5.オタク、男装を決意
帰宅後、翔輔は真っ直ぐ一華の自室へと引き籠って、ベッドにそのしなやかな体躯を投げ出した。
端正な顔立ちは今にも死にそうな形相に歪み、傍から見れば口からエクトプラズムが漏れ出している様な光景に映っただろう。
(つ……疲れた……)
取り敢えず、カラオケ店ではオタク女子としてのカミングアウトに成功した、と思いたい。
周囲の反応は様々だったが、多くの友人らは引きつった笑顔で、物凄く生暖かい眼差しを送ってきていた様に思う。
だが、これで良い。
あの場の説明としては、一カ月の入院期間中にオタク趣味を持つ看護師や医者から色々とそっち方面の知識を与えて貰って、一華自身もオタク魂に目覚めたということにしておいた。
果たしてそれがどこまで通用したのかは分からないが、ひとまずはこれで今後の行動に説明がつくだろう。
(この見た目も、別にケアせんでもエエやろか……)
ふと起き上がって、ドレッサーに自分の顔を映してじぃっと眺めてみた。
こうして改めて見ると、本当に非の打ち所の無い完璧な美貌である。
こんな超絶美少女がオタク道を邁進するというのは、それはそれで物凄く背徳的な気分になってしまうのではあるが、しかし今更自分の生き方を変えることなど出来ない。
(いや……やっぱ勿体無い。折角こんな綺麗な子の体をお借りしてるんやから、せめてボディメイクとスキンケアとヘアケアぐらいは、ちゃんとやらせて貰おう……)
幸いにして、一華の記憶の中にはそれらに関わる知識が大量に貯蔵されている。
咄嗟に脳内検索をかけるのは難しいが、少しずつ時間をかけて翔輔自身の技術として身につけていけば良いだろう。
だが、相変わらず陽キャな連中――特に女子を相手にした時の緊張感は、矢張り未だに慣れない。
男子相手ならばある程度誤魔化すことが出来る様になってきたが、女子という生き物とは今までほとんど接点が無かっただけに、どうしても勝手が分からない。
(っていうか、今どきの女子ってあんなに距離感おかしいもんなんか?)
今日一日だけでも、一華の友人女子らは何かにつけてべたべたとくっついてきた。その都度翔輔=一華は目に見えて狼狽し、挙動不審な仕草を連発させてしまった。
この先、女子を相手に廻した時の己の言動が改善してゆくかどうかは全く未知数だった。
(いやいや、あかんアカン……気にしたら負けや)
これが自分の人生なのだと割り切って、どーんと構えてゆくしかない。寧ろその方が、却って堂々と映えるかも知れない。
そんなことを思いながら、翔輔は改めて一華の私室内をぐるりと見渡した。
そうして勉強机に目が留まったところで、そこそこスペックの良いノートパソコンがカバーを閉じて鎮座していることに気付いた。
(あ、そや……イラストの依頼料の払い出し先、変えとかんと……)
翔輔はセミプロのイラストレーターだった。
どこかの会社や事務所に専属契約で所属している訳ではなく、所謂フリーのクリエイターとしてイラスト制作依頼請負サイトに登録している。
イラストレーターとしてのハンドルネームは、TNショーケース。これまでに制作してきたイラストはいずれも評価が高く、固定客もついている。
手掛けてきた作品の数も、決して少なくはなかった。
(確か、まだ30万ちょっとぐらいの、換金してないコインがあったよな……)
まずは現金に換金したコインの振込先口座を、翔輔から一華のものに変更しなければならない。
幸い一華は、小遣いを貯金しておく為の銀行口座を既に持っていた。そこに、TNショーケースの未換金分を振り込む様にすれば良い。
ともあれ、まずはイラスト制作依頼請負サイトへログインしなければならない。
(うわ~……久し振りやな、このサイト)
事故に遭ってから退院するまで、全くパソコンそのものに触れていなかった翔輔。見慣れたデザインをパソコン画面上に開くと、何となく我が家に帰ってきた様な安堵が胸中に広がった。
まずは換金後の振込先を設定し直し、次いで大量に届いているメッセージを順に開封していった。
幾つか新規の制作依頼が散見されたが、イラスト制作用の液晶タブレットが手元にない為、すぐに引き受けることが出来ない。
幸い、一華のノートパソコンは無駄にスペックが高い為、諸々の機材さえ揃えれば、当面はこの一台で事足りるだろう。
(近いうちにまた、駅前のヨドナシデンキに行こか……って、あれ?)
あらかたメッセージを読み終えたところで、翔輔は思わず手を止めた。
「再来週の同人誌即売会のブースについて……」
つい声に出して、そのメッセージの件名を読んでしまった。
そういえば、TNショーケースとして同人誌即売会に参加する予定があったことを今更思い出した。
実は今回が初めての顔出しである。ネット上の知人には、TNショーケースは男性だと知らせていた事実も記憶の中に蘇ってきた。
(あ……これ、ヤバいかも)
今の自分はどこからどう見ても、ギャル系美少女だ。
野暮ったい服装が似合う陰気な男子高校生とは、まるでかけ離れている。
しかし翔輔自身の願望をいえば、この同人誌即売会には是非とも参加して、今まで交流してきた多くのイラストレーター達とも面直で挨拶を交わしたかった。
となれば、もうやることはひとつしか無い。
(……男装して行くしかないな)
幸い、一華がこれまでに貯めていた小遣いと、TNショーケースとしての収入を合算すれば、液晶タブレットや男物の服を買い込んでもまだまだ十分にお釣りがくる。
そして明日は週末の土曜日だ。
翔輔は早速、買い出しへ繰り出すことにした。
◆ ◇ ◆
翌日、朝。
翔輔は一華が持っている衣服の中から、比較的落ち着いたコーディネートを選んで駅前へと足を延ばした。
が、どういう訳かどの服も妙にぴっちりと肌に密着し、柔らかくて大きな胸と、むっちりした腰回りが無駄に強調されまくって、如何にもナンパ待ちのセクシービッチという感が拭えない。
(この子……カレシとかも居らんくせに、なんでこんな服ばっかなん?)
或いは、今どきのギャルは皆、こういう服が好みなのか。
翔輔は頭の中に大量の疑問符を浮かべながら、兎に角も駅前へと歩を進めていった。