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1.オタク、目覚めたら美少女だった

 その日、男子高校生の徳永翔輔(とくながしょうすけ)は交通事故に巻き込まれて死んだ。

 春の陽射しが暖かい昼下がり、イラストレーター業に必要な機材を買い込んで帰宅しようとしていた翔輔だったが、駅前の交差点を渡る横断歩道に差し掛かったところで一台のトラックが暴走気味に突っ込んできた。


(え……信号、青やんな?)


 今にも目の前に死の鉄塊が迫ろうとしているにも関わらず、翔輔はのんびりとそんなことを考えていた。否、それ以外の思考が出来なかったというべきか。

 翔輔の他にも、幾つかの人影が件のトラックの軌道上にあった。

 この時、翔輔は半ば本能的に目の前に居たひとりの女性を突き飛ばした。逃げようとは少しも思わず、兎に角その女性を助けなければという使命感だけが彼の意識を支配していた。

 そしてその直後、凄まじい衝撃が翔輔の全身を襲った。

 彼の意識は、そこで途絶えた。


◆ ◇ ◆


 次に目覚めたのは、病室らしき部屋の中だった。

 ベッドの中で、点滴やら医療器具のケーブルやらで全身のあちこちが繋がれている。頭に包帯が巻かれ、頬にガーゼが貼り付けられている感触があった。


(……あれ? 俺、死んだんと(ちご)たっけ?)


 ふと、あの時の記憶が蘇ってきた。

 目の前にトラックが迫ってきていた。あんな巨大なものの直撃を浴びれば、確実に死ぬだろうと思った。

 ところが今、翔輔は己の目で病室の天井や左右に並ぶ諸々の医療器具を視界に収めている。ここがあの世でなければ、自分は病院に担ぎ込まれてから息を吹き返したということになるのだろう。

 その時、近くに居た女性看護師が喉の奥であっと声を漏らしながら顔を寄せてきた。


冬真(ふゆざね)さん、お目覚めの様ですね。声、聞こえますか? 痛むところはありませんか?」


 この時、翔輔の頭の中に幾つもの疑問符が浮かんだ。


(え? 冬真って、誰?)


 知らない名前だった。もしかしたら、運び込まれた際に別人と取り違えられてしまったのだろうか。

 よく分からないのだが、今は兎に角、医者や看護師の指示に従って処置を受けるしかない。

 どのみち、体が動かないのだ。

 回復して会話が出来る様になれば、諸々の誤解は解けるだろう。

 その時の翔輔はそんな風に考え、然程深刻には考えていなかった。

 が、彼の心に衝撃が走ったのはそれから数日後のことだった。

 或る程度回復が進み、医療器具のケーブルもほとんど外れ、そこそこ自由に両手足が動く様になった段階で何気なくサイドテーブルの鏡を手に取った。

 そこで声を失った。

 鏡の中に映っていたのは、まるで見知らぬ美少女の端正な顔立ちだったのである。


「え、なにこれ……」


 そう呟いて、はっと口を閉じた。

 よく知っている自分の声ではなかった。どう聞いても、その声は女性のものだった。


(え? え? え? マジで? え? 何コレ?)


 次いで翔輔は上体を起こし、己の胸元に視線を落とした。そこに見慣れない膨らみがあった。それも、まぁまぁデカい。いや、まぁまぁどころか結構、デカい。

 更に翔輔は震える手で恐る恐る自分の股間に指先を当てた。

 予想通りではあったが、しかし絶対に信じたくない現実にブチ当たってしまった。


(うわ……無い……俺のちんこ、無くなってる……)


 涙が出そうになった。

 どんなに探しても、無い。本当に綺麗さっぱり、無い。


(マジっすか……いやちょっと、ホンマに、マジっすか)


 あわあわと狼狽えながら周囲を見渡し、それからゆっくりと立ち上がって病室の外に出た。患者名を示す名札を確認する為である。

 そこには『冬真一華(ふゆざねいちか)』というプレートが貼り付けられていた。


(いやちょっと待って……俺の……徳永翔輔の安否は、どないなってんの……?)


 もう訳が分からなかった。

 今の自分は、冬真一華というびっくりする程の顔立ちの綺麗な娘だった。それはもう物理的に間違い無いことは分かっている。

 しかし、心は、記憶は、人格は徳永翔輔だった。

 幼少の頃からネットワークとプログラミングに興味を持ち、ハッキング技術を磨き続けてきた16歳。

 更に中学生の頃にはイラストの才能も開花させ、現在は高校生ながら多くのファンを持つプロのイラストレーターTNショーケースとしても活動中だった。

 そして勉強とイラスト、ハッキング以外はやることが無かった為に、ムエタイとブラジリアン柔術の道場にも通っていたことから、対人戦闘力にも大いに自身がある。

 なのに今は、細い腕と妙にむっちりした乳房や腰回りの肉が艶めかしい、際立つ程の美少女だ。

 一体何が起きたというのだろう。

 しかしこの顔、どこかで見た覚えがあった。

 再びベッドに潜り込み、どこで見た顔だったかと必死になって記憶を探る翔輔。

 やがて、ひとりの女性に思い当たった。

 トラックに轢かれる寸前、翔輔が咄嗟に突き飛ばした、あの見目麗しい同世代の女性が、確か今の翔輔の顔と瓜二つ――というよりも、全くそのまんまだった。


(え、ちょっと待って……ほんなら、アレか。今の俺って、あの女の子になってしもうたって訳か?)


 もうその様に考えるしかない。

 でなければこの外観も、冬真一華という名前になっていることも、説明がつかない。

 では本来の自分――徳永翔輔は一体どうなったのか。

 その答えを知るのが、何となく怖かった。嫌な予感ばかりが脳裏を過る。

 だが現実は、非情だった。

 後で聞いた話だが、徳永翔輔は冬真一華を守ろうとして突き飛ばした直後、トラックに轢かれて即死したのだという。

 既に遺体は親族のもとに引き取られ、葬儀も終えたという話だった。


(マジか……俺、ホンマに死んでしもたんか……)


 今頃、両親は悲しみに打ちのめされていることだろう。

 出来れば自分が姿を現して、翔輔は死んでいないと大いに語りたい。だがそんなことをすれば、きっと両親は更なる悲しみに打ちひしがれるに違いない。

 死んだ息子の名を騙る、見も知らぬ女性が現れたとなれば、両親の心をただ無用に抉るだけだ。


(んなこと、出来る訳ないわ……)


 とはいえ、現実として自分は、徳永翔輔の人格は冬真一華の肉体の中で生きている。

 と、ここで新たな疑問が浮かんだ。


(あれ……ほんなら、冬真一華さんの人格は、どこ消えたんや?)


 幾ら考えても、分からない。

 本来の彼女の人格、精神は失われてしまったのだろうか。

 だが結局何も分からないまま、翔輔=一華は退院の日を迎えた。

 事故に遭ってから一カ月後のことだった。

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