海の味01
僕がこの村に来てからもうすぐ一年。
今日も元気に、
「いってきます!」
と言って学問所へ向かう。
途中、農家の人や行商人さんとすれ違いながら、
「おはようございます」
と挨拶をしていると、どこからどう見ても冒険者っていう恰好をして黒い色眼鏡をしたわりと背が低いおじさんとすれ違った。
「おはようございます……」
と恐々声を掛けると、
「おう。おはよう。元気だな!」
と豪快な挨拶が帰って来る。
僕は、
(ああ、なんだ。変な人じゃなかったんだ……)
と思いながら、
「ありがとうございます。いってきます」
と笑顔で言ってまた学問所を目指して小走りに進んで行った。
その日も無事、学問所に着き、教室のみんなに、
「おはよう」
と挨拶をして、楽しい授業が始まる。
僕は今日も算数が苦手なライラちゃんにコツを教えてあげたり、難しい本に挑戦しているリリカちゃんに字の意味を教えたりして楽しく一日を過ごした。
お弁当を食べ終えたら急いで家に帰る。
そして、玄関先の掃除をしていたメルに、
「ただいま!」
と言うと、メルの横でお昼寝をしていたスミレにも、
「ただいま」
と声を掛け、わしゃわしゃと撫でてやった。
「アル様。今日はロロア様にお客様がみえてらっしゃるみたいですから、まずはご自分のお部屋にお戻りくださいね。ミュウさんもお相手をしているようですから、お勉強をしてすごしてくださいとのことでした」
と言ってくれるメルに、
「うん。わかった」
と答えて部屋に戻る。
部屋に戻ると日向でサクラとデイジーが丸くなって眠っていた。
デイジーはすぐに僕に気が付いて、
「きゅきゅっ!」(おかえり!)
と言いながら僕の肩に乗ってくる。
僕はそれを受け止めてあげながら、優しく、
「ただいま」
と言って、デイジーを撫でてやった。
そのやり取りでサクラが目を覚ます。
僕はそれを微笑ましい感じで見て、
「ふみゃぁ……」
とあくびをしているサクラに近づくと、同じように優しく、
「ただいま」
と言ってサクラを撫でてあげた。
「ふみゃぁ……」
と鳴いて甘えてくるサクラとひとしきりじゃれてから机に向かう。
すると、しばらくしてメルがジュースを持ってやってきた。
「今日はどんなお勉強をしましょうか?」
「うーん。算数かな? 今日は算数の授業があったんだけど、なんだか物足りなかったから」
「かしこまりました。では、私は下で晩ご飯のお手伝いをしてまいりますね」
「うん。いつもありがとう」
と会話を交わしてさっそく勉強を始める。
「えっと、お米が三トンとれました。何俵になるでしょう? か。えっとこれは単純な割り算だから……」
と言いながら問題を解いていく。
そして、あらかた問題を解き終わり、もっと上の学年で使う教科書を眺めていると、部屋の扉が叩かれた。
「アルちゃん。ちょっといい?」
とミュウさんの声がする。
「はーい」
と答えるとミュウさんが部屋に入って来て、
「ガルボ……、今日来ているお客さんがアルちゃんにも会ってみたいっていうから、ちょっとだけいいかしら?」
と声を掛けてきた。
(お客さん、ってどんな人なのかな?)
