人なんですね」
「ええ。この村にとっては救世主のようなお方です。いろんな料理も広めてくださいましたし……。そうそう、このしゃぶしゃぶもロロア先生の発案されたものをミュウさん経由で教わったんですよ」
「そうだったんですね」
「ええ。最初は驚きました。でも、これなら子供も楽しんで食事をしてくれますし、食の細くなった老人でも食べやすいですから、今では村中で重宝されているんですよ」
「なるほど。たしかに、このしゃぶしゃぶっていうお料理は美味しくて楽しいですもんね」
とか、
「アル様は大変優秀なんだそうですね。リリカにもよく勉強を教えてくださっているそうで、ありがとうございます」
「いえ。たまたま知っていることを教えているだけですから。それに、リリカちゃんにはいつも優しくしてもらってこちらこそ感謝しています」
「うふふ。この子ったら最近毎日アル様のことばかり話すんですよ」
「なっ!? お母さん、なんてこというの!」
「あら。違ったかしら?」
「……もぅ……」
というような楽しい話をする。
(やっぱり、食事が美味しいと話も弾むなぁ……)
とリリカちゃんやライラちゃんが楽しそうに話をするのを見て、僕は嬉しくも寂しいような気持ちになった。
(なんかいいなぁ……)
そんなことを思ってしまった僕の顔を見て、ジャックさんが、
「ロロア先生たちなら大丈夫ですよ。なにせ、ユリウスさんが一緒ですから」
とにこやかな顔で話かけてくる。
僕は、
(僕、そんなに辛そうな顔してたのかな?)
と少し恥ずかしく思いながらも、
「そうですね。きっと大丈夫ですよね!」
と努めて明るくそう返した。
そんな僕の頭をメルがそっと撫でながら、
「みなさんがお帰りになったらたくさんご馳走を作ってみんなで食べましょうね」
と言ってくるのに、
「……うん」
と少し照れながら返す。
僕は心の中で、
(そっか……。僕、みんながこうして家族で食事をしているのが羨ましくなっちゃったんだな……。僕って悪い子なのかも……)
と少し反省しつつも、
(でも、寂しいなぁ……)
と思ってさっきより少しだけ元気なくしゃぶしゃぶのお肉を口に運んだ。
やがて食事が終わりデザートにマクワウリをいただいて、満腹でジャックさんの家を辞する。
「また明日ね!」
というリリカちゃんとライラちゃんの言葉が嬉しくもあり、寂しくもあった。
行きとは違いちょっと切なくなりながら家路を辿る。
そんな僕の手を握ってくれていたメルが、
「大丈夫ですよ。もう少しの我慢です」
と慰めるような言葉を掛けてきてくれた。
「うん! 僕、大丈夫だよ!」
と言って見せたがそんな僕にメルは少し悲しそうな顔で微笑み、
「アル様。久しぶりにおんぶして差し上げますよ」
と言ってきた。
「え? いいよ。自分で歩けるから……」
と言うがメルは僕の前にしゃがみ背中を差し出してきている。
僕はなんとも恥ずかしいような気持ちになりながらメルの背中にそっとしがみついた。
「はい。いきますよ」
と言ってメルがスッと立ち上がる。
久しぶりにおぶさったメルの背中は昔より少し小さくなっているような気がした。
でも、
(温かいなぁ……。それにメルの匂いってなんだか落ち着く……)
と思って目を閉じる。
メルは何も言わない代わりに、小さい頃歌ってくれていた子守唄を小さな声で口ずさんでくれた。
心の中で、
(ありがとう)
と、つぶやきメルの背中にそっと頬を押し当てる。
そして、どこかから聞こえてくる虫の音とメルの歌声を聞きいているうちに、僕の心のもやもやは少しずつ晴れていった。




