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8.オタク、気合を入れ直す

 漫研文芸合同部の部長は、大山亜紀人(おおやまあきと)と名乗った。

 元々は漫研の部長だったが、今回の両部合併に伴い、文芸部の部長と協議の上、彼が新しい合同部を取りまとめることになったらしい。

 そのでっぷりと貫禄のあり過ぎる大きな体躯とは裏腹に、顔に浮かんでいるのは動揺と緊張ばかりである。

 それ程に翔輔=一華と安祐美の来訪が予想外だったのだろうか。


(何となく予想はしてたけど、そんなにわーわーきゃーきゃー盛り上がる部でもなさそうやね……)


 どの顔ぶれも地味オブ地味だが、極端にオタクっぽい者ばかりかといえば、案外そうでもない。

 翔輔個人としては、過ごし易い環境に思える。全体的に大人しめな雰囲気が漂う部員ばかりで、陽キャはひとりも居なさそうだ。

 どちらかといえば、翔輔=一華がこの中で一番の陽キャな外観ではあるのだが。


「見学に来てくれてありがとう。今日は基本的に練習で過ごす日だから、適当に見てくれてて良いよ」


 大山部長が何故か汗びっしょりになりながら、かなりぎこちない笑みでふたりを室内奥の空き机に案内してくれた。

 否、大山部長ばかりではない。他の部員らも微妙に表情が硬く、やけに不自然な所作が目立つ。


「ほんなら、遠慮なく~」


 翔輔は努めて明るく能天気な笑顔で、招かれるままに空き机のひとつに腰を下ろした。

 一方の安祐美は、通学鞄をもうひとつの空き机に置いてから、早速先輩部員らの作業を見て廻り始めた。


「えぇっと、冬真さんはどっちに興味があるのかな? 文芸の方? それとも、漫画?」


 大山部長が紙コップにオレンジジュースを注いで、翔輔の前に差し出してくれた。尚も手がぶるぶると震えている様に見える。そんなに緊張しなければならないものなのか。


「えーっとですね。漫画の方でーす」


 ここに来る前、翔輔は安祐美が文芸側に興味があるという話を聞いていた。だからバランスを取る為、という意味合いもあったが、何より翔輔自身がイラストレーターでもある。

 文芸ではなく漫研の方に興味があるというのは、決して嘘ではなかった。


「見てるだけっちゅうのも何ですし、ちょっと落書きしててもエエですか?」

「あ……どうぞどうぞ! 紙ならここにあるから!」


 翔輔の申し入れに対し、大山部長は何かの裏紙の束を取り出して目の前に差し出してきた。

 ならばということで、翔輔は可愛らしくデコったシャーペンを取り出し、さらさらと適当なイラストを描いてゆく。

 すると、それまで緊張に凝り固まっていた大山部長やそれ以外の面子が、真剣な面持ちで翔輔の手元に視線を寄せてきた。


「え……こりゃ、凄い……」

「わぁ……アタリも下書きも無しで、そんなすらすらと描けるなんて……」


 左右から驚嘆の声が漏れてきた。

 大山部長も先程までの愛想笑いから、ひとりのクリエイターの顔つきに一変していた。


「冬真さん、すっごい……そんなに絵が上手かったなんて、ちょっと予想外……」


 いつの間にか安祐美もすぐ後ろに佇んで、横合いから覗き込んできていた。

 皆が驚くのも、無理は無いだろう。今ここでさらさらとシャーペンを動かしているのは、どう考えてもオタク趣味とは無縁のパリピな陽キャ美少女なのだから。

 しかし翔輔自身は、余り納得がいっていない。流石に一カ月も描いていないと、色んなところで勘が鈍っている様に感じた。


(ちょっとリハビリ要るかな、これ……)


 そういう意味では、この漫研文芸合同部は丁度良い練習場にはなりそうだ。

 金銭のやり取りが発生するイラスト制作受注ではなく、普通にひとりの生徒としての部活で済むのだから。


「いや、ホントに凄いね……これだけ上手いんなら、是非うちに入ってくれないかな……」


 大山部長が幾らか呆然とした面持ちで声を搾り出してきた。

 当初は入部するかしまいかどっちつかずだった翔輔も、たまに顔を出して練習するだけの場所であれば、入部するのも悪くないと考え始めている。


「ねぇ冬真さん、どうする? わたし、冬真さんが入ってくれたら、もっと楽しくなるだろうなって、ちょっと期待しちゃってるんだけど」


 安祐美のこの口ぶりから察するに、どうやら彼女は既に入部する方向で意思を固めている様だ。

 となると、後は翔輔自身の結論だけが問題である。

 が、すぐに腹は決まった。


「あんまりしょっちゅう顔は出せないかもなんスけど、それで良ければ、うちも入部したいです」


 そんな訳で、翔輔と安祐美は入部届けに記名する運びとなった。


◆ ◇ ◆


 その日の夜。

 自室のベッドに大の字となって仰臥していた翔輔は、シーリングライトをぼうっと眺めながら、一華として蘇って以降の諸々を頭の中に思い浮かべていた。

 一華として生きてゆくことには、もう何の迷いも無い。

 まだまだ戸惑うことはあるだろうが、それでも彼女の記憶がある限りは何とかなるだろう。


(けど……オトン、オカン、御免な……)


 本当は、息子は別の肉体に入り込んで生きていると伝えたい。だが、出来ない。

 質の悪い悪戯だとして、余計に悲しませることになるからだ。

 実は昨日の日曜日、翔輔は例の黒ずくめのオタクファッションで変装し、その足でかつての自宅へと足を延ばした。

 遺された家族らが今、どの様に生活しているのかが気になったからだ。

 遠目に見た父と母の姿は、矢張り憔悴している様に見えた。

 既にあの事故から一カ月が経過しているから、翔輔死亡直後の悲しみは多少薄らいでいるかも知れないが、それでもあそこまで暗く沈んだ表情を見るのは心が痛かった。


(ヨシ兄ィと亜希子も、暗い顔してたな……)


 翔輔には兄と妹が居る。このふたりもまた、矢張りその面から明るさが失われていた。

 出来ればすぐにでも飛び出していって、自分は生きていると叫びたかった。

 しかし、何とか寸前で堪えた。

 そんなことをすれば絶対に、家族を傷つけてしまうだろう。


(いつか……俺がここに居るってこと、上手く伝えることが出来たらなぁ)


 だが、その想いが達成出来る日は訪れないだろう。

 頭では分かっているものの、しかしこればかりは中々すぐに気持ちの整理が付きそうにない。


(あかんあかん……暗い考えはやめや。俺はこの先も、冬真一華として生きていかなあかんのやし)


 翔輔は一華の柔らかな頬を両手で軽く叩いた。

 明日からも、ギャル系美少女として振る舞っていかなければならない。

 いつまでも暗く沈んでいる訳にはいかなかった。

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