稽古始めと新しいお友達
ゆっくりと眠って気持ちよく目覚めた朝。
不意に枕元から、
「ふみゃぁ……」
というサクラのあくびが聞こえてくる。
どうやら知らないうちに隣にきて眠っていたらしい。
僕が起き上がって、軽く撫でてやると、サクラがまた、
「ふみゃぁ……」
とあくびをして目を開けた。
「おはよう」
「みゃぁ……」(おはよう……)
と挨拶を交わしてベッドから降りる。
すると部屋の扉が叩かれた。
「おはようございます。朝の支度が整っております」
と言ってくれるメルに、
「ありがとう。すぐ行くね」
と答えて着替えを済ませる。
そして、
「みぃ」(今日のご飯なにかな?)
とワクワク顔でいうサクラと一緒に食堂へと向かった。
「今日はおみそ汁ですよ」
と言ってくれるミュウさんから謎のスープをもらう。
中には肉や野菜がごろごろ入っていて、とても美味しそうな香りがした。
(なんだろう。妙に落ち着く香りがするなぁ……)
と思いながら、さっそく、
「いただきます」
と言って口をつける。
ひと口すすった瞬間に、僕の中でまた衝撃が走った。
(なんだろう。うま味がすごい。こんなに美味しいスープ初めてだ……)
と感動していると、それを見ていたロロアさんが、
「ははは。お口に合ったようだね」
と言って僕を微笑ましげに見つめてきた。
「はい。いろんなうま味が絡み合って、とっても美味しいです」
と素直な感想を伝える。
すると、ミュウさんが少し驚いたような顔で、
「まぁ……」
と、つぶやいた。
それを見て、きょとんとする僕の横からメルが、
「アル様は味覚も鋭くていらっしゃいます」
と、やや自慢げに答える。
僕は、
(いや。そんなことないと思うけど……)
と照れながら、もう一口みそ汁を口に運んだ。
やがて朝食が終わり、
「お片付けが済んだらさっそくお稽古を始めましょうか」
と僕に言うミュウさんに緊張しながらうなずいて、
「お願いします」
と頭を下げる。
そんな僕にミュウさんは優しくにっこり微笑んで、
「うふふ。準備があるから、そうね、一時間くらいしたら裏庭に来てくれるかしら? ああ、動きやすい服で来てね」
と言うと僕の頭を軽く撫でてくれた。
さっそく部屋に戻って着替えを済ませる。
僕は楽しみな気持ちとドキドキする気持ちを紛らわすようにサクラを撫でたりしながら、稽古の時間になるのを待った。
やがて、
(そろそろいいかな?)
と思って部屋を出る。
勝手口を通って裏庭に出ると、そこには大きな棒らしきものをもったミュウさんがいた。
「ごめんなさい。お待たせしました」
と言って小走りにミュウさんに近づくと、ミュウさんはいつもみたいに「うふふ」と笑って、
「大丈夫。私も今来たばっかりよ」
と言ってくれた。
「じゃぁ、さっそく始めましょうか。大丈夫。最初は簡単な準備運動だからね」
「はい」
と言ってミュウさんに教わりながら軽く手を動かしたり足を伸ばしたりする。
そして、いい感じに体がほぐれてきたところで、ミュウさんが、
「じゃぁ、次は魔力操作の準備ね」
と言って僕の前に立った。
(何をするんだろう?)
と思っている僕の両手をミュウさんが握って、
「いい。目を閉じて私の手から流れ込んでくる魔力の感覚に集中してね」
と言い目を閉じる。
僕も慌てて目を閉じると、
(集中、集中……)
と言い聞かせながら、ミュウさんの手に意識を集中した。
やがて、手がじんわりと温かくなってくる。
明らかに体温よりも温かい。
(なんだか不思議な感じだな……)
と思っていると、ミュウさんが、
「いいわよ。その調子でもっと集中してね」
と声を掛けてきた。
「はい」
と答えてさらにミュウさんの手から伝わってくる温もりに意識を集中する。
するとその温もりは段々僕の体全体に広がってくような感覚になり、気が付けば僕の体はぽかぽかになっていた。
「ふぅ……。今日はこのくらいかしら」
と言うミュウさんの声で目を開ける。
気が付けば僕はけっこう汗をかいていたらしく、こめかみのあたりをスーッと汗が流れるような感覚があった。
「うふふ。お疲れ様」
と言ってミュウさんが手ぬぐいで汗を拭いてくれる。
僕はなんだかくすぐったいような気持ちになりながらも大人しくミュウさんに汗を拭いてもらった。
「さぁ。いっぱい汗をかいたからお水を飲んでね」
と言うミュウさんから水筒をもらって水を飲む。
僕は想像以上に喉が渇いていたらしく、その水をごくごくと飲むと、思わず、
「ぷはぁ……」
と息を漏らしてしまった。
