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ギルドマスターのお仕事

◇ユリウス視点◇

書類仕事を片付けて軽く肩をさする。

(まったく。歳はとりたくないもんだ……)

と思いつつため息を吐いていると、

「お疲れ様です。お茶どうぞ」

と言って横で書類仕事を手伝ってくれていた受付嬢のジュリアがそっとお茶を差し出してくれた。

「ああ。ありがとう」

と言ってお茶を受け取る私に、ジュリアが、

「いいえ。一応、書類はこれで一段落つきましたから、明日から十日くらいはご自由にどうぞ」

と言ってくれる。

その言葉に私が、

「お。いいのか?」

と喜びながら言うと、ジュリアは苦笑いをして、

「どうせ、そろそろ体を動かしたくなってらっしゃったんでしょ?」

と、いかにも「困ったものだ」というような表情でそう言ってきた。

「ははは。冒険者上がりの悪い癖だな。今回も肉をたっぷりとってきてやるからそれで勘弁してくれ」

と答えてこちらも苦笑いを浮かべる。

そして夕方。

私は明日からの冒険を思って少しウキウキとした気分でギルドを出た。


商店街でおっちゃんやおばちゃんらと、

「また森ですかい? お元気ですなぁ」

「もう若くないんだから、気を付けてくださいよ」

というような言葉を掛けられ、それに、

「ははは。さすがに無茶はせんさ」

と苦笑いで応えながら買い出しを済ませる。

一人で過ごす家に帰り、買って来た荷物を魔法鞄に入れると、簡単に防具の点検をしてその日は早々に床に就いた。


翌朝。

夜明けとともに目を覚ます。

これはいつもの癖で今日に限ったことではないが、その日はいつもよりすっきりと起きられたような気がした。

(よし。体調はいいな)

と思いながら、適当に朝の支度を済ませて家を出る。

慣れた道を歩き、森の入り口に着くと私はさっそく森の中へと足を踏み入れていった。

萌える若葉の間から降り注ぐ木漏れ日を浴びて進む獣道はまだゆるやかで、まるでハイキングを楽しむように進んで行く。

やがて、冒険者がよく使う水場に出たところで行動食を取り出し、小休止にした。

(二十年か……)

と、なんとなくこの村で流れた月日の長さを思う。

(やっぱこの村に来て正解だったな……。でなきゃ今頃、邪竜討伐の恩賞とかを押しつけられて貴族様にでもさせられていただろうからな。こうしてのんびりギルマス生活が送れるのも世界樹様々ってことだよな)

と思って一人苦笑いを浮かべていると、小さな池でぴちょんと魚が跳ねた。

(お。そろそろ釣りの時期か……。今度は竿でも持って来るかね)

と呑気に考えながら、のんびりお茶を飲む。

長閑な日差しと美しい風景に囲まれた森の一角で私は今ここにいる幸せを感じ、しばらくの間ぼーっとしてその温もりを噛みしめた。

やがて「よっこらしょ」と小さくつぶやきながら腰を上げる。

また獣道をしばらくいくと、いつもの野営場所に着いた。

(さて。今日はのんびりキャンプだな……)

と思い魔法鞄からテントや寝袋、携帯型のコンロに小さな鍋なんかと取り出す。

(まったく。いつも思うが、この魔法鞄ってのは便利だよな……。口から入る大きさの物って限定はつくけど、魔力量に応じてけっこうな量の物が入りやがる。高価だし、希少なものだしみんなが持てるわけじゃないからそれほどの影響力は今のところ持っちゃいないが、仮にこれが量産されればあっちの世界もびっくりな物流革命が起きるぞ)

と思いながらこの世界ならではの不思議道具を見て密かに苦笑いを浮かべた。


この世界に転生して、勇者なんてものになり、同じく転生してきた聖女に出会ってから三十年近く経つだろうか。

お互いに相手も転生者だとわかった時にはかなり驚いたのを今でもよく覚えている。

それから、お互いに少しずつ遠慮が無くなっていき、結局いろんなところでそれなりにやらかし、この世界の主に料理界に革命を起こしてしまったことは今ではいい思い出だ。

(カレーが出来た時は感動したよな……。すべては神の手を持つミュウのおかげだ)

と、今でも楽しそうにロロアのメイドをやりながら日々美味しい物を生み出し続けている戦友の顔を思い出し、自然と顔をほころばせた。

それから、適当に分厚く切ったベーコンを焼いてパンに挟んで食う。

料理は出来ないわけではないが、冒険中だとどうしても簡単な物ばかり作ってしまう自分に少し呆れて軽くため息を吐きつつも、そのいかにも男飯といった風情のベーコンサンドを思いっきり頬張った。

やがて、空には星が輝き始めたころ。

私も寝る支度を整え始める。

その日は珍しく昔のことを思い出してしまったせいか、かつての楽しかった冒険の夢を見た。


翌朝。

(昔の夢を見て懐かしむような歳になっちまったってことか……)