と思いつつも、
「はい。わかりました」
と返事をしてすぐに部屋を出ていく。
そして、ミュウさんに続いてリビングに入ると、そこにはおそらく今朝道ですれ違ったと思しき男の人がロロアさんとなにやら笑いながら話をしていた。
「お。きたね、アル」
と言ってロロアさんが僕を手招きする。
すると、お客さんも僕の方を見て、
「おや。今朝すれ違ったガキか。なるほど、お前がアルだったんだな」
と少し乱暴な言葉だけど、ニカッと優しそうに笑って僕のことを覚えているようなことを言った。
「改めまして、アルフレッドです」
と名乗ると、その男の人は、少し驚いたような様子で、
「へぇ……。その歳でたいしたもんだ」
と言った後、少し間を置いて、
「ああ、俺はガルボ。この村でしがない鍛冶師をやってる。鍛冶師ってわかるか?」
と自己紹介がてら自分の職業がわかるか? と聞いてきた。
「えっと、鉄とかを使って道具を作るお仕事ですよね?」
と、なんとなく本で読んで知っている鍛冶師のお仕事を思い出しながら答える。
するとそのガルボと名乗った男の人は、感心したような顔をしてから、
「お。よく知ってんじゃないか。アルはすごいな」
と言ってまたニカッと笑った。
そこへロロアさんが、
「ガルボは私やミュウそれにユリウスとも古くからの知り合いでな。今回は鉱石探しの旅から帰って来たばっかりなんだ。今日はユリウスも呼んで一緒にご飯を食べることになったから、よろしくな」
と言葉を添えてくれる。
僕は、
「はい」
と答えてとりあえず勧められた席に座った。
そこにミュウさんが、ジュースとクッキーを持ってきてくれる。
「ありがとう」
と言ってそれを受け取ると、そこからはガルボさんからいろいろな話を聞いた。
西の国の山には珍しい鉱石があるけど、山道が険しくて魔獣も出るから大変だという話をワクワクしながら聞く。
どうやらガルボさんはその険しい道を一人で踏破してきたらしい。
僕は単純に、
(すごい。鍛冶師さんなのに自分で鉱石を取りに行って、しかも魔獣まで倒せちゃうんだ……)
と感心しながら、ガルボさんに、
「鉱石ってどんな種類があるんですか?」
とか、
「魔獣はどんなものと戦ったんですか?」
と質問し、気が付けばガルボさんの冒険譚を夢中になって聞いていた。
「うふふ。アルちゃんもやっぱり男の子なのね」
とミュウさんが微笑ましい顔で僕を見ながらそう言ってくる。
僕はその意味をなんとなく察しながら、
「はい。知らない国の知らないお話はとっても楽しいです」
と笑顔で答えた。
そんなふうに僕たちが楽しくお話していると、サクラがリビングにやってきて、
「みぃ……」(ごはんまだ?)
と聞いてくる。
その声に、ミュウさんがハッとした顔をして、
「あら。もうこんな時間だったのね。すぐに用意するからちょっと待ってて」
と言うと、いつもより少し慌てた感じで台所に向かっていった。
その後も、またガルボさんの冒険の話を聞きながらご飯を待つ。
するとしばらくしてメルが、
「お待たせいたしました。お夕飯の準備が整いましたよ」
とみんなを呼びにきてくれた。
「どれ。あの魚がどんな風に化けたのか楽しみだ」
「ああ。きっと刺身もあるよ。こっちじゃなかなか食べられないから楽しみだ」
「そうだな。でも、あっちで食った煮つけも美味かったぞ。ほら、あれだ。昔ユリウスとお前が流行らせたアクアなんとかってやつだ」
「ああ。アクアパッツァだね。へぇ。あれはちゃんと広まってたのかい」
「ああ。しっかりとな。……まぁ、今日は米なら醤油で煮つけたやつの方がいいと思うがな」
「まぁ、そうだね。米にはそっちの方が合うね」
というガルボさんとロロアさんの会話を聞きながら、
(今日はお魚なのかな?)
と思いつつ二人の後について食堂に向かう。
そしていつもの席に着くが、僕の目の前には見たこともない料理がいくつも並んでいた。
(うわぁ……。これお魚がまるごと一匹煮込んである。見たことない形だけど、なんていうお魚なんだろう?)
と思いながら、目を丸くしている僕に、ミュウさんが、
「アルちゃん、海のお魚は初めて?」
と声を掛けてくる。
僕は、
「え? これって海のお魚なんですか!?」
と驚きながら聞くと、ミュウさんはニッコリ笑って、
「ええ。とっても美味しいのよ」
と少しだけ自慢するような感じでそう言った。
「アル様。貴重な機会ですから、じっくり味わっていただきましょうね」
とメルが珍しく興奮しているように見える。
僕は、
(遠く離れた海からどうやってこのお魚を持って来たんだろう?)
と不思議に思いつつも、目の前の美味しそうなお魚に目を奪われて、いろいろ考える前に、
「うん!」
と元気よく返事をしていた。