「うふふ。じゃぁ次はこの薙刀を持つ稽古ね。これにゆっくりと触ってみて」
と言ってミュウさんがさっきの棒らしきものをこちらに持ってくる。
よく見るとそれはまごうことなき武器で、棒の先端には大きな刃がついていた。
「先っぽは危ないから、絶対に触らないでね」
と言うミュウさんの注意にうなずいて、そっと柄の方に手を伸ばす。
するとちょっと触れた瞬間にさっきミュウさんとやったのとはわけが違うくらいものすごい勢いで僕の中から何かが抜けていくような感覚があった。
「うわっ」
と驚いて手を離す。
その勢いで僕は思わず尻餅をついてしまった。
「あらあら。大丈夫?」
と言ってミュウさんがすぐに起こしてくれる。
ミュウさんは僕の体を軽く眺めると、
「うん。けがはないわね」
と少しほっとしたような表情でそう言った。
「えっと……」
と聞く僕にミュウさんが、
「これが魔力を持って行かれるっていう感覚よ」
と微笑みながら教えてくれる。
そして、
「強力な武器ほど、この魔力を持って行く力が強いから、最初はさっきやったみたいに自分の中の魔力を感じてしっかり制御できるようになるお稽古から始めるの。だから、この薙刀を持てるようになるまではかなり時間がかかると思うけど、焦らずやっていきましょう」
と、やっぱりいつもみたいに優しく微笑みながら、そう教えてくれた。
「はい!」
と返事をして、
「じゃぁ、次は剣の基本ね」
と言うミュウさんから僕でも扱えそうな小さな木剣をもらって振り方を教わる。
時々、手を貸してもらいながら一生懸命木剣を振っていると、不意に僕のお腹が、「きゅるる」と音を立てた。
「あら。もう、そんな時間なのね。今日はここまでにしましょう。うふふ。アルちゃんが一生懸命だったから、私もついつい熱中しちゃったわ。ごめんなさい」
と微笑みながら言ってくれるミュウさんに、
「ありがとうございました」
とお礼を言って、また汗を拭いてもらい、水をもらう。
そして、またごくごくと勢いよく水を飲んでいると、後ろになにかの気配を感じた。
(サクラかな?)
と思って振り返ると、そこから、
「きゅきゅっ!」
と鳴き声がする。
僕が驚いて、その鳴き声がした方に視線を向けると、そこには見たこともない真っ白な小動物がいた。
「あら。オコジョだわ。こんなところに珍しいわね」
と言ってミュウさんがしゃがみ、
「おいで」
と声を掛ける。
すると、そのオコジョと呼ばれた小動物は「てててっ」とミュウさんに近づいてきて、また、
「きゅきゅっ」
と鳴いた。
「あら。もしかして、アルちゃんとお友達になりにきたの?」
と言うミュウさんの言葉にまたオコジョが、
「きゅきゅっ」
と鳴く。
なんだか僕たちの言っていることがわかっているみたいだ。
僕はその様子がなんだか可愛くて、
「あはは。お友達になってくれるの?」
と聞きつつ、しゃがんでそのオコジョに手を伸ばした。
「きゅきゅっ!」
と鳴いて、オコジョが僕の方に駆け寄ってくる。
そして、そのオコジョは迷いなく僕の手を上り肩まで来ると、また、
「きゅきゅっ」
と鳴いて、僕の方をじっと見てきた。
「あはは。お友達になってくれる?」
ともうもう一度言うと、また、オコジョが、
「きゅきゅっ」
と鳴いて僕に頬ずりをしてくる。
その瞬間、僕とオコジョの体がオレンジ色の優しい光に包まれて、辺りをぼんやりと照らした。
(……サクラの時と同じだ)
と思ってそのオコジョを見る。
すると、そのオコジョから「お名前つけて」と言われたような気がした。
僕は咄嗟のことに、
「えっと……」
と戸惑いつつそのオコジョを見る。
そのオコジョは真っ白な体にオレンジ色の綺麗な瞳が特徴的だった。
(あ。まるであのお花みたいだな)
と思って、
「デイジー」
と呼びかける。
その呼びかけにそのオコジョは、ニッコリと笑って、
「きゅきゅっ!」(うん!)
と返事をした。
「あらあら。お友達が増えたのね」
と言うミュウさんが、僕たちを優しく見つめている。
そんなミュウさんに向かって、僕は、
「うん! デイジーっていうんだ」
と言って肩に乗ったデイジーをこちょこちょと撫でてやりながら紹介すると、
「うふふ。よろしくね。デイジーちゃん」
と言ってミュウさんも微笑みながら、デイジーの頭をちょんちょんと撫でてくれた。
暖かい木漏れ日溢れる裏庭の一角で僕たちの笑顔の花が咲く。
僕は新しいお友達ができたことを素直に喜び、デイジーの頬ずりを少しくすぐったく思いながら、
「よろしくね。デイジー」
とニッコリ笑ってそう声を掛けた。