と苦笑いしながら起きる。

そして、手早く朝食を詰め込み、出立の準備を整えると、私はさらに森の奥を目指して進んで行った。


そんな前進と野営を繰り返すこと二日。

そろそろ魔獣が出てきそうな場所に出る。

出てくるのは小者が多いだろうが、一応周りに気を配りながら歩いていると、近くの藪が「ガサゴソ」と音を立てた。

(ちっ……)

と舌打ちをして刀を抜く。

アダマンタイト製の黒い刀身が鈍い輝きを放って私の目の前に現れた。

(来るならさっさと来てくれよ)

と思っていると藪の奥から、

「ギャギャッ!」

と汚くてうるさい声が聞こえてくる。

私は心の中で、

(はぁ……。こいつら本当に狩っても狩っても湧いてきやがるなぁ……)

とため息を吐きつつ、今回の敵、ゴブリンが襲い掛かって来るのを待った。

やがて、藪の中から二十ほどのゴブリンが一斉に飛び出してくる。

私はそれを落ち着いて斬り、次々と沈黙させていった。

最後に司令官らしき少し大きな個体を斬ったところで戦闘は終了する。

私は一応、魔石を拾い沈黙したゴブリンたちを集めて灰に変えてからその場を後にした。


それからまた歩くこと二日。

ようやく目的地に着く。

ここまでイノシシを三匹ほど狩ったが、これといった異常は見当たらなかった。

いつものようにその辺りにある岩に触れると、ロロアが張った第一段階目の結界が解ける。

そしてその結界を抜け真っすぐ進んで行くと、不意に何かが体の中を通り過ぎていったような感覚があって、私はそれで自分が世界樹の領域に入ったことを察した。

しばらく進み、

「よう。元気だったか?」

と気軽に声を掛ける。

すると、目の前に満開の桜の木がぼんやりと姿を現し、どこか「うふふ」と笑うように「さやさや」と音を立てて梢を揺らした。

「今日はアルのことを報告にきた。安心してくれ。必ず守る」

と言って桜の木の根元に座る。

そして、荷物の中からスキットルを取り出すと、

「すまんが、花見で一杯いかせてもらうぞ」

と冗談を言って軽くひと口だけ酒を飲ませてもらった。

「ふぅ……」

と息を吐き、

「アルはまだ小さい。立派な守護者になるにはあと二十年くらいかかるだろう。……それまで私は引退できん。おかげで私は還暦過ぎまで冒険者をやらなきゃいかんことになってしまった。まったく、やれやれだ」

と世界樹に向かって愚痴をこぼす。

すると世界樹はまた「うふふ」と笑うようにその梢をわずかにそよめかせた。

「ふっ。呑気なもんだねぇ」

と苦笑いでまたスキットルからちょっぴり酒を飲む。

するとそこへ、

「久しいわね。ユーリ」

という声がして、大きな影がのしのしと近寄ってきた。

「お。珍しいな、マシロ。お前も花見か?」

と冗談っぽく声を掛け返す。

するとその大きなフェンリルはゆっくりと私の傍まで寄って来て、

「今日はうちの子を紹介にきたのよ」

と言い、自分の背中の方に首を向けた。

「わふ」

と元気な声がして、一匹の犬が飛び降りてくる。

その犬は前世の記憶で言えばシベリアンハスキーの色を白くしたような姿で大きさもそれくらいだろう。

精悍な感じよりもどこか可愛らしい雰囲気をしているから、怖さはまったく感じない。

私は、

(ああ、アルの新しいお友達か……)

と思いながら、私に甘えてきたその犬を撫で、

「新しいお友達に会いたいのか?」

と聞いた。

「わん!」

と期待の眼差しで私を見てくるその犬に、

「ははは。よしよし。じゃぁ、おっちゃんが連れて行ってやるからな」

と言葉を掛け、ワシャワシャと撫でてやる。

すると、そのフェンリルの子は嬉しそうに、

「わっふーん」

と鳴いて、余計私に頭を擦り付けてきた。

そんなフェンリルの子を撫でてやりながら、

「いいのか?」

とマシロに問いかける。

するとマシロはニコリと笑って、

「ええ。この子も楽しみにしているわ」

と母親らしく慈愛に満ちた表情でそう答えてくれた。

「わかった。責任をもって送り届けよう」

「よろしくね」

と言葉を交わし、しばらくの間フェンリルの子と戯れながらマシロと昔話に興じる。

そして、日が暮れかかってきたころ、マシロに別れを告げ、少し寂しがるフェンリルの子を連れて世界樹のもとを離れていった。

「新しいお友達はアルっていうんだけどな、とっても優しいいい子なんだ。きっと仲良しになれるぞ」

「わっふ」

「ははは。どんな名前を付けてもらえるかな?」

「わっふ!」

「そうだな。可愛い名前だといいな」

「わん!」

と会話を交わしながら来た道を戻っていく。

私は思いがけない出会いがあった今回の冒険を、

(今回もいい冒険だった。これからしばらくの間、退屈ことはなくなりそうだな……)

と苦笑いで振り返り、私の横を、

「わっふ。わっふ」

と、まるで歌を歌うように鳴きながら楽しそうに歩いているフェンリルの子を見つめた。


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